123話
──続サンセル支部長視点──
未だに外は騒がしいらしいね。素直に朝日を待ち、私がライムの住民に向けて解任された事実を伝えるだけで終わるだろうに、困ったものなのだよ。
夜空の月明かりが雲に遮られ、星の輝きのみが街を僅かに照らしていく。
「時間とは……早く過ぎて欲しいと願う時ほど、ゆっくりと流れるのだから皮肉だね……」
執務室の扉がノックされ、エレガ副長が入ってくる。
「サンセル支部長、失礼いたします。先程まで表門にて騒いでいた視察官護衛騎士達が帰ったようです」
「そうみたいだね……意外に諦めが早くて助かるのだよ」
「あまりにあっさりと後退した事実が多少、引っかかります。サンセル支部長、放置でよろしいのですか?」
エレガ副長は真面目だが、たまに危ない思考になるのだよ。
「無理に魔物の巣をつつけば、人が餌になる……帰ったなら放っておきなさい」
「はい。立場を弁えない失言をいたしました。失礼いたします」
静かな夜のままに終わってくれたらよいがね。朝がこれほど待ち遠しいのは、『国喰い』との戦いに投入された日以来かもしれないねぇ。
真夜中になり、日の出まで残り1〜2時間と迫った頃、騎士団の中に聞き慣れない罵声と緊迫した騎士の声が響いた。
「何事かね!」
急ぎ廊下に出てすぐに駆け出した。
最悪を考え、テイユ・アナン視察官の眠る部屋に向かう。
そこで私が見たのは、黒いローブを纏い、顔を隠した数名の刺客であろう者達が騎士達を相手に剣を交えている光景だった。
「何者かね! ハァッ!」
質問はするが、答えを全員に求めるつもりはないからね。
一番近い位置にいる刺客に踏み出し、相手が身構えた瞬間に身体を捻り、更に奥にいる刺客側に迫り、問答無用に切り伏せる。
「なぁ! ぐあッ……」
本当に……巣穴をつつかれるのは、面白くないねぇ。ましてや、招かれざる客ならば、尚更だからね。
「改めて、騎士団ライム支部、支部長──サンセル・ラーガッシュ! さぁ、死ぬ前にそちらも名乗りたまえ」
「くっ……」
刺客側が距離を取るのがわかる。当然の判断だね。
「名乗らないなら、構わないよ! ただ、だからと言って、無粋に踏み込んできた者を逃がすなど、ありえないのだよ」
次の刺客の首を飛ばし、一気に指示者だと思われる男の前まで踏み込む。
その瞬間、私に向けて男が笑ったのが見えたのだよ。
刺客達が、球体型の魔導具を私に投げつけてきた次の瞬間、眩い光が視界を白く染め、すべてが音と香りだけの世界に変わった。
「よし、今だ! 騎士に構うな。標的を殺せ!」
声のする方に視線を向ける。ただ、部下達の声も留まらない今、下手に動けないのも事実だね。
「騎士団は皆、口を閉じ、動くことを禁じる!」
敵を前にして、視界を失った部下にするべき命令ではないのだがね……残り数時間の私に命を差し出せと言っているようなものだから……世知辛いねぇ。
一瞬で周囲の音が消えていき、少数の足音が同じ方向に移動していく。
音だけを頼りに足を前に進め、剣を振り抜く。
刺客の声が響く視界の消えた世界で、怯えながら、必死に息を殺そうとする少女の息遣いが聞こえる。
位置を即座に確認してから側に近づき、声を掛ける。
「失礼するのだよ。テイユ・アナン視察官であってるかね」
「あ、あ……は、はい……僕で……す」
確認が取れたことに安堵する。しかし、最悪な状況なのは間違いないね。
その間にも、私の周りに複数の足音が円状に集まっているのがわかるねぇ……
ただ、今いる場所はテイユ・アナン視察官にあてがった部屋であり、部屋の形を考えれば、窓の位置はすぐ側だね。
「すまないが、ベッドはどちら側にあるか教えてくれないかね?」
小声で質問をすると更に小さな声で、返事が返された。
歩数を頭で計算し、テイユ・アナン視察官を脇に抱えると、すぐに出入口に視線を向ける。
私の動きに合わせて、足音が移動した瞬間、僅かに足音がしなかった方向に駆け出し、剣を大きく振り払う。
壁を切った感覚が手に伝わった次の瞬間、バリンッと、硝子が弾ける音が鳴り、頭を下げて飛び、背中側から窓を突き破る。
3階にあった部屋から落下することで背中側から風が下から上に駆け抜けていく。そんな感覚もすぐに中庭の木々に叩きつけられる感覚に変化する。
「ぐぅっ……流石に痛いねぇ、歳を取ると中々に身体に響くものだよ」
「あ、あ、サ、サンセル支部長……僕、あ、あの……」
「テイユ・アナン視察官、大丈夫かね……」
「僕は大丈夫……それより、それよりも……お腹から血が……だ、誰か──」
慌てて、テイユ・アナン視察官の口を私は塞いだ。
「すみませんな……まだ近くに敵がいるでしょう……大声はなりませんなぁ」
本来ならば、誰かを呼んでほしいが……襲撃者の中には、ライム支部の制服も混じっていたからねぇ、本当に部下を信頼し過ぎて、間者に気づけないとは……ぬるま湯に浸かりすぎてたようだね。
「悪いのだが、中庭に倉庫があるのだよ……そこまで案内して貰えないかね……まだ視界がぼやけていてねぇ」
テイユ・アナン視察官が頷いたのを確認してから、手を離し、僅かな距離を移動する。
倉庫を開き、床の板を外す。
「え、これって……」
「視察官、騎士団にも、貴女のように重鎮が来られることがあり、非常時の避難路が存在するのだよ」
倉庫の扉を閉めてから床下に降りる。大人が1人何とか通れる程度の通路が奥に繋がっており、光などはない。
「すまないのだが、壁にランタン型の魔導具がある筈なので、作動させて貰えると助かるのだよ」
暗闇が続く通路をランタン1つで先に進んでいく。
テイユ・アナン視察官が私の後ろから、光を照らしているのだろう。
ギュッと掴まれた小さな手から僅かに滲む汗が、ズボンを湿らせる。
「本当に済まなかったねぇ……敵はいないから大丈夫だと言ったのに、無様でしかないね」
「え、いえ……あれって……やっぱり僕を探してたんだよね……殺そうとしてたんだよね」
私は返事を返さない選択をしたのだよ。今返事を返されたら、小さな視察官はきっと壊れてしまうだろうからね……
「……サンセル支部長……アナタは家族とかはいるの……」
不意に聞かれた質問に私は少し困ったのだよ。そんな質問は長くされたことがなかったからね。
「そうだね。家族が妻や子を指すならば、居ないねぇ。恥ずかしながら、仕事が家族として生きてきたからねぇ、つまらぬ男なのだよ」
「なら、なんで……解任を受け入れたのさ、そんな大切な場所なら……」
既にテイユ・アナン視察官が落ち着いていることを確認して、答えを伝えることにする。
「受け入れないと……あの後、すぐに視察官が消されてしまったかもしれないからねぇ。次の日まで頑張れば、キミを助けられると思えば、騎士なら悩む必要すらなかったのだよ」
そうして、通路の出口が見えたらしく、テイユ・アナン視察官が私の手を引いて駆け出した。
出口は、スラム街に近い水路の入口に繋がっていた。
「私も初めて使ったが、こんな場所に繋がっていたのだね……」
そんな私の声に背後から声が掛けられる。
「組長、水路から人が出てきたよ!」
「マスター、誰かいる」
「なんだ……どうしたってんだ? って、サンセルのオッサンじゃねぇか……それと僕っ子も……朝から何してんだよ……朝市にきたって感じじゃねぇよな」
私は腹を抱えて笑いそうになっていた。大男君の顔を見て、嬉しいと思う日がくるなんて思わなかったからね。
「すまないが、視察官を頼むのだよ……私は少し、やる事が──」
「おい! オッサン! ドレイク! すぐにモモとビッグブルを呼んできてくれ!」
相変わらず騒がしい声なのだね……私にはまだやる事があるのだがねぇ……
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