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19 ホルス人ユアン

 アローン城下町南西部。

 貧しい人間が多く住むスラム街。


 ここはデミヒューマンや白人以外の雑多な人間が多く住む。

 大抵は希望を胸に農民として入植をしたが、自然の過酷さや蛮人の襲撃に耐えられなくなった者が逃げ込み、城壁に隠れるように住み着いているのである。

 もちろん、スラムはオアシスではない。

 城壁に囲まれて蛮人による虐殺がないだけで、治安と衛生は最悪の場所だ。

 しかし、このような場所だから、すねに傷を持つ者には格好の隠れ場である。

 そして、城からこっそり抜け出したデリクにとってもしばらく身を隠すにはちょうど良い場所だった。


 あの後、謎の女、オーディナル王妃との邂逅の後、デリクはあっさり城を抜け出している。

 もちろん、非常に警備は厳重であった。

 しかし、夜になれば人力の灯りでは覆い隠せない闇が勝る。

 しかも、この城はごてごてと飾り立てられた隠れるのに適した構造であり、庭の芸術的な構造も隠密から見たら隠れてくださいと言わんばかりのものだった。

 デリクは夜間まで待って行動し、あっさり城壁の通用門にたどり着く。

 そして、マントの魔力を最大限利用して壁に擬態し、警備兵の目の前をすり抜けて街に逃れ出ていた。

 後は個人的な秘密の隠れ場所があるスラム街まで走るだけ。

 ほとんど危険は感じなかった。


 ただ、やはり、衛兵たちはデリクを探していたのではなかった。

 潜んでいるときに、

「城に逃げ込んだ脱獄囚が二人消えたらしいぜ。今、ブーンの部下が大騒ぎして探しているのはそれよ。この城は縁起悪くねぇか、前から不思議なことが起き過ぎだ……」

 このように話しているのを聞いた。

 霊安室のことを思い出すと、もしかしたら、囚人とはドーリンと倒れていた少年ティルクであり、まだ城に潜んでいるのではないか。

(城に引き返して、ドーリンと……ティルクだったかな。二人を探すべきか……でも、城に住む衛兵ですら隠密素人の二人を見つけられないのだ。魔術とか妖術の絡んだ神隠しなら俺が必死になっても仕方があるまい)

 スラムの汚い部屋に寝転びながら、そう考えるデリク。

(魔術の専門家の助言が欲しいな。それに城内部の見取り図、闇雲に突っ込んでも死ぬだけだ)

 いろいろ考えたが、ターニャはキルボールにいるだろうし、アーロンの冒険者仲間ではデリクを官憲に引き渡すかもしれない。

 完全な裏稼業の連中以外には頼れないが、最近は表の冒険稼業ばかりしていたのでコネが切れている。

(やれやれ、いっそのこと俺が気がつく前にドーリンが縛り首になってくれていたら悩まなくて済むのに。だいたい、あいつはゴキブリよりしぶとい野郎なんだよ。生命力が強すぎだろ、本当に困ったもんだ)

 いつもながら、適当な思いが脳を占める。


 つらつら考えていると、表で人の声。

 人が集まっているようだ。


 興味がわいてボロ家から外をそっと覗くと、数人の羽振りのよさそうなヤクザ者がスラムの広場で人を集めていた。

「いいか、クズども。バルガスの親分がお前らのうち三十人ほどを用心棒に雇いたいと仰せだ。破格の金額だぞ。一日十ゴルダだ。剣も一日五ゴルダで貸して貰える」

(何が破格だ。十ゴルダじゃ安すぎるぜ。どうせ、食事代引いて借金ができたとか因縁つけるような仕事だろ)

 しかし、スラムの人々はそれでも仕事がほしいのか、一人二人と応募が集まる。ヤクザ者は剣と金を応募者に配って行く。

「それで、旦那、俺たちは何をするんです?」

 一人のしょぼくれた男が尋ねる。

「お前たちは一家の人間の指示の下、街を巡回してもらう。バルガス一家に楯突く奴が最近出てきたからだ。そいつを見かけたら袋叩きにする。どうだ、簡単だろう」

 話を聞いて、何かの抗争事件に巻き込まれるのかという動揺が走る。

「心配するな! 親分に逆らうのは人間のガキと女冒険者の二人だけだ! 女子供相手でもぶるったのかよ、てめえらは?」

「わかりました、旦那。その二人の名前は?」

 そう言われて、ヤクザ者は二枚の似顔絵を出す。

「こっちの人間の男のガキはティルク。目を負傷して片目になっているから、見かけたらすぐにわかるはずだ。もう一人はハーフエルフの女冒険者エルヴィ。髪がオレンジ色だから、こちらも目立つ。簡単だろう」

(おや、なぜバルガス一家が脱獄したティルク追ってるんだ? もう街に出たのか、それとも単なる警戒か。ヤクザ者が役人の下請けでも始めたのか? ……エルヴィ。ああ、最近売り出し中の女魔法戦士ってやつだ。オレンジ色の髪で思い出した。確か、ターニャの姉弟子だったような)

 話を聞いて逃げた者もおり、あまり人の集まりは良くないようだ。

 よぼよぼの老人にまで剣と金を渡している。

(これは参加した方が良さそうだな……たぶん)

 そう思い、急いで偽装する。

 ぶかぶかのぼろ着を用意し、隠密用ブーツにはぼろ布をかぶせる。

 そして、更にぼろフードコート。

 このおんぼろ服には隠しスペースが多くあり、暗器に弓、矢も十本は隠せる。マントも二重構造になっており、外のぼろ布をはずすといつもの隠密マントになる。

 ふと、あのオーディナル王妃から拝領した刀を見る。

 今まで見たこともないような業物であり、金色に輝く美しい刀だがデリクの身長ほどもある。

 持って行くには大きすぎた。

(こんなところに置いておきたくないな、小さくなってくれたら……)

 と思った瞬間、手のひらより少し大きい程度の匕首になる。

「おお、念じると思い通りの大きさになるのか。すごい、魔法の刀じゃん!」

 思わず声に出して言う。

 いろいろ調べたかったが、今は懐にしまう。


 デリクがヤクザ者のところに来た頃には引き上げる寸前だった。

「へへ、旦那。あっしも雇って貰えませんか」

 ヤクザ者のリーダーが足元を見ると、意地汚そうな浮浪者の妖精小人族がいる。

 フードで表情はよくわからない。

「何だぁ、ホルス人か。剣は持てるのか?」

 妖精小人族はホルス人ともいう。

「へぇ。何とか」

「名は?」

 ヤクザ者は剣と金を渡しながら聞く。

「ユアンでさ。旦那。おっと、お金、お金……旦那! 数が少し足りないようですぜ! 話だと十枚のところが、あっしの手元には七枚しかありませんぜ!」

「お前みたいなクソちびは七枚もらえただけでもありがたいと思え。本来なら、五枚でも多いくらいだ」

 冷たい目でヤクザ者。

「へぇ、つまりあっしは大きい人たちの半分だから、金額も半分のところが、旦那のお情けで七枚なんですね。ありがとうございます旦那。ありがとうございます」

 哀れっぽく礼を言って、ぺこぺこと頭を下げるユアン。

 ユアンの愚かな言動に人々は笑い出す。

「よし、お前ら俺たちの指示に従え。仕事中は命令には絶対服従だ、逆らったら血を見るだけじゃ済まねぇからそう思え」

 武装した男たちは町にぞろぞろと繰り出した。




 ターニャは正式にはターニャ・フィフツという。


 キルボール伯爵の部下、フィフツ騎士爵家の令嬢だった。

 騎士爵と言っても所詮は田舎の貴族。豪農に毛が生えたような存在でしかなかったが、自領の領民を動員する権限を持ち、当主は戦争において従軍する義務があった。

 そのような中で、魔術の修行は女の技として重宝されており、ターニャも冒険に興味もあった関係で大魔導ジョシュアの直弟子になっていたのである。

 父は数世代前の武名名高い当主とは違い、非常に心優しい男である。

 娘にもとても甘く、ターニャが甘えたら何でも言うことを聞く。

 そのような父だった。

 ところが、今回だけはさすがに無理だったようで、ターニャは生まれて初めて父が怒った顔を見る羽目になる。

(何よ、もう。あんなに怒らなくてもいいじゃない。お父さんのバカ!)

 そう思って、部屋でふて腐れている。

 父には外出禁止を言い渡され、今度のお見合い相手に会うまでは決して外には出さないとまで言われていた。

 相手は隣の子爵家の次男である。

(まあ、マシかな。彼だったら)

 ベッドに寝転びながら、件の次男を思う。

 特に武名も何もないが、悪いうわさも聞かない。

 顔もそこそこである。

(容姿だけ言えば、あんなに小汚い二人と組んでたんだから、今さらよね)

 デリクとドーリンの冴えない姿を思い出してぷっと吹く。


 初めて出会ったときは、魔法使いが欲しいと言う彼らに素性を隠して近づいたのだ。

 ドーリンがエクセレスの神官であり、モラル的にも大丈夫なように思えたからだ。

 それに、まだ、そのときはもう一人女の戦士がおり、貞操的に心配もしてなかった。

(あの女戦士、確か名前はエレナだったかしら。すぐにアーロンの地方領主からお呼びがかかってパーティを抜けたのよね)

 その女は非常に優秀なレンジャー戦士だったが、お嬢様的な言動のあるターニャとそりが合わず。それもあったのか、さっさと抜けてしまったのだ。

 今はその領主の下で保安官をしていると言う。

 その後何度かミッションをこなすうちに、戦士を迎え入れようとした。

 しかし、ターニャはまともな「男」を入れて変なうわさを立てられると困るので、難癖つけ続け、結局、三人組が定着してしまった。

 その仲間が今頃無残な骸と化しているのかと思うと、可哀想になってきた。

 男の戦士でもいたらアーロンの役人の捕縛を切り抜けられたかもしれない。

 そう思うと罪悪感もある。

 しかし、彼女が獄に繋がれないのも、彼らに罪を被ってもらっているからである。

 部屋に閉じ込められてからは、助けに行きたい気持ちと、どうしようもないという気持ちがせめぎあい、悶々と過ごしていた。


 そんなある日。


 窓に、コンと言う音がする。

 よく、恋人や友人がこっそり会いにきたときに窓に小さな石を当てて知らせるような音。

 ターニャはそうではないかと思い、急いで窓の外を見た。

 彼女の部屋は屋敷の二階にある。

 窓の下の庭には、青い髪と青い瞳の美少女セレネが立っていた。

 街娘風の質素だが貧相ではない服装。

 左手に包帯。『魂の傷』を隠しているのだ。

 セレネは思いつめたような表情と、何かを恐れているのかきょろきょろしている。

 ターニャは窓を開け、声をかけた。

「お久しぶりね。セレネ。こんなところに来て大丈夫なの?」

「ターニャさん、お願い、お話があるの」

「私、あなたを助けるために罰を受けて、部屋を出たらだめって言われているの」

 ちょっと意地悪をしたくなった。

 実際、彼女を助けるために命がけで働いて、何の報酬ももらっていないどころか、謂れのない罪で断罪されそうになったのだ。

「ごめんなさい。でも、私どうしたらいいか……」

 うなだれるセレネ。

 彼女が拉致されたのは彼女の責任ではない。

 ちょっと嫌味だったかと反省し。

「冗談よ。降りるから待っていて」

 勝手知ったる自分の家。

 蔦や壁の出っ張りを利用して器用に降りる。


「それで、どうしたの今日は。私はあなたを誘拐した悪人に協力させられていた人間なのよ。こんなところでこっそり会うなんて危険すぎる」

「ごめんなさい。でも、私はそれが嘘の罪だって知っていますし、証言もしました」

 実際、彼女の証言のおかげでキルボールではこの犯罪は有耶無耶になっている。少なくとも、ターニャ限定ではあるが。

「ええ、証言には感謝してるわ」

 ターニャは礼を言うが、やはり、内心は彼女のために仲間が死刑になることに納得が行かなかった。

「それで」

「ごめんなさい、でも、あなたしか頼る人がいなくて……」

「もう、あの事件はここでは済んだことになっているわ、まだ何かあるの。もしかしたら、あの陰険男のセリウスがまた何か言って来たの?」

 保安官のセリウスはターニャが罪に問われないことを知ってかなりしつこくまとわりついていた。

「いいえ、確かにセリウスさんは私やターニャさんを疑っていますが、それとは違います。実は……」

 最近、セレネの周辺に目つきの悪い男たちの影があると言う。

 その男たちは何をするわけでもないが、必ず彼女の近辺に現れている。

 彼女も怖いので、あれ以来、父に護衛をつけてもらっているが、今のところ、その彼女の恐怖は『妄想』の一言で片付けられている。

 あのような目に遭ったから、その恐怖が残っているのだと。




2026/5/2~5/24 微修正

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