15 廃墟の武器庫
王宮城内の廊下。
扉を体当たりで破ろうとする囚人二人。
片目の少年ティルクと髭のドワーフドーリン。
硬い扉にぶつかろうとする。
だが、扉はまるで意志でもあるかのように、衝突直前に開いた。
「うわ!」
「おっと」
ドーリンとティルクは突撃した扉の思いもよらない反応にバランスを崩してしまい、たたらを踏む。
ドーリンは重心が低いのでどうにかなったが、足元で止まったドーリンの肩にぶつかってティルクは転倒。
「痛!」
ティルクは短くそう言うが、痛みをこらえすぐに立ち上がる。
後ろには血相変えた衛兵が迫ってきているのだ。
そう思って血走った右目で入った部屋を見渡す。
部屋には柔かいじゅうたんが敷かれ、きれいなベンチとしゃれた戸棚があった。
部屋は四方が壁で窓はなく、天井から日光と思われる光がタイルより発せられている。
どこかに抜けられる扉はない。
入ってきた扉を見ると、いつの間にか閉じられていた。
「参った、入り口は一つか。これでは袋の鼠。俺たちの運命も定まった」
ドーリンが嘆息する。
ティルクも観念した。
「そうですね……」
落胆しながらがっくりと肩を落とす、が、衛兵はいつまで経っても入ってこなかった。
「……衛兵ども、どうしたんだ」
怪訝な顔のドーリン。
「おかしいですよね。すぐに衛兵が飛び込んできても不思議じゃないのに」
「そうだな。よくわからんが、衛兵は外にはおらんようだ、外の騒ぎが全く聞こえん」
ドーリンもうなずく。
「扉を開けて、様子を見てみますか?」
件の扉を指差すティルク。
しかし、
「待て、静かなのは罠かも知れん。それより、そこの壁がどうもおかしい気がする」
ドーリンはそう言うと、入って来た側から右手の壁を調べ始める。
やがて、
「おい、動くぞ、この壁」
その白い壁は隠し扉になっていた。
ドワーフがどこかに触ると、低い音を立てて壁が上にスライドしていく。
「すごい、良くわかりましたね。僕には全くわかりませんでした」
素直に賞賛するティルク。
「フフフ。俺たちドワーフは特別な種族だから、このような装置に気がつくのだ」
自慢げに語るドーリン。
隠し扉の先はしっかりした石組みの通路が続いている。
通路は非常に暗い。
「すごく暗いですね。隠し扉を閉めないわけにもいかないだろうし、これでは何も見えませんね」
そもそも片目なので暗くなると心細くなるティルク。
「心配するな、俺たちドワーフは偉大な種族だから、このような漆黒の闇でも見えるのだ」
「ええ! 本当ですか、それはすごいですね。魔法とか奇跡なんですか」
「フフフ、ドワーフの能力はまさしく奇跡と言えるかも知れぬ。しかし、違うぞ。これは我々の素体能力なのだ。どうだ、おぬしもドワーフになりたくなっただろう」
「いえ……それは……」
答えに苦慮するティルク。
そのような会話をしながら、通路に入る。
ドーリンが隠し扉を閉じると全く何も見えない漆黒の闇になった。
ティルクは目の前も何も見えない状態になり慌てるが、ドーリンががしっと腕を掴む。
「心配するな、俺には見えている。俺に捕まっていろ。ゆっくり行くぞ」
そろそろと歩き出すティルク。
ドーリンは怖い見かけによらず親切な男で、ティルクが躓きそうになると、支えてくれる。
どのくらい歩いただろうか、ティルクには非常に長く感じられた。
やがて、
「おい、広い部屋に出たぞちょっと待て、灯りをつけられるかもしれない」
「灯りをつけたら追手に見つかりませんか?」
「先ほどから全く人の気配が無いから大丈夫じゃないか? それより、一度状況をはっきり見ておきたいだろ」
ドーリンはそう言いながら、何かの装置をいじっている。
一切光の無い漆黒の闇の中で、恐怖心や不安が増大していたのは事実だった。
ティルクもそれ以上は何も言わず、ドーリンの仕事を待つことにする。
やがて、
ほわっと、優しい灯りが部屋に満たされた。
明かりを見てティルクは思わずほっとする。
ドーリンがいじっていた壁には小さなクリスタルが設置されており、スイッチを入れると魔法の灯りがつくようになっているのだ。
ティルクは突然の灯りに目がついて行かなかったが、やがて目が慣れて行く。
どうやらここは非常に広い広間の一角であり、明かりの届かない範囲がどうなっているかはわからない。
右側に壁があり、その壁に沿って丸い柱が幾本も連なっている。
左側は広すぎて暗く、はっきりしない。
「不思議だ。いくら大きな城でもこれほどの空間が使われもせず放置されるだろうか。しかも一階だ。一番人が出入りして、スペースを使うのに……」
ドーリンがつぶやく。
空間をしばらく眺めていたドーリンは、
「おい、広間の左手に部屋が並んでいる。扉がいくつかある。奥は俺にも遠すぎて見えないが、そこを調べてから奥に進もう」
ドワーフの目にはかろうじて見えたようだ。
ティルクが後ろを振り返ると、通路の闇は深い。
追手は気配すらないようだ。
念のため灯りを消し、ドーリンがティルクの手を引いて広間を横切る。
扉はいくつかあるが、ドワーフが覗くと休憩室のようなものが多い。
すべて無人、家具もあるが朽ちかけていた。
やがて、一つの扉の前に来る。
その扉だけはがっしりした実用的な雰囲気。
「ほう、ここは」
扉は半分開いており、二人は中に入った。
ここは広間と同じく、魔法の照明装置がある。
灯りをつけると、そこは輝く金属が溢れる小さな武器庫だった。
「これはこれは」
ドーリンはうれしそうに呟く。
部屋には鎧や盾、武器が所狭しと並んでいる。
「これで何も抵抗できず惨めに死ぬだけってのはなさそうだ。武人の端くれとして戦いの中で死ねる」
ドーリンはそう言いながら武器を物色する。
「綺麗な武器ばかりですね」
ティルクは見慣れないデザインの武器に目を輝かせる。
「人間とエルフ用ばかりだな。しかもデザインが非常に古臭い。装飾的で実用性に欠けるものばかりじゃないか……儀杖兵用の武具なのか?」
少し落胆したドーリンの声。
ティルクもせっかくだから何か持って行こうと漁る。
剣の類を探っていると。
「おい、ティルク。お前、剣の修行はしたことがあるのか」
「……いえ、ありません」
「なら、剣はやめとけ。予備武器として小剣を一本腰に挿すだけならいいがな」
「剣は難しい武器なんですか」
「そうだ、一番ありふれているが素人が使うには難しいぞ。まず、鎧を着た硬い敵には刺すことが主になる、つまり、下手をすると敵に深々と刺さって抜けなくなる、無理に抜こうとして剣が折れたなんてのは良く聞く話だ。乱戦時に武器がないなんてしゃれにもならん。それに、鎧相手に乱戦となると大概は突きよりぶん殴りになる。直剣なんて切れないぞ。ぶん殴りの強い剣なら太くて重くする必要があるがそれでは疲れやすい。柄の方でぶん殴るって技もあるがな。いっそ、それだったらこれの方がいいだろう」
ドーリンがごろんと床に置いたのは小ぶりの棘鉄球に腕の長さ程度の金属の棒がついたメイスだった。
「これはかなりしっかり作ってある。敵が鎧を着ていても鈍器なら十分強いダメージが行く。細い剣では絶対出ない破壊力もある。片手用だから、ほれ、盾を持って身を守れ」
さらに、金属製の丸い盾を投げる。
慌てて受け取るティルク。
「槍とか長い武器はどうなんです」
儀仗用の長柄武器を指さすティルク。
「広い屋外ならあれの方が有利だ。でも、狭い屋内であんなもの振り回せると思うか? 片手剣でも狭いところじゃ苦しいぞ」
「そういうものなんですね」
「長年狭い洞窟で戦ってきた偉大なドワーフを信じなさい」
ドワーフ自慢になるとなぜか鼻高々になる男。
更に、床に金属の鎧を置くドーリン。
「この鎧はラメラーだ。皮の上に金属を重ねて張り合わせた非常に頑丈な鎧だ。他の派手なのは見た目だけでろくなのがない。これは裏に隠してあった。地味だが悪くないぞ。その盾はターゲット。本来は木で作ってあるのが普通だが、それは金属だ。しかもかなり軽い」
ドーリンは防具の説明をしながら自分は短い柄の大斧を持ち、鎖帷子と武骨な金属のヘルメット、ティルクと同じ盾を左腕に装着。腰には短剣を挿す。
ティルクは少しがっかりしながらドーリン推奨の装備を手に取る。
鎧は古い革の匂いがしたが、それほど嫌なものでもなかった。
メイスを取ると見た目より軽く扱いやすそうだが……少し溜息をつくティルク。
「どうした、不満か」
「剣の達人になるのが夢なんです」
「お前は若い。修行なんていつでもできる。今は生き延びることだけを考えろ。もし、運良く生き延びられたらいくらでも剣の師匠を紹介してやるよ。俺はこう見えても顔が広いんだ」
少年は鎧を着込む。
非常に埃っぽく、古い革がごわごわしている。
構造は単純なので着用は難しくなかったが、想像以上に重いものだった。肩にずしりと重量がかかる。
「う……」
「重いだろう?」
「いいえ、大丈夫です」
鎧のことには強がりを言うティルク。
「腰のベルトをしっかり締めておけば少しはマシになるぞ」
着用を手伝うドワーフ。
数奇な運命で鎧を着ることになったが、つい先日は鎧のために命を落としかけた。
複雑な気分になった。
(鎧のために目も失ったのだ……)
思わず、左目に手をやる。
分厚く包帯が巻かれているのために布の塊でしかないが、この下には何もないのだ。
それを見てドーリンはティルクが不憫になる。
まだ成人もしてない少年が、片目にされたのだ。
ドワーフは誰にそんな目に合わされたのか聞きたくなった。
「おい、良かったら、お前の罪状を教えてくれないか。なぜお前のようなまともそうな奴が牢に入れられたのだ?」
ティルクは街に来てからのあらましを簡単に述べる。
エルヴィという女冒険者に出会い、武具屋で字が読めず思わず逃げ出したこと、そして、そのコンプレックスを利用されて金を巻き上げられ、金を取り返しに行ったら反撃されて目を潰されたことを……。
「ラパレイか、バルカス一家の札付きだな。誰か依頼してくれたら俺が脳天に斧をぶち込んでやったのに」
「……」
「しかし、お前、根性だけは大したもんだ。大勢相手に突っ込んでいったのか」
「愚かでした」
首を振るティルク。
「男にはそういう蛮勇も必要な時がある、自分を卑下するな」
「……しかし」
ティルクは本来、内省的な少年なのだ。
「ほれ、篭手と脛当てもつけろ。兜はこれでいいかな。念のために短剣も持て」
ごそごそとどこかから引っ張り出すドワーフ
篭手と脛当ては皮と金属製で、ラメラーと構造は同じである。同じように恐ろしく古い。不思議なことにこれも十分使えるようだ。
兜は軽い金属製であり、オープンヘルムで顔は覆っていない。
ここにある中でも地味なものを選んでいる。
少年は諦めて全て着用した。
腰に短剣を挿す、これも地味な見た目。
「装飾金ぴかは目立つからな……未来の大剣士さんにはちと申し訳ないが」
そう言いながら、更に武器を物色するドーリン。
きれいな剣などを選んでいるようだ。
「剣は使いにくいと……」
「ああ、これは脱出後のことを考えてのことだ。運良く逃げられてもこのままでは無一文。金になりそうなものを貰って行っても損はあるまい」
そう言って、きらびやかな剣を数本、背負って持って行くようだ。剣帯のようなものが倉庫には多く、それを紐代わりにしている。
「そうですね。確かにこのままじゃ。じゃあ、僕もいくつか」
「お前は無理をするな。慣れん鎧で重いだろう? まずは自分が生き延びることを考えるんだ……ところで、ティルク、運良くここを抜け出せたらお前はラパレイに復讐するのか?」
「いいえ……」
首を振るティルク。
「なぜだ。悪党なんだろ手を貸してやるぞ」
「これは僕が馬鹿だったから失敗したのです。もちろん、あの男には今も怒りを感じますが……そんなことより、仇を探し出して討たないと」
「仇? お前には仇がいるのか」
「ええ、両親を殺した奴が」
「それなら、その方が確かに重要だな。良かったらその話も聞かせてくれないか。俺にできることがあれば手を貸すぞ」
ティルクは張り詰めていた何かが崩れるような気がした。
自分だけで抱え込んできたことを、誰かに話したい欲求に勝てなくなる。
「あれは……」
苦しく焼けるような記憶を語り始める少年。
2026/4/18 微修正




