64話
俺は静かにすき焼き鍋を見つめてから、すき焼きを作っていく。
次第に広がる甘辛い香り、肉と野菜が楽しそうに鍋の中で踊っている。
最初こそ、ギョッとした表情を浮かべていた『黒龍の息吹』の面々も俺が手際よくすき焼きを作る姿に興味を示すように見ていた。
ナンシーさんが唐突に質問をしてきた。
「なんなの……なんでそんなに美味しそうに作れるのよ! 前にミラが作った時は、匂いは薄いし、具材だって……全部、ボロボロに煮込まれて単なる薄味のスープだったのに!」
「ナンシー! 酷いよ! そこまで言わなくてもいいじゃないかぁ、少し火力を間違えたから、冷まそうと水を足したり、具材が大きいかなって刻んだりはしたけどさぁ」
話を聞いていてわかった。ミラさんは“やらかすガールタイプ”だ。
とにかく、話を聞いていけば、前回の食事で散々な料理だったから、あんなギョッとした顔をした訳だな。
「前回の味は分からないが、なんなら味見するか? 少し少ないが、みんなで分けられるくらいはあるからな」
ナンシーさんが他のメンバー全員に視線を向ける。
自然とメンバー全員が頷いたので、俺は小鉢に少量を盛っていく。
流石に10人で、一つの鍋を分ければ少なくもなる。
締めのうどんは……無理だな、こりゃ。まぁ、うどんがあるかも分からない以上、考えても無駄だな。
その後は、ミラさんの作った前回のすき焼きと俺のすき焼きが比べられることになり、ミラさんに罪悪感を感じるばかりだ。
そうして、次に運ばれてきたのは、作られた状態の『ヨセナベ』と書かれていた鍋だ。
予想通りの彩りに葉野菜とそうではない派手な色の野菜が煮込まれ、魚介類と肉、キノコと色がカラフルなことを除けば間違いなく寄せ鍋だった。
気になるのは、当然だが、その味だ。
少なくとも、こちらの世界に来てから醤油や味噌なんてものは見つけられてない。
そうして、汁を掬い、器に移してから、ゆっくりと口へと運ぶ。
僅かに魚介類と鳥の中に海藻の出汁を感じた瞬間、俺は小さな涙を一筋流してしまった。
それが汗かどうかなどは、たぶん、俺にしか分からないだろう。
ただ、そこには間違いなく忘れると決心した日本に繋がる味があり、色味が違えど鍋という形で俺の前に顕現した事実に衝撃を受けてしまった。
意識が吹き飛びそうになる俺に、モモからの軽い肩パンが入り、意識がはっきりする。
「どうしたんッスか、先輩? 味見で天に召されるとか、少年漫画でも最近は見ないッスよ。むしろ、そんなネタで笑いは取れないッス」
またわけの分からないネタを持ち出してきたな。
「まぁ、いいから食ってみろって、そしたら、きっと分かるはずだからな」
モモは言われるままに鍋から自分の分を盛ると、箸で魚を掴み口に運ぶ。
「先輩! 大変ッスよ! この大根……めちゃくちゃ甘いッス」
モモの言葉に対して、ドレイクと獣人コンビの2人が頷くと慌てて、鍋から自分達の分を取り、食べ始める。
「マスター、大変、美味しい……」
「美味いぞ! なんですぐに教えないんだよ。優しさが足りないぞ! ツルツルのホタル!」
「違うよ。ソマリ! ホタルはピカピカだけど、優しいぞ! それより早く食べないと無くなるよ!」
俺の周りでガヤガヤと賑やかに鍋を頬張る4人の姿に俺は軽く微笑む。
そうして、寄せ鍋があっという間に無くなっていた。
俺達の食事風景を見ていた『黒龍の息吹』の面々からメニューを渡される。
ミラさんがにっこりと笑う。
「ほらほら、食べ盛りの仲間に料理を食べられたら、遠慮しないで追加するんだよ!」
そうして、楽しい時間は瞬く間に過ぎていき、周りを見れば、食事に満足したのか、モモとドレイク、ソマリとポメラは気持ちよさそうに寝息を立ててしまっている。
酒を飲んでいたこともあり、ナンシーさんやミルガニアさんからも同様に寝息を漏らしていた。
この場で起きているのは、俺とバギッド、ミラさんとスリンガーさんだ。
そんなスリンガーさんが不意にバギッドに声を掛ける。
「悪いんだが、バギッド、みんなを見ててくれないだろうか? ホタル殿とミラの2人に話があってな」
「なんだよ。しゃあねえな、ここは見ててやるから、早く行って来いよ……」
俺はそのやり取りに多少の違和感を感じたが、バギッドは、そんな俺の表情を感じたのか、俺に向けて声を掛けてきた。
「そんな顔すんなって、チビ達が目を覚ましたら、ちゃんと、すぐに戻るって伝えてやるからよ」
そう言いながら、バギッドはメニューを開き、酒と簡単につまめるものを頼んでいく。
俺はスリンガーさんに言われて店の外へと移動していくことになり、俺の後ろからはミラさんがついてくる。
店から少し離れた暗がりまで、移動するとスリンガーさんは真剣な視線を俺に向けてから質問をしてきた。
その内容に俺は驚愕した。
「名前からも、もしやと思って気になっていたが……苗字があったりしないだろうか?」
“苗字”という言葉に俺は驚きを顕わにしてしまった。
「やはりか……日本からの転生者か、転移者って認識で大丈夫だろうか?」
「スリンガーさん……アンタもまさか……」
「やはりか……ホタルさんもこのゲーム『異世界騎士のマイライフ』に飛ばされたのか……まさか、私達同様に転生させられた人だったなんてな」
話が噛み合わねぇ……何言ってんだ。こいつら?
俺1人だと話が理解できないため、モモを起こして連れてくることにした。
「なんッスかぁ……眠いんッスけど」
「悪い、ただ……モモがいないとダメなんだ!」
「な! いきなり、何を言い出してるんッスかぁ!」
俺はモモを連れて裏路地へと戻り、話の続きを聞いていく。
「先輩……この人達って、あれッスか? 厨二病ッスか?」
モモはそう言いながら、軽く悩むような仕草をすると、ポケットからメモ帳を取り出して、内容を整理するために書き出す。
「早い話が、モモと先輩がいる世界は、ミラさん達がい《・》た《・》日本のバーチャルリアリティゲームの作品ってことで合ってるッスかね?」
モモの確認についてだが、俺も同じように考えた。少なくとも、俺が暮らしていた日本に完全なバーチャルリアリティなんてのは、存在しなかった。
ミラさんとスリンガーさんの話だと、完全ヘッドギア型の機械を使って、脳波をどうにかするらしい。
「はぁ、先輩……これ、ヤバい話ッスよ……今更ッスけど、この世界って、他のパラレルワールド日本とも繋がってる感じッスね」
「ふむ……悪いんだが、まったくわかんねぇ」
そう返事をした俺にモモが呆れたように溜め息を吐いてきた。
「早い話が、ゲームの世界が現実になった場所にモモ達は飛ばされたんッスよ」
つまり、俺達、ゲームデビューしちまったのかよ!
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