80話
俺の店を中心にダンジョン化が進み、三日程が経った。
外の囲いの中に新たにニワトリ小屋が作られている。
小屋の中にはドレイク達の姿があり、元気にニワトリの魔物をお世話しているのが目に入る。
つい先日までは予想すらしていなかった光景だ。
毎朝取れる新鮮な卵と牛乳にも改めて喜びを感じる。
なによりも、このニワトリの魔物が優秀すぎた。
俺も実際に食べたからわかるが、この世界の魔物の中ではかなり美味い卵と言えた。
こちらでは、基本『ラッキー・アン・ラッキーバード』の卵がメインになる。
このリスキーな鳥の卵は若い個体だと幻覚作用や中毒性があり、早い話が薬物みたいな卵でしかない。
だからこそ、このニワトリの魔物が街に馴染み、一般的な食材になれば、卵が気軽に食べられるものになるだろう。
それと別件だが、ここ最近は街で『ラッキー・アン・ラッキーバード』の卵売りを見なくなった。
前に路地裏(46話、47話)でマダムピンキーの名前を語った奴もいたからな……商業ギルドを本気で怒らせたんだろうと容易に想像ができた。
だからこそ、今日の俺達は新鮮な朝の採れたて卵を商業ギルドに持ち込むことに決めている。
実際にここ数日で、街からは卵料理が消えてるのも問題なのだ。
非合法な手段で卵を手に入れていた飲食店なんかは、商業ギルドが本腰を入れて摘発に乗り出したせいで、かなりの痛手みたいだしな。
どちらにしても、真面目に『ラッキー・アン・ラッキーバード』を育ててた業者だけが生き残って、やばい業者が一斉摘発された事実は俺からすればチャンスでしかないからな。
俺は早速、朝から全員を連れて、商業ギルドに向かうことにした。
エスツーについても、商業ギルドには、俺の大切な仲間だと伝えておかないと、後々の取引なんかでややこしくなるからな。
って、話で商業ギルドに到着したが、入った途端に冒険者ギルドも真っ青になりそうな勢いの怒号が耳に響いた。
「いいから、とっとと! ラッキー・アン・ラッキーバードの卵を販売させろ! いくら商業ギルドだからってな! こんな横暴が許されると思うなよ!」
大柄な男性が、カウンターを拳で殴りながら、苛立ちを口に出している。
「そう言われましても、事実不正な販売をしていた業者を摘発しただけです。正規のルートでならば、卵の購入は可能なはずですが?」
そんな男の対応をするのは、ベリーさんだ。生憎と今日はブルーの兄ちゃんはいないらしいな。
「だから、それだと商売にならないんだよ! だからこそ、何とかしろと言ってんだ!」
怒り心頭で今にも掴みかかりそうな男、さすがに見て見ぬふりなんてできねぇな。
背後から男の手を掴み、後ろに捻る。
「あだだだだァ! 何しやがる!」
後ろを振り向けない状態での拘束、商業ギルドに響く怒号と痛みによる叫び声、本当に平和な商業ギルドってやつは存在しないもんかねぇ。
「ホ、ホタル様! ダメです! その方は、調理師ギルドのマスターでエリック・サバワール様です!」
「あぁ! このクレーマーオヤジがマスターだぁ!」
「誰がクレーマーオヤジだ! キサマ、こんな戯けた真似をして、タダで済むと思うなよ!」
うーん……今、手を離しても面倒だしな。ただ、離さないと話し合いにならないよなぁ。
「キサマ! 離せ、手を離せ……離してくれ、折れるぅぅぅぅ!」
情けないエリックの叫び声を聞いて、俺は慌てて手を離す。
エリックの手下みたいな連中が何かを言いたげな顔をしているが、目線を逸らすような奴は無視だな。
「悪かったな。ただ、卵の安全性を無視してまで卵を買うなんて奴が本当に調理師ギルドのギルドマスターなのか?」
俺の質問には、商業ギルドの人間だけでなく、調理師ギルド側から同行してきたであろう男達も視線をエリックへと向けていた。
「だ、黙れ! 今まで手に入っていた量が手に入らなくなれば、値段を上げねばならなくなる。わかるか! 皆が幸せになるためには、『ラッキー・アン・ラッキーバード』の卵が絶対的に足りないんだ!」
「落ち着けよ、オッサン」
「うるさい! これ以上、グダグダと言うなら、騎士団を呼んで貴様ら全員を牢にぶち込ませるぞ!」
上等きりやがったなァッ!
「先輩、悪い顔になってるッスよ。それより、早く交渉を始めるッスよ。こんなオッサンに時間を使うのはナンセンスのバイバイBッス」
「意味が分かんねぇけど、モモの言うとおりだな」
話を終わらせようとした俺達にエリックが声を上げた。
「ガキは黙ってろ! 女、子供が大人の話に口を出しよって!」
「バイバイB……のBはブラックアウトだって話ッス! モモは立派な大人だって言ってんッスよォォォ!」
綺麗に決まったな。顎に向かってのハイキックからの、回転を活かした拳での脇腹への裏拳……トドメが背後に回り込んでからの、かかと落とし……ありゃ、死んだか?
正直、そう思った。だが、次の瞬間、エリックの両手首と首に掛けられていたガラス玉が一気に砕けていくのがわかった。
「なぁ、ベリーさんよぅ? あれはなんで後から割れたんだ」
「え、あ、はい。アレは“身代わりの生玉”でして、普通は生命の危機に対して、身代わりに砕けるダンジョン産のアイテムになります。ただ……それを3つ砕いたことに驚きました……」
ベリーさんの分かりやすい説明を聞いて、モモをとりあえず、取り押さえてから落ち着かせる。
エリックを見ると泡を吹いて気絶していたので、一旦、調理師ギルドの奴らに連れて帰らせようと考えていると、ここぞとばかりにマダムピンキーが商業ギルドにブルーと共に戻ってきた。
「あら? テルテルボーイ&テルテルファミリーじゃない。しかも、新たに加わるニューフェイスッ! 知らない間に家族を増やすだなんて、衝撃的! インパクトゥゥゥッ!」
筋肉をピクピクさせるマダムピンキーに俺は今の現実を話す。
俺の説明が終わるとカウンターから、ベリーさんが話していた内容を書き出した紙をマダムピンキーに手渡していく。
「あらあら……これは、イケナイわねぇ? テルテルボーイ……なんで、こうなる前にしっかりと捕まえなかったのかしら?」
いや、モモに向かって、エリックのオッサンが何を言うかなんてわかるかぁ!
「いいかしら、みんなもよく聞きなさい! 商業ギルドから、調理師ギルドのお馬鹿さん達を逃がしたら、アタシが全力で愛の籠ったお仕置を1日かけて全員にやるわ……分かったら……調理師ギルドのお馬鹿さん達を縛りあげなさい!」
事件かよ……なんて考えていたが、それから先はあっさりとしたものだった。
騎士団の人間が商業ギルドにやってくると、あろうことか、エリックと取り巻き連中を連れて行ってしまった。
「マダムピンキー……説明してくれよ。なんで、騎士団が調理師ギルドのマスター達を連行してくんだよ」
「あら? テルテルボーイ。今回は本当に分からなかったみたいねぇ? いいわぁ!
このクラクラム・ドピンキーが説明してあげちゃうわぁ!」
そうして、始まった説明に俺は度肝を抜かれた。
あろうことか、調理師ギルドのマスターが、『ラッキー・アン・ラッキーバード』の卵を使って、裏で中毒者から金品を巻き上げていた。
その証拠をマダムピンキー本人がラッキー・アン・ラッキーバードを飼育していた裏業者から聞き出して戻ってきたのがさっきのタイミングだったらしい。
「本当にお馬鹿さんよねぇ。自分から販売を再開させろ、だなんてねぇ……まぁ、アタシは調理師ギルドのマスターが来ないなら、話なんて本来聞かないから、当然と言えば当然! 正に衝撃的なインパクトゥゥゥッ!」
結局、俺達の持ち込んだ卵については、マダムピンキーから販売登録を貰うことができた。
ただ、卵の販売許可よりも、目の前で起きたガチの逮捕劇は、本当にインパクトしかない。
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