27 王城への侵入
夕闇に黒く浮かび上がる黒い城。
城を見つめる一人の女と白猫一匹。
エルヴィは夜になってから、アーロン城の警備を確認するため、城の周辺をぐるりと一周する。
本丸を囲む城壁には適度に矢塔が立ち、ぐるりと深い堀が囲む。
城壁の上は煌々と篝火が焚かれ、多くの兵が巡回している。
やはり、謎の失踪事件がおきてから、以前より活発な警備体制になっているようだ。
「結構、剣呑な状況ニャン」
エルヴィの懐に入ったシュナが人事のように言う。
彼女は黒ずくめに覆面、隠密装備で闇に潜んでいる。
「シュナ。あなたなら、どうやって侵入する?」
「うーん、僕なら、まず、単なる野良猫の振りして、昼間に堂々と正面から門の開いている時間に入るかな。それ以外なら、下水からこっそり」
「下水なんて嫌よ。それに、下水は一番魔法の警戒がありそうなところよ」
「それなら、城壁に張り付いて華麗に乗り越える?」
「いまのところはそれが一番有力ね。私の跳躍術ならあの城壁はそれほど難しくない」
「それがよさそうだね」
「あと、お願いがあるんだけど」
「なあに?」
「合図送ったら猫の声で鳴いてね」
「うん」
暫くして、エルヴィは近くにある高い建物の屋根に上り、城壁の兵の動きを観察する。
さすがに途切れなく隙が非常に少ない。だが、観察の結果、矢塔の根元は射手の防壁が張り出しており、視界を遮る場所がある。
そこまでわかった時点で、透明化の巻物を使ってから跳躍するエルヴィ。
闇を跳ぶ影は誰の目にも触れず、通常では不可能な跳躍力で堀を飛び越え城壁にへばり付く。
警備の兵士が城壁の上を歩いてくる。
無言でじっと待ち、気配が無くなると鉤爪でゆっくりと登り、壁の上に立つ。
中庭を見ると、眼下には黒い灌木が見える。
芸術的な庭園になっているが夜ではわかりにくい。
エルヴィは城壁の兵士が外ばかり見ていることを確認してから、鉤爪で中庭に降りる。
灌木に潜む直前に透明化は切れた。
一瞬だけ、エルヴィの姿が闇に見えるが、だれも気が付かない。
中庭の灌木を伝って行けば城の本丸に接近するのは容易だったが、本丸付近の警備は多く簡単には侵入できないようだった。
鉾槍を持った衛兵がうろうろしている。
警備の薄い場所を探そうと動くエルヴィ。
「おい、何か音がしなかったか」
少し離れたところで衛兵の声が聞こえる。
気づかれたようだ。
彼らは無言でやってくる。
エルヴィはシュナに合図を送った。
「ニャー」
「なんだ、猫か」
「物まねかもしれない、確認しろ」
兵士たちは疑り深い。
シュナはそっと歩いて身を兵士たちに晒すことにした。
「キシャー」
カンテラの明かりに威嚇する白猫の姿が浮かぶ。
「オイ、本当に猫だ。いい加減にしろよ、糞猫。一度、城の野良猫駆除した方がいいんじゃないか」
「無理言うなよ。今の王妃様が猫好きだから、下手に手出しして上に睨まれたら終わりだぞ。余計なことは考えるな」
「ああ、そうだったな相棒」
衛兵たちは警戒を解いて去って行く。ほっとため息をつくエルヴィ。
「これからどうするニャン」
「想像以上に厳戒ね。さっさと本丸に忍び込まないと厄介だわ」
本丸は入り口が少なく、侵入は難しいように見える。
「兵隊がいっぱいだよ、どうする」
「簡単よ。上からなら楽々でしょ」
そう言うと、巡回の隙を衝いて本丸に接近し一気に跳躍を行う。
建物には所々に彫像や出っ張りがあり、連続の跳躍も簡単にできる。
エルヴィは見る見る屋上まで登ってしまった。
暗い屋上に人の姿はない。
「はぁはぁ。さすがに、高い建物だわ。ちょっと休憩」
ハーフエルフは手頃な物陰に入ると、荒い息をついて座り込む。
城の屋上は無人で閑散としている。
造りが段々になっており、いくつか部屋のような仕切りが見受けられた。
しかし、全体としては汚い廃墟のようになっている。
「城の屋上なのに、全然使われてないみたいだ。瓦礫も山になってるし、アーロン王も手が回らないんだね」
白猫が様子をうかがい、つぶやく。
「ブーンに聞いた話だと、王は一階と二階しか使ってないって。広すぎるから城の半分以上は廃墟なのよ。外聞悪いから公表しないけど」
「へえ、だったら、城の中に山賊や化け物が勝手に住んでいても、誰も知らないかもしれないんだ」
「山賊は無理でしょ。食料はどうするのよ。でも、化け物はいるかも知れないわ。変なうわさだけはいっぱいあるのよ」
「へ、変なこと言わないでほしいニャン」
ちょっと怖くなってエルヴィに擦り寄るシュナ。
「塔から城に入りましょう、その前に」
そう言うと、エルヴィは城の侍女の制服に着替える。たちまち、美しいメイド少女に変装していた。
「そんな服持ってたの? どこで手に入れたの?」
「蛇の道は蛇よ。猫ちゃん」
「でもその服装じゃ武器隠せないニャン」
「心配後無用。この服、エプロンの下にポケットがあるのよ。投擲弾と匕首、投げ矢とか色々持ってるわ」
二人は、準備を終えると四隅の塔の入り口を調べる。
あからさまに最近使われた形跡のある扉が二つあった。
「二つの扉から人間の臭いがしたよ。最近だと思う。あと、血の臭いがした。最近ここで戦った奴がいたのかも」
「ありがとう、あなたが居て助かったわ。でも戦いとは変ね。こんな所で貴族が決闘でもしたのかしら」
「逃げ出した囚人がここで捕らえられたとか」
肩をすくめるエルヴィ。
わからないと言いたいらしい。
二つの扉のうち、片方は鍵がかかっており、片方は開けっ放しのようだった。
「鍵開けなんてできないから、結論は出たわね」
エルヴィはそう言うと、東側の塔から降りていく。
塔の中は漆黒の闇で、足元も滑りやすく、安全とはとてもいえない。しかし、ハーフエルフのエルヴィは闇に対して耐性があり、視力もある程度効く。
そっと降りていくと、途中幾つも扉がある。
「どの辺りで塔から出るの」
「二階よ。メイドがうろついていても怪しまれないのは貴族が住んでいるところだから」
「二階に行ってどうするの」
「さあ、とりあえず、城のうわさから調べるわ。街に流れているうわさよりもっと確かなことが聞けるでしょ。それに、魔法使いの私が見たらわかることもあるかもしれない」
「結構、行き当たりばったりニャン」
ある程度降りたところで、横の扉に入りあたりをつける。
二度ほど試し、やがて、人の声が聞こえてくる階に出た。
扉を開けて覗き込むと絨毯を敷いた通路が見える。
どうやら、かなり上位の貴族が住む居住区らしい。
エルヴィは堂々と入ると、何か用事があるような顔をして歩いていく。
窓から見える夜景から、目的の二階に到着したらしい。
二階は廊下が輪状にあり。その両側に貴族の寝室や、娯楽室、喫茶室などが並んでいた。
所々で、アーロン王国の貴人たちが賭け事や談笑にふけっている。
あまり人は多くないようだ。
「立派な宿屋みたいだね」
「しっ、猫が喋ったらまずいでしょ」
エルヴィがシュナを制していると、
「オイ、お前、誰の侍女だ」
横柄で野太い声が、後ろから聞こえてくる。
振り返ると太った脂っぽい中年男が嘗め回すような視線。服装からかなりの地位だろう。
ぎゅっとシュナを抱きしめ、言葉に詰まるエルヴィ。
「私は……」
「ほう、なかなかの美形では無いか。今からわしの部屋で酌をしてくれんかのう」
「ええっと、私、今から用事がありますので、申し訳ありませんが……」
「何を言うか! メガン伯であるこのわしが命じておるのだ。素直についてくればいい」
「でも、あの……そう、王妃様のお言いつけですので」
「王妃などどうでもいだろう。下らんことばかり言ってる女だ。それよりわしの」
太い脂質の手で、細いエルヴィの腕を掴む。
思わず振り払いたくなるが、騒ぎを起こすのも憚られ躊躇するエルヴィ。
「あなた! まだそんなところに居たの! 早く、ワインを持ってきてちょうだい!」
毅然とした女性の声が聞こえる。
見ると、五十代位の上品で美しい貴婦人が厳しい顔で立っていた。
足元に黒猫がいる。
脂ギッシュな男はぎょっとして手を離す。
「こ、これはミランダ王妃。この娘が私に無礼なことを申しましたので、ちょっと仕置きしようとしていたまででして……」
もごもごと言い訳する男。
「メガン伯、奥様がお探しでしたわよ。その侍女は私の言いつけがあります。私の顔に免じて、開放していただけたら嬉しいのですが」
優しげな言葉とは裏腹に、目つきの厳しさは相当なものだ。
「は、はい。もちろんでございます。王妃様」
男は這々の体で逃げ出す。
エルヴィは理由はわからないが、王妃と呼ばれる人物に助けられた。
反射的にさっと膝を突いて謝意を述べる。
「王妃様。お助けいただいてありがとうございます」
「顔を上げなさい」
有無を言わせない声。王妃を見るエルヴィ。
「今のお辞儀はエルフ流の礼儀ね。そして、あなたはエルフの血が流れている。何者なの? 今、王宮にエルフの血の入った侍女はいないと聞いてます」
しまったとは思ったが、後の祭りだった。
この階にも衛兵はたくさんいる。大声を上げられたら万事休すだ。
「ありがとうニャン」
突然、シュナが声を出す。
「あら」
王妃の厳しい顔が突然ニコニコ顔になる。
「あなた喋れるのね。魔法の猫ちゃんなの?」
「そうニャン」
「私の部屋でおいしいおやつでも食べない」
「いいニャン」
「では、いらっしゃい」
王妃は二人を奥の部屋にいざなう。
エルヴィは躊躇したが、逆らうリスクも大きく、結局、王妃の言いなりについていくことにした。
通された部屋は広く、豪華な家具が並んでいる。
侍女が一人待機し、言いつけを待っていた。
「シルビア。この猫ちゃんのためにおやつを持ってきてあげて」
呼ばれた侍女は無言でうなずき、どこかに行ってしまう。
王妃はソファーに腰掛けるようにエルヴィを促し、自分はゆったりと腰掛ける。
エルヴィはすぐに動けるように浅く座った。
「ここなら誰にも話を聞かれないわ」
自信に満ちた断言である。
(何かの魔法があるのね、この部屋)
「あなたの正体を聞きたいわ。王や私の暗殺でもたくらんでいるのでない限り、邪魔をする気は無いのよ」
「……」
「心配しないで。あなたが一人で乗り込んできたことぐらいわかるわ。相当な腕前ね。冒険者かしら? 他国のスパイには見えないわ。だって美人過ぎて目立つもの」
「……」
「そして、この猫ちゃん。相当の使い手による使い魔の猫ちゃんね。人語を喋る使い魔なんてはじめて見たわ。大抵は術者のメッセージを運ぶくらいが関の山」
優しい手つきで、足元のシュナを撫でる。
「うにゃ、ゴロゴロ」
「なぜ私の目的を知りたいとお思いになられるのですか。王妃様」
エルヴィはごまかせないと思って、話し合いに応じることにした。
「いけない? 王家の人間として侵入者の秘密は知りたいのが当然でしょ。それに、あなたは私に協力を仰ぐしかないわ。私を拒めば衛兵がすぐ飛んできてあなたを捕縛するわよ」
にっこりと笑顔だが、平然と怖いことを言う。
なかなかの胆力だった。
「私が仮に暗殺者ならあなたに勝ち目はありません、どうされるのです」
「あなたが暗殺者なら、先ほどのメガン伯は今頃物言わぬ骸でしょ。あなたは即座に殺さなかった、だから暗殺者じゃない」
「その推測だけで、私を信用なさるのですか」
「そうよ」
笑顔の王妃。
ため息をつくエルヴィ。
「仕方がありませんね。私の任務を知ってどうなさるかそれは王妃様次第です。邪魔をされるなら戦わざるをえません。そのことはご容赦ください」
「ええ、いいわ」
微笑む王妃。
「私の任務は冤罪で捕まった、ドワーフのドーリンと、ホルス人のデリク、そして、ティルクと言う少年の救出です。この三人は悪人の策謀で捕まったのです。国王様には申し訳ありませんが、私は義により、彼らの救出を行います。私の名はエルヴィ。冒険者。この子はシュナ、某魔法使いの使い魔です」
シュナは王妃の足首に毛皮をすりすりしている。
「あら、消えた三人ね。最近、城でもこの話題で持ちきりだわ。それにしても、冤罪と言う証拠はあるのかしら。官憲が怠慢だったとでも?」
「ドーリンとデリクは罪に問われる前後の関係がつじつまが合わないのです。彼らは罪を犯したと言われる時間にはキルボールの北方で妖術師と戦っておりました。私の師匠の推測では社会関係を破壊する呪詛の餌食になったのではと推測しております」
「でも、それだけでは物証は無いわね」
「そうです。でも、被害者はどこにいるのでしょう。私が調べた限りでも、アーロンでは誰が被害者なのか全く出てきません。司法関係者が術に嵌められたようにしか見えないのです」
「……それは不思議ね。事件の資料を見たくなったわ」
「人を『誘拐犯』と決め付ける先入観を暴走させる呪詛かもしれません。彼らをみすみす死なせて妖術師の思い通りにさせるわけには……」
エルヴィの話を聞いて、興味深いという仕草をする王妃。
2026/5/17 5/18 微修正




