28 侍女レティ
ミランダ王妃は少しうなずき、
「そうね、一度、刑を取りやめるように王に申し上げるわ。城の魔道士たちに入念な調査を命じてもよさそうね。それはそれとして、ティルクと言う少年は?」
「あの子はバルガス家のごろつきに財産を盗まれて、一人で取り返しに行って返り討ちにあったのです。この国の法なら正当防衛の範囲です。それだけじゃなく、バルガスの賄賂で重犯罪人にされて投獄されてます。直接、ラパレイ・バルガスから証言を得ました」
エルヴィは事情を素直に話す。
「脅して聞いたのね」
艶然と微笑む王妃。
「はい」
小さな声で恥じ入るエルヴィ。
「ふふふ。面白い子。あなたの話だけでは証拠も何もないわ。でも、少なくともバルガスの件はありそうな話ね」
王妃なのに、不思議と世知に長けている。
よく見ると王妃の手の甲には刀傷が幾つもあった。
「あなた、面白いわ。久しぶりにどきどきする。シュナちゃんを私の側に置いておくかわりに、暫く侍女として働くのはどうかしら。そのうち、行方不明者が発見されるかもしれないわ、過去にもそういうことがあったのよ」
「過去にも……良かったらお話願えませんか」
「そうね、あれは十五年ほど前かしら。とても綺麗でかわいいと評判の侍女がいたの。黒髪で遥か東方の血を引くと言われていたわね。あるときその娘が人々の目の前で忽然と消えたの。城の一階広間よ、まさしく聴許が行われるど真ん中で。王に水を運んでいて、その杯が床にカランと落ちたのを今でも憶えているわ。王も動顛されて、即座に調査を開始した。でも、誰も何も発見できなかった。城の上部、三階より上も徹底的に調べたけれど、遺跡と言うだけで何も出ず。そのうち打ち切りになった」
「そんなことが……」
「捜索も打ち切られ、彼女のことを忘れそうになった十ヶ月後、忽然と広間に現れたの。ぼろぼろの服に痩せこけた野良猫みたいになった姿で。赤ん坊を抱えていたわ。彼女は半分くらい正気を失い、化け物に囚われていたと言う。そして、この子は王の子で化け物の誘惑で魂を奪われそうになったけど、必死に守り抜いて脱出したと」
「あまりに突飛な話なので皆信じなかったけど、王がその子を自分の子だと言い出したの。失踪する前に、侍女に手をつけたことを認めて」
「でも、そのような子では王子とするには……」
「ええ、もちろん、大臣は皆反対したわ。どこの馬の骨ともわからないのに子と認められないって。でも、王は頑としてその子を王子とした。実際、王位継承権第二位を正式に認定しようとしていたわ。シンシアの王から同意を得るほど熱心だった。でも、それが仇になったのね。何者かにその子と赤ん坊は殺されてしまった……ふふ、あの子の殺害事件はこの件と関係ないわ。余談だったかしら」
「十五年も前にそんなことがあったのですね……」
「この国の貴族、ある程度地位の高い者なら誰でも知っている事件よ。でも、一応、緘口令が敷かれたから、庶民には伝わってないかも」
ふぅとため息をつく王妃。
「赤ん坊が気になるニャン。王がこだわった理由があるんじゃない?」
シュナはいつの間にか王妃の横に座っていた。
「あら、あなたもそう思う?」
にこっと微笑む王妃。
「とにかくあの赤ちゃんは不思議な子供だったわ。色々と各地で不思議な良い現象が起きたの。作物が突然虹色の芳醇な実をつけたり、天使の目撃があったり。あの子の側にいるだけで不思議な安心感があって、私も良くかわいがったのよ。私も男の子が欲しかったけど、全然生まれなくて。生まれたのは男もびっくりのおてんば娘だけ」
笑顔で肩をすくめる王妃。
「王妃はその母子に嫉妬されなかったのですか」
「痛いことを聞くわね。ふふ、それは権力におもねる貴族連中が絶対聞かないようなことよ。そうね、正直に言うと何も感じなかった。男の子が生まれていたら違ったかも。でも、そんな執着に何の意味があるの? 人間は生きて死ぬ。短い寿命の猫よりどこが偉いなんてこともないわ」
そう言ってシュナを撫でる。
「ただ、私たちはやれることが多いだけ。私の子孫が繁栄するとか、何の意味があるの、百年後誰も私のことを憶えてなんかいないわ。その時、権力者が私の子孫である意味も特にない。ただ、今の世の善政が百年後の世の中を良くしているのなら、私たちも生きる意味も少しはあったんじゃないかと思うの。だから、王の治世に全力で協力したい。女の幸せなんて今は考えてもいないわ」
エルヴィは見た目や態度以上に真面目な考えを持つ王妃に共感を覚えた。
思わず、少し涙がこぼれる。
「貴人の中にも王妃のような方がいらっしゃるのですね……」
「貴族でもまともな人間もいるわ。いいえ、まともな人間の方が多いというべきかしら。でも、先ほどのメガン伯みたいな人間も必ず混じってしまう。そして、なぜかあのような人間の方が大声になる。世の中のシステムが悪いのね。でも、まだ私たちにはそれをどうすることもできない。自分の立場から最善を尽くすだけよ」
「……王妃様、良ければ、暫くお側に仕えさせてください」
エルヴィは思わず座を降りて跪く。
「ええ、いいわ。よろしくね、エルヴィ」
ミランダ王妃はハーフエルフの手を取った。
いつの間にか、先ほどのシルビアが立っている。
手に皿を持ち、シュナのおやつを持ってきたようだ。
「川魚を練りこんだビスケットよ。うちのユリちゃんも大好きなの」
ユリとは先ほどの黒猫だ。
「ウマイ、ウマイ、ニャン」
シュナは遠慮なく食べ始める。
「やだ、シュナったら。ちょっとは遠慮しなさい」
エルヴィは少し慌てた。
女たちの顔に笑顔があふれる。
リアンナと賊が戦った翌日。
昨夜、少し降った雨も上がり、からっと晴れた爽やかな午前中。
高級住宅街にある瀟洒な呉服屋の前で、暇そうにしているデリクの姿があった。
追われる身なので、表通りから見えない位置、植木の陰に潜んでいるが、すでに一刻以上の間ぼんやりとしている。
もちろん、何の意味もなくそうしているわけではなく、服の買い物に勤しむレティ、つまり、リアンナ姫を待っているのだ。
(ヒマだ……)
時々見ると、飽きもせず真剣に衣装を検討している。
(まだ、頑張るのかよ。いい加減決めろ!)
ふと、通りを見ると、一人の思いつめたような少女が店の中を伺っていた。
(なんだ、あの娘。危険人物には見えないが。服装からすると、メイドさん?)
その少女はメイド服のような衣装を身につけている。
栗色の髪に、淡い青い瞳、真っ白い肌。
人形のような少女だ。
やがて、その少女は意を決したかのように店に入って行く。
(やべぇ、何か始まるのか。とりあえず接近しよう)
デリクは地に伏し、いつもの背景に溶け込む能力で石畳に擬態した。
無音でそろそろと店に近づく。
「リアンナ姫様!」
突然、その少女はかわいい声を上げる。
「レティ!」
服を選ぶ手を止め、血相を変えるリアンナ。
「どうして、ここが……」
「どうしてって、いつも姫様はここでドレスや服をご購入されていらっしゃるので……」
レティと呼ばれた少女は少しもじもじと答える。
(ゲー! かわいいぞ! 今、名前が逆だった?)
なぜか驚愕するデリク。
リアンナはきょろきょろすると、急いでいくつか衣装を手に取る。
「店長。今はごめんなさい、ツケで良いかしら」
「ええ、もちろんでございます。姫様」
店長は恰幅の良い紳士で、リアンナのことは良く知っているような態度。
(姫様!)
「レティ、急いでついて来てちょうだい」
二人はそそくさと、人目のつかない裏路地に入っていく。
デリクも無音で後をつける。
(レティ様にリアンナ姫様と声をかけていたな。そして、姫様はレティと返している。どうやら、あの姫様の本名はリアンナで、本当のレティは今のメイドさんのようだな……ま、お姫様のかわいい嘘だったんだろう)
この辺りは裏路地でも清潔に保たれ、汚い物など一切無い。
時折通る衛兵の方が浮いており、がさつで見苦しく感じる。
二人の女は小さな広場のようなところで、こそこそと小声で話し合っていた。
「レティ。どうしてここに」
「姫様のことが心配で。いつも身の回りの世話をしているのに、私がいないのにどうしていらっしゃるか、お困りでないか……」
また、もじもじするレティ。
「気持ちは嬉しいけれど、私は出奔したのよ。あなたは城付きの侍女でしょ。勝手に出てきたらダメじゃない」
「でも、姫様が心配で……」
ため息をつくリアンナ。
「まるで、あなたがお母様みたいね。そう言えば、父上と母上はどんな感じ?」
「国王陛下はとてもお怒りでしたけど、今は落ち着いていらっしゃいます。うわさでは、もう放って置けと侍従に命じられたそうです。王妃様はあのご性格ですから、特に普段と変わることも無く……」
「母上の反応が一番安心できる話ね、今のところは」
ちょっとほっとするリアンナ。
「へー、レティ様は、リアンナ姫様だったんだ」
突然、背後の建物の影から無遠慮な男の声がする。
レティが見ると、そこには黒っぽい衣装の妖精小人族の男が立っていた。
「きゃ!」
思わず、悲鳴を上げて、リアンナの後ろに隠れるレティ。
「心配要らないわ。この者は今のところ敵ではない」
「デリク・ヴィクターです。ホルス人の隠密。お見知りおきを」
軽く片膝突いてレティに挨拶するデリク。
「今の話を盗み聞きしていたのね」
リアンナが少し怒り気味で問う。
「聞く気持ちは無かったのですが、つい耳に入ってしまいました」
「ふん、ぬけぬけと」
「姫様も私に嘘をついていたのですからお互い様ではないですか」
「……」
「ところで、こちらのお嬢さんは」
「私の侍女のレティだ」
「デリク……あ、もしかして、城で行方不明になった誘拐魔のデリクさん?」
レティは突然思い出したかのように言う。
「誘拐魔とは失敬な。俺は誘拐なんて生まれてこの方一度もしたことないですよ。はっきり申し上げましょう。冤罪です。大体、俺みたいなチビがどうやって大きい人たちを攫うんです? こちらが聞きたいくらいだ」
ちょっと怒るデリク。
「えーっと、ごめんなさい! 皆がそう言ってるから……」
デリクの剣幕に押されて、謝ってしまうレティ。
「わかればいいんです、わかれば。大人の男として余裕の態度で許して差し上げますよ」
子供みたいな大きさの男が、大人を主張する姿にちょっとおかしくなるリアンナ。
「もうわかったでしょうレティ。今は帰りなさい。私は危険な仕事をしているのです。冤罪かどうかはさておいて、追われている危険人物と行動を共にする仕事なのよ、あなたがいては足手まといなの」
足手まといと言われて、ショックを受けるレティ。
「そんな……姫様……」
「姫様、さすがにそれは言い過ぎでは? この子はあなたを心配したからここまで危険を冒してやってきたんですよ。それと繰り返し言いますが、俺は冤罪です。もちろん、危険人物でもありません」
涙目のレティが可哀想になって、思わず擁護するデリク。
「じゃあ、どうしたらいいの。バルガス家の荒くれとケンカするのに、この子を連れて行ったらどうなると思う?」
「それは飛躍しすぎでは。と、とりあえず、身の回りの世話だけでもお願いしてはいかがでしょう。そうだ、姫様の宿に待機してもらって、帰ってきたら食事を作ってもらうとか……プリンとか、ケーキとか、作ってもらうとか! あー、ケーキ食べたい」
なぜか興奮して、言葉が変になるデリク。
デリクの言葉に俄然目を輝かせるレティ。
(そうね、確かに。家事は全くわからないし、何かと助かるわね)
「レティ。絶対私たちのことは誰にも喋ってはダメよ。それと、宿は中央街の緑の子馬亭よ」
「はい! ありがとうございます。姫様……でも、どこにあるんですかそのお宿」
「基本、安全な場所だけど、だからと言って、女の子一人で行けるような場所じゃありませんよ、姫様」
デリクが助け船。
「だったらデリク。あなたが案内してあげて。私は今からバルガス家を見張るわ」
(それはそれで不安だ……どうにか言いくるめて安全なところに行ってもらわないと)
「姫様、私、姫様がいないと怖いです」
レティが不安そうに言う。
「何を子供みたいなことを言っているの!」
「そ、そうですよ、リアンナ様。私みたいな『誘拐魔』と美少女が連れ立っていたら、凶悪犯罪の餌食みたいじゃないですか、もちろん、そう見えるだけですが」
(我ながら、むちゃくちゃな理屈だな)
「ふぅ。確かに仕方がないわね。いいわ。ついてきなさい。レティ」
(何故かこの理由で納得されると胸にもやもや感が残るぞ!)
「では。俺は、バルガスを見張りに……」
「だめよ。あなたもついてきなさい、デリク」
「へ、なんで?」
「抜け駆けは許しません!」
話がつき、三人は出発する。
リアンナはレティを馬の後ろに乗せ、デリクは商人風体に変装して後をつけるように行く。
2026/5/23 微修正




