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30 象頭の怪人

 キルボールとアーロンの国境付近、草原地帯。

 穏やかな陽の光。


 ターニャとセリウスは急ぐ旅の速度を落とし、馬を少し歩かせて話し合っている。

 二人は別の道を行こうとしていた。


 その時、部下が緊張した面持ちで戻ってくる。

 彼は警戒のために少し先行していたのだ。


「セリウス隊長!」

「どうした」

「前方で交戦中のようです」

「何? 望遠鏡を貸せ」

 部下から望遠鏡を借り、覗いてみる。

 平原のなだらかな丘の上で白刃のきらめき。

 丈の高い草のために全容は見えないが、歩兵らしき者たちが何かと戦っているのだ。

「もっと近づかないとわからないな。開拓民が襲われているのか」

「ねえ、この辺りはアーロンの土地でしょ。賊か蛮人の襲撃ならアーロンに任せておきましょう」

 ターニャは余計な事件には巻き込まれたくなかった。

「そうは行かないのが保安官の悲しいところです。この辺りはお互い領有権を主張している場所。私から見ると、わがキルボールの領土なのです。あれも放っておけない。ターニャ殿は避けて行かれた方が宜しいかと存じますが、我々はこれから偵察に行ってまいります」

 わざと丁寧に言って自分の義務を強調するセリウス。

「行きがけの駄賃だわ。私でも魔法の少しも使えます。この任務だけ協力するわ」

 一行は武器を用意して、急いで駆けつける。

 開拓民が襲われている最中なら、まだ助けられる人がいるかもしれない。


 丘の上は小さな窪地になっており、五十歩ほどまで近づかないと状況ははっきりしなかった。

 セリウスたちが馬を駆って見える位置まで行くと、二十人程度の蛮人が乱闘を繰り広げているようだった。

 シミターや斧などで武装し、野蛮な皮鎧を着ている。

 どうやらハーフオークらしい。

 彼らが戦っているのは一人だった。

 人と形容するべきなのか。

 その者は人間の倍ほどの身長があり、ローブを着込んでいる。

 恐ろしく長い手は骸骨のそれで、骨の爪がハーフオークたちを無造作に殺戮していた。

 そして、最も人間離れしているのが、長い鼻とたれた耳を持つ、獣の頭、それも南方の伝説で聞く「象」のような頭部である。

「象人間?」

 死骸の転がる光景にぞっとするターニャだったが、それより、その怪人のほうが興味深かった。

「何だ、あの化け物? ターニャ殿は魔法使い。何かご存知ですか」

 セリウスもあまりに異様な存在に驚愕が隠せない。

「し、知らないわ」

「どちらに味方したら良いのですか?」

「それこそもっとわからないわ。見た感じだけならどちらも敵でしょ」

「……そ、そうでしょうねぇ」

 切迫した事態なのに気のぬけたような返事をするセリウス。

 ハーフオークたちの武骨で頑丈な武器も簡単に爪にへし折られ、その一撃で無造作に殺されている。

 近寄るだけで倒れている者もいた。

 どうやら単純に爪だけが凶器ではないらしい。

「あの怪人の周りに冷気の結界があるわ。足元の草が凍り付いているし、犠牲者も凍って砕けているみたい」

「クソ、だったら、近接戦は厳しいな」

 セリウスは部下たちの顔が真っ青になっていることに気がつく。

 怯えているのだ。無理もない。

 ハーフオークたちは勝ち目のない戦いにようやく気がつき、武器を捨て、慌てて逃走を始める。

「背を向けて逃げるか、情けなし」

 怪人はそう吼えると、突然、両手から稲妻を発する。

 バチバチと言う音と共に、射線上のハーフオークたちは煙を上げて死んでしまう。

 結局、逃げようとした者も全滅した。

「魔法も使いますよ隊長! 我々も逃げた方が!」

 悲鳴のような声で部下が撤退を主張する。

「ばか者! 我々キルボールの戦士は死を恐れて退却などしないのだ!」

 そうは言ってみたものの、勝算がないのだけは確かだった。

「ターニャ殿、魔法で何とかなりますか?」

「たぶん、無理。今、詠唱しないで魔法を撃ったのよ。格が違いすぎる」

 晴れの日の草原で繰り広げられる、あまりに異常な光景。


「……」

 セリウスは馬から降り、剣を抜き盾を構えてのしのしと近寄って行く。

「や、やめなさいよ。セリウス。危険すぎるわ!」

 そう言いながらも、彼の少し後をついて行くターニャ。

 あと十歩ほどで怪人と対峙する。

「化け物め。私は保安官のセリウス。ここは神聖なるキルボール伯の領土だ。なぜ勝手に入ってきている。ことと次第によっては容赦せぬからそう思え」

「……」

「……」

 しばし、無言の対峙が続く。

 怪人は象から連想されるような柔和さはなく、恐ろしく鋭い視線を持っている。目は不気味に白く輝いていた。

 ターニャは自信はなかったが、それでも、セリウスを援護するため稲妻の呪文を準備する。

「ふむ。ここはアーロン王国の領土であろう。そなたの主張は間違っている」

 象の怪物が声を発する。

 重くて低い声。

「それは、アーロン側がそう言っているに過ぎない」

「それなら、私は貴国のために蛮人の略奪部隊を蹴散らしてやったのだ。感謝してもらいたいな」

(化け物のくせに無駄に理屈を言うわね)

 ターニャはそう思う。

「わけのわからぬことを。魔物の分際で感謝もクソもあるか!」

 元来誇り高いセリウスは、怪人の人を食ったような台詞に怒りを感じる。

「ちょっと、あまり怒らせないほうが……」

 思わず、慌ててターニャが口出しする。

「私がこの国に入るのは良くないというのか」

「そ、そうだ。お前は化け物。人間の住まうところに来ることが間違っている。化け物の国に帰れ」

 セリウスが遠くを指さす。

「私は用事があってこの付近に探索に来たのだ、用事が済めば速やかに去るだろう」

「用事とは何だ、ことと次第によっては……」

「ふむ。この魔黒教国の者と違って話が早いな。私の仕事に協力してくれるのか」

「誰も協力するとは……お、おい。こいつらは魔黒教国なのか!」

 思わず、セリウスはそこかしこに転がる死体を見る。

「そうだ。知らなかったのか。かの国の蛮族どもは妖術王の指令の元『魂のしるし』を持つ者を探している」

「『魂のしるし』とは何だ。なぜ、奴らはそれを探している。そして、お前はそのものを探しているか。と言うか、まず、根本的に、貴様は何者だ!」

「蛮族と違い、のみ込みが早くて良いぞ。だが一度に答えるには少々厄介だ」

「……」

 にらみ合う怪人とセリウス達。

 怪人は骨の手を顎に当てた。

 よく見ると頭部は象の皮をかぶっているようだ。

 首の切れ目から動物の頭骨が覗く。

「ふむ。そうだな。我はバリー・セス。古代より生き延びている魔道士だ。異界の魂と融合させられることにより、このような姿になっている」

「あなたは亡者なの?」

 ターニャはこっそり顔だけ出しながら、口を挟む。

「そうだ。邪悪な者の呪いでこのような半死半生の化け物に変えられてしまったのだ。本当は凄く可哀想な存在なのだぞ。お主らは化け物扱いしているが」

(でも、破壊力を楽しんでいるように見えたけど……)

「貴様が可哀想とかそんなことはどうでもいい! とにかく、その他の質問にも答えてもらおうか!」

 セリウス。

「まず、そうだな。『魂のしるし』とはマナを宿す宿命の者にあわられる。まがい物も多いが、真のマナを得る者は神と同じ力を振るえる。存在だけで驚異なのだ。当然、その力を欲して魔黒教国は動いておる。そして、私の任務だが……」

 ごくり。

 思わず、ターニャはつばを飲み込む。

(邪悪な任務に決まっているわよね?)

「私の任務はマナを持つ人物を探し出し、それがどのようなマナなのかを調べることだ」

「嘘をつくな! 貴様のような化け物が調べるだけですむわけがないだろう。大体、貴様はどの勢力の者だ? 悪の組織の者に違いない!」

「ちょっとぉ、セリウス。怒らせないほうがいいわよ」

 小声でセリウスの態度を諫めるターニャ。

「私は『静寂の国』に仕える、一亡者に過ぎぬ」

 しかし、バリーは何も感じていないのか穏やかに返した。

(一亡者って、初めて聞いたわ、そんな言葉)

 何となく脱力するターニャ。

「『静寂の国』だと?」

「私は『静寂の国』の女王陛下の命令で動いている。女王は魂の救済以外は興味のないお方だ。お主たちが想像するような『悪事』には全くご興味をお持ちではないだろう」

「『静寂の国』って、聞いたことがあるわ。はるか南の山岳地帯に、亡者や吸血鬼が国を建てて住んでいるって」

 ターニャは冒険者界隈で噂になっていたこと思い出す。

「そうだ。我らは静かに暮らしている。生者の生業に興味を持たない。ただ、魂が救済されることだけを願って過ごしている。だから、上古のマナを受け継ぐ者が亡者の魂を救えるマナを持っておらぬか調べるのだ」

「それを見つけたら具体的にどうするつもりだ」

 返答によっては斬ろうと、ぎゅっと剣を握るセリウス。

「もし、見つかったら、その者は神の力を持つ者である。国の民の救済をお願いするのみだ」

「信じられるか! とにかく、わが国から出て行け、怪物。そのような者の話は聞いたこともない。残念だったな!」

「ふむ。私は強力な占術によってここまで来たのだ。どうだ、このような紋様だ。見たことはないか」

 そう言うと、怪人は骨の手のひらを上にむけて広げる。

 普通の人間の二倍はあろうかと言う巨大な手だが、その手の上に、不思議な映像、幻影のようなものが浮かび上がる。

 青白く、美しく輝く幾何学模様。

「それ、セレ……」

「言うな! ターニャ!」

 思わず口に出しかけてはっとする、ターニャ。しかし、耳ざとく聞かれてしまったようだ。

 団扇のような耳をパタパタさせる怪人。

「ほほう。やはり心当たりがあるのか。どうだ、私にその者を引き合わせてくれ。ただとは言わぬぞ。相応の報酬も用意できる」

「……」

 無言になる二人。

「この紋様は妖術師が狙いをつけた者の魂にしるしをつける物に良く似ている。確か、『魂の傷』と言ったか。しかし、本物は真の力の顕現であり汚濁に塗れた呪詛とは違う。誰にでもそれはわかる……妖術師に狙われるだろう事は同じだがな」

「……」

「ちょっと待て」

 そう言うと、セリウスはターニャと相談するため下がる。

「この人(?)悪い人でもなさそうよ」

「こんな化け物極悪に決まっているだろう、目を覚ませターニャ」

「でも、セレネに会わせないと、いつまでもこれにうろうろされるわ。お城まで来られて撃退できる自信あるの?」

「……う、我々キルボールの戦士なら……」

「絶対無理。魔法使いが大挙して襲い掛かったらどうにかできるかもしれないけど」

「な、何を言うか。我々剣士騎士があのような化け物相手に遅れをとるわけが……」

「精神論だけでどうにかできる相手か、見たらわかるでしょ」

「しかし、だな」

「そうだ、私に良い考えがある」


 バリーと名乗るその怪人は、待つ間、魔法で地面を掘り返し、大きな穴を開けている。

 見る見る人間の身長ほどの深さの大きさの穴が出来た。

 そして、無造作に死体を投げて、穴に放り込む。

「何やってるの、バリーさん」

 恐る恐る問うターニャ。

「死体を埋葬しているのだ。魔黒教徒は死人が亡者として復活する呪いをかけていたりするからな。油断は出来ん。それに、死した戦士は埋葬してやるものだ」

 敵の埋葬は戦士としての礼儀でもある。

 思わず、セリウスはうなずいてしまった。

「へー、見かけはあれだけど、敬虔なのね」

「……」

 バリーは無言で手をかざすだけで遺骸の山に青い火をつける。

 穴の底で燃え上がる積み重なった死体。

「ところで、お願いがあるんだけど。あなた、様々な術に秀でた大魔法使いなのよね?」

「うむ。自慢ではないが相当なものだ」

 胸を張る象の怪人。

「それなら、私の仕事手伝ってくれない? それなら、あなたの目的の人に会わせてあげてもいいわ」

「それはダメだ。生きた人間の運命に深く関わりすぎるのを我らは禁止している」

「えー、でも、助けてくれないのなら会わせてあげないわ。私の提案を無視して無理をすれば、余計、深く関わって行くしかなくなるわよ」

「ふうむ。難問を突きつけおる。断っても断らなくても禁忌に触れると言うことか。ならば協力しよう。しかし、あまり便利に使われると禁忌に触れるので受動的立場ならばだ」

「それでいいわ。あなたなら当然、何かの変化の術は知っているわよね」

「考えられるあらゆる術を網羅している」

 更に胸を張るバリー。

「だったら、私について来られる姿になって、一緒に来てほしいの。私、アーロンに捕まっている仲間を助け出さないと」

「助けるまでの条件でならいいだろう。では、これならどうだ」

 そう喋った次の瞬間には、一本のロッドが宙に浮いている。穀部にぬいぐるみの象の頭がついている。

 怪人はロッドに変化したようだ。

「ヤダ、思ったよりかわいいじゃない。これなら持っていける」

 手に取って面白がるターニャ。




2026/5/30 微修正

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