121話
サンセル支部長の言葉に僕っ子のアナンはムッとした表情を浮かべた。
「綺麗にって、それは仕方ないんじゃないのかな? サンセル……支部長には可哀想だけど、泣きついても本部が決めたんだから、絶対なんだからな!」
「そんな事は、わかっていますともテイユ・アナン視察官殿。だからこそ、解任される前に話すことができて嬉しく思うのだよ」
ここからの話は本来なら俺やモモが聞いたらダメな話だった。
サンセル支部長は、視察官には二種類存在する事実を僕っ子に分かりやすく語った。
1つは、視察官として、高位にいる存在であり、本部の決定した内容を確認して的確な人員を選別して指示を出す立場の存在だった。
これは僕っ子の上司にあたり、アナンはその指示でこのライム支部にやってきている。
2つ目は、指示を受けて動く側の実働的な視察官だ。こちらに関しては、聞いてて耳を疑う内容だった。
この実働的に動く視察官は、上に指示がきてから初めて決められる存在であり、基本的な視察官とは違い、任務のためだけに選ばれるようだった。
説明を聞いていて、俺は違和感を感じたので、質問をする。
「なぁ、よく分からないが、選ばれる視察官と普段から動いてる視察官は別なのか?」
「そうなるね。普段から大きな街などを視察する立場の存在は高位の者が務めるだろうね。視察官からすれば、高待遇が約束されているからねぇ」
「なら、尚更分からねぇな? そんな偉いやつが視察官だって、見にくるなら、なんでアナンみたいな僕っ子を送ってくるんだよ?」
俺の言葉に僕っ子が残念な胸を張る。
「それは、僕が将来有望で、期待の的だからに決まってるだろ! まぁ、ライムみたいに大規模な街の支部長に指示書を届けるんだから当然の采配さ!」
鼻高々な僕っ子にサンセル支部長が、哀れみにも似た視線を向けていく。
「テイユ・アナン視察官殿、本当にそう思われるかね?」
「事実だからね! 僕が選ばれて、護衛までつけられたんだから、当然さ!」
「テイユ・アナン視察官殿。此度の視察、本当にご苦労様でしたな。サンセル・ラーガッシュ、命令書を確かに受け取らせていただく」
「おい! サンセルのオッサン!」
俺の声を無視するサンセル支部長は僕っ子に深く頭を下げる。
僕っ子は、満足そうに微笑みを浮かべる。その後が予想外だった。サンセル支部長から放たれたのは殺気だった。
何をする気だ、サンセル支部長!
「モモ! ガキを守れぇぇぇぇ!」
叫んだ途端、モモが椅子を蹴飛ばして僕っ子の前に飛び出す。
当然、俺もサンセル支部長の前に立つ。
「おい、オッサン! ガキに向けていい目つきじゃねぇぞ!」
「困ったねぇ、大男君。君という男は本当に素早い反応をするものだから、困ってしまうね」
広くない執務室の中、向かい合う形になった。しかし、次の瞬間、俺の脇を目にも止まらない速度で駆け抜けたサンセル支部長。
振り向いた時には、モモと僕っ子の前にサンセル支部長が移動しており、モモが正拳突きを打ち出していた。
そんなモモの拳をサンセル支部長は僅かな所作で回避すると、僕っ子の前で動きを止めた。
「な、なにを……僕は、あの、あの……」
尻もちをつき、既に泣き出し嗚咽が混じる形になった声──
上から見下ろすようにサンセル支部長が僕っ子に視線を向ける。
「テイユ・アナン視察官……分かりますかな? 何故、わざわざ本部が視察官を新たに決めて向かわせるか、向かわされた視察官達がその場でどのような扱いをされるか?」
サンセル支部長の今までの言葉を思い出せば、この先の展開が俺でも容易に想像ができた。
僕っ子に向けて、サンセル支部長の手がゆっくりと伸ばされる。
「ダメだ、オッサン!」
身を縮め、目を瞑った僕っ子にサンセル支部長は優しく手を頭に乗せた。
「だからこそ、生きて欲しいのだよ。今回は私が受け取る側だったことを嬉しく感じるのだからね。他の場所で同じことが起これば、無事に話がついたとしても、逆恨みから騎士達により命を落とすこともあるのだよ」
サンセル支部長の言葉に僕っ子がゆっくりと視線をあげる。
「怖い思いをさせてしまったのだね。引き継ぎまで数日あったとは思うのだがね。これだけの騒ぎになれば、ライム支部に話を知らぬ存在もいないだろうからね。今日中に引き継ぎの書類をまとめるのだよ」
それから、サンセル支部長は俺達に微笑みながら、喋り掛けてきた。
「大男君、モモ君、悪かったね。聞いての通りなのだよ。話はまとまった以上、この場には居ない方がいいだろうからね」
「……ったく、わかった。ただよう、不器用過ぎんだろうがぁ……はぁ、またな。オッサン」
「騒がせたね。感謝するよ、大男君。次はゆっくりと話せることを願うのだよ」
「なら、店に顔でも出してくれよ。美味いカツ丼をイヤってほど出してやるからよ」
モモを連れて、俺は騎士団の中を出口に向けて歩いていく。
背後からバタバタと全力疾走を思わせる足音が近づき、俺達の前に回り込んできた。
「待て、頼む、はぁはぁ……ホタル、何があった! 私がバカ共の相手をしている間に何があった!」
息を切らせたイケメン眼鏡のエレガが俺に掴みかかってきた。
モモがすぐに動こうとしたが、俺は手で静止する。
エレガの話す内容を先に聞いてみれば、視察官の護衛達の嫌味を聞かされて更にもてなしをしろと、酒や肉をわざわざ副長であるエレガに行かせていたらしい。
聞けば聞くほど胸くその悪い話だった。エレガが騎士団へと戻ったのは先程らしい。
他の騎士達から、騒ぎの詳細とサンセル支部長に向けられた護衛の騎士達からの悪意を感じ取ったらしい。
「何があったか答えろ!」
「はぁ……サンセル支部長から直接聞けよ……第三者から話を聞いたり、話されたりってのは本人も嫌だろうからな。あと後悔するような言葉は選ぶなよ」
「どういう意味だ! えぇい! もういい、悪かったな! とっとと帰るがいい!」
踵を返して、歩き出すエレガに俺はただ語り掛けた。
「おう、あと今度、珈琲でも飲みにこいよ。一杯奢るからよ」
「ふん、誰が!」
騎士団の門から外に出ると、モモが怒りを爆発させる。
「なんなんッスか! 先輩とモモがわざわざ、心配して来てあげたのに、何が騎士団なんッスか! 一昨日来やがれってんッスよ!」
いや、一昨日来やがれは、使い方が違うだろうが。
「落ち着けよ。悪かったな、俺の我儘に付き合わせてしまったからな」
「むむ……はぁ……先輩、帰るッスよ。ここに居るとモモは爆発しちゃいそうッスからね」
その日は、そのまま店に向けて歩いていく。
「先輩、支部長さんは本気で辞める気なんッスかね……」
「あの顔はマジだろうな……」
「なんか、嫌ッスね……モモはあんまり話したりしてないッスけど、支部長は嫌いじゃないッスから」
結局、俺以上に気にしてんじゃねぇかよ。
歩きながら、煙草を取り出して口に咥え、ターボで火をつける。
「帰ったら、海老を大量に補充しないとな……海老パーティーで品切れなんて笑えねぇからな」
モモの表情は複雑だが、そんな時こそ、食べねぇとな。それに料理をがむしゃらにやらねぇと、俺も参っちまいそうだ。
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