84話
俺の視線に覚悟を決めたようにベリーさんも視線を合わせてくる。
「先輩! 誰が見つめ合っていいって言ったんッスかぁ!」
相変わらずのモモをエスが止めに入り、ベリーさんとの会話を進めることにする。
「賑やかで悪ぃな。そんで本題だが、あれだ。労働基準法ってやつについて知りたいんだ」
質問に対して、首を傾げるベリーさんに俺は不安を感じた。
「失礼ですが、ホタルさん? 質問の意味がわからないのですが、お聞きになりたいのは何歳から働けるか、と言った意味で差し支えないでしょうか?」
「お、おう、さ、差し支えないな……」
「でしたら、お答えします。労働に関しては、働ければ何歳でも働くことが可能です。花を売る者、現場で雑用をする者……あげれば切りがありません。ただ、仕事を貰えるかは別問題とだけ言っておきます」
「そうか、なら、逆に孤児院なんかは、何歳まで居られるんだ?」
「……孤児院……ですか……すみません。孤児院ならば12歳までなら面倒を見ていただけます。それは教会でも同じでしょう」
教会と孤児院は別って話なのか? 俺にはよく分からないが、雰囲気的に深掘りはしない方がよさそうだな。
「俺は、ガキ共に確認するつもりだ。何を確認するかは、ベリーさんもわかってると思うが、構わないか?」
「それに関しては、商業ギルドとして口を挟む気は一切ありませんので、構いません……」
「そうかい。なら、その話が終わる前に契約書を出してくれるか? ベリーさん。アンタもマダムピンキーの部下なら用意だけはしてきてるんだろ?」
ベリーさんはゆっくりとマジックバッグから書類を取り出すとテーブルにそれを置いた。
俺は素早く、書類に目を通していく。
「なぁ、ベリーさん? あのスラムに住んでるガキはあれで全員なのか……教えてくれ」
「あの区画で考えれば、全員です。昨日の一斉摘発にて、騎士団、商業ギルド、冒険者ギルドなど、複数の組織が協力して、スラムから移動を望む12歳以下の者は保護されましたので……黙っていてすみません」
はぁ……つまり、さっきのガキ共は、最初から残る気で住み着いてた奴らってことか。
逆に言えば、騎士団も商業ギルドも理解して黙認してるってことかよ……不謹慎な考え方だが、まさかのオマケ付きってか……
「やはり、ホタルさんなら、なんて……勝手な話ですよね……もし、土地を買われるなら、あの子達は無理矢理にでも、孤児院か教会に引き取りを頼みますので……」
服の裾をグッと握るベリーさん。
「逆だ。むしろ、今はコッコ小屋を大きくしたから、人手が足りないんだ。だから、アイツらが住み込みで働く気があれば、働かせるつもりだ」
「え、それじゃぁ!」
ベリーさんがそう口にしたと同時に手洗い、うがいを終わらせたドレイク達とガキ達が戻ってきた。
まだ不安そうな表情をしてるな。
ただ、そんな表情もドレイク、ソマリ、ポメラが、おやつを手に取り、ガキ達に笑顔で手渡すと変化していく。
「マスターのお菓子はおいしいよ。食べて」
「そうだぞ! ボク達も知らなかったけど、みんなで食べると美味しいんだぞ!」
「だな! ホタルはみんなで仲良くしないと、怖いけど! 仲良いと優しいから! みんなで食べるんだぞ」
色々と言いたいが、あれも子供同士の大切なやり取りなんだろうな。
そうして、ガキ達は、用意したクッキーに手を伸ばしていく。
一口食べ始めると嬉しそうに頬張る姿が一気に広がる。
俺はその姿を見て、改めて、スラムの一区画を買うことに決めた。
「モモ、悪りい。金貨使わせてくれねぇか?」
「はぁ……先輩のことだから、そうなるとは思ってたッスよ……まぁ、断ったらチョークスリーパー、一時間の刑にしてやるつもりだったッスよ」
「よく分からないけど、主様が召される前に止める。安心して受けてください主様」
モモとエスの言葉に苦笑いを浮かべながら、俺はモモが用意した金貨40枚をガキ達が見てる前で支払う。
普通は、ガキの前でやるべきじゃないんだろうが、こいつらは、自分達で残る道を選んだんだ。覚悟がなかったなんて話にできねぇ。
「待て! あそこはおれ達の家だ!」
突然、俺の手を横から掴んだのは気絶から目覚めたカイトだった。
「ベリーさん。これで土地は俺のモノで間違いないな」
低い声で、しかし、その場の全員に聞こえるように確認する。
「はい……間違いなく、ご紹介した土地の所有者はホタルさんになりました」
落胆して、泣き出しそうなカイト、その様子を見て、お菓子を食べようとしていたガキ達も手を引っこめるとカイトの側に駆け寄る。
「カイト兄ちゃん……帰ろ……」
「カイト……いこうぜ」
そんなガキ達の声と差し出された手を、カイトは大きく振り払う。
「帰る場所なんてないんだよ! おれが……あの時、みんなバラバラになっても、孤児院に行かせたらよかったんだ……なんとかなるなんて、言わなかったらよかったんだ!」
泣き出したカイトにしがみついたガキ達も一斉に泣き出すと、不安そうに見ていたドレイクまで泣き出した。
「おい、ドレイク、ボク達がいるから泣いたらダメだぞ!」
「そ、そうだぞ、ホタルにモモ、エスもみんないるんだぞ! オイラとソマリもいるから泣いたらダメだぞ」
全員が泣き出す前に話をしないとなあ。
「泣くだけで終わりか?」
「……うるさい! お前に、お前なんかに何がわかるんだよ!」
ガキなりの精一杯ってやつなんだろうが……世の中はそんなに甘くねぇ……
「わからねぇ! むしろ、他人の気持ちを理解しろなんて、贅沢な願いは受け付けてねぇ! なにより、お前達が残るって決めただけの話だろうが!」
「……ッ、くッ……」
「いいか、他のガキ共も耳をかっぽじって、脳ミソに叩き込め! 金が無けりゃ、大切なもんは何もかもむしり取られるんだ! 飯も、家も、家族もな……小難しい話はしねぇ、単純な話だ。わかるか?」
歯を食いしばり、拳を握るカイトには悪いが、このタイミングで教えてやらないと、こいつらは食い物にされるだけの人生になるだろうからな。
「──だから、お前らが働いて、家を買い直せ!」
「え……な、なにを」
「わからねぇか? だから、住み込みで働いて、俺から土地を買い直せ。お前らの大切な家だってんなら、死ぬ気で稼いで自分の手で掴み取れって話だ」
「……本気かよ! おれ達は、働いたことなんかないんだぞ! ずっと、ゴミを漁って、泥水を飲んで生きてきたんだ……誰が雇ってくれるってんだよ……住み込み? 誰がおれらを住み込みになんかするんだよ!」
俺に掴み掛かろうとするカイトの顔面を鷲掴みにする。
「甘ったれんなッ! 人生でホームレスになったからって、腐ってんじゃねぇ! 俺が雇ってやる! 朝は早いし、仕事は厳しい。
ただし、住み込み家賃無し、3食飯付き、風呂付きだ! 文句は言わさねぇ! 泥水を啜る覚悟があるなら、食らいつけ!」
カイトもガキ共も、驚いた表情を浮かべていたので、俺は笑って見せる。
ただ、勝手な決断にモモの目が怒りに震えていた。ありゃ、マジにキレてんな……
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