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11 姫と囚人

「とにかく、ターニャよ。この呪詛を解くには力勝負は難しいかも知れぬ。この平原に隠された神話的な謎を解かぬ限り。例えば、上古人と関わりがある話ならこれの呪力は人間ではどうしようもない。彼らの残された思いに沿って動く以外無い可能性がある」

 パイプを燻らせ、そう告げる大魔導ジョシュア。

「じゃあ、どうしたらいいんです、師匠」

 何とか理解しようと努力するが、何もわかっていない白いローブのターニャ。

「例えば、事態に対して素直に反応するんじゃ。とにかく、やれることからやりなさい」

「……何それ」

「普通に考えて、捕らえられた仲間のほったらかしはよくないのう。急がないと死刑になるのじゃろ? 仲間を助け出したら次は妖術師の目的を探り、セレネの紋様を調べる……そうじゃ、一度連れてきなさい。塔も来歴を調べ、現地調査をもう一度やる。すべきことは山のようにあるぞ」

「もう一回言うけど、師匠ごめんなさい。私には無理」

「全く困った子じゃ」

 パイプの灰を一度捨てる老魔導師。

「だって私、そんなすごい話どうしていいかわからないわ。パパとママが婚約しろってうるさいし、冒険者稼業は面白そうだからこっそりやってただけだし……それに、デリクとドーリンはアーロンの城に捕らえられているのよ。私には絶対無理」

「大魔導ジョシュアの弟子なのに情けないのう。まぁ、それもよかろう。おぬしは良家の子女。主な罪はデリクとドーリンが被っておるから、わしやお主の両親が身分証明してやれば問題なかろう。もちろん、それでは呪詛は解けぬが、許容範囲なら立ち向かわないというのも手じゃ。慢性の病気にも似ておるな」

「そういえば、アーロンの城下町にはエルヴィ姉様が住んでいた筈じゃありません?」

「おお、そうじゃ。確かに。なら、お主、エルヴィに助力を請いに行け。あの娘は魔術はそこそこじゃが、武術はかなりのものじゃ。小人どもの救出ぐらいやってのけるじゃろう」

「師匠。私、アーロンでは手配されてるんですよ。お忘れかもしれませんが」

「ハァ。それくらいもだめか。仕方がないのう。メッセージはシュナに頼むとするか」

 そう言うと、ぶつぶつと呪文を唱えながら複雑な印を手早く行う。

 すると、部屋の隅の陰からのっそりと毛むくじゃらの生き物が姿を現す。

「きゃっ」

 生き物はすばやく動くとターニャの足元を抜け、ジョシュアの机の上にひょいと乗る。

 姿はどう見ても単なる白猫だった。

 短毛種であり痩せても太ってもいない。

「シュナや、話は聞いておったかのう」

「はい、でもわかりません」

 その猫は人語を話す。

「大魔導ジョシュアの使い魔なのに情けないのう。まぁ、それもよかろう。今から手紙を書くからお主はエルヴィに届けるのじゃ。エルヴィはアーロンの城下町で冒険者をやっておる。手紙を渡したら、その後はエルヴィと行動をともにし、逐一報告しておくれ」

「でも、ご主人様。エルヴィ様も今や一介の冒険者。ただでは動きませんよ」

「報酬はたっぷり出すと言え。この呪詛がわしの推測どおりなら、今度の魔術学会で大注目の研究成果を提出できることになる。田舎者の導師が中原の高慢ちきどもの鼻を明かせるなら金に糸目はつけんよ」

 手紙を用意するジョシュア、そこまでおとなしくしていたターニャは、

「師匠。では私、両親の元に返ります。しばらく、冒険者稼業はお休みにしますわ」

「うむ。それがええ。大体、お主のような娘が荒っぽい冒険をするのが間違っておる。これもあのエルヴィの影響じゃろう。今後は大人しく年頃の娘らしく暮らすのじゃぞ」

 師匠に相談しても、結局、呪詛は解けず、冒険者稼業にも見切りをつけさせられて、ため息をつくターニャ。


 彼女は落胆しながらジョシュアに礼を述べると彼の研究室から出て行く。

 ふと振り返ると、白猫の使い魔シュナと師匠がぶつぶつと語り合っている。

 今後の動きについて検討でもしているのだろう。

 なぜか、仲間はずれにされたような寂しさを憶えた。

(仕方がないわ。今回の件で両親にも師匠にも迷惑をかけたのだもの……)

 師匠の屋敷と塔の研究室はキルボール城のすぐ側にある。

 屋敷はキルボール伯が代々の魔術師に与えている家でもあった。

 彼女は屋敷を出るとき、

(そういえば、近くにセレネが住んでいたはずね。誘拐事件関係者だから近寄らない方がいいと思うけど、呪詛の影響は依頼者の認識まで変えているのかしら? それに、セレネのあの『魂の傷』)

 心にふつふつと調査の欲求が沸く。しかし、

(だめよ、もう関わらないと決めたでしょ!)

 内心そう決意して自宅に向かうターニャだった。



 アーロン王都の夜。


 エルヴィはの街を歩いていた。

 夜中でも、繁華街では明かりを灯し店を開いている。

 もちろん、女の一人歩きなど本来なら危険すぎる行為だが、エルヴィを知っている人間は彼女に手出しをしない。仮に知らなくても危険を切り抜ける自信が彼女にはあった。

 ラパレイとの接触後、ローブを失ったので一旦もう一着の服を自宅で着用し、再び外出している。

 彼女の目的は城の司法関係者との接触である。

 彼女も名の売れた冒険者の一人なので、おのずと城の関係者とは知り合いになる。

 エルヴィの目的の人物は城の衛兵隊長の一人だった。

 隊長は公から在野の冒険者に依頼される任務の統括をしており、名はブーン・レバスと言う。職業柄庶民との裏の窓口的な立場でもある。


 エルヴィが目当てにしている酒場に行くと、いつも通り、数人の仕事上がりの衛兵達がたむろしていた。

 最近流行のカードでギャンブルに勤しんでいるようである。

 夜もかなり更けており、勝負も佳境は過ぎたようであった。

 中にはカードを眺めながらうつらうつらしている者もいる。

「やれやれ、今日もすっからかんだぜ。お前ら、上司から金を巻き上げて特別手当のつもりか?」

 ハハハ、と数人の男たちが笑う。

「隊長いつもすみませんね。でも、勝負は本気でやるから面白いんで」

「ああ、そうだ。こういう勝負事は変な手加減なんかされたら面白いものも面白くなくなってしまう」

 勝負に大負けしたこの男がブーン隊長である。

 男たちは役人とは思えないほど凶暴な面構えをしている、このような辺境国家の衛兵は一筋縄では務まらないのだ。

 だが、ブーンはそれほどすれた雰囲気はない。

 兵との付き合いはあるにしても彼は貴族の出であり、騎士でもある。

 人の良さが人付き合いを要する仕事を円滑にしているタイプだった。実際、剣の腕前は全く評判を聞いた事が無い。

「こんばんは、隊長さん。今日も散々でしたのね」

「おお、エルヴィか。こっちへ来いよ」

 ブーンはあからさまに嬉しそうにエルヴィに声をかける。

 実は過去に散々求愛してすげなく断られていたのだ。

 部下たちは空気を読んで三々五々その場を離れる。

「じゃ、隊長。俺たちはここらで……」

 ブーンは部下への返事も生返事で、エルヴィを傍に座らせる。

「今日はどう言った風の吹き回しだ。エルヴィ」

 にこっと微笑むエルヴィ。

 オレンジ色の髪の下から覗くけぶる瞳はブーンの心をたちまち蕩かせてしまう。

「隊長さん。ちょっと調べて欲しいことがあるの」

 鼻の下を伸ばしたブーンは、

「頼みごとなら何でも言ってくれよ、その代わり……」

 そっとエルヴィの手を握る。

 が、エルヴィはすっと手を動かして握らせない。

「あらら」

「それは、ちゃんと調べくれたらの話よ」

「ちぇ、いつもながらお堅いガードだな。でもいいぜ。いつか俺の気持ちにお前も気がつくときが来る。それで、その調べごとって何なんだ」

「実は今日の夕に一人の少年が暴力事件で連行されたのよ。大怪我をしていたわ。彼がちゃんと治療を受けたのかということと、どんな罪状でどんな罰を受けるか知りたいの」

「ああ、そいつのことは話だけ聞いたぞ。街のごろつき連中とトラブルになってナマス斬りにされたってな。多勢に無勢に一人で突っ込んで行くとは、根性だけは見上げた奴だが」

 彼も少しは知っているようだった。

「治療は死なない程度にはやったはずだがな。裁判前に犯罪者が死ぬ事件が頻発しているから、医療方が批判されててね。最低限の奇跡ですら覚束ない奴らだから……こんなこと部外者のあんたに言っても仕方がない話だが。冒険者仲間で優秀な治療者がいたら紹介してくれよ」

「ええ、適当な人がいたら……」

 エルヴィはブーンの杯に酒を注ぐ。

「それにしても、そのガキとあんたは何か関係があるのか? まさか……」

 微笑むエルヴィ。

「誤解よ。でも、ちょっと気になるから。それに、冒険者見習いだから先輩として放置できないのよ」

「冒険者同士の助け合いってことか? あんたらには独特の仲間意識があるからな。エルヴィ、あんたのためなら詮索はしないぜ」

「とにかく、あの子、大けがしてたから心配なのよ、お願い」

 念を押すエルヴィ。

「また、この店に来てくれよ調べておくぜ」

 その後、二人は少し歓談した後別れる。

 ブーンの期待したその後の「夜」は無かったが。




 宮殿中庭。

 早朝。


 リアンナ・アーロン王女は美しい金髪をたなびかせて、早朝から馬場で乗馬訓練をしていた。

 碧眼に白い肌。誰もが振り返るような美貌。

 背が高く、ほっそりとした肢体はエルフに似た姿である。

 白い乗馬着と腰に挿した細剣。

 女性らしく膨らんだ胸には輝く軽い金属の鎧を着けていた。

 馬を駆る姿は、王女と思えない俊敏さである。

 アーロン王家は初代の王がエルフの冒険者と結婚した子孫であり、彼女もそのエルフの血を受け継いでいた。

 既に四世代を経てエルフの血は薄らいでいる。

 しかし、それでも美しさは色濃く彼女に残っているようだ。

 彼女は女騎士に憧れ、馬に乗り剣を嗜む。その腕前はお世辞ではなく、かなりのものであり、城の剣術指南も内心舌を巻いている。

 彼女は毎朝、乗馬訓練を行うことを日課としていた。

 その美しい姿を見ようと、理由も無いのに朝から城でウロウロする者がいる始末。

 城の騎士や衛兵達の憧れの的でもある。


 その日もリアンナはまぶしい朝日の中を馬で駆けていた。

 本当は城の外の平原で駆け回りたいのだが、お転婆が過ぎると王によって外出禁止にされ、内心は非常にくすぶっていた。

 剣を抜き、馬場にある目標に突撃する。

 馬は風のように素早く、そして、剣はエルフ製の業物である。

 リアンナが駆け抜けた後には、藁と布で作った目標はあっさり両断されて落ちる。

 彼女は見物される事を好まないが、見ている者がいるなら拍手喝さいを送っただろう。

 一通りの日課を終え、お付の侍女に水を持ってこさせる。

 馬から下り、水を飲んで一息ついていると、

 がしゃがしゃっ

 遠くから音がするのに気がつく。

「姫様、覗き見でしょうか。私が追っ払って参ります」

 お付の侍女レティが言う、

「かまわぬ、私が見てこよう」

 そう言い残すと、素早く馬に乗り馬場の垣根の向こうにある通路まで馬で乗りつけた。

 侍女は慌てるが、追いつけるような速さではない。


 リアンナは少々面倒臭い侍女を残し、物音を調べに向かう。

 馬場を出て、庭木で区切られた通路に出ると路は石畳であり、馬で入るとカツカツと耳に響く音がする。

 馬上からは美しい庭が一望できる。朝もやと朝日の中、池や瀟洒な建物が自然に溶け込んでいた。

 百歩程先に鎧を着た衛兵二人が囚人二人を連行しようとしている。

 彼女は何か感じてゆっくりと近付く。

 無意識に剣を鞘から少し出して、すぐに戻す動作。

 剣を抜く時失敗が無いように事前に練習しているのだ。剣を佩くようになっていつの間にか付いた習慣である。

 彼らは彼女が近づくとあからさまに慌てた様子である。

 先頭に立つ衛兵の男は不審な感じはないが、列の最後尾の男は鎧の着用があからさまにおかしく、歩くたびに金属がこすれ、騒音を立てながら歩いていた。

 リアンナは馬を止める。

 先頭の衛兵は一応しっかりとした敬礼をする。後の男は俯くのみ。囚人二人も同じ。

 囚人二人はドワーフの男と人間の少年で、少年は頭に包帯をぐるぐると巻いて片目だけを出していた。

 一瞬、少年と目が合う。

 黒く非常に光が強い。

 なぜかどきりとしたが、リアンナはおくびにも出さない。

 少年はあわてて目を逸らし、下を俯く。

「お前たち、どこに行くのだ」

「はっ、今から司法長官の命令で城の拘留室に連行します」

 敬礼した衛兵が答える。


 四人はもちろん、ドーリンたちだった。

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