127話
──箱の主──
一般人の彼は本当に豪胆な男だったな、本来ならあのような無駄な時間は避けるべきなのだろうが、実に面白い男だった。
豪華に彩られた室内には通信魔導具でのやり取りを無言で聞いていた執務官達の姿があり、静寂から解き放たれた1人の執務官が通信魔導具を手に微笑む初老の男性へと語り掛ける。
「よろしかったのですか……バウリム・ラデール団事最高審議官、 あのような発言を信じるなど……」
「何が問題なのかね? 実に素晴らしい気分だというのに……」
「し、失礼いたしました……」
執務官が青ざめた表情を浮かべると、バウリムは軽く目を細めて、口角を吊り上げる。
「なぜ謝るのかね……キミは正しいと思ったから発言したのだろう? それとも、嘘偽りをもって、私を蹴落としたいとでも考えたのかね」
低く掠れたような話が無音に近い室内にゆっくりと重々しく広がっていく。
「そんなことはありえません! 嘘偽りなく真実をもって発言しております!」
「そうだよねぇ、いやぁ、よかった……優秀な人材は失った後の穴埋めが大変だからねぇ……実務にしても処理にしても、キミが素晴らしい判断をしてくれて嬉しく思うよ」
「は、はい! これからも手足となり結果を残す為に歩ませていただきます!」
「素晴らしいね……さて、では……発言を再確認といこうじゃないか、発言途中に口を挟んで済まなかったねぇ……さぁ、発言したまえ」
再度室内の空気が凍りつくが、それすら楽しむようにバウリムは安らかな笑みを執務官へと向ける。
「はい。ライム支部、前支部長であるサンセル・ラーガッシュについてですが、本来の計画と違い自由の身となり、同時に死亡予定であったテイユ・アナン改め、ユエツ・アナンも生存している現状でそれを知る人物がいるのは、危険だと進言いたします」
「あぁ、そんなこと? 別に構わないじゃないか……元々、サンセルは、優秀で行く当てを決めるのが厄介すぎたから、仕方なく処分しようとしただけだしねぇ」
本来、サンセル・ラーガッシュは実力と部下からも信頼されている男だった。
その反面、欲に無頓着であり、上に立つ人間として扱いづらい存在でもあった。
別の支部に移動させる提案も出ていたが、それは別の支部長を解任することになる。
仮に他の支部へと移動させて支部長の席を用意すれば、サンセルという男を特別扱いすることに他ならない。
また、他の支部の副長に据えるとしても、実力があり過ぎる為に扱いづらいという他なかった。
だからこそ、扱いに困る存在は処分する方が安全だと、バウリムは判断した。
しかし、その判断に善も悪も存在しない。あったのは単純な天秤であり、扱い易いか扱いづらいかだけだった。
実績があるからこその、扱いづらさが今回の判断に繋がっていた。
そして、一番の決定理由は、騎士団からすれば、ライム支部で起きた問題の火消しだった。
過去に同様の処分が決められてきた支部長級の者達と同じようにその身をもって問題の火消しとして存在その物を贖罪とさせるつもりだった。
「しかし、1つ予想外な展開があったのも事実だよねぇ……ゴードン君と話している際に割り込んできた名無し君は本当に愉快だったよねぇ?」
「愉快ですか……私からすれば、バウリム・ラデール団事最高審議官に対して、失礼極まりない発言をした存在だったと認識しておりますが……」
「はぁ〜キミは、少し頭が硬くて、柔軟性が足りないらしいねぇ……よく考えてみなさい。最初からアナン君が選ばれた時には、その存在は死亡扱いになっていたんだよ? わかるかい」
「はい、間違いありません」
「だよねぇ……それをだよ、名無し君は、アナン君の前で、死んだと承諾させたんだ……クックック、アハハ、傑作じゃないか……しかも、新たな名を求めるだけだなんて……世の中には、死んでも気づかれないような存在がいるというのにだ!」
明るく笑うバウリムに周囲はどう反応するべきか悩むように笑みだけを浮かべていく。
「取り乱したねぇ……ただ、1つ残念だと思ったのは、元々、1人で生きる道を選び、他者との繋がりが薄く、身内すらいないアナン君が最後に本当の意味で終わりを迎える姿が見れなかったことだねぇ……あぁ、それだけが……心残りになりそうだ……」
「でしたら、バウリム・ラデール団事最高審議官、今からでも暗部を送り、確実にテイユ・アナンと名無しの男を始末させましょう!」
「はは、その心配はいらないさ……それにねぇ……今から、やるべき事があるからねぇ……」
「やるべき事ですか?」
「あぁ……名残惜しいねぇ……まぁ、キミの名前はあまり覚えていないんだがねぇ……名前を間違えるのは、本当にいただけないよねぇ?」
執務官の男に次の発言の機会は与えられなかった。
バウリムは、右手を男に向けて数回交差させる。
周囲から笑みが消え、各自の呼吸音が必死に肺に押し戻されていく。
「さて、室内が汚れてしまったねぇ……悪いが誰か掃除と穴埋めを頼めるかい?」
すぐに1人の執務官が前に出て、同僚だったものを片付け始める。
「彼の家族にも任務中の悲劇としてシナリオを作ってあげておいてねぇ……騎士団の人間には悲劇と勇猛さ……なにより、称賛が必要だからねぇ……そうだ、アナン君の為にやるはずだった葬式を彼にプレゼントしよう……すべてが上手くいったねぇ」
バウリムは、その場にいる誰よりも楽しそうに笑っていた。
騎士団の上層部を支配する権力者であり、騎士団のナンバー2であるバウリム・ラデール団事最高審議官の行動に対して、誰1人として意見を述べる者はいなかった。
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