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13 蘇生した男

 夜の酒場。

 衛兵隊長のブーンは、お忍びのリアンナ姫に訪問されていた。


 ブーンがうなずくと、すっと隣に座るリアンナ。

 思わぬ展開に顔がほころぶブーン。

 彼女のかぐわしい香りにうっとりする。

 しかし、

「調査はどうなった?」

(やっぱり、それが来たか……)

 頭の痛い現実に引き戻された。

「調査の方は今やっております。それより、城から抜け出されたのですか……できたらすぐにお帰り頂けたらと……」

 小役人の顔になってお願いするブーン。

 手慣れた揉み手。

 だが、リアンナは歯牙にもかけない。

「あんな事件を目の当たりにしたら、調べないなんて絶対我慢ができないわ。あなた、エルヴィという女冒険者を探しているのね。あなたの部下に聞いたら色々面白い話を教えて貰ったわ」

 誰が、リアンナ様に喋ったのか後で調べてやると、内心決心しながら顔はにこやかに、

「確かにその通りでございますが、事件は私めが調査いたします。姫様、事が大きくならない内にすぐにお城にお戻りに……」

「くどい!」

(そう言われても。トホホ)

「とにかく、絶対城には帰らないわ。剣一つ持てないような男と縁談を進めると言い出すのよ。父には絶縁状を置いて城を出たわ」

 憤然と言い放つリアンナ。

 怒った顔も美しい。

「とにかく、とにかくよ。とにかくエルヴィという女をなぜ捜しているのか言いなさい!」

 彼女が怒ると猫科の猛獣のような恐ろしさがある。

(こりゃ、白状しないと大人しくならないな)

 周りの目も引いていた。

「仕方がありませんね。エルヴィは昨日の夜、消えた囚人の一人ティルクの扱いを調べるように依頼してきたのです。もちろん、私は公務に関わることを外部にはもらせないときっぱり断ったのですが……そんな事情がありましたので、エルヴィにティルクとの関わりを問い質そうと考えております」

 鼻の下を伸ばしていた過去は都合よくごまかす。

「あと、デリクという妖精小人族の男の死体も消えたと聞いたわ。これの件は?」

「そちらの件は目下調査中です」

「何もわかってないのね」

 痛いことをずばりと指摘するリアンナ。

 僅かに苛立ちのため、頬が引きつるブーン。

「バルカス家との関わりは?」

 バルカス家の息子とティルクはトラブルを起こした。その理由はわかっていない、突然ティルクが襲い掛かってきたとバルカス家は言うだけである。

「それも調査中です。バルカスは運送業者ですが、実際は単なるヤクザ者です。姫様は連中とは関わりにならない方が……」

「バルカスは運送業者でしょ。なぜそんな連中が……そう言えば、司法長官と仲が良いってうわさね。城でバルカスと司法長官が親しげに話しているのを見たことがあるわ」

「ひ、姫様。そんな話はあまりこのような場所では……」

 どこに密告者がいるか分からない。

 酒場の奥で話せば良かったと後悔したが、後の祭りである。


 そこまで聞いて、顎に手を当ててじっと考えるリアンナ。

 やがて、

「ありがとうブーン。何かわかったらまた教えてね」

 そう言い残すとさっと立ち上がり、堂々と外に出てしまう。

 引き止めるべきか、引き止めて騒ぎになって城に引き戻せなかったら責任を問われる、この密会を誰かに知られない方が……ぐるぐると考えが巡る。

 様々な思いが脳を交錯し、結局、呆然とリアンナを見送ってしまった。


 フウー、

 大きなため息をつくブーン。

(疲れた、どっと、疲れた)

「隊長、新しい女ですか、すごい衣装で絶対金持ちっすよね」

 目を輝かせた部下たちがやってくる。

 皆ニヤニヤしていた。

「そんなもんじゃない、そうだったらどれだけよかったか」

「あんな美人と話せて羨ましいですぜ」

「何を暢気な事を言ってる……」

 彼女の身分を明かそうとしたが、下手なことを言えば何が起きるかわからない。

 ブーンは様々なジレンマに首を絞められるような気がした。

「とにかく酒持って来い。飲まずにいられるか、この状況!」

「荒れてますね。おい店員」

 部下が店員に注文する。

「お前ら、暫くは真面目に治安活動しろよ。首が飛ぶぞ怠けてたら。これは本気で言ってる」

 ブーンの目は酒の飲み過ぎで座り始めた。

 いつもの柔和な男の変化に部下たちも少し動揺する。



 松明の炎。

 薄暗く広い地下室。


 デリクは突然目覚めた。


 寒さと空腹が妖精小人族の男を眠りから強引に覚ました。

 ばっと、白い布を跳ねのけ、身を起こすと全裸である。

「おお、寒い。なんだここ。もう冬だったか」

 体をさすり身を固めて、ブツブツと独り言を言う。

 寝かされていた粗末な木製の台の上から、あたりを見渡す。

 無機質な石の部屋。木の扉が一つ。

 見た感じは広めの地下室である。

 デリクが寝かされていたような木製の台が幾つも並んでいた。

 その上には白い布をかぶせたこんもりしたふくらみがあり、指や皮膚の欠けた手足が見えている。

 部屋は非常に寒い。

「霊安室……だね。ここ」

 またもや独り言。

 直近の記憶では最後にエクセレス神に贄として捧げられたことを憶えている。

「はて、あの時死んだと思ったが……もしかして、既に死んでいる!」

 体をチェックしたが、自分が死んでいる雰囲気はない。

「生きているよね。どう見ても」

 なぜ死ななかったのか。

 あのドワーフの術が何か問題があったのかと思ったが、今は確かめようもない。

 気になって布を取って、他の死骸を調べるが見た顔はいないようだった。

「奴の死骸がないな……刑死ならすぐに集団墓地だよな。つまり、俺は仮死状態になって逆に生き延び、哀れ髭ドワーフは縛り首か」

 冗談めかしてそう言ってみたが、少し、心にちくりと刺さるものがあった。

「せっかく生き延びたんだ、今は亡き暴力ドワーフドーリンに報いるためにも、ここを抜け出して冤罪事件の真相を知らないとな……」

 部屋には正面に出口があり、安置死体の台が十個程と何か色々と雑多なものが置かれたテーブルがある。

 その上には死人たちの持ち物が並べられ、デリクの持ち物もあるようだ。

 検分のためか、脇にノートが置かれ、記録がなされている。

「おお、これはありがたい。俺の持ち物が全部あるじゃん」

 急いで服を身に付け、隠し武器やポーチなどを身に付ける。

 ふと、財布を探ると空っぽだった。

「うげ。強欲役人め! 金を盗みやがった!」

 弓の弦の張りを確かめ、鎖を所定の位置に隠す。手裏剣、閃光弾、煙球、暗器の類も全て問題ないようだ。

 装備に身を包むと、一安心して、心に余裕が出る。


 ふと、興味を持って羊皮紙の束で作ったノートに目を通す。

「俺の装備以外はロクな物が無いな。犯罪者なんて大概貧民だわな」

 死骸たちの装備はすぐに読み飛ばす。

 デリクの装備に関するコメントがなされていた。

「これがあると俺の装備の魔術能力がバレバレになるな。手間と金をかけて手に入れた装備の秘密を役人に教える必要もないか」

 そう一人ごちると装備に関する部分を引きちぎり、部屋の明かりを提供している松明にかざして燃やしてしまう。

 更にノートを見ると、ドーリンの装備に関する記述。

(証拠品? どういうこと?)

 鎧と大斧だけ。

 確かに、武骨で重すぎる武具が台の上にあった。

 デリクは持って行く候補から完全に無視していたので気にしていなかったが。

「これは奴の……鎧と斧は全くの素の武装だったのか。金持ち宗教家なのにもっといい装備買えよ。今日きょうび、農民兵でも槍の穂先に魔法をかけているご時世だぜ……ティルク、ゴブリン製棍棒? 誰? 何これ?」

 テーブルの上には無骨で巨大な棍棒が置いてある。その横には明らかに血塗れの包帯が茶色く変色した状態で置かれている。

 そこまで見て、あの死にかけの少年がティルクだと思いつく。

「あの新入りがティルクなのかな。包帯があるということは……わからない。死刑になったのなら、こんな汚い包帯なんてあっさり捨てるだろう。まるで、何かの証拠品みたいに扱っている。何これ。奴は生き延びたのか。怪我はあの後に治ったんだよね、多分」

 念のため、霊安室にある死体をもう一度調べたが、その中には少年やドワーフはいなかった。

 不思議には思ったが、こんなところで思案しているのは危ない。

 そう思いここから脱出することにする。

 扉は鍵が閉まっていたが、いつもの鍵開け道具もあり、あっさり開けた。


 部屋を出ると、そこは無骨な石の廊下に出る。

 何を模したのかわからない不気味な彫刻や幾何学模様が施されており、古代人の遺跡の特徴だと気がつく。

(ここは、当然、城の地下だな。わざわざ別の場所に運んだりしないだろう。俺が仮死状態だったから怪しんで検死したのか? でも、ドーリンとティルクという奴の装備まで調べているということは、あの後奴が生き返ってドーリンと脱出でもしたのか、それとも騒ぎを起こしてとんでもないことでもしでかしたか?)

 色々と考えながら、闇の狭い廊下を猫のように静かに動く。

 やがて、階段があり、鉄格子の扉がある。

 この扉も現在の城の人間が設置したようだ。

 デリクが鍵開け道具を突っ込んで軽くひねると魔法のように簡単に開く。

 扉を開けて出ると、念のために鍵をもう一度閉めておく。そうすれば、捜索者の混乱も少しは長引くだろう。

 目の前には階段があり、無音で上るとそこにも扉があった。

 扉の向こうから明かりが漏れている。

 聞き耳を立てると誰かの息遣いが聞こえた。

 どうやら、一人の衛兵が詰めている。

(一人、受付か)

 そっと覗くと間抜けそうなしょぼくれた衛兵が大あくび。

 待っている暇はない、すぐに仕掛けることにした。

 デリクは、階段の隅にあった小さな石ころを拾い、鉄格子の扉にぶつける。

 思惑通り扉は、カン! と、甲高い音を響かせた。

 衛兵は何事かと出てくるが、そのときにはデリクは魔法のマントで壁に擬態している。

 彼が目の前を通り過ぎ、鉄格子を調べている間に、背後をそそくさと立ち去った。


 衛兵の詰めていた部屋を抜け、城の一階に上がって静かに動く。

 城は地下と同じくさまざまな文様や彫刻に彩られ、隠れる場所には事欠かない。

 だが、この城は非常に広く、様々な小さな部屋やくねくね曲がった通路などがあり、自分の居場所がはっきりしなくなる。

(参ったな。想像以上にわかりにくい城だ。古代人という連中は正気じゃないな、こんな建物、まともなら普通作らないだろう)

 不思議と誰にも会わない。

 デリクは知らなかったが、アーロンの政府は小さく、この巨大な城をほとんど使っていないのだ。

(上階に上がって構造を確かめるか。今はたぶん昼だ)

 デリクは城の明るさからそう思う。窓はないのだが、明らかに太陽光と思われる光が廊下を淡く包んでいる。

 明かりは天井の透明なタイルからこぼれいていた。


 デリクはやがて、一つの螺旋階段を発見する。

 登って行くと、真っ直ぐかなり高い位置まで行けるようであった。

 螺旋階段は狭く、人間ならかなり窮屈だろう。

 小人種族のデリクでも狭く感じる。

(今度、金が入ったら良い刀を買おう)

 今は弓と鎖と手裏剣を持っている。螺旋階段の中では弓は直線がなく使えず、鎖は振り回せない。暗器では威力がなく、出会い頭に誰かに小剣でも抜かれたらかなり不利だ。

 悩んだ末、一番使い慣れている弓を構えながら階段を上る。


 やがて、階段は終わり、城の屋上まで出る。

 この螺旋階段は屋上へ直通できる塔だったのだ。

 途中にもいくつか出口はあったが、暗い曲がりくねった埃っぽい廊下を見ると気が滅入り、結局、最上階まで来てしまった。

 そっと屋上を見ると、誰もいない。

 今は正午くらいか。太陽は真上にある。


 屋上はいくつか構造物があり、階段状になっている。その段毎に優雅な部屋があり、屋上に設置された植物やきれいな池などを遠望とともに鑑賞できるようになっている。 

 どうやら、ここは多少手入れされているので今でも使われているのだろう。

 屋上のふちはぎざぎざになっており、銃眼の様でもある。ここから石弓でも撃つのだろうか。それとも魔法か。しかし、下を見ると高すぎるので狙い撃ちには無理があるようだ。

(不思議だな、見張りの兵ぐらい居てもいいと思うが)

 しかし、人は誰もいない。

 南向きの眼下にはアーロンの城下町と神聖平原を南北に貫く白麗びゃくれい川の流れが見える。

 城は川の西側にある。川の東側は西より未開であり、入植者たちが日々悪戦苦闘する生活の戦場でもある。西側は東側より自然が優しく、緑も濃いようだ。

 西を見て、東にもう一度眼をやった瞬間、デリクはぎょっとする。


 少し離れた美しいテラスに一人の女が立っている。

 いつの間にいたのか? 

 忽然と現れたとでも言わないと説明がつかなかった。

 距離は三十歩程離れている。

 その女はデリクと同じように南の景色をじっと見ていた。

 デリクには気がついていないのか、こちらを伺う様子はない。

 女は滝のような美しい金髪を床まで垂らし、青く長いドレスを纏っている。

 耳が尖っていた。

 エルフの特徴である。


 エルフであるなら年齢はわからない。

 寿命で人間のように死ぬ者もいれば、永遠に死なない伝説のエルフもいると聞く。

 デリクはエルフの商人と取引をしたことがある。

 今の魔法の装備を買ったのがエルフの商人だが、そのような、人間と交渉する者ですらとらえどころがなく、若いのか年をとっているのか判別がつかなかった。

 彼らによれば「業」の深さにより寿命が決まると言う。デリクには理解不能な話である。


(何者なんだ、この女?)

 デリクは女の顔をはっきり見てやろうと、こっそりと猫のように近づいた。

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