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第8話 敗北

「さてと」


ダンジョンに戻り、僕はゴブリン達をあつめた。


「おそらく一週間以内に冒険者の襲撃がある。

――今回は、勝たない。

いや、“わざと負ける”。しかも、惨めに」


「なぁンにぃ?!」


ヒゲ爺が声を上げる。


「ど、どっから驚きゃいいンか、わからンぞ!」

「ごめんごめん。前提から話そう。先日、僕たちは冒険者ギルドに行ってきた。

そこで、彼らは1ヶ月周期でここに冒険者を派遣していることを知ったんだ」

「ふンむ。それを前回追い返しちゃンぢゃろう?」

「すると失敗扱いになって、1週間以内にすぐきちゃうみたい…」

「にゃにぃ~!?」


ゴブリン達が頭を抱えて慌てふためいている。


「落ち着いて落ち着いて。そのために負けようって話さ」

「でもよぅ…負けるって…、そりゃ…シャチョー、酷すぎるぜ…」

「…あっ!ごめん、言葉足らずだった。負けるとは言ったけど、犠牲を出さずに負けたいんだ。」


僕は土に手を翳す。

土が蠢き、盛り上がる。

まるでベッドから起き上がるように、土が“生き物の形”を取りながら起き上がる。


「こう…」


集中し、その人形を歩かせる。


「おお…ワシらそっくりぢゃ!」

「ふぅー…」


集中力をやたらと使うが、同時に3体ほどならゴブリン人形を動かせることは練習済みだ。


「最初はみんなで戦って、危なくなったら即座に引いて、ゴブリン人形を突撃させる。それで、冒険者には満足して帰ってもらおうって寸法さ。」

「ふむう…」


とはいえ犠牲が0とはいかないだろうが…。

今僕の考えうる、最もマシな選択肢の提示。


「前の「イキナリボス サクセン」じゃダメなンか?」

「ゴーレムが発生したかもしれない、って噂もたってるみたいでね。できるだけ僕が現れないほうが、強い冒険者の派遣の可能性は減るんじゃないかな」

「そういうことなンか…」


ヒゲ爺の頭から煙がでている。考えることが苦手そうだ…。


「シャチョー。今回は冒険者殺していいの?」

「セシリー、話聞いてた!?ダメだよ」

「え~」

「え~じゃない」

「ちょっとビリビリくらいは?」

「…脅かすくらいまで。それ以上はダメだ」


セシリーがゴブ爺の背中で納得がいってないのか、むぅーと唸っている。


最強を目指す、という目標はあるものの初心者の冒険者になすすべもない戦闘能力では、その道のりは程遠い。

今は地道にレベルアップするために、なんとか納得してもらわねば。


***


僕はダンジョンを出て祠を見つめる。

転生から数週間が経過し、この生活にも慣れ始めてきた。


「ふぅー…」


ちゃっかり街で買った巻き煙草を吸う。


「結構イイね」


吐き出した煙が、ゆっくりと広がり景色と同化する。

思えば転生してからというもの、振り回されてばかりでゆっくりと自分の時間もとる機会がなかった。


『このダンジョンを最強にすること』

その目標に偽りはない。

出来るだろうか、僕に。


魔力不足、戦力不足、この世界の知識不足。

問題は山積み。


でも、やりきるんだ。

ここが僕の居場所なのだから。


***


時は流れ、鈴の音が僕たちに冒険者の襲来を知らせる。


『冒険者ダ!冒険者ダ!戦闘配備!戦闘配備!』


連絡用の穴から聞こえるゴブゾウの声。

セシリーやゴブリンはそれぞれの横穴に飛び込む。


「さて、と」


僕は地面に潜る。

この能力は自分のダンジョン内の地面と同化し、地の中を泳ぐように移動できる能力だ。

ゴーレムの中の模倣土人形(コピー)に並ぶチートスキルだろう。


最初の空洞の様子をうかがうと、冒険者はすでに戦闘態勢だ。

ゴブリン達はヒット&アウェイに徹している。

よしよし、僕の命令を守ってくれているな。

おっと、町で買っておいたトラバサミにひっかかっている冒険者もいるぞ。効果アリだな。


…あれは、ザバホックだ。

彼女は片腕で器用に戦っている。

彼女たちの2人パーティと、もう1つ、3人パーティ。

総勢5名での襲撃だ。


ゴブリン達は体力の消耗が激しい者、怪我を負った者は手早く横穴に逃げていく。

群れの中に少しずつ紛れ込ませたゴブリン人形を突撃させ、

冒険者に討伐させる。


悲鳴と怒号が反響し、血の匂いと土埃が舞う。

洞窟の湿度が一段上がった。

よし、作戦はまだ問題なく進行中だ。


***


一時間ほどが経過し、討伐数が目標に達したのだろう、彼らは引いていった。

よかった。重傷者はいるが、死者はいない。


彼らが出て行った所を見計らい、僕はダンジョンの出入り口に出現し、物陰へ。

息を殺し、彼らの会話を盗み聞く。


***


「んだよ!ロードライトくぅん。ヤッパリただのゴブリンしかいなかったじゃねえか!」


光る頭の斧を担いだ大男。ヤリスがロードライトの肩をたたく。


「そんなハズは…」

「ブルって夢でもみたんじゃねえか?」

「そんなハズはないだろう!現にザバホックをここまでするレベルの攻撃が今日あったか?!」

「そりゃ、なかったケドよぉ」


ヤリスはドカリと瓦礫の山に腰を下ろす。


「ヘルコス、お前はどう見る?」

「冒険者になって10年。いつも通りの南の祠ってカンジだな」

「だってよ」

「だから…!!」


ロードライトが口を噤む。


「逆にさ、アタシらは、どうすれば信じてもらえるんだ?」

「ボスの間でも見に行きゃいいんじゃねぇの?そんなにつえぇーゴーレムがいりゃ認めざるを得んだろ」

「それは…俺たちだけじゃ無理だ」

「ザバホックの怪我は事実だ。

だがな、お前らの報告は突拍子もなさ過ぎた。

ゴーレムがイキナリ出てきて?雷魔法を使って?イカれてるとしか思われねえよ。普通。」


ヤリスの言葉に二人は押し黙る。


「銅等級の中でも熟練の俺たちと連隊を組んで再調査を派遣してくれただけ、ギルドは取り合ってくれた方だと思うんだな」

「お前らはただの駆け出し。まだ信用には足りねえのさ。まっ、地道にやってきゃ変な噂も消えてくサ」


ヤリスとヘルコスの言葉に黙る二人を見かね、ヤリスはロードライトの頭を乱暴に撫でまわす。


「いつまでも辛気臭くしてんなって話だ!クエストバリバリこなしとけ!そしたらオメェらを笑うやつも減ってくだろうよ」


大男達三人組は森の中に消えていった。


「チッ…!」


ロードライトは土を蹴る。


「なぁ、ロードライト。アイツらの言う事も一理あるのかもな。」

「…は?」

「リィンが目覚めたら、またイチからやりなおそう。アタシたち一歩目でコケちゃっただけじゃん。まだやり直せるよ」

「お前…やり直すって…!俺は…俺は…!お前らのために…!」


言葉を最後まで吐き出さず、ロードライトは森の中に逃げるように消えていった。


「はぁ」


アタシは祠をじっと見つめる。


「ゴーレムがいることを証明できさえすれば、ね…」


祠の中を覗き込む。

深い暗闇、この奥にゴーレムがいるのだろうか。

見つければ汚名を漱げるのだろうか。


アタシたちの見たものは幻だったのだろうか。

『そんなはずはない』と失った右腕が叫ぶように痛む。


ただ、いつまでもここに拘っていても仕方がないのも確かだ。

ロードライトは南の祠に囚われている。

リィンが目を覚まし、アタシたちで次に進もうと背を押してやらないと、

きっといつまでもこのままなんだろう。


視界の端に違和感を覚える。


「えへへ」

「なっ」


一歩踏み出した先にある暗闇、一段下がった階段にセシリーがしゃがみこんでいた。


「なんで…!?キミ、ヒトツの妹さん…?」

「うん」

「なんで、こんな…ところに…」

「トモダチ?」

「え…?ああ…」


混乱する頭が導く最悪な答えを振り払おうとするも、

無情にもその答えを目の前の幼子がパズルのピースをはめるように導いていく。


彼女は紫色の稲妻を纏った。


「じゃあ殺すね」


閃光と共に紫電が、駆け抜ける。

空気が焼ける匂い。視界が白く弾ける。

――“当たれば死ぬ”と、理屈じゃなく理解した。


***


体が勝手に動いていた。

考えるより先に、選ぶより先に――

僕は彼女の上に落ちるように覆いかぶさっていた。


背中を激痛が襲う。


背は砕け、右半身が焦げ、人間型を形作る骨が露出している。


「な…」

「なんで、シャチョー…セシリー…そんなつもりじゃ…」


ザバホックは状況を飲み込めていない。

セシリーは僕を撃ったショックでへたりこんでしまった。


「逃げるぞ!」


ザバホックの手を引き、森の中を駆ける。


***


祠から離れ、村の近くの木陰に腰を下ろした。


「ここまでこれば、大丈夫か……」


何をやってるんだ僕は。

彼女は人間で僕は魔物。

魔物としての生きていくと決めたくせに。


人間を守る魔物。

仲間を危険に晒すダンジョンの主。

……矛盾した存在。誰に対しても不誠実な行い。最低だ。


「…………」


彼女は僕と、僕の徐々に再生していく傷口を凝視している。

右腕は吹き飛び右半身は焼け焦げ、ヘソのあたりまで抉れてしまっている。


「ずっと、騙していたのか…?」

「…………ああ」


憎悪とも悲壮ともつかない感情が彼女に齎したのは涙を流す事だった。


「なんで、助けた」

「…作戦に無かったからだ」


彼女は立ち上がる。

僕は覚悟を決め、足元の砂で回復に努める。

自分で蒔いた種だ。ケジメは自分自身でつけないと。


「戦わないのか?」


彼女が拳を握りこちらを見据えた――が、その腕を力なく降ろす。


僕の問いへの回答はなく、彼女は去っていった。


***


ダンジョンに戻ると入口でセシリーがへたり込んで泣いている。


「違う。違うの。セシリー。シャチョーのこと。見捨てないで。怒らないで。」


僕はそっとセシリーを抱きかかえた。


「違う。セシリー。間違ってるのは僕だ。セシリーは悪くない。」

「うう、だってニンゲンだもん、皆を殺しにくるんだもん、ああああーーー!!」

「怒ってないよ、怒ってないから。悪いのは僕だ」


彼女をあやしながらボスの間へ戻った。


僕は魔物なのだ。

このダンジョンの長として、ダンジョンの利益を最優先にかんがえるべきだ。ブレちゃいけない。

間違っているのは僕。

真に謝るべきは僕なのに、幼い彼女につけこんでしまっている。


いい加減、前世の価値観は捨てて、生き方を決めないと。


僕の選択でこのダンジョンは間違いなく不利な立場に傾いた。

ザバホックがギルドに僕らの事を報告すればもっと危険な目にあうだろう。

対策を考えねば。


***

「「ゼバーハ」のロードライトだ」


ギルドの受付がこちらを蔑んだ目で見る。


「南の祠のゴブリン討伐完了した。10体だ」

「…ではタグを見せてください。…………はい。確認できました。報酬をお支払いします」

「これっぽっちかよ」


銀貨2枚を受け取る。

これじゃリィンの入院費用のタシにもならない。

実家からクスねてきた金も、二人の治療に充てたから底をつきかけている。


ギルドの冒険者フロアがザワつく。


「おい、そこの男。座れ」

「アンタ…まさか勇者イザヘルか!?」


赤髪長髪の男。身長は熊のように巨大だが、それに反して病的に細身で、間近で見る枯れ木のようだ。


「なんでアンタがここに…」

「ギルドが余に頼みたいことがあると懇願してきたのでな…貴様、南の祠にいったのか?」

「………ああ。アンタも俺を笑いたいのか」

「余を俗物と同じ尺度で捉えようとするな。不愉快だ。単刀直入に聞く。紫の稲妻を見たか?」

「紫の稲妻…?」


自分でもすっかり忘れていた。前回の報告でそんなこと言ったな。


「今日は見てないな。ゴブリンを10匹殺して、終いだ」

「ふむ…。嘘は…言っていないようだな」


真っ黒な眼光が俺を品定めする。


「用は済んだ。」

「おい、待てよ。知ってたらなんだって言うんだよ」

「…」

「無視すんなって!アンタから依頼を貰えりゃ調べにいくぜ!箔だってつく!なあ!」

「もうお前に興味はない。失せろ」


人間だろうが構わず殺してしまいそうな瞳に足が凍る。


「…ちっ。」


イザヘルはクエストの報告書をギルドの事務員から受け取り、階段を登る。

金等級以上専用の冒険者ラウンジに腰を下ろす。

彼は報告書に目を通し、その口元が歪む。

それは笑みというより、獲物を見つけた獣が牙を見せた形だった。

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