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10話

 俺とモモのやり取りを静かに見守ってくれている爺さんに悪いので、モモに軽くチョップを食らわせてから、本題に入る。


「待たせて悪かったな爺さん。」

「なに、若いもんの姿は見てて飽きないからな。ただ、取り引きとなれば、若さより品物の質を見なければならんからな。このアッラノーマ、商人としては甘くないぞ?」


 爺さんの言葉に俺は両手を組んで笑う。


「むしろ、俺の仕込みが通じるか知れるいい機会だからな。辛口で頼む」

「良い心掛けじゃ。さて……こいつは何の肉じゃ? てっきりワシはウサギ肉か、ボア肉かと思っていたが?」


 困惑した表情の爺さんに俺は猿公の肉だと教えてやる。


「そいつは、猿公の肉だ。少なくとも丸2日フルボディのワインに漬けてあるから、普通に食えるくらいには柔らかくなってるぞ」


「エテコウ? 何じゃそれは? 魔物にせよ。動物にせよ、ワシが知らん生き物の名だのぅ?」


 そんな爺さんの返事に勢いよくアルムさんが走ってくる。


「すみません。アッラノーマさん。それはビッグエイプのお肉です!」


 そう告げた瞬間、爺さんは肉をじっくりと観察し始めた。

 最初からよく見てた気もするが、匂いや色味なんかもこと細く見ているのが分かる。


「のぅ、若いの? こいつが、本当にあのビッグエイプの肉だとして、なぜ? 交渉材料になると思った? まさか、食べたことがないのか?」


 ないのかって? 言われても嫌でも味見はしたし、色々漬け込んだ中じゃ、一番美味いのがワイン漬けだしな?


「いや、食ったぞ? 普通に美味かったから、食材として持ってきたんだからな」


 俺の言葉に爺さんの目が細まり、僅かに開かれた視線は疑うように俺を凝視している。


「なんだ? 猿公の肉は嫌いだったのか?」


 そう聞いた瞬間、アルムさんが俺の前に出て、両手を広げた。


「待ってください。ホタル殿……いいですか、今アッラノーマ殿に出してるビッグエイプは、本来は我々でも口にしないくらい固くパサパサな肉質で、食べれるは食べれるが、不人気な食材なんです!」


 俺の頭に電流が駆け抜けた。


 こいつら、ずっと美味いって食ってたのに、そんな大切な情報をずっと黙ってやがったのか!


「ふむ、確かにその娘っ子の言う通りじゃ。ビッグエイプの肉は価値など無に等しいからな。毛皮に牙、骨格などにも価値が生まれるが……それは王都などの都会での話だ。このドルミールじゃ、大した価値にはならん」


 真剣な表情で俺に突きつけられた爺さんの言葉に何も俺は返せなかった。

 情報を知る者と知らない者、そんな当たり前の話を前に俺は後者だったからだ。


「待つッス! おじいちゃんに質問するッス! おじいちゃんは先輩の料理を食べたことがあるんッスか! ないッスよね! 食べる前から価値が云々言ってたら、本当の価値なんて分からないじゃないッスか!」


 まさかのモモの言葉に俺は驚いた。いや、むしろ、口を開けてアホ面になってたかもしれない。


 ポケットから煙草を取り出して、ターボで火を着ける。


「モモ、大丈夫だ。ありがとうな。食ったか食わないって話じゃないらしいからな。ただ、マジにありがとうな」


「ありがとうは、100回言うべきッス! でも、食べる前から決めつけて、価値がないとか、不味いとか、ウチは絶対に認めないッス!」


 モモの真剣な表情に俺は救われた。


「おい、待て。今の問いだが、食べる価値があると言ったな? もし、食べて価値がないと感じたらどうするね?」


 爺さんの視線は俺でもアルムさんでもなく、モモに向けられていた。


「その時は……ウチも髪の毛を丸めて、先輩みたいにハゲになってやるッスよ!」


「自分から、“毛死けっし”の状態になるというのか? 若い娘がする覚悟としては十分だな。まぁ、そうなっても本当の“毛死病けっしびょう”じゃなけりゃ、また生えてくるか……よかろう」


 そこまで口にした爺さんは、門番に何かを指示していく。


 すぐに門番が炭とフライパンなどの調理に使う品を手に戻ってくると、その場で穴を掘り、炭を並べて火を着ける。


「ほれ、若いの、焼いてみろ。娘っ子にあそこまで覚悟を決めさせたんじゃ、付き合ってやろうじゃないか」


 即席すぎる状況に俺は呆気に取られたが、すぐに調理に入る。


 最初に猿公肉の水分を綺麗に引き取ることになり、俺はすぐに【店舗収納】をオフにするためのスペースに走っていく。


「モモ! 悪い、いつもの温度だ。体感で頼む!」

「先輩! もう!」


 モモに頼みフライパンの温度が160度から180度を目安に上がるように炭を扇いでもらう。


 キッチンペーパーとまな板を手に戻った俺は、猿公の肉からしっかりと水分を吸い取っていく。


「なにをしておる? 早く焼かんか」

「水分があると、蒸し焼きになって硬くなる。フライパンの温度が足りなくても、台無しになっちまうし、温度が高すぎても肉は硬くなるんだ」


 そう話しながら、油をフライパンに入れて温度を確かめていく。


 そこからは、爺さんと軽く話しながら、フライパンとにらめっこになる。


 特に食い付きが良かったのは、ワインについてだった。フルボディワインについて説明をすると、かなり驚かれたが、それが異世界と俺のいた世界の差だと再認識できた。


「つまり、このビッグエイプの肉を漬けてるワインは、熟成と言ったか? その長い工程から造られた品だというのか?」


「まぁ、そうなるな? 俺も作り方は詳しく知らないが、ワインの紹介文にはそう書いてあるから、間違いないだろうさ」


 まぁ、日本語だから爺さんは読めないらしい。読めてもワインの作り方は分からないだろうがな。


 そうして、水滴が転がる様子を確認して、温度が170度を超えた辺りで俺は猿公の肉に塩コショウを素早く行うと、トングで掴みフライパンで焼いていく。


 ジュゥゥゥ! という音が鳴り始めると周囲に一気に香りが広がり出す。

 普段食べ慣れた香りだからか、兵士連中は肉に視線を向けてるのが分かる。


 表面を焼きながら、肉汁を閉じ込めていき、短時間で肉の旨味を封じ、両面を焼いてからアルミホイルで包み、肉を休ませる。


「なぜ、すぐに食べないんだ? 焼けたのだろう?」

「爺さん、これがワインでいう熟成ってやつになるんだ。肉を休ませると美味くなるから、待ってくれ」


 10分が過ぎれば、肉は完成する。

 俺はその間に、余った肉汁でソースを作る。

 煮詰めて、醤油に味醂、バターを加えて仕上げれば完成だ。


 因みに、爺さんは味見をして、言葉を失って、夢中で一皿を平らげた。まぁ、美味かったってことだよな?

お読みいただきありがとうございます!

もし少しでも『蛍とモモの掛け合いが面白いな』『続きが気になる』と思ってくださったら、ページ下部の【☆】や【ブックマーク】で応援していただけると、ハゲみになります……!(毛根的な意味で)

☆ギャグが笑えなくても、クーリングオフは勘弁してください。

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