17話
アルムさんを叱り、その後に他の兵士連中にも、しっかりとショーケースに触らないように釘を刺してから、俺達はドルミールの街から移動を開始した。
ただ、爺さんの心遣いで、商会の荷運び用の馬車を3台と馬を操る馭者さんを手配してもらった。
最初、俺は断ったが、爺さんとモモから猛反対を受けた。
「馬鹿言わないでください! 先輩、いいッスか? あの人達とこれ以上旅が長引いたら、本当に干上がっちゃうんッスよ!」
「そうだぞ若いの、余り言いたくねぇがな……話を聞いた限り、ありゃ、世に言う“金獄”だ。今のままだと、金だけでなく体ごと蟻地獄みたいに吸い込まれちまうぞ?」
また、わけの分からないことを……反論しても無駄だなぁ、しゃあねぇな。
意見は完全に無視され、準備が整うと俺達は馬車で移動を開始した。
見送りに爺さん、宿屋のおっさんと女将さんが来てくれたのは意外だったな。
ドルミールを出て半日が過ぎ、俺の横でスヤスヤと眠るモモとアルムさん。
モモは分かるが、アルムさんは本当に騎士なのか、毎回疑いたくなるな。
馬車は畦道を進み、長閑な風景が広がっていく。風に靡く一面緑の草原に俺は柄にもなく感動した。
「すげぇな! こんな一面緑、田植えのシーズンしか見たことないぞ!」
俺が外の景色を見ようと動いた瞬間、寄っかかっていた2人が欠伸をしながら目を覚ます。
「うるさいッスよ……先輩、何事ッスか?」
「どうしたと言うんだ、ホタル殿?」
「あ、悪ぃ、なんだか壮大な景色に感じちまってな」
俺の視線の先にモモが視線を向ける。
「なんで、こんな草ぼうぼうな景色に興奮してるんッスか……モモでも、今の先輩が何を考えてるか分からないッスよ」
「私は分かるぞ! 壮大な景色には、そう……開放感があるからな。何よりも心に蘇る訓練の日々、あれは──」
アルムさんの訓練時代の話が始まったが、とりあえず長くなりそうなので、俺は右から左に流していく。
悪いとは思うが、人の若い日の思い出は本人の美談であり、異世界から来た俺達が聞いても共感するのは難しいからだ。
「お、随分デカい池があるんだな。ピクニック気分できたら、いい休日になりそうだな」
「ん、ホタル殿? この辺りは湖もなければ、池もない場所だぞ。何を見ているんだ?」
アルムさんの言葉に俺は視線の先を指差す。
指差した方向を確認するように馬車の荷台から身を乗り出す。
アルムさんがすぐに声を上げる。
「あれは、全員迎撃態勢用意ッ! ブルーパレードだ!」
声が叫ばれると同時に兵士連中が武器を握り、角付きのヘルムをしっかりと被っていく。
まるで映画のバイキングかって思ってしまうやる気に満ちた姿に俺は何事かを確認する。
「アルムさん。何が始まるんだ! 敵なのか!」
「ホタル殿、お手柄だ! ホタル殿が見つけたのは、スライムの群れだ。気づかずに背後を取られたら厄介な状況になっていたかもしれない。早くヘルムを被るんだ」
アルムさんはそれだけ言うと馭者さんに向けて指示を出していく。すぐに馬をゆっくりと減速させる。
馬の動きを感じ取ったように池だと思っていたそれが一気に動き出していくのが分かった。
「あれがスライムなのかよ!」
「先輩! なんであんなのを見つけるんッスか! 指を差したりするからッスよ! 人を指差したらダメって知らないんッスか!」
「いや、あれは人じゃねぇだろうが!」
「2人とも、静かにしないか! そんなに騒いで刺激したら……マズい、総員散らばれ! この馬車が標的にされたぞ!」
アルムさんの声に馭者が馬を完全に停止させて駆け出し、アルムさんも馬車から飛び降りる。
俺も慌てて、馬車から飛び降りようとした瞬間、慌てたまま動けないモモに気づく。
だぁ……モモのやつ! 逃げる方向に迷ってんのか!
「モモ!」
「え、先輩……」
モモの手を引っ張って引き寄せた瞬間、馬車の真横までスライムの大群が迫ってくる。
「先輩ぁぁぃぃ、モモは死ぬまで先輩と居られて幸せだったッスぅぅぅ」
「縁起でもねぇこと、叫んでんじゃねぇぇぇッ!」
俺は片手でアルムさんが渡そうとしていたヘルムを掴むと肩に力を込めてから大きく足を前に出す。
ビュンッ!
風切り音が俺の耳にまで響きやがる!
視線を正面に向けた瞬間、俺はオーシャンブルーの飛び散るネバネバに全身を包まれる。
「先輩の馬鹿ぁぁぁ! モモは先輩に汚されたッスぅぅぅ!」
「人聞きの悪い言い方すんなっての!」
俺とモモはヘルムの衝撃で吹き飛んだスライム塗れになっている。
因みにモモは、ずっと俺をポカポカと拳で叩きながら、その場の連中に汚されたアピールをしてるもんだから、手に負えない状態だ。
「まぁ、モモ殿……その無事だったんだから、ホタル殿に当たるのは良くないと思うぞ?」
「アルムさんには分からないんッスよ……先輩が放って、モモがベタベタなんッスから! アルムさんはしっかり逃げて無事じゃないッスかぁぁぁ!」
「だから、人聞きの悪い言い方すんなよ。それより、アルムさん? なんで他の連中はスライムの残骸を集めてるんだ?」
俺は八つ当たりをするモモにポカポカと殴られながら、スライムの残骸を集める兵士連中について質問をする。
「あぁ、あれは多分懐かしんでるんだな。私が話した内容にあったスライムを食べたというやつだ。兵士は皆、最初にスライムから討伐するからな」
たしか、右から左に聞き流した話にあった気がするな?
「あれを食べるんッスか……絶対に草の味しかしなそうなんッスけど」
「モモ……流石に失礼だぞ? 悪ぃ、アルムさん。それでどうやって食べるんだ?」
「あぁ、やり方は単純でな、スライムのコアを破壊して残った部分を茹でるんだ。するとトロミが出てくる。あとは塩と食べれる野草を一緒に煮れば、兵士が最初に教わる野営食の出来上がりだ。まぁ、あまり食べる機会はないがな」
「味はどうなんだ? 俺にはまったく想像できないんだが?」
「味は無味だな……まぁ非常時に食べる為のものだからな」
話を聞いて、モモが「やっぱり、普段から食べないんじゃないッスか」と言うと、アルムさんは軽く笑った。
「スライムは安全な場所を好むからな。危険な任務に就くようになれば、自然と食べられなくなるのさ」
その返答に俺は改めて、異世界にも理不尽な一面があるんだと察した。
ただ、そんな俺の考えを形にしたように周囲で始まったスライム鍋に俺は不安を感じている真っ最中だ。
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