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12 消えた二人

 様子のおかしい衛兵と囚人の四人組。

 彼らを馬上から見つめる姫。


 怪訝な顔をして、リアンナは問う。

「おかしいな、司法長官はまだ登城しておらぬぞ。お前の上司の名を言え」

 盗賊の男は慌てる。城の事は庶民並みの知識しかない。

 詳しいことを突っ込まれるとあやふやになる。

「ええと。ハ、ハンス。です。ハンス隊長です」

 盗賊の男は適当にありそうな名前を言う。

 彼女はちょっと考えてから、

「拘留室の場所はわかるな?」

「はっ、もちろんであります」

 盗賊の男はそれらしく敬礼して返事する。

「では、行くがよい」

 彼女はそう言い残して馬場に引き返して行く。

 四人はフウーと長いため息を出す。

「上手く行ったぞ、やっぱり貴族なんて目端の効かない奴ばかりだ。とにかく急いで城に入ろう」

 盗賊の男。

 ティルクはあの女騎士の美しさが頭にこびりついていたが、同時に、異様な不安感もあった。

「ドーリン、どう思います? すごく嫌な予感がする」

「諦めろ、もうじたばたしても始まらない。全ては運を天に任せるのみ。いつ死んでも仕方がない」

 四人は恐れながらも、急いで城に向かう。

 不思議とそれ以上は誰にも遭わず、城に辿りつく。

 城の通用口には衛兵が一人、槍を持って立っている。

「用件を述べろ」

「はっ、司法長官より尋問を行うとのことです。長官が登城されるまでに拘留室に連行せよとのご命令です」

 衛兵はうなずくとあっさり通してくれる。

 通用門を通ると人間用とは思えない高い天井と廊下が広がる。

 奇怪な彫刻が壁に刻まれ感覚がマヒするような異様さだった。彫刻は幾何学模様が多く、意味は全くわからない。

 廊下は一本道でそのまま広間に通じる扉が正面にある。左側は扉がなく、壁以外見えない。右側は幾つか部屋があり、扉が見える。

 ここは広間から放射状に伸びる廊下の一つで、北東に位置する。

「広間に通じる両開きの扉の横側にある小さな扉が便所だ。あそこから下水に飛び込もう」

 盗賊。

 四人は急いで扉に向かう。

 大したこともない距離だが非常に長く感じた。


 その扉が後五歩程になったとき、ガチャッと広間に通じる両開きの扉が開く。

 十人の完全武装の衛兵が現れる。

 先頭には先ほどのリアンナ姫がいた。

「そこまでよ。何者なのあなたたちは?」

 すっと剣を抜き、行く手を遮る。

 やはり、ばれていたのだ。

 しかし、リアンナの台詞から、すべてが露見しているわけではないとわかる

「ああ、これはだめだ……」

 盗賊の男は諦めて天を仰ぐ。

 なぜか、殺人鬼の男は突然剣を抜くと、ウォーと吼えた。

「バカ、ヤメロ!」

 盗賊は止めようとするが、男は無骨な衛兵の剣をかざしてリアンナに斬りかかる。

 しかし、衛兵が殺到して男の一撃はあっさり盾で止められてしまう。

 リアンナは予想していたのか、美しい表情を全く変えず微動だにしない。

 王女とは思えない豪胆さに衛兵達は賞賛の眼を送る。

 殺人鬼の男は口から泡を飛ばして、狂ったように衛兵に斬りかかる。多勢に無勢は明白だが、男の狂気の気迫に気圧されて衛兵達は一瞬だが防戦一方になる。

 がし、がし!

 金属製の盾がへこみ、男の剣が徐々に曲がっていく。

「ドーリン!」

 どうしようと言う目でドーリンを見るティルク。

 偽装のロープを捨てる。

 ドーリンは一か八か右手にある扉に飛び込めないか、試してみることにした。

 便所までは衛兵が必死に守りを固め近寄れない。

 すぐ傍の扉は硬い木材と鉄で補強されたもので、古代人が作ったものではない。

 残念ながら腕力で打ち破れるようには見えない。

 しかし、何もせず捕まるよりはと突進することにした。

 盗賊の男は完全に諦めたのか剣を捨てて這いつくばっている。

「ティルク! この扉を破るぞ!」

「はい!」

 二人はせーのと息を合わせると、頑丈そうな扉に突進する。

 肩も折れろとばかりに、扉に突っ込む二人。

 ティルクは絶体絶命の危機の中、不思議な感覚に囚われていた。

 この城に何故か見覚えがあるのだ。

 既観感だろうか?

(開けー!!!!!!!)

 突進する時、そう激しく念じながら吼えていた。

 扉はなぜか、するっと開く。

 開く速度が速く中に転げ込む形になる。

 扉は意志があるかのように自然に開いたのだ。

 少なくともティルクにはそう感じられた。

「バカな!」

 目撃した衛兵の一人がそう叫ぶ。

 城の部屋は基本的に鍵がかけられ、道具でも使わないと簡単に開くものではない。

 二人の足掻きを薄笑いで見ていた男たちだったが、意に反して扉が開いたことに衝撃を受けている。

「早くこの異常者を取り押さえろ。そこの四人、あの二人を追え!」

 リアンナも視線の端で見ていた。

 彼女は動けずにいた兵士たちに素早く命令を出す。

 リアンナも自分が追いたかったが、殺人犯は明らかに彼女を狙っているので隙を見せるのは躊躇われた。

 男は全く死を恐れない。

 剣の腕も何もないが、凄まじい気迫が容易に捕獲させなかった。

「あの部屋は何の部屋だ」

 城は古代人用に作られた巨大なものであり、小さな国の小さな政府では使いきれない多数の部屋があった。彼女も大半は把握していない。

「姫、あの部屋は昔から使われておりません。無人で何もない部屋です」

 囁くように衛兵隊長が答える。

 よく見るとブーン隊長だった。

 剣を狂ったように振り回す男をかいくぐり、命令を受けた四人が部屋に突入する。

「どこだ! 奴らはどこに行った!!!」

 二人を探す兵の声が聞こえる。

「姫、この男は正気を失っております。無理に捕縛しようとするとこちらも怪我人が出る恐れが……」

 ブーンは恐る恐る尋ねる。

 ブーンはこの高貴な姫が苦手だった。

 リアンナは部屋に入った兵の反応が気になる、

 気は焦ったが、朝から血を見ると思うとうんざりした。

「ダメよ、あなたたちは弱兵じゃないわ。気迫に押されているだけよ。あの男の足元を見て、隙だらけよ」

 そう言われて兵士たちは隙を見て攻勢に転じ剣の平で男の膝を叩く、するとあっさり男はつまずき、三枚の盾に押さえ込まれる。

「クソ、馬鹿力だけは一人前だな!」

 剣を取り上げる兵が毒づく。

 やがて、訳のわからないことを吼えていた男は大人しくなり、紐で縛り上げられた。

 盗賊の男は全く抵抗もせず、武装解除されている。


 ことが済むとリアンナは兵を引き連れ件の部屋に入った。

 部屋は全体的に白く明るく、小さく四角い。

 壁には美しい幾何学模様のタイルやら彫刻などが施されている。

 入り口はリアンナの入った扉だけであり、逃げられる要素はないのだが、逃げ込んだ二人がいない。

 古代人が置いた家具らしきものがあるが、既に風化しているのかボロボロの木材と化している。

 外に面していない部屋だが、不思議な透明なタイルが外部の陽光を引き入れて想像以上に明るい。当然、開いたり割ったりするような「窓」はない。

 このような細工は城の随所にある。

(思ったより素敵な部屋ね)

 埃は積もっているが、掃除して家具を入れたら快適な部屋だと感じた。

 先に突入した兵たちは残骸などをひっくり返しているが、二人の囚人は姿が見えない。

「逃げた二人はどこだ」

 ブーンが兵に問う。

「隊長、見当たりません」

 首を振る衛兵。

 そんなことは聞かなくても、もちろん、わかっている、しかし、何か口に出さずにはいられなかったのだろう。

「ブーン隊長あの二人の素性は? 魔術を使った可能性は?」

「あいつらは留置所に捕らえられていた犯罪者です。お待ち下さい、調べに遣った部下がすぐに報告に参ります」

 ブーンは彼らに見覚えがあったのだ。

 やがて、急いで調べてきた兵士が報告に戻ってくる。

 兵の報告では、消えた囚人の一人であるドワーフは身代金目的の誘拐犯で元神官『破戒僧』ドーリン、相棒の妖精小人と悪事の末捕まった。その相棒は城の離れにある留置所で死亡していたと言う。

 もう一人は暴行の容疑者で身元は不明。告発者の話では名はティルク。

 尚、盗賊と殺人犯は首都在住の犯罪の常習者で、ある意味素性ははっきりしていた。

「ドーリンが何か術を使ったのかも……」

 ブーンが推測を言う。

「その者は医療神エクセレスの神官だったのだろう。なら、そんな奇跡はありえないが……仮にあったとして破門された者が奇跡を使えるのか?」

「教会の公式見解では破門された者は奇跡を行えないとのことです」

 役人調に答えるブーン。

「……」  

「後は司法長官にこちらから報告いたします。姫様はこれ以上荒事に関わられると……」

 剣を持って囚人と立ち会ったとなると、日ごろから口うるさい王がお転婆だなんだとうるさく言うだろう。姫は父の小言を思い出すと不機嫌になって。

「ブーン! 調べ終えたら、私にも報告書を上げなさい!」

「は、はいっ」

 やや、八つ当たり気味にブーンに命令を与える。

 もちろん、そんな権限は姫にはないのだが、姫には有無を言わせない圧力があった。

(どう見ても神隠しだろ。どうやって調べたらいいんだ。完全に貧乏くじ引いちまった)

 ブーンは何の痕跡も残ってない白い小部屋を見て自分の不運を呪うが、姫の前では作り笑いでごまかす。




 夕方。

 宮殿付近の酒場。


 その日、ブーンは焦っていた。

 もちろん、朝の騒ぎが原因ではあるが、それよりもわけのわからない事件の調査を命じられたからだ。

 司法長官は古い家具のような男で、自分の理解を超えた事件は一切受け付けない。

 保身だけが生きる目的であり、地位を退いて貴族的な老後を過ごすこと以外は考えていないのだ。

 結果、説明出来ない事件は部下の調査不足と言うことになり、責任は中間管理職であるブーンのような立場の者が全てを負うことになる。

 ブーンは城が必要とする外の仕事を主に請け負っていたので、必要な人材を冒険者などから適宜募集して請け負わせることができたが、今回に限っては城の中の話であり、外部の人間を引き入れることができない。

「長官のクソ爺め。わけのわからない事件だから、全部俺に押し付けやがった。少しは自分の脳みそも使って協力しろよ!」

 酒の入ったゴブレットを持ち、一人毒づく。

 城の魔道士たちに協力を依頼したが、彼らは一様に城のことはわからないとしか言わなかった。聞き出すのに手間取ったが、城は強力な魔力に守られ、通常の魔術では調査も分析もできないらしい。

 それなら、城の魔力で神隠しになったのか、そう問うても魔道士たちには全くわからないと一点張りだった。

 奇怪な石の建造物だとは思っていたが、魔術がかかっているとは全く知らなかった。今までなんとも思わず見ていた城が、不気味な伏魔殿のようにも思える。

 そして、更にブーンを悩ませる事件が一つ。

 事件の関係者と思われる妖精小人デリク・ヴィクターの死体が忽然と消えたのだ。

 死体検分のため、城の地下にある霊安室に置かれていたのだが、目を離した隙に跡形もなく消えてしまっている。証拠品として死体の横に並べられていた彼の装備と共に。

 これも朝の囚人二人と同じように、神隠しなのだろうか。

 城の魔力が原因としたら完全にお手上げである。

(そういえば……)

 城の魔道士たちはエルフなら古代人のことにある程度知識があると言っていた。そして、この事件の関係者の一人、ティルクは半エルフのエルヴィが気にかけていた。

 そこで思いつく。

 エルヴィなら何か知っているかもしれない。

 闇の中で光る光明のようであり、唯一のヒントに思えた。

 昼から、ブーンは部下を使い彼女を探す。

 エルヴィは神出鬼没で気まぐれであり、いざ、探すとなぜか足取りがつかめない。

 夜近くなってもエルヴィと接触できなかった。

 部下の報告では、ヤクザ者のバルカス家もエルヴィを探している。

 ティルクはバルカス家の者を怪我をさせたので、ティルクと何らかの繋がりがあるエルヴィにも復讐するつもりなのだろうか。


 いつもの酒場で部下の報告を待ちながら、イライラと酒を飲む。

「くそ、俺にばかり難問押しつけやがって」

 思わず愚痴が出た。

「あら、ご機嫌斜めなのね」

 杯を荒々しくテーブルに置いた瞬間、聞き慣れた、そして、このような場では聞き慣れない声が聞こえる。

 さっと振り返ると、そこには見慣れない姿をした見慣れた女性が立っていた。

 女侠客風の白い装束に身を包んだリアンナ姫だった。

 いつもの上品さとは違い、白のジャケットと長いスリットの入ったロングスカートの下に軽い金属の佩楯が見える。金色の髪も結い上げ、意外と艶っぽい。

 思わずどきりとするブーン。

「リ、リアンナ、様!」

「し! 大声は出さないで」

 にこっと微笑む。

 普段は笑顔の一つもくれない女性だが、こうやって雰囲気を変えると思わず口説きたくなる妖艶さだった。

(騙されるな、下手なことを言えば首が飛ぶぞ!)

 ブーンは必死に本能を戒める。




2026/4/5 微修正

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