20 妖術師の手先
フィフツ騎士爵の屋敷。
その裏庭。
ターニャはセレネと二人で話し合う。
「一応、事件は解決したことになっているから、もう狙われる理由はないはずよね。表向きには……そう言えば護衛もなしに来たの?」
ターニャが問う。
「護衛の方々にはちょっと離れた場所で待ってもらってます」
セレネは小声で答える。
「よかったら、またあの『魂の傷』を見せてもらえないかしら」
うなずくとセレネは包帯を解く。
やはり青白い輝きが左腕にあり、不思議な紋様が描かれている。
久しぶりに見たが、不思議と禍々しい印象はない。あのときは悪人との対峙の直後でもあり、恐怖もあったが、今改めて見ると清浄な輝きに感じた。
「不思議ね、これは悪人がつけた印に見えないわ。印象だけで言って悪いのだけど。それと、私の師匠が見たがっていたわ、いいかしら」
「それは構いませんが……それよりも、ターニャさんにお願いがあるの。あの目つきの悪い人たちのことを調べてもらえないですか。それに、デリクさんとドーリンさんにもお礼がしたいの、よかったら、これを二人に渡して下さい」
セレネの手には高価そうな宝石の指輪やネックレスがあった。
必死に家の宝を持ち出したのだろう。
だが、彼女は何も知らないのだ。
デリクとドーリンに待ち受ける運命を。
「無理よ、いまさら。私はこんな状況だし、調査の魔術も知らない。それに、あの二人はアーロンで死刑になるわ」
「どうしてです? 二人が捕まったのは聞いてましたが、私が証言したから、アーロンでも罪には問われないはずじゃないですか!」
顔面蒼白になるセレネ。
声が大きくなる。
「それがそうならないのよ。アーロンとキルボールはそう言う司法関係はないし、犯罪者の引渡し関係もないわ。アーロンでもわけのわからない誘拐の冤罪がでっち上げられていたの。私は魔術とコネで何とかなったけど、アーロンで捕らえられた二人にはこちらからは手が出せないのよ」
セレネはあまり状況を知らなかったのだろう。
命の恩人が死刑になると知って、茫然自失している。
「もういいから帰りなさい。あなたのことは役人にしっかり陳情したら、何とかなる話かもしれないわ。変なごろつきなんて、役人が最も嫌う連中だから。それに、私はもう冒険者稼業は廃業するって約束させられたの」
そう言われるとどうしようもない。
セレネはがっくりと肩を落として、屋敷の外に歩いて行く。
(ちょっと可哀想ね、でも、本当にどうしようもないわ)
ターニャは見送りながらそう思った。
家に入ろうとすると、
「きゃぁ!」
遠くでセレネの悲鳴が聞こえる。
体がびくっと動く。
(何かあったのかしら。でも……)
もう、これ以上何かに巻き込まれたくない気持ちもあった。
しかし、目の前で起こることまでは放置できない。
(何があったか知らないけど、見に行くだけなら)
そう思いセレネの悲鳴の理由を確かめに向かう。
セレネは屋敷の裏の門から入ってきていた。
屋敷の裏には小さな林があり、その先には小川と橋がかかっている。
自家を出る時、フィフス家の門衛がいないことに気が付く。
(うちの門衛はどこに。セレネが賄賂でも渡した? ちょっとたるみすぎね)
彼らのさえない姿を思い出して首を振る。
裏門を出ると、細い道があり、橋の前でセレネが五人の男に抱きかかえられていた。
男たちはぐったりしたセレネを抱え、全力で走って行く。
ターニャは声を上げようと思ったが、こんな人気のないところで逆襲されたら、女一人ではどうしようもない。
やり合うなら、人気のあるところで役人を呼んでもらえる状況が望ましい。
急いで追いかけるターニャ。
途中、橋の手前で三人の戦士が死んでいるのを見る。
刃物で何箇所も斬られ、灌木の影に無造作に置かれていた。
セレネの護衛たちだろう。
死亡のうち一人は護衛に逆襲された襲撃者らしく、極端に不潔な男である。
武器もこの辺りではあまり見ないシミター。
敵はあまり手際のいい連中ではないらしい。
ターニャは護衛の倒され方を見てそう思う。
やがて彼らはキルボール城下町内の農地に出る。そのまま東に真っ直ぐ行くと街門があり、河の渡しがある。
こんな昼間から、人を抱えて門まではいけないだろう。
そう思っていると、彼らは途中にある農機具の置いてある小屋に入って行く。
普段は鍵がかけてあるが、どうやら今はかかってないらしい。
ターニャは作物が繁茂する畑に身を潜め、荒い息をつきながらどうするか考えていた。
「おい、貴様、何をしている」
突然声をかけられ、びくっとするターニャ。
いつの間にか背後に見覚えのある顔がある。
全身革鎧に保安官の徽章。腰に佩く剣だけ立派な拵え。
「セリウス! ……さん。どうしてここに」
「怪しい人間がうろついていると言う通報を受けたからだ。確かにいるな、目の前に」
皮肉な言い方をするセリウス。
一度煮え湯を飲まされてから、セリウスはターニャを目の仇にしていた。
外出すると、必ず付きまとっている。
「あなた、いい加減にしなさいよ。私は何もしてないし、しないわ」
怒って立ち上がるターニャ。
しかし、客観的に見て、今の状態が怪しくないかと言えば、嘘になる。
「どう見てもこそこそ潜んでいるようにしか見えなかったが」
思わず、くすりと笑うセリウス。
もともとハンサムなので、その笑顔は魅力的に見えないこともない。
「あの小屋に悪党たちが潜んでいるのよ。今、あいつらにセレネが誘拐されたわ。役人は何やってるのよ! 言ったでしょ、彼女は悪人に狙われてるって。この給料泥棒!」
思わず、怒ってまくし立てるターニャ。
給料泥棒と言われて、むっとするセリウス。
「誘拐一味と一緒にいたあなたに言われたくはないですね。でも、一応、確認しましょうか?」
そう言うとずんずん小屋に向かって行く。
ターニャも慌てて追いかける。
小屋に向かって声を上げるセリウス。
「誰かいるのか? 保安官だ!」
声をかけると一人の男が出てくる。
この辺りの農民の服装をしているが非常に目つきの悪い男だ。
「へぇ、保安官の旦那。何のご用でしょうか」
「ここに、数人の男が女の子をさらって駆け込んだと言う通報があったのだ、中を見せてもらおうか」
「ええっ? そんな、馬鹿な。俺はずっと作業してましたから、何もありませんぜ。なんだったら好きなだけ見てください」
男は非常に協力的だった。
扉から見える小屋の中に人はいない。
ターニャは狐につままれたような気分になる。
憎たらしくも、セリウスはターニャの方に肩をすくめて見せた。
小屋の中は農民の道具が置かれ、加工中の穀物などが無造作に山にされている。
男は、
「ほら、何もないでしょう。ここにも」
そう言うと、麦の山を足で崩す。
麦の山にも誰かが潜んでいる様子もない。
「おい、お前。あの棚の上に何が置いてある、見せてくれ」
セリウスはそう指示する。
指差した先には小さな棚があり、何かの道具が詰まった箱が乗せてあった。
男は「はいはい」と言うと面倒臭そうに指示に従う。
男が作業のために背を向けると、セリウスはやおら剣を抜く。
赤い光芒がすっと男の首筋に当てられる。
「おい、お前。農民じゃないな。俺は農民だったからわかる。農民は泥足で麦を蹴ったりしない。本当のことを言え」
冷酷な声。
悪党を前にしても、法執行官として落ち着いた態度。
ターニャは彼が味方になれば頼もしいと思った。
しかし、それはここのどこかに悪党がまだ潜んでいる証拠でもある。
気を引き締めて、魔法の準備を開始した。
「な、何をおっしゃるやら。お役人様の勘違いですよ」
「それなら、お前を担当している徴税官の名前も言えるな」
「へへへ、それは……」
そう言いながら、男は身をすっと落とすと隠し持っていたナイフをかまえて突進してくる。
しかし、セリウスは男の動きを予想しており、さっと身をかわす。
そして、目にも留まらぬ早業でたたらを踏む男の背中を切り裂く。男は獣のような声を上げ、鋤や鍬の中に突っ込んで倒れ伏す。
同時に、ばたんと穀物の陰にあった床が開き、数人の男がシミターを構えて飛び出しきた。
「ハーフオークか」
男たちは汚い皮鎧を着込んでいる。
顔はごつごつしていてるが、元になったオークに比べたら非常に人間らしい。
オークはゴブリンよりさらに人間離れしたデミヒューマンで、豚のように変形した顔を持つ、今は亡き魔王の軍勢の主力だった。
セリウスは一斉に飛び掛る敵をかわしながら、剣を彼らの前面に置くように捌く。
すると、ハーフオークは剣に飛び込んでしまい、自ら串刺しとなる。
すっとセリウスが剣を引くと、あっさり抜けた。
ターニャも負けじと雷を放つ。
しかし、いつものロッドがない。
威力は弱く、敵がぎゃッと叫んで後退しただけだった。
だが、にやっとするセリウス。
援軍がうれしかったらしい。
そして、セリウスにはそれで十分だった。攻勢に出ると、一気にシミターを剣でたたき折り、二撃で二人を倒す。
穴から出るのが遅れた一人も赤い剣が串刺しにした。
「すごい剣捌きね」
ポツリとターニャが褒める、が、目を伏せる。
冒険稼業で慣れているとは言え、この血なまぐさい光景は見るに耐えなかった。
「お褒めいただいて光栄です、お嬢さん」
また、皮肉に返すセリウス。
しかし、先ほどとは違い、少し優しく答えているようだ。
ハーフオークたちが出てきた穴は食料の小さな貯蔵庫になっており、大きな袋が横たわっている。
袋を開けると青い髪のセレネが入っていた。
息をしているが、気絶している。
「このお嬢さんにこのような光景を見せなくて済んでよかった。早く表に出して差し上げよう」
「何よ、私なら見せてもいいの」
「あなたは……雷を放つような女性が何を仰るやら」
再び肩をすくめるセリウス。
表に出る三人。
「とりあえず、一旦、セレネさんを病院に運びましょう。ついて来て頂けますか」
セリウスの提案。
「ええ」
「そして、申し訳ないが、役所で供述もお願いしたいがよろしいか」
「ええ、いいわ」
「そして」
「そして?」
「あなたに謝罪を申し込むつもりですが、よろしいでしょうか」
貴族的な態度で跪くセリウス。
農民出身と言うが、堂に入った態度である。
「ええいいわ。たっぷり謝罪してね」
最初の印象は最悪だったが、今は結構かわいいかも。
そう思うターニャだった。
アーロン城下町の高級住宅街。
時間は正午。
人々は仕事の手を止め、食事や休息をとる時間である。
街は繁華街の喧騒から離れ、不思議な静けさに満ちていた。
街の道には石畳がきっちりと敷かれ、時折、通り過ぎる人々も上品な立ち居振る舞いの者ばかりである。
そこに一匹の白猫がのっそりと姿を現す。
穏やかな街である。
猫が住み着いていても誰も不思議に思わない。
白猫は時々立ち止まり、きょろきょろと辺りを見回す。
猫には皮の首輪がある。誰かの飼い猫なのだろうか。
やがて猫は一軒の瀟洒な住宅の前で足を止め、門の隙間から進入する。
猫は家に侵入するつもりなのか。
しかし、玄関はきっちり閉じられており、入り込む隙間はない。
猫はあきらめず、窓を調べる。
ガラスの窓は非常に高価であり、それほど普及していない。
人々は明かりをとるため、単に開け放っておくのが普通である。
その家は在宅なのか、窓は少し開いているようだった。
猫は迷わず、手近な窓枠に飛び上がると中に侵入する。
その部屋は天窓から明かりをとり、非常に明るい。
白い壁に木の床。
家具はほとんどない。
暖炉には少し火がくべられていた。
暖炉の前にはカーペットが敷かれ、その上には岩塩で円陣が描かれている。
そして、その中央に半裸の女が座って瞑想していた。
女の髪はオレンジ色をしており、少しだけ耳が尖っている。
ハーフエルフのエルヴィだった。
猫は邪魔をしないようにエルヴィの傍らで香箱座りをする。
瞑想が終わるのを待つようだ。
2026/5/3 5/4 微修正




