1-13話、笑顔の食事はウルフから!
いきなり呼ばれた厨房で主人のおっさんから、言われたのは予想外な言葉だった。
「兄さんよ! アンタの仲間がオレの料理にケチを付けたのは聞いてんだろ?」
「あぁ、それを聞いて急いで謝罪に来たんだ」
「そうか、だがな……逆に知りてぇ! オレは料理の味には自信がある。だが言い合いになった際に兄さんの料理の味を説明されてな、悔しいが自分の目で見ないと納得できないんだ」
そこまで言われて、俺は厨房に立たされた意味を理解した。
話しながら俺は厨房を目で確認する。一般的な調味料類は揃ってるのか、調理器具はどうか、そんな感じに視線を泳がせて違和感を感じて口にする。
「なぁ、おっさん? 白ワインはあるのに、なんで赤ワインは置いてないんだ?」
主人のおっさんはその質問に首を傾げた。
「当たり前だろうが? 料理には透き通った白ワインを使うだろ? 赤ワインは色も味も強すぎるからな。何より、赤は手頃な値段で誰でも飲むのが常識だからな」
つまり、あれか? 赤ワインを料理に使う習慣がないのか? 白ワインですべてを調理してるって話だよな?
俺はそこで、安い赤ワインを化けさせる為の秘策を教えてやることにした。
「悪いが、表の常温で置いてあるワインを1本使わせてもらっていいか?」
主人のおっさんは眉間にシワを寄せたが、頷いてくれた。
「モモ、悪ぃ。1本持ってきてくれ!」
「いきなり人を顎で使うのはよくないッスよ! まぁ、モモは先輩の右腕ッスから、従ってあげるッスよ」
モモからワインを受け取り、瓶の温度を手で確かめる。
「十分だな……あとはこれを仕込むとするか」
厨房にあった泡立て器、通称ホイッパーとボウルを用意すると俺はワインのコルクを抜いていく。
こいつを使って、この赤ワインを肉料理に合う形に近づけていくことにする。
ワインを深めのボウルにすべて移す。勢いよく戻して空気を入れてやる。
ホイッパーで全体が軽く泡立つまで、10秒〜20秒ほど勢いよくかき混ぜる。
ただ、溢れたら台無しだからな。しっかり押さえながらの作業になるから、油断大敵だからな。
それからワインを少し休ませる。泡が落ち着くまで2分ほど放置するのがコツだ。
因みに使わない分は、ボトルに戻せばいいが、こっちの世界に漏斗みたいな道具はあるのか?
「なんでこんな事をするんだ?」
「激しく空気に触れ合わせることで、安いワイン特有のツンとした酸味とアルコール臭が飛ぶんだよ。これで、渋みを際立たせられるし、まろやかなのに不思議とドッシリとした感じの味わいになるんだよ。まぁ、試してみたら分かる話だ」
フルボディワインには、遠く及ばないだろうが、少しでも雰囲気は出るだろう。
主人のおっさんにグラスを借りると、レードルで泡立てた後のワインを注いで手渡す。
「百聞は一見にしかず、まずは飲んでみてくれ」
「何が違うってんだ……ワインを無駄にしただけじゃないか」
受け取ったワインを主人のおっさんが苦々しそうに口に運んでいく。
すぐに表情が変化するが、無言なんだよな?
そのまま、2口目を飲み込むと主人のおっさんは突然、表側に早足で歩いていく。
俺が呆然と動きを見ていると、すぐに新しい赤ワインを手に戻ってきた。
そのまま、無言でコルクを素早く開けると、別のグラスに注いで口に運ぶ。
「……おい! 何がどうなってる!」
そう声に出され、俺は驚きながら主人のおっさんに視線を向ける。
「兄さんよぅ! 同じワインなのは間違いねぇ! なのになんで違うんだ!」
「落ち着けって、言いたいことは分かる……なんて言うべきか、化学反応ってやつで、俺にも説明できないんだが、とりあえず、ドッシリでガツンってなるんだ」
「先輩……それ、マジに語彙力が小学生で、CMでしか聞かないやつッスよ……」
僅かな沈黙が流れた後に、モモの両頬を軽く引っ張って、悪い口を黙らせてから、俺は主人のおっさんに喋りかける。
「まぁ、分からなくても今の手順でやれば、変化するんだ。ただ、このやり方はワイン本来の寿命を縮めるやり方だ。使う分以外は絶対にやったらダメだ」
主人のおっさんは真面目な表情で真っ直ぐに俺に視線を向ける。
「いいのか、こいつは……料理人の技術。つまりは兄さんの秘匿してる技術だろうが、オレみたいな宿屋の主人が知っていい技術じゃねぇだろうに」
「ん? いや、俺が考えたわけじゃねぇからな。むしろ、おっさんは料理に魂込めてんだろ? なら、問題ねぇだろうさ」
そこから、肉の仕込み方や、筋切りがなぜ必要かなど、俺が話せる範囲の知識を主人のおっさんに教えることにした。
最後に厨房にあった肉を使って、一品を作ることになり、煮込み料理を仕込んでいく。
仕込みが済むと、待っている間に主人のおっさんの昔話が開始される。宿屋を継ぐために料理人として店を持つ夢を諦めた話や、奥さんと喧嘩して仲直りをした話など、長々とたっぷり2時間コースになった。
そうして、満足そうに笑みを浮かべた主人のおっさんと、聞き疲れて眠気眼のモモが料理より先にできあがってしまい。俺は苦笑いを浮かべた。
だが、その2時間で、肉にしっかりと火が通る結果になり、『ウルフ肉のビーフ無しウルフシチュー』が完成する。
俺とモモも主人のおっさんと一緒にウルフシチューを晩御飯として食べていく。
臭みは多少あるが、噛みごたえがありながら、柔らかい肉に俺は驚かされた。
俺が驚く横で、モモが2杯目のおかわりを皿に注ぎ、主人のおっさんは更に泡立てたワインを飲んで上機嫌に笑っていた。
「兄さん! アンタはスゲぇ! オレは料理に限界を感じてたんだ。なのによぅ……こんな技術を知ったら諦めたくなくなっちまうじゃねぇか」
「おっさん。料理ってのは、十人十色って言ってな。誰かの形が絶対じゃないから、おもしれぇんだ! 俺もおっさんも、まだまだ先があるって話だな」
俺とモモ、主人のおっさんは笑いながら、ワインとウルフシチューを楽しんだ。
ただ、俺? なんか忘れてる気がするんだよなぁ……なんだっけか? まぁ、今は異世界の味を噛み締めるだけに集中だな。




