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21 女冒険者

 アローン王国、城下町。

 高級住宅街の一室。


 暖炉の前で瞑想するエルヴィ。

 胡坐をかき、目を瞑り、微動だにしない。


 彼女の体は非人間的な白さだった。

 これは色濃いエルフの血の影響なのだろう。

 手足は細長く、見ようによっては人間の少年のようにも見える。


 その白猫は何かを待つようにじっとしていたが、そのうち飽きが来て部屋をうろうろしたり、エルヴィの体に背中をこすり付けたりする。

 やがて、

「やめて、くすぐったいわ」

 エルヴィの声がした。


 猫がエルヴィを見るとちょっと疲れたエルヴィが微笑んでいる。

「シュナ。久しぶりね。師匠はお元気?」

「無駄に長生きしてるにゃん」

 猫が突然しゃべり出す。

「ふふ、変わらないわね。ところで今日はどんなご用なの」

「ご主人からのお手紙がある。首輪はずして」

 エルヴィは胸に毛皮の生き物を抱き上げ首輪をはずす。

 首輪は外れるとするすると形を変え、一本の巻物になった。

「さすが師匠ね、術のキレがいいわ」

 巻物を広げ読む。

「えーっと、要は不詳の妹弟子ターニャとその仲間の冒険者が妖術師の呪詛で社会的にハブられているから、その解除のためにも、捕まっているドーリンとデリクという小人を救い出せと言うのね」

「そう」

「報酬は……へぇ、奮発するわね。二人救出で金貨五十枚。呪詛の解除で二百枚。これ本気? 師匠って貧乏そうだけど溜め込んでたのね」

「その報酬の一部はターニャの両親からも出てるよ」

 前足をぺろぺろしながら答えるシュナ。

「あの娘のご両親は確か貴族。そりゃそうね。貴族の娘が誘拐犯と繋がってたとか変なうわさ立てられて、しかもそれが呪詛だなんて、親心として絶対捨て置けないわね」

 呪詛や魔術は当たり前の世界。

 我が娘に呪詛などということになればあわてるのが当然である。

「でも残念。今、二人は行方不明よ」

「え、手遅れで死刑になったならわからないでもないけど、どう言うこと?」


 服を着ながら説明するエルヴィ。

「私、一人の少年が無実の罪に問われているのを救おうとしていたの。情報屋の話だとその少年が脱獄しようとして、なぜか城の内部で行方不明になった。神隠しにあったそうよ。その時少年と一緒にいたドーリンというドワーフの男も城の中で失踪」

「へー、そんなことが。じゃあ、デリクの方は?」

「不思議なことにドーリンの相棒であるデリクと言うこそ泥は牢の中で無傷で死んでいて、検死のために霊安室に証拠品と並べて安置しておいたらしいわ。そうしたら、その日のうちに彼の品物と一緒に消えたと言う話よ。今、城ではゾンビ化した小人が夜な夜なうろついていると言ううわさで持ちきり」

「ちびのゾンビなんて怖くない」

「あんただってちびのくせに何言ってんのよ」

 ぎゅっと猫を抱くエルヴィ。

 彼女は猫が大好きだった。

「もふもふね」

「ぐ、ぐえ、離して。で、でもおかしいよ。城はれっきとしたアーロン王国の宮殿で、そんな神隠しとかそんなこと起こる訳がない。普通、王国の魔道師が魔除けするだろ」

「あなたも一度魔道であの城を調べたらいいわ。何も見えないのよ。真っ黒の闇なの。あれは古代人の魔術空間だわ。あんな城をよく居城にしたわね、初代のアーロン王は」

「じゃあ、試しに見てみるよ」


 そう言ってシュナはエルヴィの手からすり抜けると、家の二階に上り窓から城を観察する。

 アーロン城は基本的に縦に長い長方形の立方体であり、上に行くほど若干細くなっている。奇妙にゆがんでおり、窓もほとんどないので内部は外から窺い知れない。四方の角毎に塔があり、その塔も適当に高さが違う。

 白猫はむぅっと念じると、金色に目が輝く。

 異世界の視点で世界を見ることができるのだ。

 その視点で見ると、確かに城は漆黒の闇であり、何も見えない。

 時折、金色に建物全体が輝くが、その輝きに何の意味があるのか、シュナには理解できなかった。

「これは……すごいね」

「この城を魔術で何かしたかったら、想像を絶する力を超えなきゃいけないってこと」

 エルヴィがいつの間にか後ろにっていた。

「じゃあ、つまり、件の三人はこの城の何らかの力によって行方不明になったってことなの?」

「さあ、わからないわ。でも、私はそう推測している」

「これじゃあ、魔法の探索術では手の施しようがないね」

 すっと床に降りるシュナ。

「そうよ。魔術では城周辺の人間の言葉を拾うのが精いっぱい」

「でも、城で日々を過ごしている人たちには何にも問題ないんでしょ。だったら、城に入り込んで調べたら何かわかるかも」

「簡単に言わないで。警戒厳重な城に忍び込むのは容易じゃないわ。とりあえず、それ以外の方法を試してからすべきことよ。リスクを考えたらね」

「じゃあ、今、瞑想してたのは衛兵の呟きを集めていたの?」

「今のは城を見ていたわけじゃないわ。私を狙っているバルガス一家を観察してたのよ。師匠の教えてくれた術でね」

「耳目の術だね」

 うなずくエルヴィ。

 耳目の術は魂を飛ばし特定の場所を監視できる。

 任意の場所に呪印を描き、瞑想することによってそこからの音声と視点が得られた。

 その距離は術者の実力によって異なる。

 エルヴィが遠くにある地点までその力を及ぼすには、裸になって瞑想する必要があった。

「何でそんな連中を監視してるの」

「バルガス家はティルクから金を巻き上げ罪に落としたヤクザ者よ。あの家を見張っていたらあの子が現れるかも、それにバルガス家は私を狙っている」

「ふぅーん、で、何か収穫あった?」

「特にはないわ、連中が新しい用心棒を雇ったってことぐらいかしら」

「そんなヤクザ者のことより、ご主人様の仕事をこなしてよ、エルヴィ。報酬は問題ないでしょ」

「ええ、そうね、いいわ。どうせ、その三人は同じ理由で消えたのだから。でも、そうなると城に忍び込むことを考えないと……」

「一応、ご主人様が術を準備しておいたよ、巻物の後半を見て。透明術と壁抜け術が書いてあるから、どちらも三回は使えるようにしてある」

「壁抜け術はあの城だから無理でしょうね。でも、透明術は助かるわ。見張りに魔法はかかっていないもの、時間が短いのが難点だけど」

 巻物には魔法の文字が刻まれている。これを読みながら詠唱すると術が誰でもかけられるようになるのだ、ただし、通常は一度声を出して読むと文字は消えてしまう。

「僕も行っていい?」

「だめよ、命がけの任務なのよ」

「足手まといにはならないよ」

 そう言うとすっと陰に入る。

 すると全く姿が見えなくなった。

「呪文もいくつか知っているし、絶対助けになるよ」

「……好きにしなさい。でも、命の保障はできないから」

「ご心配なく。ところでいつ決行するんだい」

「今夜よ。待つ意味はないわ。ちょっと疲れたから一眠りするわ」

 そう言うと、エルヴィはあくびをする。

「そうだね、僕も長旅で疲れたよ」

 同じくあくびをするシュナであった。




 昼の繁華街。

 

 洒落た軽食屋でお茶を飲んで考え事をしているリアンナ姫の姿があった。


 リアンナは誘拐事件を調べるにあたって、いくつか障害があることに気がつく。

(資料を全部持ち出すわけにも行かないから一読して置いて来たけど、もう一度確認したいわ。でも、今から城に戻ると軟禁されてしまうかもしれない)

 やはり、軽く目を通しただけでは曖昧である。

 茶を少し飲む。

(それに、事件のあらましを知っていそうなブーンも、お父様に私を連れ帰るように厳命されたら、いつまでも言いなりにはならない。城の人間に剣を向けるわけにも行かないから下手な接触は危険ね。薮蛇になる……いいわ。自分の力だけで情報を集めてみせる)

 店は高級店なので静かだが、外は往来が増えて騒がしい。

 しかし、考えに耽る彼女には聞こえていない。

(……あの消えた小人族二人が犯した罪は、確か、商家の娘を誘拐して身代金を要求したとあった。そして、過去にも同様の事件を犯していると言う……)

(証言者も被害者も具体名が一つも書いてなかったわ。ただ、司法長官のサインがあっただけで……司法長官に直接会うのが近道ね。でも、どうやって会えばいい? 城で会うのは危険すぎるとなると、彼の家に行って待つ? それはだめ。貴族同士の訪問ってことになるわけがないし、下手をすると司法長官に無理やり城に戻されてしまう。こっそり見張るのも、衛兵がいるから難しいわね。貴族街だから、彼の家があるのは)

 考え事をしながら、更に甘いお茶を飲む。


 アーロンははるか東にある東洋人の大帝国との玄関口である。

 命がけで死の砂漠とステップを越えてキャラバンが行き来し、珍しい品物が取引されていた。

 このお茶も、東洋人の文化の一つである。

 アーロン人に茶は渋くて苦いので、蜂蜜をたっぷり入れて飲むのが流行っていた。

(バルガス家を張っていれば司法長官に会えるかも。司法長官はあの男と仲がいい。いつも何かあれば会っているようだし、もう一人の失踪者ティルクの関係者でもある。結局、バルガスを見張るしかないわね)

 そう結論づけると、すくっと立ち上がり勘定を済ませる。


 店を出るとバルガスの屋敷を目指す。

 件の屋敷は繁華街から東に外れた中間層の雑多な地区にあった。

 バルガス家の屋敷の横には馬車隊と物資の集積所があり、東の広い範囲が彼らの勢力圏になっている。

(あの辺りは彼らの縄張りだから慎重にしないと。目立たない服装にしたほうがいいわね。でも、あんまり野暮ったいのも嫌だわ)

 そう考え、途中にある店で地味なローブを買う。

 フードを被って目立たない努力をするが、白馬と美々しい装具のおかげで、目立たずにいるのが無理である。


 バルガス家に向かう途中、薄汚い男たち十数人が徒党を組んで練り歩いているのに出くわす。

 繁華街辺りは素性の知れない人間も多く、警備は行き届いていない。

 自警団やヤクザ者なのだろうか。

 リアンナは関わりになりたくないと思い、彼らを見た時点でさっと馬首を変える。

 しかし、目ざとい徒党のリーダーがリアンナに声をかけた。

「おい、そこの女、ちょっと待て!」

(なによ、よりによってこんなときに。自警団に関わっている暇なんてないわ)

 そうは思ったが、ここは人通りも多く、人々を蹴散らして進むわけにも行かない。

 リアンナが躊躇していると、彼らは全速力で駆けて来て彼女を囲むように回りこむ。

 たちまち、前後を剣で武装した男たちに挟まれる。

 なぜか一人だけ妖精小人種族の男がいた。

 たずなを男の一人が掴み、リーダー格の男が声をかけてくる。

 男は目つきが非常に鋭く、若いのに酷薄で凶暴な顔つき。

「へへ、お嬢さん、顔を見せてもらえませんか」

「無礼者! 身分をわきまえなさい!」

 男たちの強引な引き止め方にかっとするリアンナ。

 ローブのフードが捲くり上がり、リアンナの高貴で美しい容貌と、少し白い黄金の髪があらわになる。

 突然、闇の中に現れた光のようであった。

 ほぅ、と、男たちのため息が聞こえる。

 高貴な身分の女性を引き止めたことに気がついたのか、徒党のリーダーは慌てて、

「す、すみません、お嬢さん。人違いでした」

 リーダーは道を開けた。

 リアンナは無礼に憤然としながら進む。


「旦那、今の女はエルヴィじゃないのですか」

「馬鹿野郎! 目的の女は髪がオレンジ色でハーフエルフだ、今のは似ても似つかないぜ!」

 リーダーとその部下の小人がそう会話するのが聞こえる。

 リアンナはどきりとした。

(そう言えば、バルガス家もエルヴィを探しているのだったわね。彼らはバルガス家の手下なのかしら。なんて薄汚い。盗賊集団でももうちょっとまともよ)

 男たちは口々に下らないことを言いながらぞろぞろと去って行く。

 ふと、リアンナは不安になって周囲に視線を走らせる。

 いつもなら、このようなことがあるといつでも助けに入れるように、父王の隠密がリアンナにそれとなく接近してくるのだが……。

 彼女の慣れた目は二人の隠密らしき男に気がつく。

 しかし、いつもの男たちとは違うようだ。

 彼女を見張る隠密はローテーションがあるのか、交代制で、幾人かで見張っているが、この男たちは明らかに見たことがない。

(見張られてるのが当たり前だから、気にしていなかったけど、いつの間に朝の隠密と入れ替わったのかしら。新顔ね……)

 

 リアンナは何を思ったのか、馬首を変え、繁華街を越えて西に向かう。

 このまま真っ直ぐ行くとあまり人の住んでいない廃墟地区になる。

 街の遺跡は非常に広大で、西側はまだ改修が済んでいない。そこは半分スラムであり無人地区だった。

 しかし、リアンナは一人進んで行く。


 監視者の二人は、一人は彼女を追跡し、一人はきびすを返して雑踏に消えた。




2026/5/4 5/29 微修正

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