35 光の奔流
狭間の異界を行くティルクとドーリン。
二人の冒険者は行き止まりの小部屋で巨大な球体と、その中に浮かぶ一人の女の亡骸と思われるものに遭遇する。
台座の上の球体。その中の女は目を瞑っている。
女神の様な美貌、銀色の髪、尖った耳、白く豪華な衣装。
人間ではない。
しかし、ティルクはその姿を見て、なぜか、とても親しい人のような気がしたのだ。
「そういえば下で見た、何とか王妃にそっくりだな」
ドーリンがあまり興味なさそうに言う。
「そ、そうですね、オーディナルでしたっけ」
階下の迷路で見たレリーフの王妃にそっくりだ。
「ああ、そうだ、そう、その名前」
「彼女は眠ってる……訳ではないですよね」
「棺だろ、これ。美女を永久保存するための古代の技術だ。たぶん」
ドワーフの実利主義的思考ではこのようなものにあまり興味が無いのかもしれない。
「よっぽど愛されていたんですよね、生前の姿を残したいって」
「死んだら大地に還りたいぜ、俺は」
「僕もその方がいいかな」
「ちなみに話しかけても無駄だ、俺の声には無反応」
「でも、僕もやってみよう」
ティルクは手を振ったり、挨拶したりするが、女が反応することはなかった。
「やっぱり、死骸ですね」
「自分の死体がオブジェにされるって悪趣味だよ、考えたら」
やはりドーリンはこの「棺」に否定的だった。
二人は広間に戻る。
今後を話し合った。
「戻るのは、ちょっと嫌ですね」
「道がないなら仕方がないだろ。こんな所に閉じ込められて死ぬわけにも行かない」
ドーリンは現実的だった。
「でも、ちょっと休憩しませんか。戦いの連続で少し……」
「それもそうだな、時間がわからんが、俺たちは全く休息していない」
「ここは明るいから、あの棺の小部屋でひと眠りしましょう」
休息すると考えた瞬間に大あくびが出るティルク。
「ああ、お前は休息しておけ。俺は武器の手入れをする」
どこで手に入れたのか、小さな石の破片を見せる。
それで斧や剣を磨くのだろう。
ドワーフは鼻歌を歌いながら、斧を研ぎ始めた。
彼はドワーフらしく、このような作業が大好きなのだ。
「じゃあ、すみませんが、僕は」
ティルクはそう言って、隣の部屋で倒れ込み、気絶するように眠る。
意識を失った少年は、いつの間にか夢を見ていた。
「あなたは王様の子、あなたは……」
誰かの胸に抱かれている自分。
その人物はやわらかい胸をもつ女性で、ぶつぶつと何かをつぶやいている。
彼女は赤子を抱いて暗い通路を進んでいるのだ。
時折、黄金色に輝く光が彼女の道を照らす。
何者かが先導しているようだ。
曲道などに、黄金の粒子と白い女性の手足が微かに浮かぶ。
そして、その気配はすぐに消えるが、赤ん坊を抱いた女は必死にそちらに向かっているのだ。
彼女は疲れ切っているのか、動きは遅い。
しかし、何かに追われているらしく、足を止めることはない。
「悪魔に渡さないわ」
彼女がつぶやき、後ろを振り返る。
バサッと黒く長い髪が、赤子の視界の端に見えた。
背後から恐ろしい目が迫っている。
闇に浮かぶ大きくて赤い二つ目。
縦に細長い瞳孔を持ち、まるで爬虫類のようだ。
シューという蛇のような呼吸音もする。
階段を必死に這い上がる女。
目の前に黒い扉がある。
扉の端から黄金の光が漏れていた。
(この扉は、先ほどの)
ティルクの心が少し反応する。
女は迷わず扉を開く、鍵がかかっている様子はなく簡単に開く。
そして、すぐに背後で閉じた。
ドン、ドンと恐ろしい何かが扉を叩く。
開いていた扉だが、女が閉じると開かないらしく、追跡者は入ってこれない。
女が入ったその部屋はティルクたちが先ほど蛇人間と戦った広間である。
中央に人の姿をかたどったような黄金の輝きが浮かぶ。
それはよく見ると、女のシルエットだった。
黒髪の女は躊躇せずにその部屋の光輝く何かに向かって歩いた。
「ありがとうその子を守ってくれて」
光の女は黒髪の女にそう告げた。
「この子は王様の子なの。絶対守るわ」
「ありがとう。その子はあなたの子であり、王の子であり、私たちの大事な子なのよ」
「この子は私の子よ」
誰にもとられまいと、ぎゅっと抱きしめる。
赤子はその状況でもきょとんとしている。
「私たちは無力。ここまで邪悪が来てしまいました。もう、あなたを守り切れない。後は今の人間の力に頼る以外に方法がありません」
「……」
「後ろを見なさい、光る階段があるでしょう」
黒髪の女が振り返ると、背後の壁を貫くように半透明の黄金に輝く階段が出現していた。
「その赤子……」
光る女が何かを言うと、黒髪の女はうなずいて階段に向かう。
「気を付けて、王宮にも敵が……」
背中に光る女の警告を受けながら、黒髪の女は光が作る階段をゆっくりと登り始める。
暗黒の闇の中を上に向かって続く階段。
その階段は虚空に浮かぶ黄金色の光の塊りに向かっていた。
はっと気が付くティルク。
(今の夢は一体)
夢にしても、妙な生々しさがあった。
女の体臭も覚えているような感覚。
しかし、二人の会話を聞いていた時は理解していたのだが、目が覚めた瞬間、会話の中身が何だったのかわからなくなった。
(女性二人、何を話し合っていたのだろう。とにかく、昔、ここを抜け出た人がいるってことだろうか)
ふとそう考える。
横を見ると、ドワーフが豪快ないびきをかいていた。
彼も無尽蔵の体力があるように見えたが、やはり、激戦の連続で疲れていたのだろう。
ふっと笑ってから、夢の中で見た光の階段の場所に向かう。
広間は夢の中より汚い状況だったが、細部も同じ感じがした。
(やっぱり、左目で見たら何かがあるのかも)
ドワーフが何かの布で左目を覆ってくれていたので、そっとめくる。
両眼で見るが、左からは何も視覚情報はなかった。
落胆が起きたが、
(そうだ、右目を瞑ってみよう)
そう思い、左目を開けて、右目を閉じる。
黄金に輝く瞳が開く。
最初は漆黒だった。
(ん?)
しかし、その闇にキラキラと黄金の微かな粒子が見えたのだ。
ティルクは我慢強く光の粒子の意味を読み解こうと待ち続ける。
粒子は徐々に増えていく。
大量の光の粒は奔流となり、一つの形を成し始めた。
闇の中に、光が階段の形になったのだ。
(!)
すぐに左目を瞑り右目で見ると、そこには先ほどからと同じ変化のない広間。
しかし、もう一度左目だけで見ると、漆黒の闇の中に光の階段が出現した。
どうやら、一度出現した光の粒は消え去る様子がなかった。
左目だけで闇の中をゆっくり歩き、階段に手を触れる。
階段は確かにそこにあった。
冷たく硬いが何かはわからない。だが、物体がある。
右目を開けると、感触も無くなり、存在自体が消滅するようだった。
左目だけで先を見ると階段は闇の虚空を貫いてかなり高い場所まで行き、黄金色の光の塊りまで続いているようだった。
「ドーリン!」
ティルクは急いでドワーフの元に駆け戻った。
「ん、どうした」
無理やり起こされて、寝ぼけた声を出すドワーフ。
「階段があります!」
「まさかな。隠し扉か? 俺が見逃すはずは……」
「違います。魔法の階段です。僕の左目だけが見えるようなんです」
広間を指差すティルク。
「おい、そこは何度も歩き回った場所だろ。何も感じなかったぞ」
肩をすくめるドーリン。
「いいから見ててください」
ティルク広間に戻り、左目だけで階段に足をかける。
ドーリンは不審な目で見ていたが、少年が宙に浮いたことに驚く。
「な、何だ、お前宙に浮いているぞ」
ティルクは階段を少し登る。
「左目だけで見ると階段と虚空が出現するんです」
そう言って、その目でドーリンを振り返って見ると、闇の中にぼんやりと白い光が見える。
(魂や魔法が見えるのか、この瞳は)
ドーリンの目の前でティルクが宙を登っていく。
確かに見えない階段があるようだった。
「オオ、凄いぞ。でも、俺には単なる空間でしかない」
ドーリンは駆け寄って、ティルクの足もとに手を出すが、そこには何も感じない。
二人はその光の階段を調べる。
「左目の光景は壁も何もない闇の虚空に伸びてます。そして、階段の先に黄金に輝く光の塊りがありますね。
ティルクは階段から降りてドーリンに伝えた。
「ならばお前しか先には行けないという事か」
「ドーリンは目を瞑って、僕と手をつないで行けば登れるかもしれませんよ」
「まあ、何でも試しだな」
そう考えて二人は手をつなぎ、ドーリンは固く目を瞑る。
ティルクが片足を乗せたとき、ドワーフは階段を開いている手で触る。
「おい! 確かに階段を感じるぞ。何だろうな、この材質。石でもないし木でもない」
階段が出現することより、妙なことに興味が向かうドワーフだった。
「これで脱出できるかもしれませんよ!」
「そうだな。よし、一度、準備を整えてから行くぞ」
ティルクはうなずき、階段から降りると、武装などを整える。
剣はドワーフが磨いてくれたようで、錆がかなり落ちていた。
「兜は……ダメですね、かっこよかったのに」
武器庫で拾った兜は完全にひしゃげている。
「骸骨の兜の方がよかっただろ」
「あれって、蛮族みたいで」
「見た目なんて二の次だぞ。しかし、あまり荷物が多いのもあれだな。その光の先に何があるのかもわからん。いきなり敵に囲まれていたら、下手な用心も足かせになる可能性がある」
腕を組むドワーフ。
「最低限で行きましょうよ、どうせ、先のことは何もわからないのだから」
「そうだな、考えすぎも無駄だ」
二人は武装をしっかり整えると、必要最低限だけを持って階段に挑む。
ティルクは黄金の左目で、ドワーフは目を瞑って、少年と手をつなぐ。
階段に足をかける二人。
「いいですか、絶対目を開けないでくださいよ」
「わかっている。子供では無いぞ」
二人はそろそろ登っていく。
黄金の粒子の階段は長く闇を貫いてどこまでも上に続くようだ。
「長いな、大丈夫なのか」
ドワーフは心配げに言う。
「だんだん、光が大きくなってきました。もうすぐです。絶対目を開けないでください」
「しつこい奴だ、俺は目の前に酒を出されても意志の力で無視できる男なんだぞ……多分」
二人の冒険者は、やがて、黄金の光に辿り着いた。
「まだ目を閉じてくださいね、僕がいいと言うまで。とりあえず階段は終わったみたいです」
「わかってる心配性だな」
苦笑するドーリン。
ティルクは硬い石の床のような感触を足に感じながら、光の奔流の中に入る。
黄金色の光は爆発のようにあたりに満ちて、少年は一瞬視界を失った。
夜。
王城付近の宿屋「緑の子馬」亭。
二人の女が豪華な一室で話し合っている。
「やはり、出る」
いらいらしてリアンナはそう宣言する。
「ダメですよ、姫様。今もどこかに行って、こっそり帰って来たばかりじゃないですか。デリクさんと約束したはずです。とりあえず、帰ってくるまでは待つって」
侍女のレティは反論した。
「考えてみたら、屋敷の近くまで行って待てばいい。そうしたら、すぐ情報が得られる」
「姫様、姫様でも夜の一人歩きは……」
「私は騎士であり剣士。夜盗如き恐るるに足りない」
「でも……」
「レティ。あなたは危険だから、この宿で待っていて。それに連絡が来るかもしれないわ」
「連絡ですか、それは」
「あのどんくさいブーン隊長よ。一人の女を追ってるの」
「隊長と会ってたんですね」
「情報をくれるって話よ」
「城に帰れって言われませんでしたか」
「さあ、事件のことしか話し合ってないわ」
とぼけるリアンナ。
「……」
「とにかく、お留守番頼んだわよ」
そういい残すと、足早に部屋を出ようとする。
「姫様。せめて、このローブを……」
レティの差し出したローブは大きくて地味だけがとりえの物。
リアンナはあからさまに嫌そうな顔をしたが、レティの優しさを無視し続けるのも可哀想な気がした。
受け取って鎧の上に纏う。
「絶対無理はなさらないでくださいね」
心配な顔のレティ。
彼女の本心なのだろう。
リアンナは軽くうなずくと宿の玄関まで行く。
「お客様、どちらへ」
玄関のカウンターにいる使用人が話しかけてくる。
「少し散歩に行くだけだ。馬を持ってきてくれ」
「今の時間からですか。さすがにそれは……」
「金は前払いしただろう。余計なお世話だ! 早く馬を連れてくるのだ」
リアンナの剣幕に宿の使用人は慌てて馬を取りに行く。
馬を待つ間、しばらく手持ち無沙汰のリアンナ。




