96話
アルムさん達が訪れた日から数日が過ぎた。
朝からの作業を終わらせたみんなが、昼食を食べるために店へと戻ってくる。
いつもと変わらない昼食風景が流れる中、グライの食事の手があまり進んでいないことに気づいた。
「おい、グライ? どうしたんだ、いつも人一倍食べるのに、ウルフ肉のスタミナ炒めが口に合わなかったか?」
「あ、違うんだ組長、ただ、食欲が湧かないって言うか……」
俺はそう呟くグライを見て小さく頷いてから、食事を再開する。
男には、時として、口にできない思いの一つや二つ、三つに四つくらいあるもんだからな。
俺が飯を食べ終わった時、不意にグライから声を掛けてきた。
「組長、少し相談があるんだ……」
不安そうな声で口にされた言葉に俺は頷く。
「悪い、モモ、エス、食器洗いを頼めるか、少しグライと話してくるからよ」
「わかったッスから、早く行ってあげるッスよ」
「御意。主様の代わりは任された」
2人の返事を聞いてから、俺はグライをスタッフルームに呼び、話を聞いていくことにする。
ただ、スタッフルームで向き合うように座ってから5分ほどが経ったが、未だにグライから内容を話さないまま、沈黙が続いていた。
「な、なぁ、グライ? 話があるって言ってたが、どんな内容なんだ?」
待つつもりだったが、この短い時間でグライから話し始めるのは難しそうだと判断したため、俺から話を振ってみることにした。
「組長、あのさ……不安なんだ。カイトもセスもさ、やりたいことってやつを見つけてさ、オレだけ何にも見つけられてなくてさ……こんなことで悩む自分も嫌でさ……」
若い頃ってのは、同年代の成長に影響されやすいからな……ただ、本人からしたら、世界がひっくり返るくらいの問題なんだよな。
「グライ。若い時ってのは、マジにそんな悩みばかりで、何にもおかしくねぇんだ。むしろ、悩まない方が俺は不思議に思うぞ?」
「そうなのかな……なんか、カイトとセスに置いてかれるんじゃないかって……不安で仕方なくて……」
「置いてかれる……か、不安を大丈夫だって、言われても、解決するもんじゃねぇからな。ただ、悩むってのは成長の証でもあるからな」
説教くさくならないよう、俺なりに言葉を選んでるつもりだが、グライの表情は沈んだままだな……
「なぁ、グライ? グライは何か楽しいとかワクワクする時はどんな時だ?」
「え、いきなり聞かれても分からないよ……焼きそばをカイトと売りに行った時も、セスとモーの世話をした時も、楽しいは楽しかった……でも、それはカイトとセスがやりたいことで……」
思ったよりも拗らせてんな。
「はぁ……なら、切り替えて考えよう。先ずは、グライがやりたいことを見つけないとな!」
その日、みんなに悪いと思いながら、俺はグライの作業を休みにすることにした。
モモとエスは、俺の提案に溜め息を吐きながらも、グライを見て微笑んだ。
「仕方ない後輩くんッスね。先輩は頼りになる頼りない先輩ッスから、ダメだと思ったら、モモを頼るッスよ!」
「主様は優しい。優しさは甘さ、ただ……今のグライには必要、主様から色々と学ぶべき」
2人に背中を押される形で、俺はグライを連れてライムの中心街に向かう。
普段通っている大通りも賑やかだが、また違った活気があり、俺も少しワクワクするな。
色々な商品が並び呼び込みなどがひっきりなしの大通りと違い、静かな雰囲気のカフェや雑貨屋、歓楽街とは違う飲食店などが並んでいた。
そんな中、グライは1軒の店の前で足を止めた。
店には、『武器屋 スカイ』と看板に書かれていた。
武器屋の壁には、剣の切っ先を潰したレプリカが飾られており、柄の部分にはドラゴンの翼を思わせるマークが刻印されている。
「グライ。中に入ってみようぜ」
俺は扉に手を掛ける。
ただ、開かない……ドアノブは間違いなく回ったが、軽く押しても引いても、開く気配がなかった。
通行人から、笑い声が聞こえてくる。
「ありゃ、武器を買いにきたんだろうな? 可哀想に」
「あの店ってあれだろ? 力を示さないと入れないって、力強そうなのに……力の入れすぎで“毛死病”になったタイプか?」
「あはは、まじにウケる。ただ、無理だろ? あの扉が開くのなんて見たことないからな」
俺は【身体強化】を使おうかとも思ったが、考えを改める。
力を示せってんなら、自力で開けるしかねぇからな。
「グライ……少し離れてろ!」
俺は全身の力を込めて、武器屋の扉を押していく。
扉から僅かに動き、“ギッギッギッ……”と音が鳴り始め、軽く隙間ができたタイミングで、俺はドアノブを回していた手を離して、両手で扉を押していく。
更に“ギッギッギ……ギギ……”と扉が悲鳴を上げ始める。
「あともう一押し!」
「あ、組長待って!」
突然、俺の背後から、グライが飛びつき、その反動で僅かに動かしていた扉が最初の位置に戻り、カチャッとドアノブが動くのがわかった。
「あちゃー。何すんだよ、グライ?」
「ごめん、組長。ただ、足元を見てくれよ。変なでっぱりがあるんだよ」
グライに言われて俺は扉の端に視線を向ける。
小石サイズの汚れたでっぱりがしっかりと確認できた。
「いや、これがなんなんだ?」
「組長が扉を押した時に、間違いなくそのでっぱりが沈んだんだよ。だからさ」
グライは俺の前に移動すると、足元のでっぱりを踏み、ドアノブをゆっくりと回した。
すると、俺が全力で押しても僅かにしか動かなかった扉がいとも簡単に開いた。
「マジかよ、こいつは驚いた。凄いじゃないかグライ」
「本当に開いた……」
扉が開いたかと思うと、店の奥から、しわがれた男性の声で「客なら早く入れ! 扉が開いてたら、仕事になんねぇ!」と叫ばれる。
とりあえず中に入ると、扉が自然に閉まる。
武器屋の店内は薄暗く、複数の魔導具がうっすらとした光を灯していた。
「中に入ったんだが! どうすりゃいい!」
とりあえず、最初に声が聞こえた方向に声を張る。
「今行く! 店の品に勝手に触ったら、頭をぶち砕くからな! 大人しくしてろよ!」
やべぇ奴が店主らしいな……グライを連れてきたのは間違いだったか……
そう思っていた俺の横で、グライは周囲を見渡しながら、触れるなと言われたにも関わらず、色々な品を触り始めていた。
「おい、グライ!」
「あ、組長、ごめん。なんか、すごくて……つい」
グライがそう口にした時だった。
奥からドタドタと、力強い足音がこちらに向かってくる。
「なにが、“つい”だ! 儂は触れるなと言ったが、その耳は飾りだったか、ガキ!」
俺とグライの前に姿を現したのは、グライと身長が大差ない小柄なオッサンだった。
片手に握られたデカすぎるハンマーを軽々と肩に乗せ、反対の手でゴーグルを額にずらす。
オッサンの鋭い眼光がグライに向けられると俺は視線を遮るように一歩前に移動する。
「デケェの! お前に話はねぇ! 何より、“つい”で納得できるほど、儂らドワーフは甘くねぇぞ! しっかりと理由を聞かせてもらおうじゃねぇか!」




