86話
清々しい朝……なんだがなぁ……
俺は静かに外へと視線を向ける。
「ラジオ体操、第一ッス! 1・4・5・1! イタリア、ジェノヴァにコロンブス!」
また始まったか……ドレイクと獣人コンビは慣れた様子で繰り返してるが、カイト達はわからないって感じに動いてるな。
「大きく背筋を伸ばしてぇ! 1・4・9・2! アメリカ大陸、コロンブス!」
いや……この世界にアメリカ大陸はないからな……本当になんなんだろうな、あのラジオ体操……
俺は窓からそんなことを思いながら、煙草に火をつける。
まぁ、毎朝のことだから、見てる分には慣れてきたな。
「主様、コーヒー入れた。飲む?」
「エス、ありがとうな」
コーヒーと一服を楽しむ頃にはラジオ体操が終わりを迎える。
ここからは、俺の仕事だな。
手早く、朝食の支度を済ませていく。
因みに、今日の朝食はフレンチトーストにウィンナーとサラダにしてある。
獣人コンビは肉が少ないって文句を言い出しそうだが、あまり肉ばっかり朝から出すのもあれだからな。
朝食の席に並んだカイト、グライ、セス、パラの4人は自分達の前に並べられたフレンチトーストに驚愕していた。
「カイト兄ちゃん……朝からご馳走だよ……」
「なぁ、カイト、本当に食べていいのかな……」
パラとグライが不安そうに質問する声に朝から頭が痛くなるが、慣れが必要だよな。
結果は、綺麗に食べてくれたので御の字だな。まぁ、初日から、朝飯を食べずに働いたら……体力持たないだろうからな。
片付けを済ませてから、様子を見に行く。
外に出るとエスが人数分のシーツを既に洗い終えて、干していた。本当に頭が下がるな。
カイト達の様子を確認するとしっかりと働いていた。
慣れない作業だろうからと心配してたが、思ってたよりも大丈夫そうだな。
「セス! 草をこっちにも頼むよ」
「グライ、悪い、この草はモーの小屋に運ぶ分なんだ。カイトとドレイクさ《・》ん《・》に頼んで運んでもらうよ」
セスとグライの会話を聞いて、俺は首を傾げてしまった。
なんで、ドレイクにさ《・》ん《・》付けなんだ?
悩みながらも作業を見ていると、俺の存在に気づいたセスが慌てて作業を止める。
そのまま、セスとグライが俺の前にやってくると突然頭を下げる。
「あ、お疲れ様です。組長!」
「お疲れ様です!」
俺は額に手を当て、コンマ数秒で答えを導き出す。
「モモか……」
俺の言葉に、セスとグライが首を縦に振る。
「モモ姐さんが……ホタルさんのことを、組長って呼べって……」
「しー! セス、それは言ったらダメだって、姐さんから言われてただろうが……」
「話はわかった……仕事で分からないことはないか?」
「あ、はい。ドレイクさんから、色々とやり方を聞いたから大丈夫です」
「なあ、セス? なんで、ドレイクに“さん”を付けてるんだ?」
とりあえず、一番気になった部分を質問する。
「モモ姐さんから、仕事を教わる立場に年齢も見た目もないからって、むしろ、先輩って呼んだら許さないと言われました……」
頭痛てぇって、なんでそうなるんだよ。
「俺のことは、まぁ呼びやすいように呼んで構わない……今更だ。とにかく、モモと話してくる。仕事頑張れよ。昼も腹いっぱい食わせてやるからな」
「「はい! 組長!」」
それから、すぐにモモを捕まえる。
「先輩……な、なんッスか、普段の8倍くらい、顔が怖いッスよ……」
「モモ、俺も自分の顔が怖いかもって認識はあるんだ。ただなぁ……組長はダメだろうが!」
「ひぇぇ! 悪気はないッスぅぅぅ!」
しっかりとモモにお灸を据えてから、俺は今日のやるべきことを思い出し、店の外へと移動する。
外に出ると、パラがコッコ小屋の古草を袋に入れて運んでいたので、声を掛ける。
「パラ、大丈夫か?」
そう言いながら、パンパンに膨らんだ袋を片手で持ち上げて、店のゴミ置き場に運んでやる。
「組長。ありがとう。力持ちだね」
よくよく考えれば、パラはドレイクと同い年だな。ドレイクにも前に言ったが、力仕事は任せてくれたらいいんだがな。
「あ、そうだ。悪いんだが、パラ? カイト達と住んでた家がどれなのか、教えてくれないか?」
「え、お家? カイト兄ちゃんとグライ兄ちゃん、セス兄ちゃんに返してくれるの? パラも帰るの?」
純粋過ぎて、心が痛てぇなぁ……
「いや、まだ返せないが……ただ、場所を知らないと、返す時に困っちまうから、教えてくれないか?」
「あ……う、うん。わかった。組長ならいいよ。来てぇ」
罪悪感しかないんだよな。ただ、今回は心を鬼にしないとな。可哀想って哀れみは、むしろ、頑張ってるカイト達に失礼ってもんだからな。
俺はパラに手を引かれながら、スラムへと向かう。
カイトやグライ、セスは髪が茶髪だが、パラは赤毛……カイトと兄妹かと思ってたが、みんなを“兄ちゃん”って呼んでるみたいだな。
「ねぇ、組長? 組長はなんで、ドレイクのマスターって、なったの?」
「マスターになったかって話か、単純に引き取っただけなんだがな」
「パラも組長をマスターって呼んだ方がいい?」
「ダメだ……ドレイクが拗ねちゃうからな」
「ドレイクには、ママはいるの?」
「さぁ……正直、分からないとしか言えないな」
なんで、ガキは純粋にダークな質問をしてくるんだ。むしろ、純粋だからこそのアレなのか!
話をしている間に、パラが一軒の石壁と木材で入口を塞いである小さな小屋の前で立ち止まる。
「パラ達のお家だよ……いらっしゃい。入って、組長!」
家だと言われた建物は外見こそ石壁で頑丈そうに見えたが、中はよく言えば、殺風景。悪く言えば、何もない空間だった。
「窓もないのか?」
「窓があったら、人が入ってくるから、危ないんだよ? 組長は知らないの?」
言葉を失いそうになる返しに、俺は何も返せなくなっていた。
「こっちが寝る場所だよ。みんなで壁に寄っかかって、ギュってして、寝るんだよ!」
改めて、俺はカイト達の生活がどんなものだったのかをその身に感じ、目に焼き付けた。
「組長……泣いてるの? 砂が目に入ったの? 大丈夫?」
「大丈夫だ。悪りいな……パラ、聞いていいか? いきなりで分からないだろうが、昨日はよく寝れたか?」
「うん。ふかふかだったよ。雲に乗ってるみたいで、カイト兄ちゃん達もヨダレ垂らしてたの!」
「ご飯は美味かったか?」
「うん! あのね。組長のご飯はライムの街で1番だよ! ふわふわでカリカリのパリパリだった!」
「なぁ……パラ。パラはこのお家に戻りたいか?」
俺の質問に対して、パラは自身の服をギュッと掴み、視線を下に向ける。
「あ、あのね……わからないの……帰りたいのに、帰ったらね。組長もドレイクもソマリもポメラもね……モモちゃんもエスのお姉ちゃんもバイバイだよね……それはね、嫌なの……」
泣き出しそうになるパラを優しく抱き抱えて、俺は背中を擦りながら、店に戻ることにした。
カイト達には悪いが、あのままの状態で住まわせるのは無理だろう……
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