89話
久しぶりの騎士団ライム支部に到着すると、すぐに門の前に立っていた門番から声を掛けられる。
「あれ、ホタルさんじゃないか! 騎士団に何か御用ですか?」
そう声を掛けてきた門番に俺は笑いながら、焼きそばパンを売りに来た事実を伝える。
しかし、門番は困ったような表情を浮かべて頬をポリポリと指で掻くばかりだった。
「なんか、マズイのか?」
「マズいと言いますか……サンセル支部長は、自室に居るのですが……誰も通すなと人払いをしての執務を行なっていまして……」
早い話が、確認が取れないってことか?
「ホタルさん、すみません。本来なら我々もホタルさんの作った品を買いたいのですが、許可なく敷地内での販売は無理なんです」
まぁ、そうなるよな。なら、やり方を変えるしかないな。
「わかったよ。アンタらの交代時間は何時なんだ?」
「え、我々は夜を知らせる鐘が鳴れば交代になりますが?」
「そうか、それまで“焼きそばパン”があればいいんだがな?」
俺達は大人しく、騎士団ライム支部の前にある広場まで移動する。
「先輩、良かったんッスか? これじゃ、食材費とか考えたら、マルっと大赤字ッスよ?」
「誰が売らないって言ったよ? ただ、ルールなら仕方ないだろう。まぁ、見てろって!」
【身体強化】を発動させて、一気に肺に空気を送る。
「さぁさぁ! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 世にも不思議な異国の料理を挟んだパンの販売だァッ! 今食べないと、次はいつ食べられるか分からない最高の味をご賞味あれぇぇぇッ!」
騎士団すべてに聞こえる程の声が一気に大通りに響き渡る。
それと同時に、一斉に注目を集めた事実を確認してから、すべての保温バッグを開き、一気に濃厚な焼きそばパンの香りを広げてやる。
「なんだ。あれって商業ギルドのホタルだよな?」
「だな、新しい卵を広めてるやり手の商人らしいぞ」
「それより、この香りだよ……初めての香りだな」
いい感じに注目を集められたな。
俺は焼きそばパンを一つ取り出すと、アルミホイルを開いて現物を見せる。
ビッグブルの背中の上で広げたアルミホイルに視線が更に集まる。
すぐに切り分けるために持ってきたナイフを使い、一口サイズに焼きそばパンをカットしていく。
綺麗に切られた断面から見える濃厚な焼きそばと塗られたマヨネーズが湯気となり、香りを周囲に撒き散らす。
「さぁ、少ないが試食もあるぞ! 食べたいやつは並んでくれ! 騎士団に売るはずだった最高の味を皆さんにもお裾分けだぁ!」
ただで食べれるとわかった途端に周囲から人が駆け寄ってきたので、モモ達に頼んで整列させてもらう。
大人から子供、老人から若い姉ちゃん、兄ちゃんと年齢に関係なく集まった数十人の試食希望者を見て、俺は困惑していた。
「先輩……顔が引き攣ってるッスよ? 言い出したのは先輩ッスから、モモは止めないッスけど……ヤバくないッスか?」
楽しそうな笑みを浮かべるモモ。
「だな、ただ、こんなに食ってみたいってやつがいるなら、やるしかねぇよな」
「はぁ……先輩、正直に言うッスけど、商売人の才能はマジに皆無ッスよ」
「何となく、自覚してるって、まぁ、騎士団に断られたら赤字になる話だったなら、変わらねぇさ」
「はぁ……溜め息しか出ないッスよ。ふぅ! みんな、聞いたッスね! 先輩がやるって言ったら、モモ達は全力で支えるッスよぅぅッ!」
モモの掛け声で、全員が動き出す。
整列した人達に割り込まないように声掛けを行い、試食として、カットされた焼きそばパンが次々に消えていく。
騒ぎを知ったのか、騎士団側の門が開けられると、騎士達まで列に並び出したのには、溜め息が出た。
「主様? 騎士にも試食を許す?」
エスの発言に苦笑いが出たが、並んだならしっかり味わってもらわないとな。
「当たり前だ! 気合い入れてやるぞ!」
「先輩、いや、いいッス……もう見た感じ、手遅れッスから……」
騒ぎが大きくなれば、それなりに人が集まる。人が集まれば、次にそれを止める流れが起こるのが自然な流れってやつだ。
騎士団ライム支部の門の奥から複数の重苦しい足音が聞こえ出すと、並んでいた騎士達が血相を変えて、列から離れて門の前に整列していく。
「この騒ぎはなんだ! また君か、大男君……何をしているのかね?」
あの顔は分かって聞いてるな……ったく、いい性格してるオッサンだな。
「よう! サンセル支部長。美味い焼きそばパンを騎士団に売りに来たんだが、支部長と話せないって言うからよ? 試食として配ってたんだよ」
俺の説明を聞いたサンセル支部長は門番に向かって、慌てた表情で確認をしてから、肩をガックリと落とした。
「まぁ、そういう事だから、サンセル支部長も良かったら並んで食べてみねぇか?」
騎士団の面々がざわめく中、イケメン眼鏡が走ってきた。
「ホタル! キサマッ! サンセル支部長に向かって、その発言はなんだ!」
「お、エレガじゃねぇか? 怒るとイケメンが台無しだぞ?」
「黙れ! キサマのような礼儀を重んじない奴に呼ばれる筋合いはない!」
相変わらずな奴だなぁ。
「そいつはどうも、ただ、並ばないと食えねぇからな? 残りを考えると早く決めた方がいいぞ?」
会話をしながらも、手を休めずに焼きそばパンをカットしては試食として渡していく。
その後、サンセル支部長だけでなく、イケメン眼鏡もしっかりと並んでる姿に笑いを堪えるしかない。
試食に並んでる一般の奴らには少し気の毒だが、こんな日があるのもいい刺激だよな。
サンセル支部長達の順番になり、目の前に立ったサンセル支部長が俺に喋りかけてくる。
「やっと、順番が回ってきたね。しかし、自分で並ぶことがルールとは、こればかりは困ってしまったよ」
「悪りいな。そうでもしないと悪さをする奴が出るかもしれないからな」
そんな会話をしていると、サンセル支部長の後ろから、イケメン眼鏡が口を挟んでくる。
「サンセル支部長。急がねば、時間が……キサマも早く、サンセル支部長にその品を渡さないか!」
相変わらずだな、ただ、悪気がまったくないから、憎めねぇ。
そうして、サンセル支部長とイケメン眼鏡を含む部下達にも試食をしてもらう。
「おぉ……なんと濃い味なんだ。しかも、鼻から抜ける香りすら惜しく感じるとは……大男君、これは美味いじゃないか」
「本当になんて食べ物を持ってきたんだ! こんな一口で終わる量では、更に腹が空くだけじゃないか!」
イケメン眼鏡は文句を言いながら、しっかりと食べてやがるし、本当に……
「サンセル支部長? どうだ、これを騎士団に売りに来たんだが、次は買ってくれる気になったか?」
「愚問だね。本来、大男君が来た事実をすぐに知っていれば、大銅貨2枚でも買わせてもらいたかったくらいだ」
大銅貨2枚……日本円で2000円の焼きそばパンはボリ過ぎだな。
「なら、大銅貨1枚で、焼きそばパン2つにするから、定期的に買わねぇか?」
「大男君は、相変わらず欲がないときたものだ。ならば、後で騎士団に顔を出してくれ、契約をしようじゃないか、ライムから離れてるアルムの部隊が戻った際に喜ぶだろうからね」
顔を出さないと思ったら、アルムさん達はまたライムの街から離れてるらしい。
そうして、俺は焼きそばパンで新たな契約を結ぶことになった。蕎麦じゃないが、長く付き合っていきたいもんだな。
お読みいただきありがとうございます!
気づいたら、130ポイントになっていました。本当に読まれているんだと嬉しくなりました。皆様、心から感謝です。これからも頑張らせていただきます。
もし少しでも『蛍とモモの掛け合いが面白いな』『続きが気になる』と思ってくださったら、ページ下部の【☆】や【ブックマーク】で応援していただけると、ハゲみになります……!(毛根的な意味で)
☆ギャグが笑えなくても、クーリングオフは勘弁してください。




