29 父と息子
アーロン王国の高級住宅街を行く三人。
宿までたいした距離では無い。
馬上のリアンナは先ほどの店で買った白い皮の上着を羽織っていた。
前の服よりシンプルだが、血をはじく水棲動物の皮で出来ている。
かなり高価な品だ。
目立つことだけは間違いない。
(本当に目立つのは止めてほしい、言っても聞かないだろうけど……そのせいで国の隠密臭い奴らも寄って来てるし)
姫をさらに遠目で監視している鋭い目の男たちの存在にデリクは気が付いていた。
(こいつら、呉服店を監視してたよな。俺の正体に気が付いてるかどうか……ちょっとわからんね)
そう思いながらも、一般人の風体で歩くデリク。
途中、目的地付近で一人の妙な男に気がつく。
その男は黒いマントに黒いフード。ブーツも装具も黒。綺麗に整えた黒い髭とニヤニヤと笑う不敵な顔が印象的だった。
建物に寄りかかり、無遠慮にリアンナとレティをじろじろ見ている。
(なんだ、こいつ。黒ずくめの下に……鎧を着ているな。剣も柄だけでも立派な拵えだ、魔法の剣だろう。しかし、嫌な感じだなこの野郎)
リアンナも、その視線に気がついたのか、その男と目を合わせる。しかし、すぐに外す。
どうやら知り合いでは無いらしい。
いきなり、男はデリクと目をあわす。
(!)
そして、にやりと笑う。
(チ、まさか、俺の変装に気づかれたのか? 本当ならこいつ相当できる)
じっとりと嫌な汗が出た。
やがて、男はばっと黒いマントを翻してどこかに歩き去る。
デリクは何故か、武者震いか恐怖か、体が震えて止まらなかった。
朝のアーロン王国、王城。
国王の控室。
控室と言ってもかなり広い。
雑然と積まれた書類、本棚。執務に必要なものが並んでいる。
年老いた男が最奥の机の前に座り、書類に目を通している。
顔には皺が深く刻まれているが、姿勢はまっすぐで衰えているようには見えない。
国王の権威を表す衣装をまとっている。
長年新調していないのか古くなった生地だ。
「国王陛下、リュギス公爵がご面会を求めておられます」
セドリック・アーロンは書類から目を上げる。
侍従が開けっぱなしの入り口で頭を下げていた。
王は興味なさげに国政の書類に再び目を戻す。
「リント。リュギス公とは会わないと命じたはずだ」
面倒であるかのように言う。
リントと呼ばれた侍従は平伏する。
「陛下。今日は既に城にまでお越しになられてます。どうやら国境の蛮族が再び侵入の準備を整えたとのことです」
「それなら、早馬で事足りるはず。なぜ、公が城に来ている」
「その早馬がリュギス公爵その人だったのです」
「……」
「どけ!」
衛兵の制する声を退けて、野太い男の声が響く。
つかつかと、一人の男が入ってくる。
非常にがっしりした筋肉質の肉体に、ぎらぎらするような目。金色の胸当てに赤いマント。かなりの偉丈夫だ。
「リュギスか……」
「お久しぶりです、父上。ご機嫌麗しゅう」
「フン!」
セドリックは不機嫌極まりないという顔を隠しもしない。
「久しぶりにお会いしたと言うのに、つれないですな」
「蟄居を申し渡したはずだ。五年も前にな」
「もちろん存じております。しかし、王国の危機であれば、直接お会いしてご報告申し上げるべきと思い参上仕りました」
「……」
「実は、南西の山岳地帯にある『静寂の国』と申す、不浄な魔物の国が最近出現したのはご存知でしょうか」
「聞いておる」
「その国では女王を建てて、不気味な死神信仰をしております。このような物がわが国のすぐ側にあるのは由々しき事態ですぞ」
「『静寂の国』がわが国への進撃準備でも開始したのか? 蛮族が来ると申して城に上がったと聞いたが」
「国王陛下その通りでございます。かの国は生きている者全てを憎み、当然のようにわが国を侵す準備を整えております。特に国境を接するわが領土は危機に瀕しております。ここは機先を制し、かの国への国軍派遣をお願いに参りました」
「……(ぬけぬけと嘘をつきおって)」
「それに、あのような国を放置しておけば、わが国がかの国を滅ぼす努力を怠っていると周辺各国の非難を浴びるでしょう。是非、一度、国王陛下におかれましては国軍の派遣のご検討を」
「各国の反応は知らん。しかし、公共の正義を謳うのであれば、わが国だけが一人動くのはおかしい話だ。かの国とはわが国だけでなく、ギフォンもガルディアも境を接しておる。更に言えば、川の下流域にあるネディラ女王国もだ。連合軍の結成がない限り、わが国だけの突出はありえない」
ギフォンはアーロンの西隣の隣国、ガルディアは更に西の国家である。
ネディラ女王国ははるか白麗川の下流域にある国で事実上鎖国していた。尚、アーロンとの間には魔黒教国と言う魔神信奉の蛮人国家に阻まれて、ほとんど行き来はない。
「父上は、怯えに堕しておられる。魔黒教国も長年放置され、更に『静寂の国』まで出現したではないですか。金をためるだけが国の政治ではありませんぞ。アーロンの居城もこのような廃墟を利用した見苦しいもの。城を新築してもっと住み良い宮殿にすべきです。実際魔物が城に住むと言ううわさまで出る始末。各国の大使が内心馬鹿にしているのがわからないのですか」
セドリックは思わず憤然として言い返す。
「軍を派遣するだけでなく、城の改築まで要求するか。痴れ者め! 財政の破綻をようやく回避したのがなぜわからん。民は決して豊かでは無いぞ。やせた土地に、蛮族の脅威。民に無理を強いれば、この国なぞ簡単に破綻するわ!」
「……」
「貴公が自領で城と軍勢を強化して、民から重税を搾り取っておるのは聞いておる。農民が反乱を起こしたら、責任は取ってもらう」
「あの貧民たちなどどうなっても構わないではありませんか。日々不平を言い、何かあれば我々貴族に泣きついてくる。それより重要なのは国の名誉です。武門の誉れ高いわが国がいつまで手をこまねいて……」
「くどいぞ、リュギス! 貴公の謹慎は解いておらん……早々に立ち去らねば、逮捕せざるを得ない」
「父上! 私はあなたの息子ですぞ! それを逮捕するとおっしゃるのですか!」
「フン!」
セドリックの目は子に向けるものとは思えないほど冷たい。
リュギスは打ちのめされたような顔をする。
「あなたの跡を継ぐのは私しかいない。父上は現実を見ておられない」
「現実を見ていないのはお前の方だ。お前には従兄弟も甥もいる。われら親子が絶えても、先代や先々代の子孫は健在だ」
「父上! あなたがそのようなことをおっしゃれば、王位を狙う人間を増やすことになりますぞ。私を認めたくないがためだけに王国を混乱させるのですか!」
しばし、にらみ合う二人。
「お前が何をやったか……例え子でも、許せるものではない」
搾り出すような声。
「父上は、まだ、あの女の件を根に……」
「……」
リュギスは首を振ると、
「父上、それではお暇致します。しかし、国軍の派遣は今一度ご検討ください」
「くどいぞ! 立ち去れ!」
ついには、激怒して大声を上げた。
リュギスは殺意の篭った目を父に向けたが、背を向けて無言で立ち去る。
「陛下……お水を」
侍従が心配そうに声をかけた。
召使が盆に杯を乗せて持ってくる。
セドリックはいらいらと水を飲む。
「……朝から……不愉快だ!」
しばらく、ぶつぶつと何か口汚く罵って鬱憤を晴らしてたセドリックだったが、やがて気持ちを切り替え、
「リント、今日の議題は何だ」
「は、陛下。周辺諸都市の商工ギルドの者が面会を求めております、投資資金についての陳情です」
「河川改修の方が先だ、陳情は後日にしろ……しかし、エリウスが生きてさえおれば……せめて……」
「……」
「リント」
「は」
「リアンナの行方はどうだ」
「リアンナ様は城下で事件の捜査のようなことをなさっておいでです。先日の囚人の神隠し事件を解決すると」
「あの件か……あれにしっかり見張りをつけておいてくれ。あの娘はまだまだ子供だ」
「実は……」
「どうした」
「先日、部下の二名がハーフオークと思しき者に殺害され、更に、姫様が襲われたようです。しかし、襲撃者はことごとく姫様の返り討ちにあいました」
「お転婆どころではないな、姫は無事なのか」
「はい、今日は呉服店にいらしております」
ほっとするセドリック。
「隠密どもも情けない。女のリアンナが敵を蹴散らしておるのに、男の隠密はあっさり倒されるていたらくとはな。もっと腕の立つ者どもを雇えないのか」
「は、申し訳ございません。しかし、そろそろ、姫様をお呼び戻しに……」
「私もお前と同じ気持ちだ、だが、あの娘はあの母の娘だぞ。縛り付ければ余計に反発して飛び出すだけだ。やりたいようにやらせてやって、そのうち自分の責任に気がつくまで放っておくしかない」
「しかし、それでは、姫様の御身に」
「それは、もう諦めろ。横死するのがあの娘の運命ならそれは仕方がないことだ。危険に身を晒さない限りあの娘は決して納得しない」
「申し訳ございません」
「ところで、その襲撃者に関して調べはついておるのか」
「実は……」
侍従リントの声は非常に小さく、ひそひそ声になる。
二人の密談はしばらく続くようだった。
乾いた草原を五騎の騎馬がゆっくり移動している。
ここはキルボールとアーロンの中間にある、何もない草原地帯。
所々に開拓農民が村落を作っているが、豊穣の地に変化するにはまだまだ時を要するだろう。
騎馬の内、四名は皮の鎧に茶色のマント、皮製の盾を持ち、腰には長剣を挿している。
一名は小柄な人物で、とんがり帽子に紺色のマント、トネリコのロッドを持つ。
「ようやく、国境ねセリウス」
とんがり帽子の人物が声を出す。
若い娘の声。
「本当に行かれるんですか? 今ならまだ引き返せますよ」
彼らはターニャとセリウスだった。他の者はいつものセリウスの部下である。
「今更引き返せないわ。容疑の潔白はついたけれど、まだ、やらなきゃいけないことがあるの」
「しかし、お父上も納得されてはいないでしょう」
「父親の許可を取って冒険者やってる人なんてこの世にいると思う?」
思わぬ切り返しを受けて思わず吹き出すセリウス。
「まあ、男でも少ないでしょうね。かなり」
セリウスは自分の父を思い出す。
家を出るとき大喧嘩したことなど。
あの事件の後、セレネが本当に得体の知れない連中に狙われていることが判明し、彼らがキルボールにはほとんど居ないハーフオークだったこともわかった。
外国勢力の侵入ではと言う恐怖から、伯爵家の司法当局も本腰を入れ事件の再捜査が進め、少なくとも、ターニャと仲間の罪は何かの「手違い」であったことが公式に認められた。
これで、一応、ターニャが謹慎する理由もなくなったのだ。
「それにしても、あの、司法長官には本当に腹が立ったわ」
彼らを誘拐犯だと決めつけサインをした司法長官は、自分がなぜサインしたかも覚えていないと言い放ったのだ。
大魔導ジョシュアが彼に助け舟を出して、妖呪術師の呪詛が原因であり、彼は敵の罠にはまっただけととりなしたため、責任は曖昧になっている。
「あんなの完全に職務怠慢じゃない。伯爵も何のお咎めもしないんだから呆れたわ。うんざりするほど保守的ねキルボールは」
キルボール伯と司法長官の間抜けな顔が思い出される。
「だが、そのおかげであの二人の正式な助命嘆願書を得たじゃないですか、それだけでも大成果ですよ」
セリウス。
司法長官は妖術師の呪詛の存在を認め、アーロンにデリクとドーリンの死刑執行の取りやめを嘆願する陳情書に署名した。
そして、今、その書類を胸にターニャがアーロンに向かっているのである。
「ええ、そうだけど、あの愚かさには……」
無能な為政者たちの顔を思い出すと怒りがこみ上げる。
キルボールは伝統的に保守的で上級貴族はがっちり血筋に守られている。
どれだけ無能でも決して地位を追われたりしない。
その辺り、新進気鋭の英雄が林立するアーロン王国とは力量の差がはっきりしているが、均一な民族構成が社会安定に貢献している面もあるので一概にキルボールが弱い国とも言えない事実もある。
「なぜあなたはアーロンで仕官しないの。その方が出世できるんじゃない?」
気になって問うターニャ。
「アーロンは確かに出世のチャンスは多いでしょう、開かれた気風だし、腕の立つ人間をいつも募集している。でも、あの国は不安定すぎる。努力して手に入れた土地もすぐに蛮人に蹂躙されるんじゃ……」
「人それぞれね」
「それに、私は元々純粋なイスカニア系のキルボール人。外国人とは違いますから」
外国人よりはチャンスがあると言いたいのだろう。
草原を行く一行。
適当なところで止まる。
「じゃあ、この辺りでお別れね。純血を誇るイスカニア移民様。私は雑多な人間の住まう、アーロン王国へ探索に向かわないといけないの」
ターニャの言葉にセリウスは微笑を返す。
彼女の皮肉にも慣れてきたのだ。
2026/5/24 5/29 微修正




