69話
女神ネーメの言うところのイベントとやらは、俺が思ってたよりずっと早くやってきた。
「マダムピンキー。頼むよ。こいつを何とか買い取ってくれよ」
「無理よ! いくらアタシが、美しくて気高い最高のインパクトゥゥ! が、あったとしても、毒のある食材を買うなんてリスキーな真似はできないわぁ」
その日の商業ギルドは、複数の若い商人とマダムピンキーの声に皆が耳を傾けていた。
なんで商業ギルドがこんなに慌ただしいかといえば、ここ数日の間に市場を賑わせたある食材が原因だ。
その食材がこの騒動の引き金で、木の根を思わせる形の芋だ。
ただ、こいつを試食した商人達は仄かな甘みと食べ応えから、パンの代わりになると考えた。
ただ、それがダメだった。
この芋を普通に煮て食べた商人達は最初こそ問題なかったが、食後2〜4時間が過ぎた辺りで、急に激しい吐き気、嘔吐、めまい、頭痛、激しい腹痛に襲われて、回復屋に運ばれたらしい。
回復屋の話だが──
「毒物の典型的な初期症状ですね……皆様、集団で死にたかったのですか? とにかく、こんな危険な毒物を食べるなんて、頭がどうかしてますよ?」
そこまで言われ、ゴル金貨払いで助かったらしい。
結果だけ見れば、全員助かったが、商業ギルドは事態を重く考え、ギルド所属のすべての商人を集めて、例の芋を所持していないか、販売をしていないかなどの確認をしている真っ最中だ。
まぁ、例に漏れず、俺も朝からブルー&ベリーの2人に起こされて今に至る。
「お願いします。この芋に大金を出してしまったんですよ。マダムピンキー、助けてください。これじゃ生きていけないですよ」
「高い勉強代になったと思って諦めなさい。何より、誰もその毒芋を売り出してなかったことが不幸中の幸いだわ。一つでも、商業ギルドの人間が売ってたならと思うと、全身の筋肉が一斉に悲鳴をあげちゃうところだったわ」
マダムピンキーの言葉に商人達が俯き、空気が重くなっていく。
ただ、俺はこの件に口を出すべきか悩んでいる真っ最中だ。
「……」
「随分と静かじゃないの、テルテルボーイ。朝から呼び出したんだから、文句を大量に言っても構わないのよ。そう、それこそが衝撃的なインパクトゥゥッ!」
「無理に元気な雰囲気を出すなって、マダムピンキーも分かってんだろ? この芋を売りつけたやつは、間違いなく商業ギルドの人間を狙って売りつけてるんだからよう?」
静かにそう告げた瞬間、ギルド内にいた全員の視線が俺に突き刺さる。
「テルテルボーイ? 今は逆撫でするような言葉は控えなさい。それに過去の出来事よりも今後のことを考えないとならないんだからねぇ」
どうやら、マダムピンキーもこいつの正体を知らないらしいな。
話を聞いて、現物を見て、更に女神ネーメの鑑定ってやつを使わせてもらったから間違いない。この芋は『キャッサバ』だ。
日本でも馴染みの薄い食材だが、鑑定前から何となく想像はついてたからな。
「はぁ、なら聞くが? この芋の調理法、使用方法、加工について、仕入れる際に必要な内容を詳しく聞いた奴はいるのか?」
最初に気がついたが、騒いでる商人達はとにかく若い。つまりは駆け出しだろう。
「普通の商人はすぐに見慣れない品物に飛びつかないだろうし、何より様子見はどんな商売でも基本だ。なのにお前らは、味がいいからと、安く買い叩くだけで基本を忘れたんだろうが、違うか?」
その発言は、若い商人達を絶望に叩き落とすことになるかもしれないが、仕方ないと割り切れって話だ。
「……」
「何も言わないって事はそれが事実だ。ただ、一方的にアンタらを責めるつもりはないからな。知らない事は罪だ。ただなぁ、知らないなら知ればいいだけの話なんだ」
若い商人達は口を閉じたまま、僅かな沈黙が流れていく。
「なら、テルテルボーイ。アナタはこの毒芋を何とかする方法を知ってるのかしら?」
沈黙を破ったのはマダムピンキーだった。
「知識だけしかないが、食べられるようにする方法は知ってるぜ」
「腕組みしたまま、アタシに返事なんて生意気なテルテルボーイね。でも、その答えは最高に衝撃的なインパクトゥッ!」
俺とマダムピンキーの会話を聞いた若い商人達が顔をあげると、すぐに質問をしてくるが、それをマダムピンキーが止めた。
「待ちなさい! これはアンタ達が招いた未熟の結果よ。分かるわね? 情報はタダじゃないわぁ! テルテルボーイから、解決策を聞きたいなら、1人銀貨1枚を支払いなさい!」
「おい、マダムピンキー!」
俺が名前を呼んだ瞬間、マダムピンキーは真っ直ぐな瞳で俺を見つめた。
「1人、銀貨1枚はたしかに安いと思うわ。ただ、この子達は、本当に駆け出しなのよ。テルテルボーイ、集まった金額に不満があれば、ギルドマスターとして話を聞くわ。だからお願いよ」
はぁ、勝手に話を進めるのは勘弁してくれ。
「ちげぇよ! 調理法は教えるが別に見返りを求める気はねぇって話だ。ただ、素人が手を出すには危ない食材なんだ。だから料理に心得があるやつを集めたい」
こうして、ギルドの空気がガラリと代わり、若い商人達は急いでギルドから飛び出すと嫁や恋人を連れて戻ってきた。
嫁や恋人がいるなら、もう少し考えて動けよな……
結局、そこからは俺がキャッサバについて説明をしていくことになった。
皮に毒がある事実に、商人達が連れてきた嫁さんや、彼女さん達からは悲鳴に似た絶叫も聞こえたが気にしたら負けだ。
とにかく、このキャッサバ……いや、キャッサバもどきの捌き方を教えていく。
「この芋は、皮に毒があるが、しっかり水で洗えば大丈夫だ。だから、手に傷がある人は絶対に触らないでくれ」
そうして、俺は皮の厚みなどを注意しながら、手本を見せていく。
「あの? こんなに厚く剥いてたら、食べる部分が少なくなってしまいませんか?」
そんな質問が女性陣から飛んできたが、俺は即答する。
「薄く切れば死人が出るぞ。むしろ、中心部分にある白い部分しか食べれないと思ってくれ」
皮を剥き終わったキャッサバもどきをカットして水に晒してから、包丁をしっかりと洗っておく。
湯を沸かし、水洗いした包丁にかけてやる。
「こうやって、洗った後に湯を流せば、完全に毒は流せる。だからこそ、皮の処理だけはしっかりやらないとならないがな」
そんな言葉にマダムピンキーがある提案をしてきた。
「なら、皮の処分はスライムを使うのがいいかも知れないわねぇ。スライムは毒草も薬草も関係なく溶かすものね」
まさかのスライムかよ……ただ、スライムなら問題ないかもな。
キャッサバもどきの皮の処分方法が決まり、いよいよ試食段階に入る。
水に晒しておいたキャッサバもどきを沸騰させてやり、しっかり熱を通していく。
茹でたキャッサバもどきをそのまま食べるのもいいが、いくつかは細切りにしてから、油で揚げていくことにする。
軽く塩を振れば、フライドキャッサバもどきの完成だ。
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