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10 呪詛

 衛兵にとびかかる男たち。


 ダダッ!


 まずティルクが奥にいる衛兵に飛び掛り、床に押し倒す。

 椅子に座ったまま転がる。

 ドーリンは手前の男に突撃して頭突き。

 衛兵はかぶとを脱いで壁際に置いていたのだ。

 頭突きを受けた男がひるんだ次に、ドワーフの右手の拳が顎にヒットする。

 衛兵は脳に振動が走り気絶してしまう。

 ティルクが抱きついた男は更に二人の囚人に押さえ込まれ、床に頭を叩きつけられた。

「やりすぎたか」

 動かなくなった兵を見て、ティルクが少し動揺する。

「心配するな俺の奇跡で少し回復させておく。後はこいつらの装備を剥いで猿轡噛まして、牢に放り込もう」

 ドーリンは全く息を荒げることもなく指示をする。

 武装を剥ぎ取り、手早く彼らも縛り上げられ牢に放り込まれた。

「へへ、旦那。これならそう簡単には見つかりませんぜ」

 盗賊が鎧を着こんでいる。

「油断するな、すぐに見つかると思え」

 結局、二人分の鎧兜は盗賊と殺人犯の二人が着込み、ドワーフとティルクを連行するように城に連れて行く。その後男たちは便所から下水に飛び込み脱出するつもりである。

 ドーリンは目ざとく一着の上着とズボンを見つけた。牢番の服なのだろうか。

 それをティルクに渡す。

「そんなボロボロの服を着ていたら逆に目立つ。これに着替えろ」

 ティルクは改めて自分の服装を見る。ズボンはボロボロ、上着にいたっては体に巻きつくのがせいぜいの状態である。

 服を脱ぐと、血でこわばった包帯がある。包帯を取りゴミ箱に放り込む。

 怪我はすっかり完治していた。

 ドワーフはティルクが上着を脱いだ瞬間、胸に怪しげな刺青が刻まれている事に気が付く。

「ティルク。その刺青は?」

「え? うわ。なに、これ」

 白い滑らかな胸に見た事もないような鮮やかな紋様が刻まれている。

 ほのかに黄金のように輝く。

 ティルクは自分の胸の異常に全く気が付かなかった。

(似ている。セレネの『魂の傷』に似ている。だが、こちらの方が余程大規模な施術のようだ。ティルクは単なる庶民の少年ではないのか?)

「痛みはあるか」

「それは全くないです。しかし、ドーリン。こんなもの今までなかったんですよ。もしかして、治療奇跡の結果ですか?」

「それは我がエクセレス大神の奇跡ではない……今は調べている暇はない。急げ」

 着替えが終り、ロープでドワーフとティルクの手を緩く縛ると、連行する呈で城に向かって歩き出す。

 二人の鎧装は、盗賊の男はかなり様になっているが、殺人犯の男は非常に不器用であり、あからさまに着方がおかしい。

(とりあえず、中庭を横切るだけだ)

 そう思って、ドーリンはアラに目をつぶることにした。


 留置場は城の城壁内にあり、東の端にある。

 宮殿本丸の四角く巨大な黒い建物が中央にあり、南の壁沿いには兵舎が並ぶ。

 城と牢獄の間には中庭があり、錬兵場になっていた。

 錬兵場の周りは綺麗に植木がなされ、並木道のようになっている。

 城の庭全体は、美的な植木や池、休憩所が点在し、自然に溢れる美しい庭として演出されているのだ。

「……綺麗な庭ですね。生まれてはじめて見ました」

 ティルクが片目でキョロキョロする。

「おかげでこっそり動ける。城までは百歩程度か。でも、城の並木があるから迂回して二倍は距離がある。まさか錬兵場を横切るわけにも行かないからな」

 錬兵場では既に訓練が始まっているのか、木の剣で盾を叩く音が聞こえている。

 彼らは、盗賊、ドワーフ、ティルク、殺人犯の順番で一列になって行く。

 ドーリンはそっと留置所を振り返る。

 地下の冷たい牢に横たわる友人を思うと胸が締め付けられた。




 キルボール伯国。

 とある、魔術師の塔。


「師匠。やはり呪詛ですか……?」

 若い女性の声。

 ごちゃごちゃと様々な書籍、薬物、怪しげな骨董などが並ぶ埃っぽい一室に二人の人物がいる。

 一人は非常に年老いた男で、髭とローブ、とんがり帽子、丸眼鏡。ローブは灰色で、何らかのシミがこびりついて半分くらい茶色になっている。

「わからぬ。だが、これが呪詛ならなかなか面白い呪詛じゃ」

 その老人が答える。

 丸眼鏡と髭で表情はあまりわからないが声は面白がっているように聞こえる。

「笑い事じゃないわ、師匠。お願い、助けて」

 甘えたような声を出して、もう一人の人物が懇願する。

 こちらは、茶色い瞳の美少女ターニャである。

 今は白いローブを着ている。

「そう言われてものう。この呪詛は簡単なものではないぞ。敵はそれなりに強力な代償を捧げてお主らを呪っておる」

「じゃあ、こちらもそれなりの代償を払えば呪詛に対抗できるんじゃ……」

「簡単に言いおるわい。妖術師は人の命をなんとも思っとらんから人間を殺して多大な魔力を得るが、真っ当な術者はそんなことをするわけには行かん。人を集めて強力な術を行おうにもお主が指名手配では何かとやり難いのう」

 ホホホと笑いながら言う老人。

「でも、何か方法はあるんでしょ。師匠。大魔導ジョシュア様に不可能はないって」

 かわいく言うターニャ、師匠に媚びるのも慣れている。

「ホホホ。おだてても何も出ぬぞ。お主はわからぬかも知らぬが、わしにできることなぞ屁みたいなもんじゃ」

 しかし、そう言いながらも、なにやら怪しげな書物を出しては中身を確認しつつ、

「お主への呪詛は整理すると『犯罪者として扱われる』じゃ。時間までずらすのはちと不思議じゃのう。因果まで操っておるのか」

「じゃあ、私、どこに行っても永久に指名手配になっちゃうの?」

 涙声で話すターニャ。

「ここキルボールとアーロンではそうじゃったが、更なる広域に渡ってとなるとどうなるのか。実はこの白麗川上流から中流域は一つの地域として考えられておる。こういった術は全世界にまで渡ることはない。お主らが呪いを受ける主要因であるとしても、社会に作用して犯罪者登録させるのじゃから、かなり遠くにまで行けば、例えば中原まで行けば術の効果はなくなるじゃろう」

「え、中原に行けば術が効かなくなるの?」

 目を輝かせるターニャ。

「もちろん、仮説じゃ。ただ、考えておかねばならぬのは、ここでは手配は事実としてまかり通っておる。こんな辺境の手配が中原の諸国まで周知される筈もないが、身分を詳しく調べられたら旧悪として扱われて、お縄になる可能性はあるのう。いやはや、なかなか、妖術師らしい嫌らしい呪詛じゃわい」

「じゃあ、中原に逃げてもびくびくしなきゃならないのね」

 がっくりと気を落とすターニャ。

 きらびやかな中原に出かける理由ができたことがうれしかったのだが、一気に気持ちもしぼむ。

「しかし、それは悪くない考えじゃ。お主と仲間三人で中原に行ってわしの兄弟子に師事を請えば、呪詛も打ち破れるじゃろう」

「師匠。さっきも言いましたけど、ちびのデリクと髭のドーリンはアーロンで役人に捕らえられて牢に入れられたわ」

「ホホホ、そうじゃったかの、憶えとらん。詳しくそのときのことを聞かせておくれ」

 肩をすくめるターニャ。

「塔の話は憶えています?」

 うなずく、ジョシュア。

「じゃあ、その後のことから話します。あの後、私たちはキルボールが脱出したの、わけのわからない指名手配から逃れるために川を下っていたわ。もちろん、ちゃんとした船には乗れないから、小船を手に入れて夜にこっそり」

「ホホホ、よくドワーフが船旅に同意したのう」

「デリクが酒に眠り薬を仕込んだの。なかなか薬が効かないからはらはらしたわ。結局、お酒をじゃんじゃん飲ませて……薬で寝たのかお酒で酔っ払っただけなのか、今でもよくわからないわ」

「ホホホ。面白いのうお主らは」

「笑い事じゃないわ、師匠。その後、船の上でデリクとドーリンは口喧嘩はじめるから、うるさくて。でも、狙い通り、追手は橋とか陸路ばかり探してたみたい。ドワーフの船嫌いは有名だから」

「ホホホ、ドワーフの水恐怖症は伝説的じゃな」

「その後、船でアーロンの北にある国境の砦に入って身分確認したの。どうせ、キルボールとアーロンは理由があったら小競り合いしてる関係だから大丈夫だと思って。冒険者登録して仕事したかったというのもあったわ。そうしたら、私たちが金持ち商人の娘を誘拐しているっていきなり言われたの。で、結局、大勢の兵士の前になすすべもなく逮捕されたってわけよ。私は……」

「お主どうやって逃げたのじゃ? 術では難しかろう。確か、魔道眼と稲妻火球以外興味ないと申して、勉強をサボっておったはずじゃ」

「あの……石くれの術を……それで存在を消して」

「ホホホ、抜け目ないやつじゃ。妖術師の術書を読んで憶えておったのか」

 二人の間にある小さなテーブルの上には件の術書が無造作に置かれていた。

 前と違うのは幾つもの付箋がつけられいる。

「お主のせいで、妖術書を読む羽目になったわい。石くれの術は誰からも石ころのように無視される術。隠密にはもってこいの術じゃが、魂の強い相手には全く効果がない場合がある」

「その術のおかげで私は助かりました、でも……」

「そうじゃな。仲間は連行されたのじゃな」

『アーロンの役人たちはかなりしっかりと待ち構えていたわ」

「ふむ。用意周到だったと……では、お主がこの状態を呪詛だと思った経緯は?」

「まず、全く身に覚えのない犯罪だということと、時間感覚のずれ。手配がかなり前から出ていたことになっている、というか、私たちが森の中にいる間に時間が飛ばされているといったほうが正確ね。因果にねじれがありすぎるわ。森を出たら何かがごくわずかに違う異世界に迷い込んだみたい。因果とか因縁と言ったら呪詛じゃないかしら。そう思ったの」

「ほぅ。わしも同じように思うぞ。妖術師の最高位クラスならそのようなことも可能であろう。ついでに、時間のねじれのことも詳しく整理しておくれ」

「私たちは四月中頃に依頼を受けてキルボールの城下町を出たわ。一週間弱で塔に到着して、セレネを救出して、その三四日後に赤い剣を持った役人、確かセリウスだったかしら、彼と遭遇したの。私たちの感覚から言うと五月一日頃よ。しかし、彼の時間はその時既に六月一日。私たちが逃げて、町で確認した日時はセリウスの方が正しかった」

「つまりお主らは、一ヶ月程先に飛ばされていたのか。妖精の森に迷い込んだ農民が家に帰ったら何年も経っていたという話に似ておるな。森に入り、悪と対決して、世間様に帰ってきたら迫害される、まるでどこかの悲劇の英雄譚のようじゃ。それにしても、妖術師の呪詛にしてはなにやら遠まわしすぎるのう。もっと体が石になるとか、原因不明の病気になるとか、そういった直接的な呪詛を好むのが連中じゃが、もちろん、社会からつまはじきにされるのは連中らしい陰湿さではあるが。それに、何故、そこまでしてお主らを呪わなければならんのかのう? お主らは実力はあるがそれほど目立った存在でもあるまい。時間をゆがめ、社会の因果をゆがめる呪術となると、妖術師でもかなりの実力と労力が要る」

「……」

 いつの間にか用意したのか、老人はパイプに火をつけくゆらせる。

「ふむ。もしかしたら、指名手配される社会的な呪いと時間がずれたり、セレネの『魂の傷』は全く別個のものかも知れぬ。例えば、仮にこの術を世間からつまはじきにする『つまはじきの術』と名つけるなら『つまはじきの術』は役人などの『統治』に携わる者に一定の警戒を呼び起こさせるものだけなのかも知れぬ。それが、何らかの更に大きな伝説的案件と合致してお主らを呪的再演に導き、今の状況、『世間から指名手配される存在だった』という因果的な状況に組み替えられたのかも知れぬな。頭からすべて強力な妖術と決め込むのも危険じゃて」

「……」

 首をひねるターニャ。

「例えばこうじゃ、お主らは呪詛を受けたものとして『異界』である塔から帰ってくる。するとお主らは『帰ってきた悲劇の英雄』という立場になる。『悲劇の英雄』は謂れもない罪に問われる立場でもある。すると、ここ一帯の社会的な立場と因果を背負った統治者にこの事件を調べる動機を与える。結果、お前たちの名前とセレネの失踪が浮かぶ。そして、統治者たちは、お主らが妖術呪詛の個別的影響で『指名手配犯だった』という伝説の再演的な事実認識に導かれることになる。ホホゥ。この仮説が正しければ非常に面白いものであるな」

「えーと、師匠ごめんなさい。まーったくわかりません」

 謝罪するターニャ。

「やれやれ」

 肩をすくめる老人。




2026/3/29~4/18 微修正

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