82話
朝の清々しい空気と同時に煙草の煙を全身に吸い込みながら、俺はモモとエスツー……最近は長いので、エスと本人も名乗ってるな。
まあ、そんな2人を連れて商業ギルドへと向かって歩いている真っ最中だ。
「主様。もう少しで商業ギルドですから、煙草を消して、エスは灰皿を持ってきた」
「お、悪いなエス。助かる」
「先輩! ニヤニヤすると不気味ッスよ!」
モモからは、蹴りが飛んでくるが、エスがそれをガードして、2人が睨み合うという流れが毎日のお約束になり始めてんだよな……
「エス! 邪魔するなッス! 先輩とモモのコミュニケーションッスよ! ぐぬぬぬッ!」
「主様に無礼はよくない……親しき仲にも礼儀ありって言葉があると主様も言ってた! ぐぬぬぬッ!」
大通りを賑やかに移動する俺達を見て、周囲からも暖かい視線が向けられるのも慣れてきたな。
商業ギルドに到着して、中に入るとすぐに、受付に立っていたベリーさんから声を掛けられた。
「いらっしゃいませ。こんな朝早くから商業ギルドに来られるなんて珍しいですね? 卵の販売で何かあったんですか……」
多少不安げにそう聞かれたので、俺は首を軽く左右に振る。
「卵の販売所は問題ない。むしろ、商業ギルドがしっかりとした販売所を用意してくれたおかげで、助かってるくらいだ」
「それは良かったです。ギルドからしても暇な職員を販売員として派遣できているので、逆に感謝してるんですよ。あ、売上金も確認してください。ホタルさんが商業ギルドに来た際に渡すことになってたので」
今回来た目的と違うが、まぁ、いいか?
「先輩? 目的を忘れたらダメッスよ! この前も、その前も……目的を忘れて買い出しだけして、戻ってきたんッスから」
「それには、私もモモに同意、主様は、正直に言うけど、かなり抜けてるから、今回は私達が心配でついてきた」
「わかってるから、今日は一番手に商業ギルドに来ただろうが……ったく」
エスも最初は大人しかったが、まさか、モモに負けない負けず嫌いだったなんてな……困ったもんだ。
とにかく、元気な家族が増えたと改めて感じるな。
そんな俺達が、朝から商業ギルドに来たのは、店周辺の土地を安く買えないかと考えたからだ。
今の土地だけだと、どうしてもニワトリの魔物……ドレイクがコッコと呼んでるから、まぁコッコの数も増えて色々と手狭になってきたって話だな。
ベリーさんから、卵の販売代金から職員の手数料を差し引いた額を受け取ると、すぐに本題に入ることにした。
「いきなりで悪いんだが、マダムピンキーはいるか?」
「ギルドマスターでしたら、朝から調理師ギルドに向かわれたので、現在は不在です。差し支えなければ、どのような御用だったのかお聞きしても?」
「いや、単純に俺が買った土地の周辺も買えないかって相談だったんだがな」
そう告げると、ベリーさんが難しい表情を浮かべる。
「ホタルさん。はっきり言いますが……あの周辺の土地を買っても良い結果にはならないと思いますよ? 何よりも、スラムに近いという理由から、一般の方は近づきませんからね」
厳しい意見……と言うよりも、厳しい現状が目の前に突きつけられたような気がした。
言い分はわかるが、スラムだからってのが理由なら、それは違う気がすんだよな。
日本にだって色んな地域があるが、時間をかけて改善した街やエリアなんてのは山程ある。
逆に、悪いモノを悪いまま放置した結果、収拾がつかなくなるなんて話の方がよくある。
「はぁ……ですが、ホタルさん。実は、今のスラムは別の問題を抱えているんです。あまり大きな声では言えませんが、“ラッキー・アン・ラッキーバードの卵事件”で、スラムのチンピラ達が捕まったので、治安が少し良くなるかもしれないんですよ」
ベリーさんはそう口にすると、手早く引き出しを開いて、街の地図を取り出して目の前に広げる。
「ホタルさん。ここがホタルさんが買われた土地になります。見ての通り、一番壁側の土地です。その周囲から半円を作るように記したこの範囲が購入可能な地域になります」
「結構広いな?」
記されたエリアを見て、シンプルに驚いた。
ただ、その記された範囲を頭に浮かべた際に俺は多少の違和感を覚えたので、確認のために質問する。
「なぁ、ベリーさん? たしかに売り出し中だって言ったけどよ? 少なくとも人が住んでるよな?」
確認した途端にベリーさんが沈黙する。
住んでるのは間違いないみたいだな?
「因みになんだが、土地はいくらだ?」
「え、えっとですね……建物は既に価値がない状態ですので、土地だけなら、ホタルさんが以前に買われた土地と同じ範囲で一区画辺り、ゴル金貨4枚、金貨で40枚くらいでしょうか?」
かなり安い……いや、こっちの世界からしたら、それでも高いのか?
どちらにしても、人気のない土地に住民が住んだままの状態と考えるとなぁ……今の所持金を考えても、買えなくはないだろうが……
「先輩? 何を悩んでるんッスか! 悩む前に下見が基本ッスよ! 見ないで買うなんて絶対にモモは許さないッスよ」
「それには、エスもモモに賛成、主様は大きい買い物を野菜を買うように買おうとするから危ない」
モモとエスの言葉もあり、ベリーさんが他の職員を呼ぶと軽く会話をしてから、上着を手に取り、カウンターから出てきた。
「たしかに、現状を理解しないと難しいですよね。馬車を手配しますのでお待ちください」
ベリーさんはそう言うと、商業ギルドの裏手に走って行く。
「先輩、まじに買うなら、またカツカツ生活に逆戻りッスよ?」
「間違いない。モモの計算は正しい。今ある資金は金貨で180枚程度。経営者としては悪くない……ただ、余裕は少ない」
「手厳しい意見をありがとうな……たしかに、石鹸とか、ワインで、色々買った気がするが……なんか、減りすぎじゃねぇか?」
俺は頭で色々と考えるが、何故か計算が合わない気がしてならない。
「はぁ、先輩……忘れたんッスか? うちには、食いしん坊のソマリとポメラがいるッス。日々の食材に金をかけ過ぎてるんッスよ」
改めて考えると多少は納得した。肉にしても、今は狩ってきた魔物ではなく、日本で使ってた肉を※【店舗受取】のスキルで補充してるからな。
※【店舗受取】──店舗管理の対象店舗内では、一度持ち込んだ品物であれば、金銭により補充が可能。
考えれば、食いたいだけ食わせてる気がするが……それでも減りすぎだろう……
「それと主様、モモとドレイクも、主様に隠れて大量のエビとアボカドを食べてる」
「エス! アンタも蟹を煮て食べてたッスよ! モモとドレイクだけのせいにしたら卑怯ッスよ!」
うん。頭が痛くなるくらい肉も魚介もつまみ食い……いや、乱獲しまくりかよ……
いや、まじに食費に殺される日が来るんじゃないかって考える俺がいるんだが、はぁ……嫌なことは煙草で流すか。
ベリーさんが戻ってくるまで俺は煙草を吸って気持ちを落ち着けていく。
ただ、一つわかったのは、冷蔵庫に鍵をつけないとダメだなこりゃ、という事実だった。
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