104話
冒険者ギルドで謝罪を済ませた俺は、その場を後にしようとしていた。
そんな俺の肩をガシっと掴まれ、振り向く。
「おいおい? ホタルよぅ、流石に支払いしたから、さようならってのは、寂しいだろうがよ。話があるからマスタールームに来てくれよな」
俺を止めたのは、頬に濡れタオルを当てた状態の冒険者ギルドマスター、つまりダイルだ。
「呆けてないで早く来いよ? こんな姿でギルドの奴らに熱い視線を向けられるオレの身にもなれっての、あぁ、ツレェなぁ〜八つ当たりでもしちまいそうだわぁ」
わざとらしくダイルが大声でそう口にすると、様子を窺うように視線を向けていた冒険者達が一斉に目を泳がせた。
「相変わらず、いい性格してんな……アンタ、ろくな死に方しねぇぞ」
「冒険者なんて稼業は、命を天秤にして飯を食ってんだ。ろくでも、ななでも、死んだら一緒、なら気楽にやる方が得だろうが? 違うか?」
ダイルの奴、変に説得力のある言葉だからタチが悪いんだよな。
マスタールームに通された俺にクラリスさんが紅茶を運んでくる。
「ホタルさん。先程は失礼いたしました。ただ、ギルドの備品や建物の修繕依頼と発注は私の役目なので、次からは控えていただければ助かります」
「改めて、こっちも悪かったよ。流石にやり過ぎたって反省してるし、次からはもう少し気をつけるつもりだ」
「次は壊さないでください。あまり壊すのであれば、ホタルさんを呪物を用いて、呪います……」
背筋が凍るような声と怒りを押し殺したようなジト目を見て、俺は首を数回縦に振ることしか出来なかった。
「おいおい、クラリス? オレが話があるからホタルを呼んだんだぜ? 勝手に呪い殺されたら、話す前に神父を呼ばないといけなくなるだろうが?」
「ギルドマスターの分も棺を手配して差し上げましょうか? 1つの棺に男性2人を詰めると目に毒ですから」
相変わらず、クラリスさんの毒舌は容赦ねぇな……なにより、俺が棺確定なのは勘弁だな。
「ははは! 怖い怖い……ただクラリス、真面目にホタルと話があるから、揶揄うのはそれくらいにしてくれるか? オレも時間が無いんでな」
「かしこまりました。時間がないのでしたら、この後に向かわれる予定の『猫耳ニャンニャン亭』に話をしておきます」
「待て! なんで、知ってんだよ! 馬鹿な真似は辞めろよ! ギルドマスターとか関係なく、予約制なんだぞ! 男のロマンが詰まってんだよ!」
「殿方のロマンは仕事にぶつける方が喜ばれます。と、だけ申しておきます。失礼致します」
クラリスさんは、ダイルにそう告げると部屋から退室した。
「あの女、はぁ……ホタル、仕事の依頼だ。手短に話すからな!」
ダイルが諦めたような表情から真顔になり、服の中から1枚の紙を取り出して俺に見えるように広げる。
「いいか? これは緊急クエスト扱いになる。本来はC級冒険者に出すはずのクエストだ」
「おい? 俺は冒険者登録はしてるが、正真正銘の素人だぞ。なんで、C級のクエストなんかを受けないとならないんだよ!」
俺は冒険者ギルドにソマリとポメラから頼まれて登録だけはしている。むしろ、登録しかしてないのが現状だ。そんな人間にいきなりクエストをやれなんて無理しかないだろうが!
「あぁ、言いたいことはごもっともだ。ただなぁ……実際は、オレ相手に手抜きで互角だっただろうが?」
「まだ根に持ってたのかよ……」
俺の返しにダイルが笑うとそのまま話を続けていく。
「それだけじゃねぇ、C級の魔物素材《クサレ鳥》も1羽丸ごとの持ち込み……最後に依頼を受けるはずの三馬鹿パーティー『ダーククロウ』を戦闘不能にしたからなぁ……わかるか?」
「戦闘不能にしたのは、モモだろうが……」
「お前が管理してる仲間だろうが? どこの世界でも、下のもんの不始末は、上の奴が責任を果たすのが常識だ。ちがうか?」
クラリスさんもそうだが、ダイルにも口で勝てる気がまったくしねぇな。ちくしょう……
「内容を読ませてくれ。話はそれからだ。流石に無理難題かを確認しねぇと受けられねぇよ」
ニヤリと笑ったダイルの表情に嫌な予感を感じながら、内容を聞いていく。
「まぁ、内容は単純な調査依頼だ。騎士団の連中が最初は躍起になってたんだが、内々の問題があったらしくてなぁ……本当に勝手な話だよなぁ」
騎士団から流れてきた仕事かよ……
「いや、騎士団がやる筈の調査を俺達にやらせる気かよ!」
ダイルは、人差し指を立てると左右に動かす。
「“達”じゃないんだわぁ……ホタルに調査を依頼したいわけよ。わかるか?」
「いや! マジにおかしいだろう! 話を聞いてたら、絶対に大人数でやるクエストだろうが!」
「わかってるがなぁ……扉の修繕費に椅子も買い替え、ギルドが肩代わりした三馬鹿の治療費……ホタルなら、言いたいことがわかるよなぁ?」
金貸しが取り立てをするような悪い笑みに俺は即座に反論する。
「そんな悪い顔しても、無理なもんは無理だって! 普通に考えろよ!」
「軽い調査でいいんだよ! 本当にヤバかったら帰ってきて構わねぇしな。早い話がよぅ……形、調査しました。結果こうでしたってのが、冒険者ギルドとしては欲しいんだよ」
そこから先は酷く身勝手な話だった。
ダイルは、元々は冒険者ギルドに流れてきた依頼ではなく、合同で騎士団と行うはずの依頼だと教えてくれた。
ただ、突然、騎士団は調査から離脱、しかし、冒険者ギルドとしては、魔物が増えた事実確認とそれに伴う調査をすることは決定事項であり、騎士団が抜けた穴を埋める資金が問題として挙げられた。
その為、魔物の数を先ずは把握したいと考えたダイルは、元々数合わせとして、王都で問題を起こして、強制労働処分でライムに送られてきた三馬鹿パーティー『ダーククロウ』を使うことにした。
そんな、三馬鹿パーティーをウチの連中がフルコンボにしちまったと……頭痛え、どんな不幸が重なるとこんな展開になるんだよ!
「ホタル? わかったか……むしろ、この調査を条件に他の請求分、つまり足りない分がチャラになる有り難い提案だって、話だ」
「恩着せがましい言い方だな……なら、全部の修繕費から治療費に迷惑料まで払うって言ったらどうすんだ!」
「生憎と冒険者ギルドは、迷惑料が通常の10倍強化中だ。王都から来た三馬鹿がやらかさないように昨日から開始してるんだわぁ……」
完全にハメられた気分だ。むしろ、丸投げかよ!
「なら本来、冒険者ギルドから出すはずの人員を貸してくれ、そうじゃねぇと無理だって!」
「それなんだがなぁ……騎士団と組むのは嫌だって、誰も受けなかったから、破棄しちまった。三馬鹿パーティーに丸投げ予定だったからなぁ」
押しても引いても、なんの答えも引き出せないまま、俺は依頼書をグシャッと握る。
「わぁった! やってやる。ただし、夕暮れまでが条件だ! それ以上はぜっていにやらねぇからな!」
夕暮れからなら、ウチの奴らに簡単な飯を作ってやれるだろうから、ここだけは譲れねぇ。
「いい返事だ。なら、今から頼む! 夕暮れまでならまだ時間があるからな。気楽に頼んだぜ、ホタル」
俺はマスタールームの扉を全力で閉める。
ドアノブが外れたか?
「おい、テメェ! ホタル、ドアを壊しやがったな!」
「ついでだ! もう1枚ドアの修理代もチャラで頼むぜ。ダイル!」
「ふざけんな! まじに開かねぇぞ! オレにはこれから『猫耳ニャンニャン亭』に行かねぇとならねぇのに! ちくしょうぅぅぅ!」
ダイルの声が冒険者ギルドに響いたが、気にせずに俺は森の魔物調査に向かう。
ダイルには悪いが、ざまぁみろってんだ!
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