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25 狭間に閉じ込められた者

 外に出る二人。

 空は日差しが弱くなっている、少し曇っているようだ。


「えーと、どこから話しましょうか……」

 デリクはキルボール公国北辺の冒険から話を始める。

  とある娘が妖術師にさらわれ、奪還して帰る途中、無実の罪に問われ……。

「では、この国での罪状は冤罪だと言うのね」

「ええ、俺たちは悪事に手を染めたりはしてません。それどころか、どちらかと言うと上品な部類の冒険者です。俺以外は特に。それに、俺は盗みはするけど決して女子供に手は出さない主義なんです。誘拐マニアみたいな罪で罰を受けるのだけは我慢できません」

 デリクは自分が汚いこともする男だと言うことは自覚していた。

 女子供と言う言い方に僅かにぴくりと眉を動かしたリアンナだったが、

「でも、不思議ね。時間がずれているなんて、妖精の国に行った男の話みたいだわ」

「ターニャが妖術師の呪詛じゃないかと言ってました」

「妖術師は倒せなかったのね」

「ええ、相当高度な術を使っていたようです」

「では、城の事件も教えてほしいわ」

 城の事件のあらましを語るデリク。

 瀕死の少年を助けるために生贄になり、一度死んだはずだが、その後気がついた時には霊安室に居たこと。

 脱出途中に聞いた衛兵の話から、少年とドワーフが城で行方不明だと推測したことまでは素直に話した。

 しかし、屋上で体験した事件は気軽にしゃべることができないと思い、言及しない。

「不思議な話ね。城には神が宿ってると昔から言われているけど……」

「ところで、レティお嬢さん。なぜ、城のことにお詳しいので? そんな事件公表しないでしょう、普通。お嬢さんはなぜ、その事件のことを知っているのですか」

(当然、聞かれることよね。外部の人間がこの事件を追っているのはあまりに変。でも、城の者、ましてや、姫君だなんて教えるわけには行かないわ)

「えーと、そうね。ブーンと言う衛兵隊長にこの事件のあらましを聞かされて解決を依頼されたのよ。私も冒険者なの」

「ふーん、そんなものなのかな。城で囚人が逃げたなんて失策だから、あまり外部に漏らすような話でもないような気がしますが」

「な、何言ってるの。ブーン隊長は有名な間抜けなの。外部の優秀な冒険者に頼らないと何もできないのよ」

 ちょっとあせって言い繕うリアンナ。

「ああ、ブーンって聞いたことあります。冒険者におおやけの仕事を依頼する窓口になっていると」

(一応、つじつまは合ってる。でも、色々怪しいなこのお嬢さん)

 デリクはちょっと疑いのまなざしで見る。

「ところで、レティ様。ご出身はどこか高貴なお家柄ですよね? それも、かなりな。それがなぜ冒険者稼業なんかを?」

(やっぱり、見抜かれている。でも、正体を言えるわけがないわね)

「え、ええっと。下級貴族の三女なの。悪いけど家の名前は明かせないわ」

(下級貴族には商売や冒険者稼業で出世した者も多いと聞く。このように言っておけばそれほど怪しくないわね)

「下級貴族ですか。それにしては凄く高価な武具ですね」

「地位は低くても、財産は豊富なのよ。別に珍しくも無いわ」

 デリクはこの国の下級貴族連中が言葉使いも粗野で、庶民に毛が生えたような者ばかりだと知っていたが、これ以上詮索するのは可哀想な気もしてきた。


「そうだ、話は変わりますが、俺を連行するのは勘弁してください。事情も全部説明したわけですから」

 少し考えるリアンナ。

「そうね。いいわよ。あなたの言葉を今は信じてあげる。でも、嘘とわかったら即座に役所に突き出すわ。後、私に協力して貰うわよ。隠密のプロ、忍者って言ってたわね」

「もちろん、嘘は一つもありません。そして、隠密の腕は自慢じゃないけど相当のものです。でも、俺も冒険者の端くれ、下僕にはなりません。同じ冒険者仲間として組んでほしいです。それなら命がけで戦いますよ」

「結構、自信満々なのね。いいわ。よろしくね」

 リアンナはちょっと嬉しくなった。

 小人種族の小さな手と握手する。

 王家において対等などという関係は今まで経験したこともない。相手はみすぼらしい妖精小人だが「冒険者」と言う響きには胸が高鳴る。

 秘密の友達のようだ。

「とにかく、早めにここを去りましょう」

「ここを出るのはいいけど、あいつはどうする」

 捕虜のリガルをどうするか、気になっていた。

「ああ、あいつはしばらく監禁して、適当なところでバルガス家に居場所を教えてやります。勝手に回収してくれるでしょう」

「そんなことして大丈夫なの」

「殺してもいいですけど。やめておきましょう」

「……あなたに任せるわ」

 リアンナは怒りの中で敵を斬りまくったが、これ以上血を見たいとは思わなかった。

「早く街に行って宿を取りましょう。そこで装備を整えないと」

「宿はいいけど、装備は何を買うの?」

「レティ様。その鎧はとても目立ちます。まず、上着の替えを買った方が。そして、買うなら血をはじく柔かい皮のコートの方がいいと思いますよ。それに、バルガスに狙われているから、帽子やフードで目立たないようにした方が動きやすいかと」

 デリクの提案に、反論するリアンナ。

「少々隠れても意味が無いわ。それより、目立つことで敵に反応してもらった方が都合がいいわ。でも、上着を皮素材にするのはいい考えね」

 お気に入りの白い上着が血まみれになった状態を見て、ため息をつく。

 リアンナの言葉を聴いて諦めるデリク。

(戦士は大抵こんな考え方をする、反論するだけ時間の無駄だ)

「敵の返り血を浴びているようじゃ、私の剣技もまだまだね」

 リアンナの呟き。

(それ以上強くなったら嫁の貰い手ないだろ。常識的に考えて)

 デリクはそう思ったが、口にするほど命知らずではなかった。


「レティ様。ところで、オーディナル王妃と言う名前に心当たりはありませんか?」

「オーディナル? どこかで聞いたことがあるわ、城の……」

 リアンナは「城の図書館で調べたらわかる」と言いかけて、急いで口をつぐむ。

 城の図書館を自由に閲覧できるのは王族や上級貴族の特権なのだ。

「城の?」

「何でもないわ。その女性のことは思い出せないわ。さあ行きましょう」

 いぶかしるデリクをせかして、西地区を出た。


 デリクが隠密先行して、街に戻る。

 その効果なのか、目立つリアンナはバルガスの援軍に出会うこともなく、繁華街のいつもの宿に到着できた。




 城の異空間の狭間。

 薄暗い広間を行く、ティルクとドーリン。


「少し、水が欲しいところだな」

 ポツリと、ドーリンがつぶやく。


 広間の奥を調べる。

 細い廊下へ続く入り口がいくつかあり、ドーリンが適当に選ぶ。

 ティルクは特に逆らう理由もないので素直について行った。

 廊下の横には美しいがとても古い木製の扉が並ぶ。

 鍵もかかっておらず、二人は全部開けていく。

「住居という感じだな。昔は豪華だったベッド、机」

「何かあるでしょうか」

 ティルクは片目で部屋を見回す。

「デリクの野郎がいたら大喜びで物色するだろうが……俺たちは逃亡中、あまり欲張るわけには」

「その剣より軽くて高いものがあれば、その方がいいかもしれませんよ」

 ドーリンが背負ってる剣の束を指すティルク。

「フム……それもそうだな」


 結局、二人は各部屋の机の引き出しや小箱を開けて、貴金属の宝飾品などを探す。

 物色しながら。

「そういえば、あの留置所で亡くなっていたホルス人の人は……」

 ティルクが問う。

「ああ、あいつは通称『守銭奴』デリク。人生のほとんどを汚い稼業に費やしてきた哀れな生き物だ」

「どのような経緯で亡くなったのです?」

「奇跡には贄がいるんだが、あいつはそれになって死んだ」

「じゃあ、それって……」

 ティルクは聡明な少年ですぐに気が付いた。

「ああ、そうだ。でもやつも縛り首になるぐらいなら人助けに命を使いたいって自らを差し出した。あいつなりの最後の善行だったんだ……気にする必要はないぞ。他に命の使い道も無かったからな、あの状況では」

 ドーリンは少し余計なことを言ったかと後悔して、ティルクの心を軽くしようと慌てる。

「……しかし」

 ティルクはどうこたえるべきか詰った。

「日記みたいなものがあるが読めんな」

 話題を変えようと、ボロボロの紙の本を捨てるドーリン。

 どのぐらいの古さなのか、簡単に崩壊する。


 少し無言になって物色する二人。

 やがて、

「僕が見つけたのは、指輪が幾つか、後、ネックレスが」

「俺も似たようなもんだ。でも、これだけあればこの見せかけの剣より儲かるだろう」

 結局、ドワーフは剣の束を捨て、宝石などをズボンのポケットに入れた。


 古代の厨房も見つけたが、乾燥しきっており、食物の残骸すら残っていない。

 容器なども見当たらず、当然、水もない。

「水はないですね」

「井戸があるが、枯れてるだろう」

 厨房にある井戸は乾燥しており、松明をかざしても水面は見えない。

 桶を降ろすと乾いた音。

「ここから脱出できませんか」

「体力を使うぞ、降りて行き止まりなら万事休すだ。最後の選択肢にしよう」

「はい」


 厨房の奥には壊れかけた木の扉があり、ドーリンは松明をかざして中を覗く。

 古代の食糧庫だったようだが、今は壊れた樽や箱が並び、昔は食品だったらしい何かの干からびた残骸が見える。


 ガサ。

 何かの気配がした。

「今、音がしませんでしたか」

 ティルクの顔がこわばっている。

「ああ、気を付けろ。何かいたとしてもまともなものの訳がないぞ」

「ええ」 

 二人は扉をゆっくり閉めてじりじりと後退する。

 

 ガン!

 木の扉に何か人間程度の大きさの何かがぶつかる気配。

 チュー!

 甲高く、不気味な声。

 そして、扉をがりがりと爪で削っている気配。

 扉は粗末で古い、すぐに破られそうだった。

「何か来たぞ、盾をかざせ」

「ね、ネズミですか」

「でかすぎるだろ、怪物だよ絶対」

 ティルクは盾をかざし、メイスをしっかり握る。

 バン!

 扉がはじけ飛ぶ。

 黒い塊が飛び出してきた。

「クソ!」

 その黒い塊は異常な悪臭と共にドーリンにとびかかりのしかかる。

 ドワーフは盾をかざして受けたが、がりがりとかじられた。

 黒くて汚い毛皮に、節くれだった手足に長い爪、長い前歯。

「こいつは!」

「ネズミ人間だろ、多分!」

 ドワーフが片手で斧を振り下ろす。

 グシャ!

 刃が肩を割る。

「ギシャ―!」

 叫ぶ毛むくじゃらの怪物。しかし、盾を掴みかじるのをやめない。

 見ると、すぐに怪我が治って行くのだ。

「ティルク、こいつを殴れ!」

「しかし!」

 下手をするとドーリンに当たりそうでティルクは迷った。

「俺は鎧を着ている、心配するな!」

「……!」

 ティルクは盾を捨て、両手でメイスを持って気持ち悪い毛皮の生えた背中を思いっきり殴った。

 背骨が砕け、棘が皮膚を削り取る。

「ギャー!」

 叫ぶ怪物。

 ドーリンも壊れた盾を捨て怪物の首を掴んで、斧を脳天に叩き込んだ。

 バリ!

 頭蓋が割れて、脳漿が飛び散る。

 しかし、怪物の力はすぐには弱まらない。鎖帷子を引っ張る怪物。

 さらに頭蓋に叩き込むとようやく力が衰えてきた。

「こいつは無茶苦茶に再生する。バラバラに刻み付けてやるんだ!」

 ドーリンとティルクは武器を何度も振り下ろして怪物を文字通り粉砕する。

 

 怪物が完全に動きを止めたのはドーリンが首を切り落とした時だった。

「ハァハァ」

 荒い息をつくティルク。

「神よ、贄を受け取り給え」

 ドーリンは死骸に何らかの呪術を行っていた。

「何を、しているんですか」

「こいつの魂を神に送っている。普通は家畜ですることだ」

「……魔物の魂を?」

「ああ、そうだ」

「そういうものなのですか」

「教会の見解ではできないことになってるがな」

「……」

 ティルクは農民以上の知識が無いのでそれがいいことなのかどうなのかもよくわからなかった。

「しかし、こいつは何者だったのです。なんだか殴った端から治って行くような」

「見た感じネズミ人獣だろう。狼男の一種だよ」

「ネズミ……じゃあ群れでいるかもしれない」

「どうだかな、こいつ血もほとんど出なかったうえに、この痩せっぷりを見ろ」

 ネズミ人間の体は良く見ると骨と皮しかないような状態だった。

「がりがりですね」

「こいつはもしかしたら、太古の昔からここに閉じ込められていたのかもな。魔物の力だけで生き延びていた」

「そんな……とんでもない奴ですね」

「だから魔物なんだよ」

「……こいつ、ベルトだけ付けてますね」

 怪物は元人間だったのか、服は完全に風化しているが、腰にベルトを巻いている。

 光るものがあるので手にすると、金色の鍵がぶら下がっていた。

「何だ、それは」

「鍵ですね。どこのだろう」

「お前が持っておけよ。どこかで使えるかも」


 食料庫を調べたが、それ以上何もなく、二人は厨房を後にする。




2026/5/10 微修正

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