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22 追い詰められた女騎士

 高貴な女騎士との遭遇に、思わず考え込んでしまう妖精小人の男。

 去っていく後姿を見送る

(あの女……似ている)


「おい! ぼやっとするなよ、ユアン!」

 やや放心気味だったユアン、に変装したデリクははっと我に返る。

 凶暴な目つきでふんぞりかえっているリーダーの男。

(けっ、ヤクザ者の分際で、偉そうに!)

「へへ、申し訳ありません」

 しかし、薄ら笑いと揉み手でごまかす。


 バルガス家の男は非常に傲慢だった。

 殴る蹴るは当たり前、相手が奴隷や平民なら女性に乱暴なふるまいも平然と行う。

 デリクは自分を正義の味方と言うつもりもないが、弱者をいたぶって屁とも思わない行動に怒りを感じていた。

 連中の思惑を知るまではと思い我慢していたが、腹の中はかなり煮えくり返っている。

 バルガス家の男の中でもリーダーは俊敏で鍛えた動きをしている。しかし、凶暴さを抑えきれないのか、くだらない暴力を弱者に振るって満足するタイプの男のようであった。


 のろのろと移動を再開する男たち。

 歩きながら考えるデリク。

(それにしても、さっきの女は……)

 デリクは城で出会った女神のような女性を思い出していた。

(今の女騎士は、オーディナル王妃にそっくりだった。耳が尖っていないだけで。雰囲気はもっと王妃の方が柔和だったが、今のはまるで……)


「おい、お前らはここで待て」

 突然、リーダーがどこかの路地裏で皆を止める。

 そこには二人の男が待っていた。

 新な男たちはどう見ても堅気に見えない連中。

 汚い皮鎧とぶかぶかのズボン。分厚い肉切り包丁のようなシミターを腰に挿す。

 どうやら、彼らと話をするようだ。

 少し離れた場所に行って小声でこそこそ話し合う。

 スラムの男たちは午前中いっぱいを引きずりまわらされて、疲れきっている。

 大きなため息とともに、道端に座り込む。

 声は聞こえないが、がっしりしたその二人の男をじっくり観察すると、僅かだが人間離れしたところがあった。

(ハーフオークか?)

 ハーフオークは、以前は魔王軍の密偵として暗躍したが、今は魔王が殺害され単なる弱小のデミヒューマン種族と化している。

 彼らは過去の経験を生かし、様々な裏稼業に従事しているのだ。

 デリクも隠密として彼ら接する機会が多く、彼らのことは熟知している。

 やがて、話が終わると、ハーフオークとリーダーが二人揃って、

「野郎ども、休憩は終わりだ。今から、西地区に向かう。」

 ざわざわと騒ぐ男たち、明らかに動揺が広がった。

「へぇ、旦那。しかし、西は廃墟が立ち並ぶだけで誰も住んでやいませんぜ。ましてや、女一人で住むには危険過ぎやす。なんでも、夜な夜な骸骨の化け物が出るってうわさで、毎年何人も犠牲が……いくら、エルヴィが女冒険者でも……」

 冴えない小人ユアンのふりをするデリクはあえてそう言ってみた。

 これはこの街に住む者の常識である。

 街の西側、繁華街より西の広い地域は廃墟で誰も住んでいない。それには理由があった。街の住民には危険地域として認識されていたからである。

 歩き回る亡者のうわさが絶えない。

 そして、事実、それを軽く見た入居者は必ずある日忽然と消え、あるいは、死亡している。

 アーロン城下町はまだ土地が余っており、西地区に住むリスクを犯す意味がないと考えられているのだ。

「びびりやがって。西地区にも住んでいる奴はいるんだ。それに、狙う目標が変わった。さっき、俺たちが引きとめた女騎士を捕まえることになった。人気のない西地区に女は向かっている。女一人ちょっと捕まえてくるだけだ、何にも心配するこたぁねえよ! だいたい、お上があの地区は何にも問題がないって何度もお触れ出しているだろうが」

 リーダーの言い分は事実である。

 アーロン王国は利用の進まない西地区に何度も衛兵隊を繰り出して安全宣言をしていた。

 しかし、それを信じて住み着いた人々が無残な怪死を遂げている。そのようなことが何度か繰り返され、噂が恐怖を増幅し、街の人間は決して住処にはしない。

 士気の上がらない男たちを見て、

「朝に言ったはずだ。俺たちに逆らうなら容赦はしないってな」

 残酷そうな笑みを浮かべるリーダー、腰の短い剣の柄に手を置く。

 すばやい動きで、バルガス家四人とハーフオークの二人の計六人は、十人ほどのスラムの男たちを取り囲む。

(人数はさておき、気迫で完全に負けてるな。従うしかないだろう)

 デリクの分析を待つまでもなく、男たちはしぶしぶながらも従うようだ。


 重い足取りで西に向かう。

 日は真上にあり、地面には濃い影が落ちる。

 今は正午過ぎか。

(荒事があるかもしれないのに、腹ごしらえもなしかよ。本当に使い捨てだな、俺たち)

 デリクはそう思いながらも、情けないホルス人ユアンを演じるため何も言わず、とぼとぼと目的地に向かうのであった。




 リアンナは城下町を西地区の境界になっている古代の用水路を越える。


 幅は十歩ほどの用水路で、水量は非常に少ない。

 古代の人々の生活を支えた水路だったのだろう。しかし、今は泥や砂に埋まり、整備もされず放置されていた。

 元来、活気のあるアーロン城下町だが、人々はあまりこの西側に面する水路にすら近寄らないようである。

 水路の岸に並ぶ建物はほとんど古代の廃墟であり、空き家ばかりだった。

 この用水路には古代人が架けた非常に頑丈な橋が複数あり、通行に不便はない。

 リアンナが橋を渡ると一気に人気はなくなり、不気味な壊れかけた古代の建物が半分砂に埋まりながら並んでいる。

 良く見ると、僅かだが人が住んでいる気配はあった。

 しかし、西に住むのは南のスラム街ですら追い出されるような者たちであり、不治の伝染病患者や、手に負えない異常者、暴力組織にすら追われる犯罪者などであると聞く。


 リアンナは馬に乗りながらゆっくりと進む。

 剣はいつでも抜けるように柄に手をかけている。

 時折、何者かの叫び声や泣くような声が聞こえた。

 リアンナが僅かに背後に警戒を飛ばすと、例の二人の隠密はついてきている。

(やはり、城の隠密じゃないわ。お父様の部下なら、娘がこんなところに入って行ったら止めにくるわ。でも、それなら朝の密偵たちはどうなったのかしら……)

 そう考えはしたが、その推測は容易につく。

 しかし、あえて考えないようにした。

(隠密には隠密の暗闘がある。私がどうこうできるものでもないわね、多分)

 彼女は貴族であり、剣士や武侠、冒険者も基本的には表の存在と考えられている。隠密や密偵の世界は卑しい世界であり、表の世界とは分けて考えれられていた。

 もちろん、襲われるなら問題は別である。

 彼女は彼らを人気のないところに誘い出し、剣で脅して話を聞くつもりだった。


 馬を少し駆けさせ、彼らの視界から消える。

(どこかで、待ち伏せしてやるわ)

 廃墟群は比較的立派な建物が並ぶ地区になるようだ。

 やがて、広場のような場所に出る。


 中央に壊れた噴水。地面は石畳と砂地半々であり、所々、水の浸食で大きく陥没していた。

 正面に、廃墟の礼拝堂のようなものがある。

 リアンナはそこに馬を隠し、自分もその近くに隠れて待つことにした。

 リアンナは大きな折れた石柱の背後にしゃがみ、美麗な細剣と重いソードブレイカー付の短剣を抜く。この短剣は護拳部分が大きく傘を開き、盾のような役割も果たす。

 昼の強い日差しが照りつける。

 しばらく待っても、隠密はやってこない。

 やがて、がやがやと大勢がやってくる気配。

(しまった!)

 リアンナはすぐに悟った、二人に待ち伏せを感づかれていたのだ。

 さっと背後を振り返ると、シミターと小さな盾を持った二人の男がニヤニヤと笑いながら立っている。彼らは入れ替わった隠密だろう、服の下に鎧と武器を隠していたのだ。

 距離は十五歩ほど。

 彼女の愛馬は敵に抑えられていた。

 リアンナは急いで状況判断をする。

 馬を二人の男に抑えられ、背後の広場には十数人の男たち。

 逃げ場はない。

 馬を取り返して、雑魚を蹴散らすのが最善の策と思われた。


 リアンナは剣をかざして、男たちに肉薄する。

「下郎が! 私の馬から離れろ!」

 リアンナは女とは思えない俊敏な動きを見せる。

 まずはむかって右の男の体に剣で一突きを繰り出す。

 男は相手を女だと思って馬鹿にしており、リアンナのすばやい動きに驚愕の顔をする。

 男は剣を避けきれず、両手をかざして剣を受け止める。

 しかし、その動きは鈍く、シミターを持っていた手で剣を受け止める結果になり、二本の指が革の手袋ごと千切れ飛ぶ。

 男は苦痛にうめき、シミターを落としてしまう。

 リアンナの細剣は恐ろしき切れ味である。

 突撃に驚いた、もう一人の男がシミターをぶんぶん振り回す。

 意外とかなりの腕前の男であり、斬撃は鋭い。

 一人目を負傷させたリアンナの動作が伸びきった部分に襲ってきたので、リアンナは一時的に防戦一方になる。

 リアンナは次の突撃のため、猫のような俊敏さで後方に跳躍し、元の位置付近まで後退する。

 さっと目をやると、広場に十五人ほどの男たちが入ってくるのが見える。

(あの人数相手だと、この場所は不利ね。前後を挟まれたら勝ち目はないわ)

 馬を回収するのはあきらめ、広場に出て対峙することにする。

(広い場所に出たら群がられるけど、足でかき乱してあの狭い路地に入り込んだらいいわ、あそこで少人数でしか攻められない状況にしたら十分勝ち目はあるわ)

 リアンナの目の先には南側に狭い路地がある。

 男たちは、もちろん、バルガス家のヤクザ者たち。変装したデリクの姿もあった。


 女一人、恐れるでもなく広場に堂々と出てきたのを見てデリクは内心感心する。

(この女、度胸もある)

 白いジャケット、白いスカートにはスリットが入り金属の佩楯と脛あても見えた。

 既に一戦交え、リアンナの美しい金髪は逆立ち、光の塊のようである。

(美しい……って、感心してる場合じゃない)

「お嬢さん、すみませんが武器を捨ててもらえませんかねぇ。へへへ」

 サディスティックな笑みを浮かべ、バルガスのヤクザ者がリアンナに声をかけた。

 無言のリアンナ。

 高貴な顔は怒りに満ちている。

「すげえ、いい女ですね、兄貴」

「捕まえたら、裸にひん剥いて女の仕事をたっぷり教えてやろうぜ」

 ヤクザ者たちが大声でうれしそうに言い合う。

「くそ! 俺の指を! その女許せねぇ!」

 正面の礼拝堂から、左手にダガーを持った男と、シミターと盾を持った男が出てくる。声を上げたのはダガーの男。

 右手から血を流していた。

(こいつらもハーフオークだ)

 デリク。

「私から武器を奪うつもりなら、力ずくでかかってこい」

 大勢の男に囲まれながらも、顔色一つ変えず平然と言い放つリアンナ。

 見事な剣の構えを見せる。

 一分の隙もない。

(強気だね。すげぇかっこいい。一対一ならここにいる奴では誰も勝てないだろう、しかし……)

「多勢に無勢だぜ、お嬢さん。今、剣を捨ててすっぽんぽんになるなら、優しくかわいがってやるぜ。バルガス家のリガルが保障してやる」

 この一団のリーダーはリガルと言うらしい。

 デリクは今更そんなことに気がつく。

(リガルが小剣二本使い、その他のバルガス家は片手剣三人。ハーフオーク二人がシミター、廃墟から出てきたハーフオーク二人がシミター盾と短剣。俺たちスラム出身雑魚がなまくら片手剣十人)

「下衆め!」

 リアンナはリガルの台詞と嘗め回すような視線に顔を赤くして怒る。

 口では降伏しそうにもない。

 強気のリアンナに不安を感じたのか、リガルは、

「おい、お前ら、この女を生け捕りにしたら金貨五枚やる。それに、一発やらせてやるぞ」

 スラムの男たちは元来悪党でもないが、極度の貧困で利には弱い。

 それに、高貴な女を抱けるチャンスなど一生に一度もないのである。

 俄然士気が上がった。

(これは止まりそうもないな……この女、エルヴィについて何か知っているなら尋問に立ち会うべきか。人間の女なんぞに興味はないが……しかし、そう、オーディナル王妃が言っていた娘とは、でも、まさか……人間だからちがうかな?)

 対峙するリアンナとやくざ者たち。

(……やっぱり助けるべきか)

(オーディナルは助けて、この女は無視か? でも、十五人も相手にするのは、さすがに無謀だ)

 リガルの言葉を受けて、士気が上がる男たちの気勢を見て、リアンナの顔に一瞬不安がよぎる。僅かだが、怯えたのだ。

(そりゃそうだろ。単に斬られるだけでなく、辱めまで受けるのだから……)

 あからさまな興奮に目を血ばらせた男たちがじりじりとリアンナに近づく。


 デリクは内心、葛藤する。




2026/5/5 5/29 微修正

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