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16 ありふれた村の少年

 アーロン王国の南東部。

 その丘陵地帯にある小さな開拓者の村。


 ティルクの出身地はどこにでもあるような田舎の村落。


 丘陵地帯を越え東に行くと乾燥したステップ地帯であり、雨が少なく緑に乏しい。

 入植者にとっては非常に厳しい土地である。

 だが、村には白麗川に注ぐ支流が流れ、農耕が可能な土地ではあった。


 ティルクはその村の中でも豪農の家庭で生まれる。

 家族は父と母、二人の兄と、姉が一人妹が一人。

 姉は早々に嫁ぎ、長兄は跡継ぎとして農園の家宰を努め、次男は結婚して新たな開拓地に根を下ろしていた。

 ティルクと妹はまだ子供であり、日々農作業の手伝いに追われている。


 そんなある日、

「ねぇ、兄さん聞いた? 昨日から村長の家に騎士の一行が泊まっているって」

 乾燥した豆から実を取り出す作業をしていると、突然、妹のミーレンが話しかけてくる。

 ミーレンは茶色の髪と茶色の瞳を持った可愛い少女でまだ十歳。

 家族は全員そのような髪と目を持つ。

 なぜかその中で少年だけは黒髪で黒い瞳だった。

「ああ、知っているよ。屋敷に入って行くのを見たけど、なんだか怖そうな感じだったね。じろっと睨まれたよ」

「変ね、女の子には笑顔を見せてたって聞いたのよ。それに王国の騎士なんでしょ。かっこいいわ」

 妹の目は最新の装備に身を包んだ騎士が憧れの的なのか、目をきらきらさせている。

 田舎の女の子が都会の、しかも、身分の高い連中に憧れるのは仕方がないことだ。

「見た目じゃなくてその人の中身も見ないとだめだって。母さんが良く言っているだろ」

 そんな話をしていると、

「ティルク。出てきて。話があるの」

 外から声が聞こえる。母親の声だ。

 ティルクは妹の相手をやめて外に出る。

 外には母のファーリーが待っていた。

 中年の女性で肉つきがいい。柔和な顔には目の端に深いしわが刻まれている。

 白を基調としたこの辺りの農民婦人らしい服装。

「お父さんが呼んでるわ。村長さんのところにいるから」

「何かあったの?」

「とりあえずお父さんのところに行きなさい。遅くなるとまた怒られるわよ」

 母がティルクをかわいがっているのに対して、父ヴィーンは非常に厳しい人物である。

 兵隊として長年従軍し、褒美にこの村の土地をもらったのだ。

 それ以来父は農業に打ち込み、戦争にかかわるような仕事を極端に嫌っている。

 次兄は城の衛兵になりたがっていたが、父が頑として譲らず、結局泣く泣く農民になっていた。

 それなのに、子供たちに対する態度はまるで兵隊の上官。

 きびきびと仕事をこなすことを要求され、怠けたり口答えすると手が飛んでくる。

 決して理不尽なことは言わないので暴君ではないが、正直言ってティルクは苦手だった。

 そんな父に「怒られる」と言われると恐怖が先にたつ。


 ティルクは慌てて村長の家に向かう。

 村長の家は村で一番大きな家だ。

 村には宿屋がないので客人が来た場合、寝泊りする施設にもなっている。

 村長の家にはまだ騎士がいるらしい。

 立派な軍馬が繋がれ、数人の騎士の従者らしき者たちが家の前で暇そうにたむろしている。

 ティルクは家に入ろうと思ったが、従者たちから発せられる粗暴な雰囲気に少し躊躇した。

「おい、ティルク」

 背後で声がする。

 父だ。

 村長の家の横にある路地に父の姿が見える。

 短く切った髪、日焼けした顔には深いしわが刻まれている。

 農民の服装の下には頑健な肉体。

 元兵士らしく姿勢も真直ぐだ。

「父さん」

「こっちに来い」

 急いで走り寄る。せっかちな父に怒られるのは怖い。

 父の様子は、いつもの威厳ある雰囲気とは違い、不安気に辺りの様子を伺っているようでもある。

 父はティルクを路地から誰もいない空き地に連れて行く。

「お前は急いで村を離れろ」

「え? は、はい。しかし、今日の僕の仕事はまだ終わってませんが良いのですか」

 思わぬ命令に驚いたが、義務の放棄は怖かった。

「そんなことは放っておけ。今はこれを持ってすぐに村を出るんだ。誰にも見つかるなよ」

 その空き地には、旅に出るための衣服や食料、水筒、ナイフ、杖などが用意されていた。

「でも、どこに行けば……」

「西隣のイーフフォン村に行け。あそこには宿屋があるからそこでしばらく滞在するんだ。一週間もしたら迎えをよこす」

 父の厳しい顔には有無を言わせぬ雰囲気があった。

「でも、一体何が……」

「とにかく、すぐに出発しろ。子供には関係のない話だ」

 父が急かす。

「気をつけろ、宿につくまで誰にもかかわるな。人を見たら茂みに隠れてやり過ごすんだ。いいな」

 ティルクはわけもわからずうなずくと、その場を立ち去る。


 ふと、振り返ると父はじっとティルクを見送っていた。


 少年は真っ直ぐ村の小さな門に向かい通り過ぎる、

 警備の村人に会釈した。

 まだ昼過ぎであり、顔見知りなので特に何も聞かれない。暢気な気配が伝ってくる。


 門も村を囲う柵も細い丸太で作った木製であり、破るのに特別な兵器はいらないだろう。

 村には堀もない。

 最近蛮族の襲撃が聞かれないので、まだ未完成なのだ。

 父は軍事に口を挟むのを嫌っていたが、これでは防御が低いと時々もらしていた。

 村の近くにある林で装備を整えイーフフォンに向かう。


 丘陵地帯の道が続き、道はくねくねと曲がっている。道の脇には潅木や林が多く、父の言いつけどおり誰かが来たら身を隠すのは難しくないようだ。

 イーフフォンまでは歩きで一日はかかる。

 今日中に着くのは無理なようだ。

 一晩野宿しないといけない。

 父の命令とは言えちょっと無茶だ、とぶつぶつこぼしながらティルクは歩いていた。


 夕方ごろ、途中、道は三叉路になっている。

 一つは北西に向かう道。

 ティルクは無視して西に行こうとするが、北西を見ると小さな煙が上がっていた。

(誰か野宿してるのか、それなら一緒にさせてもらえば安全かな。一人で野宿とか危険すぎるよ。野獣だっているかもしれない)

 父の命に背くのはわかっていたが、あまりに心細く、そう思い北西に足を向ける。

 やがて小さな林と峠をこえた。


「うわっ!」

 ティルクはそこに広がる光景に息を呑む。

 地形はこの辺り特有のさびしい丘陵だが、そこには、そこかしこに死体が散らばっている。先ほどの煙は燃やされた馬車の残骸がくすぶって煙りを上げていたようだ。

 急いで辺りを調べる。

 死人はこの辺りの村を巡回している行商人である。

 何者かの襲撃を受けたのだ。

 調べていると、見たこともないような不気味な生き物の死体がある。

 背は明らかに人間よりは背が低いが、ごつごつとし、がっしりした体と非常に大きな頭。牙と小さな角がみえる。うわさに聞いたゴブリンかもしれない。

 剣や斧で斬られ力尽きたようだ。

(これが話に聞いたゴブリンなのか?)

 ティルクは暫く調べて、草を踏み荒らした裸足の群れの足跡を発見する。

(ゴブリンたちは道を行かないのか。だから出会わなかったんだ……荒野を直線で……この方角)

 聡い少年は群れがまっすぐ自分の村に向かっていることに気がつく。

(まずいな、ゴブリンは村の方に向かっている……でも父さんが、村に暫く帰ってくるなと。でも、このままじゃ……)

 逡巡したが、やはり、家族や村の人たちの命には代えられない。

 全速力で村に帰ることにした。

(ゴブリンが歩きなら、僕が走って道を行けば先につけるかもしれない。少しでも早く知らせたら、被害も少なく済む)

 そう考え、あえぎながら暗くなって行く道をひた走る。

 やがて、村を一望できる峠に来た時はすっかり日も暮れていた。

 ティルクはぜぇぜぇと荒い呼吸をしながら村を見る。


 村は燃え盛っていた。


 一面火の海である。

(遅かった! 騎士の一団がいたんじゃないのか?)

 急いで暗い道を駆け下りる。

 何度も転んだが、そんな痛みは気にならなかった。

 村は燃えているが、既に略奪と虐殺は済んでしまっている。

 村に入るとそこかしこに死体があり、ティルクにとっては幼いときからの顔なじみの人々が無残な骸と化している。この光景に胸がきりきりと痛んだ。

(母さんは大丈夫なのか)

 急ぎ、家にまで走る。

「あ、ああ」

 家は他の家と同じく焼け落ちていた。

 家の前には長兄らしき骸。

 既に事切れている。

 顔面や体を鈍器でたたかれ、無残であった。

「ひどい、兄さん。こんな無茶苦茶に殴られて……可哀そうに……そうだ、ミーレンはどこだ」

 父と母の姿はなく、ミーレンの姿もない。

 家の周りを探し、倒れた屋根の下には母や妹がいないか覗き込んだが、瓦礫と燃えている木材が邪魔をしてよくわからない。

 おろおろしていると、なにやら一団の声が聞こえた。


 見つからないように忍び寄り、そっと覗き込むと数人のゴブリンが村人を縛って連行している。

(近所のおじさんやおばさん……父さんと母さんはいないみたいだ)

 ティルクは怖かったが、それでも、彼らの後をつけることにした。

 村人が捕まってどこかに集められている可能性はある。

 ゴブリンたちは十人で、村人も十人ほど。ゴブリンは汚い皮鎧を着用し、棍棒や石槍で武装していた。

 リーダー格のゴブリンは鋲で強化された大きな棍棒を持っている。

 彼らはつけるティルクには気がつかない、油断しきっているようだ。


 やがて、彼らは松明に火をつけ、村の近くにある岩山に入っていく。

 道は岩山の間の谷を通り抜けている。

 ゴブリンたちは谷間にある小さな平地で足を止めた。


 どうやら、ここにアジトを建設していたらしい。

 そこには各所に松明が設置されているので状況がわかる。

 岩山の谷間に小さな広場があり、その前には石を積んだ塀。

 塀に門はあったが壊れて開いたままになっていた。

 ゴブリンが両脇を見張っている。

 その奥に洞窟の入り口のようなものがあった。

(いつの間にこんな場所を……)

 ティルクが驚くのも無理はない。

 こんな村の近くにゴブリンが見張り所を作っていたことは予想外だった。


(え?!)

 彼らが広場に入ろうとすると向かいの道から騎馬の一団と一台の馬車がやってきたのだ。

 彼らは黒い覆面をした人間。

 特に敵対することもなく、ゴブリンのリーダーと話をする。

 話をしている間に、捕虜たちはアジトに引き入れられた。

(人間の癖にゴブリンの協力者なのか)

 やがて、彼らは馬車の荷物を引き渡す。

 荷物は酒や食料などである。

 人間たちは荷物を渡したら、即座に馬に乗り来た道から去ってしまう。

 ティルクは彼らを追うか悩んだが、彼らは騎馬。

 徒歩で追えるものではない。

 それに、捕まった人々の中に家族がいる可能性を考え、ゴブリンたちを見張ることにした。


 ゴブリンたちは酒を見ると大喜びで飲み始める。

 ティルクは辛抱強く待つ。

 やがて、飲みなれない酒なのかよほど強い酒だったのか、一人二人とぐうぐうと寝てしまう。

 ゴブリンはあまり賢い生き物ではないと聞いたことがある。

 見張りすら、寝てしまっていた。

 ティルクはそれを見計らって行動する。

 壊れた門をそっと抜けた。


 小さな広間、その周縁には岩や石の壁に直接鎖につながれた村人たちが力なく横たわっている。

 予想通り、先ほど連れて来た人だけではなかった。

 見張りたちはいたが、彼らも酒で気持ちよさそうに寝ている。

 手近な人物に近づく。

 隣家のオーリおじさんが、つながれていた。

「おじさん、ティルクです。助けに来ました」

 小声でささやく。

 オーリと呼ばれた中年男性は、うなだれていたが、はっとティルクに気がつく。

「ティルクか。生きていたのか良かった。でも、すぐに逃げるんだ。俺たちはもうだめだ。これを見ろ」

 オーリが見せたのは首枷と鎖で、鍵ではなく、熱した鉄の詮で溶接されている。これではちょっとやそっとでははずせない。

「これでは……」

「わかっただろう。俺たちはゴブリンが全滅でもしない限りどうしようもないのだ。お前も見つからないうちに逃げろ」

 オーリはあきらめきっている。

 確かに、ティルクもどう助けたらいいかわからなかった。

「おじさん、両親と妹を見ませんでしたか」

「お前の両親は奥に連行されたよ。ミーレンちゃんはわからない。若い奴はひとまとめにされて、どこかに連れて行かれたんだ」

 彼の言う通り、今いる人たちの中に若者はいない。

 そのためか、ティルクを見ても希望を抱くこともなく、逃げろと薦めるばかりだった。


 しかし、ティルクは両親が心配でたまらず、彼らの制止を振り切って広間の奥にある洞窟に入る。




2026/4/19~4/20 微修正

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