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26 動く骸骨

 厨房を出た後も、迷路のような通路が続く。


 いくつも部屋があり、歩くうちに、ティルクは不思議な感覚に襲われていた。

(なんだろう、ここに見覚えがある)


 とある小さな部屋の前で止まる。


 無人で何もない部屋の壁に美しい女神のようなレリーフがあった。

「これは?」

 ティルクが問う。

「さあ」

 あまり興味のなさそうなドーリンの返事。

「この女性、見覚えがあるんです」

 石造りの女性像は、美しい造形で耳が尖っている。

「エルフの女か? 冠を被ってるから王妃か女王か、文字があるな」

「名前はわかりませんか?」

「上古の文字だ……オーディナル王妃かな」

 ドワーフが目を凝らす。

「読めるんですか」

「少しだけな、昔、神官の修行で上古時代の秘儀を習ったときに」

「秘儀? それはどのような」

「気にするな。お前には関係が無い話だよ。それより、ここは本当に迷路だな。魔法が建物を迷宮化しているんじゃないか」

 ため息をつくドワーフ。

「本当です、訳が分かりません」

「少し、休憩しよう。そうだ、お前の体のあの紋様を調べさせてくれないか」

「はい」

 二人は松明を置く。

 ティルクが鎧を脱ぐのをドワーフが手伝い、布の上着を脱ぐ少年。

 闇の部屋に白い肌と黄金色の幾何学模様が浮かぶ。

「……気のせいか、妖術師の呪詛とは思えんな。呪詛ならもっと濁った気配がある筈だ」

「ドーリンの奇跡で消せないですか」

「呪詛なら不可能でない、先ほど贄を捧げたからな。しかし、呪詛で無いのなら解呪詛は何の効果も無い、浪費するだけになる」

「ではどうしたら」

「神に聞いてみよう、神託ではないぞ、占いみたいなもんだ」

「神託はしないのですか」

「あれは大変な儀式で秘儀になるんだよ。普通は国家の要請でやるもんだ」

「そうなんですか……」

 少年を座らせて、何かぶつぶつと祈りを捧げる。

 そして、どこかで拾ったコインを空中に投げた。

 金属的な音を立てて、床に落ちる。

「フム、やはり呪詛じゃないな。ならば、何だこれは」

「そう聞いただけでも安心しました」

 再びコインが落ちる。

「どうやら、強力な神力のようなものらしい」

「神力? でも僕は何も感じませんが」

「そもそも、この紋様はいつからある? 最後に風呂に入った時にはなかったんだよな」

 ドーリンは最初の少年の反応でそう思う。

「ええ、多分ですけど、あの留置所に来るまでは無かったと思います」

「となるとエクセレス大神の奇跡なのか……」

 もう一度コインを落とすドーリン。

「……」

「どうやら、違うらしい。別の何かだ。今は何かわからないが、条件が揃わないとわからないのだろう」

「条件とは何でしょうか」

「わからんよ。それこそ、どこかで大規模な準備をして神託を得るぐらいじゃないと無理かもな」

「……お金もかかりますよね」

「そうだ、だが、機会があったら調べてやる」

「はい、ありがとうございます」

 少年は親切なドワーフに嬉しそうに頭を下げる。

「しかし、今は生き延びて脱出を考えるべきだな。全てはそれからだ、上着を着ろ」

 鎧を着せようとするドワーフ。

 少年は重い鎧を再び纏う。


「さて、再出発だ」

「ドーリン、僕の気のせいかもしれませんが、道はこちらだと思うんです」

 デリクは通路の一方向を指す。

「ほう、何故わかるんだ」

「わかりません、でも、外に出たかったらこっちのような」

「俺たち、特にお前がここに来たのはどこかの神のご意志かもな。その紋様も絶対何かの偉大な力の影響だ。いいだろう、お前を信じてそちらに行こう」

「神のご意志を受けてるなら神官のドーリンだと思いますが」

「俺はもう神様から呆れられてるだろ。それよりお前の方が有望だ」

 そう言って、今度はティルクが謎の勘で道を案内することになる。


 黙々と進む二人。



 やがて道は太くなり、その先にはアーチ型の門。

 扉は開けっ放しになっている。

 門の先は広間であり、巨大な柱のような壁が聳え立つ。

 天井は全く見えない。

 その柱には五歩ほどの幅の階段がぐるぐると巻き付くようにどこまでも上に続いている。


 二人はゆっくり慎重に階段を登っていく。

「こんな、建物が、世の中にあるわけないですよね。巨大、すぎる」

 つぶやくティルク。

 非常に埃っぽく、喉が痛い。

 埃に足を滑らせそうになる。

「喋らないほうがいい。体力を失うだけだ」

 ドーリンの言葉に、かろうじてうなずくティルク。


 警戒しながら登るが、水も食料も無く、徐々に苦しさが増していた。

 三周ほど登ったところで、広い踊り場がある。

 その広場には三体の白骨が突っ立っていた。

 崩れもせず、手には錆びた赤い剣を持ち、角付兜を被っている。

「ドーリン。あの骸骨たち……」

 ティルクが指差す。

「ああ、わかっている。動き出すなんて思いたくも無いが、何があるか本当にわからない。しっかり警戒して踊り場を抜けよう。もし、動き出したら、お前は盾をかざして守りを固めろ。後は俺が何とかする」

 そろそろと、踊り場に足をかける。

 踊り場は階段の幅より広い。

 骸骨は柱側に立っていたので、骸骨から極力離れ、踊り場の端を迂回するように行く。

「奴らの剣は、錆びているけどなかなかのものだ」

 最も近づいた時に、不意にドーリンが言う。

「え、それなら……」

 ティルクは剣が欲しくなった。「持っていきましょう」と言いかけた時、突然、三体のどくろの瞳が不気味な白い光を発する。

 そして、

 がしゃ、がしゃ、と音がした。

 動き出す骸骨たち。

 剣を振りかざし、悪意の炎が目からこぼれている。

「やっぱり動き出した!」

 ティルクが叫ぶ。

「チッ!」

 大きく舌打ちするドーリン。

 左右の骸骨はすばやく動いて上と下の退路を塞ぐ。中央の骸骨は迷いなく斬りかかってくる。

 その攻撃はドーリンが大斧の動きをあわせてはじき返す。

「ティルク! 上の奴を頼む。正面と下のは俺が何とかする」

「わかりました、頑張ります!」

 ティルクは小柄だが、おじける風も無く盾をかざす、動きはド素人だが少なくとも勇敢ではある。

 思わず、ドーリンはけなげな少年の姿に目を細めた。

「死ぬな!」

「ハイ!」

 二人は背中を合わせ、剣の乱舞に耐える。

 骸骨たちは不思議な魔力に操られ、想像以上に軽い剣捌きを見せた。

 たちまち、ティルクの盾はもちろんのこと、腕や兜の装甲にガンガンと剣が当たり傷をつける。

「思ったより、手ごわいぞ。落ち着いて剣の動きを読め、受けが決まったら即座に殴り返すんだ!」

 ドーリンは大斧を盾のように使い剣を封じ込める。

 しかし、如何せん二対一。反撃は限定的だ。

 無理に踏み込んで斬り返せば、ティルクの背中をがら空きにする恐れもあった。

 ティルクは恐怖に耐え、必死に敵の剣に合わせて盾を動かす。

 徐々に盾が歪む。

「……こいつ、強い!」

「骸骨は生きた存在では無い。過去の怨念や魔法でただ動いているだけだ。必ず動きには破綻があるぞ。諦めずに動きを読め!」

 ドーリンの言葉に勇気づけられる。

 じっと防御で耐えた。

(こいつ、同じ動きをしている)

 何発も斬撃を耐える間に片目では動きが読みにくいと言う気持ちが湧き上がり、不意に左目の包帯を取りたくなった。

 敵の隙を衝いて、包帯に手を伸ばそうとした時、

「今だ! 殴れ」

 突然、ドワーフの声が耳に刺さる。

 さっと鉄球のメイスを正面に突き出す。

 鉄球は骸骨の胸に吸い込まれ、あばら骨を砕く。慌てて入れた一撃だったが想像以上に骸骨の体は脆く、簡単に前面の骨が砕け散った。

「よし、いいぞ、同じ動きで突いて来たら今度は肘を砕いてやれ」

(簡単に言ってくれる!)

 とは思ったが、落ち着いて動きを見切れば勝てそうだと思うと俄然勇気が湧いてきた。

 ドワーフの方はどうなっているかわからない。

 動く気配と息をする音が聞こえるから生きているのだけは確かだ。

 ティルクは敵の必殺の突きを盾でそらすと、伸びきった肘に思いっきり鉄球を打ち据える。

 パリン!

 乾いた音と同時に肘が砕け、骸骨の右腕の肘から先をぶらぶら揺れて動かない状態にする。

 床に転がる重く錆びた剣。

 敵は戦意を失うことも無く、短くなった腕でティルクを打ち据えようと動く。

 だが、それは既に脅威ではなかった。

 盾で強くはじき返すと、後ろにひっくり返る骸骨。

 少し安心してドワーフの方を見ると、四肢を砕かれた二体の骸骨が同じように床に倒れもがいている。

 そして、ドーリンは頭蓋を砕いて破壊しようとしていた。

「おお、やったなティルク」

「ドーリン。こいつ、でも、まだ動いてます」

「頭蓋とか背骨を砕いたら動けなくなるだろう。勝手に修復することは無いと思うが、後ろから襲われたくない。念のためだしっかり壊しておくぞ」

 二人はそれぞれ、メイスと大斧を振るい、骸骨を砕いていく。

 やはり、背骨や頭蓋を砕くと動かなくなるようだった。


 短いが激しい作業終え、汗をかきハアハア言いながら、ティルクは思わず床に座り込んでしまう。

「おい、ティルク、勝っても油断したらダメだ。一番疲れて気が緩んでいる時こそ一番警戒すべき時なんだ」

「す、すみません」

 そう言って立とうとするが、今になって恐怖の反動が出たのか、体ががくがくと振るえ立っていられない。

「……ふむ。少し休め」

 ドーリンは歴戦の冒険者なのでたいして疲労もしていないようだった。

 散らばった骨を階下に蹴り飛ばし、剣や兜を拾って見分する。

「兜は一応使える。持って行くか?」

「今のより上ですか」

「見た目は悪いがこちらの方が頑丈だぞ」

 ティルクはその古びた兜をかぶった自分を想像して、恰好悪い感じがして首を振る。しかし、ドーリンはその古い角付きヘルメットをかぶった。

「武器はどうです」

「剣の方は……やはり、そこそこの業物だな。魔法はかかってないが、十分使えるぞ」

 骸骨の持っていた剣は幅広の無骨な両刃剣で、突くことより叩いてダメージを与えることを想定している。

 鎧を着た相手にもそれなりに有効だろう。

「その剣は持っていくんですか」

「ああ、お前も一本持っておけ。武器庫にあったおもちゃとは格が違う」

 ドーリンはそう言いながら一本をティルクに渡す。

 ティルクにはほとんど違いがわからなかったが、その錆びて重い剣はまがまがしい破壊力を秘めているようにも見える。

 表面の錆びは限定的で、うっすらと乗っているだけのようだった。

「鞘もある、恐ろしくぼろぼろだけど、抜き身で持つよりマシだ」

 鞘は骸骨の立っていた付近に落ちていた。剣を押し込むと、するっと入る。腰のベルトに挿して、この場を去る。


 階段はまだ上にひたすら続いているようだ。

「どこまで続くんでしょうか」

「さあな」

 ドーリンは素っ気無い。

「剣はどうやって使えばいいんですか」

「骸骨の動きを覚えているか?」

「はい」

「とりあえずは、アレを真似しておけ。どこの流派か知らないが、剣士の動きを模しているみたいだったぞ。次の踊り場が安全だったらそこで少し練習してみろ」

 三週ほど登ると同じように踊り場がある。

 そこには骸骨も何も居ないようだった。

 ふと、見上げると、少し登ったところで階段は終わり、大きな両開きの扉が見える。

「あそこが終わりみたいだ、あの中に何かいるかも知れない。とにかく、剣を最低限振るえるようにしておけば、いざと言う時安心だろ」

 ティルクは敵の剣の動きを頭で反芻して、おずおずと剣を振るう。

(確か、二度三度小刻みに斬りつけてから一気に突きを送り出す。腕を上げさせて腹を狙っていた)

 敵の動きを思い出すうちに何度か自分の腹部を直撃されていたと思い出す。

 腹を見ると、装甲板が幾つもひしゃげている。 

 鎧が無かったら死んでいただろう。ティルクは改めてぞっとした。

 重い剣を自在に振るうには酷く腕力が要る。

 練習するうちにすぐに疲労困憊してしまった。

「もういいだろう。あそこに入る前に体力を使い切ることもない」

「でも、全くものになってませんよ」

「仕方がない。今はな。とにかく休め、水も食料も無いのに無理はできん」

 そう言いながらドーリンはぶつぶつとなにやら神への祈りをささげ始める。

 やがて、手のひらに小さな光が集まった。

 ドーリンはその光をティルクに押し当てた。

「これで少しは疲労が取れるだろう」

「これは、奇跡ですか?」

「そうだ」

 ドーリンは重く鈍く答える。

 確かに、喉の渇きや全身の疲労感が癒されたようだ。

「これは気休めに過ぎん。残念ながらな。ちゃんとした水と食料が無ければいずれ力尽きる羽目になる」


 二人は小休止の後、扉に向かって重い足を上げる。

 その巨大な両開きの扉は隙間から黄金色の光が漏れ出ていた。




2026/5/16 5/24 微修正

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