23 獅子と盗賊
廃墟の広場。
リアンナ姫はお忍びの途中、目的の分からない暴漢たちに包囲される。
姫は南の路地までの距離をこっそりと測るが、捕捉されずに逃げ込むのは難しいようだ。
じりじりと迫る男たち。
いかに彼女が剣の達人でも、囲まれては苦しいだろう。
(ああ、くそ、やっぱり見てられん。所詮、俺なんて馬鹿なホルス人だ)
デリクは彼女が可哀そうになって、つまらない打算を捨てる。
「おおい! まてぃ!」
突然、大声を上げるユアン。
満腔から発する大声は意外と大きい。
何事かと目を凝らした人々の前に、ユアンがずるずると重たい剣を引きずってよたよたと歩いてくる。
ユアンはリアンナと男たちの中間に立つ。
「女一人に大の男が大勢で襲い掛かるとは、見苦しいと思わんのか? 今から、この俺様がこの女を一騎打ちにて仕留めるから、お前らは黙って見ていろ!」
「ユアン! 引っ込んでやがれ! 第一、女は生け捕りにしろと言ったはずだ。貴様如きがどうにかできるのかよ」
バルガス家の誰かが声を出す。
「馬鹿にするな! この俺様が女を傷つけないと捕まえられないとでも思ってるのか? 今から俺の『変化神妙十二剣』の技の冴えを見せてやる!」
よたよたと、重い剣を持ち上げるユアン。
明らかにこの剣は小人種族には大きすぎた。
みすぼらしい小人の言動と道化じみた様子に、周りの男たちからくすくすと失笑が漏れる。
リアンナは突然現れた浮浪者のような小人族の男に戸惑っていた。
どう見ても、剣の技があるようには見えない。
足元はふらつき、剣を持ち上げるのさえ覚束ない。
(『変化神妙十二剣』? 聞いたことがないわ。それに、この男、足元はふらふら、両手で剣を持っても重さに負けてるじゃない! もしかして、女だと思って馬鹿にしているのか?)
リアンナはそう思い至るとかっとなり、
「貴様、愚弄するか!」
隙だらけのユアンの足を剣の腹で払い、転倒させようとする。
胸を刺してもよかったが「女一人に大勢で襲い掛かるのか」と言う批判の言葉に気持ちが救われた思いもあったので、少し手加減したのだ。
ヒュン!
「うわっと、とと」
体をふらふらさせながら、疾風のようなリアンナの剣を回避するユアン。
どてっと尻餅をつく。
見る目のない人間には、偶然躱したに見えただろう。
「あ、危ないぞ。お嬢さん。当たったら怪我するだろ!」
叫ぶユアン。
ドッと笑う男たち。
ユアンの姿は道化そのものだ。
(避けられた!? 私の剣が)
「お嬢さん、もう手加減はしないぞ。このユアンの絶技『神妙変化十二剣』を受けてみろ!」
のそのそと立ち上がりながら叫ぶユアン。
「いいぞ! やっちまえ!」「お前が勝ったら、一発目はお前にやらせてやるぜ! ハハハ」
口々にはやす男たち。
「『変化神妙十二剣』ではなかったのか?」
「ああっと、そうだったけ?」
とぼけた顔をするユアン。
思わずくすりと笑ってしまうリアンナ。
いかにもいい加減な剣の構えを見せるユアン。
「お嬢さん」
突然、耳元でユアンの声がする。
「!」
驚くリアンナ。
もちろん、ユアンは剣の間合いの先の方におり、すぐ側にいるわけがない。
「この声は忍びの技です。敵に聞こえないように話しています。俺の指示に従ってください、あなたを助けます」
矢継ぎ早に彼女の耳に声が飛び込んできた。
一瞬きょろきょろしかけたが、ぐっとこらえて言葉に集中する。よく見るとユアンがうつむいて口を小さくパクパクさせている。
「二合打ち合ったら、俺の顔面を思いっきり刺してください。そして、真っ直ぐあの南の路地に走って」
奇しくも、その路地はリアンナが目をつけていた路地だ。
ユアンを見ると今まで無かった不敵な笑いを見せている。
リアンナは一瞬迷ったが、状況の不利さは変わらない。この男に従うのも一つかと思い、軽くうなずく。
二人はガンガンと二度打ち合う。
わけのわかっていない周りの男たちは、口笛を吹いたり、はやしたりしている。
そして、必殺の突きがユアンの顔面を襲う。
一瞬、男たちが固唾を呑む。
ユアンの腕前では即死だろう。
しかし、剣は空を切った。
正確には剣はぼろぼろのフードマントを串刺にする。
ユアンは消えていた。
そして、次の瞬間。
ボンッ、ボンッ!
と音がすると同時に一帯が煙に包まれた。
男たちは、何が起こったか、わけがわからず口々に大声を上げる。
「何だ、何があった!」「静まれ! 女が逃げたぞ!」
リアンナは即座に南の路地に飛び込む。
すり抜ける瞬間、ハーフオークの一撃を受けかけたが、鎧にかすっただけで難を逃れた。
その路地は両脇には廃屋が並び、不気味な彫刻や柱などが飛び出している。
三十歩ほどで行き止まりであり、一見したところ逃げられそうにない。
「お嬢さん。すみません」
上から声がする。
飛び出した柱の上に先ほどの小人がいる。
しかし、服装が違うようだ。マントは黒。手には弓を持っている。
「貴様、騙したのか」
「すみません、まさかこんなに短い路地だとは思わなかったので……お詫びに敵の撃退のお手伝いをします」
「貴様、確かユアンと言ったな」
「本当の名前はデリクです。お嬢さん、敵が!」
そう言った瞬間には既に敵が肉薄してきていた。
リアンナは横目で敵を確認する。
短剣で敵の剣を受け流し、横からきた男の胸をざっくりと突く。
剣を受けられた男の首をデリクの矢が貫き痙攣しながら倒れた。
煙から、次々と敵が現れる。
「屋根の上には登れないか?」
「お嬢さん、大きな人はやめておいた方がいいと思いますよ。俺でもこれは危ない。上はぼろぼろです」
「そうか、ならばここで倒し尽くすしかないな」
リアンナは恐ろしい言葉を吐き、接敵した男たちを短剣で止め、細剣で貫いて行く。
スラムの男たちは包囲もできない状態では二対一でも全く勝ち目がない。
デリクは弓を構え、リアンナの側面を突こうとする男に必殺の矢を突き立てる。
二人の男が目と喉を貫かれて絶命した。
「弓を使う奴がいるぞ!」「だめだ、勝てねぇ!」
人気のない廃墟の街に男たちの叫びがこだまする。
やがて、狭い路地に飛び込む愚を悟ったのか、男たちは飛び込んでこない。
徐々に煙が薄くなっていく。
「一二三……五人か、さすがにこれ以上は馬鹿じゃないか。来ませんね、お嬢さん」
デリクが指さしで数える。
狭い路地には急所ばかりを綺麗に突かれた死体が五体転がる。うち、ダガーのハーフオークとバルガス家の男が一人いるようだ。
リアンナは荒い息をつきながら、
「お嬢さんはやめなさい」
「では、どうお呼びしたらよろしいので?」
「リ……レティよ」
本名を言いかけて、慌てて訂正する。
「では、これからどうします、レティ様」
「そうね、敵は既に動顛してるわ。敵が冷静になる前に攻勢に出た方がいいわね。敵が迷ってるうちに突撃するわ、援護してくれるかしら」
作戦を立てるリアンナ。
(これは……とんでもない女騎士様だな。血を見ても冷静そのものじゃないか)
「わかりました。危なくなったら、煙球なども使いますので……では、ちょっと偵察に」
デリクはいつものマントで姿を消すと、屋根伝いに敵の様子を伺う。
敵は何か言い争っていたが、やがて、一人のバルガス家の男が東に走って行く。
デリクはすぐに戻る。
「レティ様、一人が援軍を呼びに行きました、他の敵はこちらに向かって漫然と立っているだけのようです」
先ほどの小声の術でリアンナに報告する。
この術は以前持っていた思念通話クリスタルより距離が短い。尚、クリスタルは捕縛された時に役人が盗んだため失われている。
リアンナはうなずくと、剣を構えて猛然と突撃を開始する。
(迷いねえな、女騎士)
デリクは慌てて矢を番える。
光る剣をかざして突撃するリアンナ。
あわてて包囲しようとするが、矢が次々と背後に回る男たちの体に突き刺さる。
リアンナは最初の一撃で一人の胸を刺し、稲妻のようなステップで回り込んで、さらに一人の頸動脈を切り裂く。
リアンナの短剣にへし折られる男たちの剣。
この短剣も異常な破壊力であり、魔法がかかっているのだろう。
猛攻に怯えた敵はじわじわと下がり始めた。
「思ったより脆いな! デリク、このまま一気に押すぞ!」
「了解!」
デリクはぴょんっと飛ぶと、地面に降りる。
矢が無くなったので、暗器を使うために降りたのだ。
中距離に迫り、粘液のついた手裏剣を次々と投げる。
「ほら、毒手裏剣だ。すぐに医者に行って解毒しないと死ぬぞ!」
手裏剣はたいしたダメージはないが、毒と聞いた者は血相を変えた。
(嘘だよ、ばーか!)
デリクは内心思ったが、おくびにも出さない。
一方、血まみれの剣を振り回し金髪が風にたなびくリアンナはまるで、戦場の女神。
殺戮の女神だった。
すでに返り血で血まみれになっている。
バルガス家の残りはリーダーのリガルを残して無残な骸と化していた。
ハーフオークの一人は腿を貫かれて地を這っている、出血がひどいので助からないだろう。一人は元気だが、毒手裏剣を食らって逃げようか迷っていた。
スラムの男たちは既に戦意を失っている。
剣の一閃でスラムの男が首をはねられた。
この細剣も魔法の剣なのだろう。恐ろしい鋭さ。
この一撃で完全に士気は崩壊する。
「魔女だ! 金髪の魔女だ! 逃げろ!」
元来士気の低いスラムの男たちはこれで完全に逃げ出してしまう。
「逃げるな! 戦え!」
結局、逃げなかったハーフオークが吼えるが、誰も聞いていない。
「てめぇ。ユアンじゃねぇか、裏切りやがったな!」
リガルが、ようやく、手裏剣使いの正体に気がついたようだ。
「ばーか、お前らみたいなクズは裏切られても自業自得だろが。弱いもの苛めのヤクザ野郎!」
ついに、ハーフオーク対リアンナ、リガル対デリクになる。
リアンナもさすがに一気に勝負を行って疲労が出始めていた。
僅かだが動きが鈍い。
ハーフオークは腕はそこそこだが経験豊富なのか、しぶとく耐えてリアンナが疲れるのを待つ戦法に出始めた。
シミターをかざして必死に受け流す。
一方、リガルは怒り狂って両手に一本づつ小剣を持ち、下から刺すような動きで連続して攻めてくる。
デリクはあまり近接戦が得意ではない。
矢を使い果たし飛び道具も減った状況ではやや不利だ。
暗器や鎖は剣を持って迫ってくる相手にはあまり使い勝手がよくない。
しゃっ、しゃっと二撃受け、小さな怪我をしてしまう。
「へへ、クソチビ。さっきの威勢はどうしたよ」
「くらえ!」
ボンッ!
デリクは不利を悟り、さっと煙球を投げる。
「くそ! また煙か。どこ行きやがった卑怯者め!」
急ぎ、地に伏せ消える。
そして、鎖を取り出し、ハーフオークのシミターに絡ませた。
二人の膠着戦に突然地面から鎖が飛び出し、ハーフオークは一気に不利になる。
「デリク、邪魔をするな!」
叫ぶリアンナ。
「すみません、でも、リガルの相手をお願いします」
対決の邪魔をされて舌打ちしたリアンナだが、ハーフオークのがら空きになった下半身に突きを入れ、膝を突いた無防備な頭を短剣で叩き割る。
残りはリガルだけだった。
双剣使いは同じだが、動き、技の切れ、武器の長さ、全てリアンナのほうが上だった。力はリガルが有利だが、この勝負に力はあまり意味はない。
「先ほどの無礼な言葉を謝罪したら許してやるぞ」
「くそ!」
リガルは右手の剣を突き出すが、あっさりリアンナの短剣に受けられる。
そして、鮮やかな動作で、ポキリと剣を折られてしまう。
慌てて左の剣も突き出すが、それは、リアンナの右手の剣で拳をざっくり切られる。
ぽろぽろと指が落ちた。
「ぐわっ!」
リガルが剣を落とすと、すうっと喉に剣が突きつけられる。
恐怖のまなざしで剣を見つめ、ゆっくり膝をつく。
男は硬直した。
2026/5/6 5/7 微修正




