90話
騎士団への押し売り作戦が試食大会になってからの数日が過ぎた。
この数日間はなんとも、歯痒いことになっている。
「組長! 味見をお願いします!」
元気な声で俺に向かって皿を前に出すカイト。
皿には真っ赤な紅生姜が横に添えられ、美味そうなソースの香りと青のりの芳ばしい香りをこれでもかと放つ焼きそばが乗せられている。
「また作ったのか、ただ、俺の味見は厳しいぞ」
そう、毎日3食、この数日間、カイトは焼きそばを作り続けていた。
さすがの俺も、毎食焼きそばがくるので、自分の分の食事は作らずに食べ続けている。
なんで、カイトがこんな事をしているかと言えば、騎士団からの帰り道での会話が原因だろう。
「組長……料理ってやってて楽しいのかよ?」
「あぁ? 楽しいかって聞かれたら、嫌いじゃねぇってなるな。嫌いなら最初からやらねぇからな」
「なら、楽しくはないんじゃんか……」
「あのなぁ、カイト。料理は楽しむもんじゃねぇ! 楽しませるもんだ! 考えてみろ?」
「考えるってなにを?」
「単純だ。自分1人のために作って、1人でただ食べる飯ってやつは、たしかに腹いっぱいになるだろうし、満足もするだろうがな」
「そんなの当たり前じゃんか、組長の言いたいことが分からないよ」
「話は最後まで聞けよ。誰かが一緒に食べる。誰かが“うまい”って言う、そんだけで良かったって、思えるようなのが遣り甲斐になるんだよ。料理ってのは、1人から始まって全員に広がるから面白いんだ」
「面白い?」
「おう。楽しむ料理もたしかにあるだろうが、面白いがあるから、料理は飽きねぇんだ。カイトが料理に興味があるなら教えてやるから、遠慮なく言いな」
煙草に火をつけながら、笑ってやるとカイトは一瞬、目をギュッと瞑り、見開いてからすぐに俺の前に回り込む。
なんだ? そんな事を口にしようとした俺の前で、まさかの往来での土下座スタイルをとり、額を地面に擦り付ける。
「組長! おれ、焼きそばってやつを作りたい! おれは何にもできないけど、組長みたいに料理がしたい、誰かが“美味い”って言ってる姿がみたいんだ」
咥えていた煙草を地面に落としてしまう程の衝撃だった。
「おい、頭を上げろって、まずは立ち上がれって!」
「立ち上がらない。組長が教えてくれるってんなら、頭を下げて頷いてもらうまで下げるのが当然だから!」
周囲からの痛い視線が一斉に向けられたが、俺はカイトを起き上がらせるのをやめて、その場に胡座をかく。
「なぁ、カイト? なんでその決断をした? 他にもやれる事なんて山程あるだろうに」
「正直、わかんねぇ。おれも飯なんて、食べれたらいいって昨日まで思ってたから、だけどさ、組長の飯が美味かったから……パラもグライもセスも……みんなが笑って食ってたから……」
「──料理ってやつは、単純で難しいんだぞ? 見た目も味もそうだが、真似れても同じものにならねぇ。厳しい言葉も山程掛けられるんだ」
「そんなのわかってる。それでも、組長の飯を教えてほしい。料理ってやつをやりたい」
そうして、今に至るんだが……最初に教えたのが、とりあえず、焼きそばだった。
それから、野菜の炒め方や肉を入れるタイミングと……まあ、最初は焦げて真っ黒な焼きそばを食べたりもした。
ただ、カイトは失敗する度に、アドバイスを求めてきたんだ。
正直、驚いたな。数回の失敗で泣き言をいうと思ってたからな。
しかし、しっかりと焼きそばを作れるようになった今のカイトには、そんな心配も要らなくなった。
そんな事を考えながら、焼きそばを食べていると、乱暴に店の扉が開かれる。
見てみれば、モモがドヤ顔で腕を組んでいる。
「先輩! カイトに焼きそばばっかり作らせてたら、食費が嵩むばかりッスよ! だから、モモがとびっきりの提案をしてあげるッス!」
そう言われ、俺とカイトは外に引っ張り出される。
外に出ると、ビッグブルと同じサイズの四足歩行型のゴーレムがいた。
「ふっふっふ! 見るッス、先輩! 移動型焼きそば用鉄板装備のゴーレム! そ・の・名・も・焼きそば焼ける君ッスよ!」
ひでぇネーミングセンスに、開いた口が塞がらねぇ。
「この焼きそば焼ける君があれば! 屋台ができるッス! モモは、天才ッスよ!」
ネーミングセンスはあれだが、理にかなってるな。
ゴーレムの背中が鉄板付きの調理台になってるし、端から野菜クズやゴミを落として溜めておくスペースもありやがる。
「ただ、火はどうすんだよ?」
「ふっふっふ、先輩が、数日、焼きそばを食べて、歯に青のりをつけてる間に、奴隷商のリオさんに会って、使ってないコンロを貰ってきたんッスよ」
まじかよ……つまり、鉄板の下はガチコンロかよ……
「モモの魔力をルーターで流せば、移動式調理ゴーレム、焼きそば焼ける君は、無限に動いて焼きそばパーリナィッスよ!」
ツッコミどころしかないが、やべぇ……俺もほしいまでありやがる。
その日、俺達は初めての焼きそば焼ける君を使った屋台を開始する。
ただ、普通に大通りで場所を占拠しての調理は色々とまずいらしいので、一旦商業ギルドに向かい、許可をもらうことにした。
商業ギルドに着くとすぐにベリーさんが走ってきた。
「ホタルさん! なんですかこれ! なんでゴーレムなんて……」
魔力を大量に使うゴーレムが2体もいれば、こんな反応にもなるんだろうな。
「よう、今回はこいつを使って屋台をやりたくてな。その許可を貰いに来たんだ。テキ屋には許可証が必要だろうからな」
「テキ屋? あ、許可なら、出せますが……」
ベリーがそこまで口にした時、奥の扉が勢いよく開け放たれる。
「はぁ〜い! 元気にエンジョイ! エブリバディ〜! 面白そうな事を考えてるじゃないの、テルテルボーイ&プリティファミリー! ゴーレムを使って屋台だなんて、スンバラシイィィッ! 衝撃的なインパクトゥゥゥッ!」
「いきなりテンション高いな、マダムピンキー……はっきり言って、ガキ達が怯えてるからな」
「失礼なテルテルボーイねぇ? 元気よりも、テンションを、テンションよりも、インパクトゥゥゥッ! 商業ギルドはそうやって回ってるのよぅ!」
ベリーさんが全力で首を横に振る姿を見て、苦笑いを浮かべつつ、マダムピンキーにも、焼きそばを試食してもらう。
作り手は当然カイトだ。
気合いを入れながらも、緊張するカイトに俺は手ぬぐいを取り出すと、しっかりと結んでやる。
「野外で料理をするなら、汗も出るからな。これでバッチリだ。カイト、お前の最高を作ってやれ」
「はい。組長!」
そうして、商業ギルドの外で“焼きそば焼ける君”を使った調理が開始される。
真剣な表情で集中するカイトは野菜を一気に刻み、芯を素早く切り離すと鉄板の温度を上げていく。
既に油を馴染ませた鉄板からはシンプルな野菜が焼ける香りが宙を舞い、肉が入ることで、胃袋にダイレクトな衝撃を与え出す。
そうして、塩コショウが振りかけられると、油でほぐされた麺が投入されていき、呼び水の代わりに烏龍茶を入れて更に炒めていく。
最後にソースが鉄板に注がれると周囲のすべてを焼きそばの香りが支配していく。
「組長、出来た!」
「おう、最高に美味そうだな」
作られた焼きそばは文句なく最高の味だった。マダムピンキーの歯に光る青のりがそれを物語っていたが、今は伝えずに楽しんでもらうとするかな。
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