102話
誤解が解けた次の日、俺は昼過ぎまで眠っていた。
ほぼ徹夜状態で、大量のかき氷と、モモとエスからの事実と異なる質問責めの結果であり、朝食の用意が出来なかった。今回はマジに許して無理だ。
その事実を知ってか知らずか、俺は気分よく寝ることができた。
目覚めて最初に視界に入ってきたのは、俺の両サイドに眠るドレイクとパラの姿だった。
気持ち良さそうにヨダレを垂らしながらの昼寝ってところだろう。
昨晩は俺の帰りを待ってたみたいだからな。普段よりも夜更かしをさせることになったはずだ。
2人を起こさないように気をつけてベッドから立ち上がる。
軽く伸びをしてから、2人のチビっ子少女には悪いが、服を素早く着替えて階下に向かう。
階段を降りると、エスが洗濯物の入った籠を手に外に向かう姿が目に入った。
俺の視線に気づいたのか、勢いよく振り向いたエスが頭をペコッと下げる。
「主様。起きた、寝坊よくない」
「誰のせいだよ……むしろ、お腹がピーピーにならなくてホッとしてるっての」
「主様は被疑者エックスじゃなくなった。だから、その話は解決。クレームよくない」
軽く頭をかかえたくなるが、エスは悪気も悪意もなく行動するタイプだ。すべてを諦めて、俺は別の質問をする。
「モモはどうした?」
「主様が寝てたから、全員の食事を作って、その後に出掛けた。ドレイクの代わりに配達」
状況を説明したエスは、頭を下げると洗濯物を干すため、外へと出ていった。
改めて考えると、モモは当然ながら、カイト、グライ、ソマリ、ポメラの4人も外に出ている。
セスだけは、モーとコッコの世話があるので、敷地内の牛舎と鶏小屋で作業中って感じだな。
状況を整理してから、俺は外に移動する。
何処かに出掛ける気などサラサラないが、店の厨房を使うには手狭な為、外を選択するしかない。
外に出てから、普段使っていないテラス用のテーブルを2つ並べて、その上にブルーシートを広げる。
準備が出来たところに、セスが作業から戻ってくるのが見えた。
「あ、組長。起きたんですね。それより、何をしてるんですか?」
困惑した表情でブルーシートが敷かれたテーブルをセスが指差して質問してきたので、俺はマジックバッグから、その答えを取り出す。
「昨日、ソマリとポメラに弁当を届けに行った時、襲ってきた鳥だ。こいつをせっかくだから解体して、肉にしちまおうって話だ」
「組長、それって……食べれないですよ」
セスの言葉に耳を疑った。だが、セスは俺の顔を見て、再度「食べれないですよ」と口にする。
「マジかぁ……こんなにデカイのに食えねぇのかよ……」
「組長もうっかりなんですね。それってたまにスラムに流れてくる鳥で、通称が“クサレ鳥”なんです。煮ても焼いてもヘドロみたいな脂と異臭しか出ないんですよ」
「そんな鳥なのかよ。なら、なんで卵を欲しがるやつがいるんだ……本当に意味がわかんねぇ」
セスは、笑顔で教えてくれた。
「卵は問題なく美味しいんです。ただ、成長すると不味くなるだけの話なんですよ。それに食べると、一日くらい酷い吐き気と痺れ、半日は息も上手くできなくなるんです……」
完全に毒じゃねぇか!
「クサレ鳥なんて、呼ばれる理由がなんとなくわかるな……」
「ですよね。でも、前にスラムに流れてきた冒険者だったおじさんは『あれはダメだ。全身毒になってる。はあ……実際は美味いんだがな』って言って笑われてたりもしました。冒険者は胃が強いみたいで」
食べれるパターンがあるのか? まあ、聞いてて思ったがリスキーすぎて、試すなんてできねぇな。
「はぁ、せっかく持って帰ってきたんだが、こいつは残念だが、廃棄だな……」
ため息混じりにそう口にすると、セスが両手をバタつかせて、雑に処分しようとする俺を止めに入った。
「だめですよ、組長! スラムに肉がきてたのは、肉に価値がないからであって、魔物本体の羽とかには価値があるんですよ!」
「いや、価値があるって言ってもなぁ……」
「本当に価値があるんですよ。冒険者ギルドに行けば分かりますから、本当に乱暴に扱わないでください!」
セスにしては、珍しく大声を出しており、その声で目覚めたのか、ドレイクとパラが2階の窓から顔を出して俺とセスに手を振ってくる。
「マスタ〜! 元気になったの〜!」
「組長! セス! 何してるのーーー!」
窓枠に掴まる2人を見て、俺も大声で返事をする。
「危ないから! 2人とも早く降りてこい! 冒険者ギルドに行くぞぅぅぅ!」
「ギルド! マスター、ドレイクも行く!」
「パラも、パラも! 組長、待ってて!」
窓から慌てて離れた2人が階段をバタバタと駆け下りてくるのが足音でわかった。
扉から飛び出してきた2人が一直線に飛びついてくる。
「組長、パラも行く!」
「ドレイクも行く!」
2人の頭を軽く撫でていると、洗濯物を干し終えた後に姿を消していたエスがこちらにやってくる。
「主様。昼食、食べてから行った方がいい」
エスは、大きめの皿を前に出してきた。
皿の上には、薄い生地に刻んだ野菜とほぐした肉が巻かれた料理が並べられていた。
簡単に言えば、ブリトーやタコスに似た料理だ。
俺は一旦、クサレ鳥をマジックバッグにしまうと、ブルーシートを片付け、テーブルを使えるようにしてから、椅子を運んでくる。
「みんな、食べるのは手を洗ってからだぞ!」
全員で手を洗ってから、太陽の下、席につく。
エスに感謝の気持ちを込めて全員で「いただきます」と手を合わせてから昼食を開始する。
ブリトーであろう料理には、それぞれ違った野菜とソースが使われていて、食べる度に味が変化する事実に驚かされた。
ただ、一つだけ、マジに思ったのは、エスの食べてるブリトーだけが、あきらかに真っ赤だったことくらいだ。
因みに刺激的な香りからも、カプサイシンだと理解出来る。
「エス……それ、辛くないのか?」
俺の質問にエスは、小首を傾げ、何かを理解したように微笑みを向けてきた。
嫌な予感がした次の瞬間、エスの手が俺の口元に向けられる。その手には、真っ赤な食べ掛けのブリトーが握られており、真っ赤なトロミがかったソースがポタリとテーブルに垂れる。
「主様。食べて、これは美味!」
突き出されたブリトー。差し出したエスの顔には嬉しそうで、少し不安そうな表情が混ざっている。
こりゃ、覚悟を決めるしかねぇ。男の優しさは、いつも笑顔の為にあんだからよ。
俺は大きく口を開いて、真っ赤なブリトーにかぶりつく。
最初に広がったのは、肉の旨味だった。肉汁が口に広がり、次に野菜の甘みが溢れ出す。
美味いじゃねぇか! そう思った瞬間だった。
口内を激しい痛みと殺伐とした激震……いや、激辛が走った。
舌のすべての感覚を焼き尽くすような辛味と鼻から抜けるカプサイシン、涙と汗が俺の感情を無視して滝のように流れ出し、喉の奥が焼け爛れるような感覚に拳をグッと握る。
「主様?」
不安そうに俺を見つめるエスと他の全員を見て、俺は必死に笑った。
「う、うますぎて……涙が出るほど感動しちまった。は、はは……」
その一言がいけなかった。嬉しそうに微笑んだエスは、皿に置かれていたもう1つの真っ赤なブリトーを俺に差し出してきた。
「主様、食べて。エスは嬉しい」
その瞬間、俺の中から“食べない”って、選択肢は、一瞬で吹き飛んだ。
食べ終わった俺は汗だくだった。
当分、かき氷も辛いものも、ノーサンキューだな。
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