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第7話 城下町

最悪だ。


俺はリィンを病院に預け、その足でギルドに向かう。

ザバホックの道場にも謝罪に行って…。あとは何だ。何をすれば俺は許される。

彼女はこの島の由緒正しき格闘家の跡取り娘、父の嘆きは計り知れないだろう。

彼女の右腕の欠損を直せる魔術師はいないだろうか。

情報屋を何人も雇ったが進捗は芳しくない。


やることが山積みで思考が絡まり、頭を悩ませていると、

気づけば、ギルドの総本山の前に立っていた。


受付に冒険者タグを見せ、階段を駆け上がり、冒険者用のロビーへ。

受付にはあの時の事務員が忙しなく書類仕事をしている。

書類の擦れる音、ペンの走る音、短い怒号。

冒険者の荒々しさとは別種の忙しさがそこにあった。


「「ゼバーハ」のロードライトだ。急ぎ「南の洞窟」関連の報告がしたい。できればアンタの連れてこれる一番上の人間も交えて」

「ロードライト様、クエストお疲れ様です。上の者ですか…、フロア長でしたら同席できますが、ええと…。彼は本日の夕方までアポが入っておりまして」

「そんなに悠長なことを言ってられない!あそこは…あそこは…とんでもない魔物が巣くっている…!!」


その言葉がロビーに響くと一瞬しんと静まり返る。

次の瞬間笑い声でロビーはビリビリと揺れた。


「ガッハッハッハ!南の洞窟で、とんでもない魔物ぉ~?」


冒険者達が大声で笑い転げる。

笑い声が壁に反響し、何人もの視線が突き刺さる。


「何を笑う事がある!俺たちは、あそこでゴーレムと戦った!仲間の一人は腕を失い、一人は昏睡状態だ…!」

「アッハッハッハ!そりゃゴーレムはいるだろうよ。何当たり前のこと言ってんだ!南の洞窟でボコボコにやられる冒険者なんて、初めて見たぜ!お前らが弱すぎただけと違うの~?」


ギルド中の笑いものになっている。

彼女らの名誉を更に貶めているだけではないか。


「違う!違う!あそこは異常だった!ゴーレムのプレス攻撃の威力だって俺たちを一撃で殺しかねない威力だった!それに紫色の稲妻が仲間の右腕を…!」

「ぶひゃひゃひゃひゃ!ゴーレムが雷魔法なんて使ってくるわけねーだろ!盛るのもタイガイにしとけや!」


だめだ…ここにいるものは話を聞こうとしない。

受付も真剣には取り合ってくれない様子だ。


「つまり、クエストは失敗したという認識でよろしいでしょうか。それならばフロア長を呼ぶまでもありません、違約金をお支払いいただければ結構です」


その言葉が決め手となり、ギルドは笑いの渦に包まれた。


***


「ふむ…」


その混沌の中、ロビーを一段高いフロアから見下ろす二つの影があった。

ジョッキを片手に赤ら顔で彼の顔を見つめる、赤髪長髪の男。


「貴様はどう思う?」

「ええ☆わかんなぁい。イザヘル様の意見、聞きたいナ~」

「恐怖で震えているな。今にも冒険者を投げ出してしまいたいが…プライドか、意地か、後戻りできないという感情と己を奮い立たせようとする意志を感じる。

あの瞳…嘘はついていまい」

「じゃじゃじゃ、助けてあげたらいいジャン☆」

「ククク。笑わせるな。南の洞窟だぞ。ギルドから縋られたわけでも無し、余が何故動く?あの雑魚共の食い扶持をわざわざ潰してやる程、余は「ヒトデナシ」ではない」

「勇者のくせに~ザンコク~」

「余興としては十分だ」


男はジョッキを煽る。


「紫の稲妻…か」


***


シャチョーの事はだいすき。

ヒゲ爺もだいすき。

ゴブリン達のこともだいすき。

あのダンジョンがだいすき。


セシリーの居場所はあそこしかない。

だから――壊すやつはイラナイ。


皆を傷つけるやつはダイキライ。

冒険者、ニンゲン、他の魔物も。

全部ダイキライ。


シャチョーガダメっていうから今はニンゲンを殺さないケド。

いなかったら約束を守れる自信はナイ。


「セシリー。あのお店に入ってみよう」

「うん!」


楽しそうなシャチョーがだいすき。


本当は戦いなんてない方がいい。

みんなとのんびり過ごせればそれだけでいい。


だれもダンジョンにこなければいいのにね。


***

武器屋、防具屋、魔道具屋、様々な店が城下町にはあり、

一日ではとても十分に回り切れそうにない。

約束通りセシリーを事あるごとに小物で飾り付け、アクセサリーだらけにしてみた。

うん、これもまた…キュートだ…。


様々立ち並ぶ店の中で、最も僕たちの役に立ってくれそうな店を見つけた。

それは…・・・農道具屋だ。


大量の獣用の罠を買い込み麻袋に投入。

持ってみるとなかなかの重量だ。


「お客さん、猟師かい?そんなに罠ばっかり買ってく人初めて見たよ」

「ええ、そのようなものです」


持ち歩くと袋の中に入っている金属製の罠がガチャガチャうるさい。


「さてと。買い出しも済んだことだし、そろそろダンジョンに戻ろうかな」


店を出るとセシリーが楽しそうにくるくる回っている。

天使かな?


「あと一か所だけ行っていいかな?」

「うん!」


地図によると、城下町の南出入り口付近にギルドの総本山があるらしい。

様子だけでも見てみよう。あわよくば…。


「これか…」


来た時に何故気づかなかったのだろう。荘厳な建物が聳え立っているではないか。

一階は開放的に扉が開け放たれており、人の往来はそれなりに多い。


「くそがぁ!」


荒れた様子の見覚えのある男が走り去る。

…気づかれなくてよかった。


さて、ここからは賭けだ。

僕の魔法でコピーしたザバホックのタグ。

恐らく、この「タグ」は身分を証明するためのモノだ。

ザバホックはギルドの人間…もしもタグの名前を見られでもしたら…。


しかし、多少のリスクを取ってでも、ギルドがどのように冒険者を運用しているのか、僕たちのダンジョンにどれくらいのスパンで冒険者を派遣しているのか…などなど情報は得られるだけ得ておきたい。


意を決して僕はギルドの出入り口を踏み越える。

目の前に広がる光景は、想像していたよりも、お役所のような空間だった。

待合室のような空間が広がっており、クエストの依頼を受け付けている窓口がある。


そうか、一般用のフロアも当然あるか。と自分のなかで納得。

入った瞬間、冒険者だらけかと思っていたから、少し肩透かしだ。


セシリーは物珍しそうに周囲をキョロキョロと見回し、クエストの一覧の載っている冊子を手に取りチョコンと椅子に座り読み始めた。絵が乗っていて楽しいようだ。


『本日の依頼は締め切りました』といくつかの窓口には立札がかけられており、奥の事務スペースでは忙しなく事務員が事務仕事をしている。


まだ受付が開いている窓口に近づき聞き耳を立ててみる。


「だからね、やなのよ。北の森の魔物がうちの牛ちゃんたちを食べちゃって。例年よりも狂暴よ!もう10頭はやられてるわ!去年はこの時期は5頭だったよ!倍なのよ倍!異常事態だわ!」

「はい…!牛ですね…!」


眼鏡をかけた受付嬢がヒヤリングの内容を手元の紙に書き留めている。


「んもう。困っちゃってるんだから。報酬は去年より増やすわ!報酬も倍の銀貨10よ!10!銀等級以上を寄こしてちょうだい!」

「銀等級への依頼は銀貨50からと決まっておりまして…」

「なによ!ウチがケチだって言うの!」

「いえ!そういう訳では…銅等級でも十分実力のあるものが揃っておりますし…」

「去年は最初の冒険者、森の”番犬”にやられちゃったじゃない!」

「確かに記録にありますね…、とはいえ”番犬”は銀等級でも勝てるかどうか…運が悪かったというかですね~」


モメているな…。


「そう!ちょうど、そこの方!銅等級ですがぁ…どうですか!頼りになりそうでしょ~…」


なっ。

受付の女がこちらを指さす。

タグをチラリと見ただけで、わかるものなのか!?


「あんら…うぅん。でもちょっとみすぼらしくないかしらん。ウチの牛ちゃんたちもアテクシと同じくセレブなのよん」

「は、はは」


まずい、身分を改められる流れになったらヒジョー…に。


「いえいえ。見てください。この…ええと。そう、ザバホックさんは先日デビューしたばかりの駆け出しですが、心配ご無用ですよ!こう見えて格闘家なんです!ほら、ザバホックさん。アピールしてください」

「は、はは。ふん!どうです、この上腕二頭筋」

「ひゅ~!ナイスバルク!」


何やってんだ俺!?


「もぉん、そんなに雄々しいアピィルしないでもらえるかしらん。アテクシ筋肉には弱いの。ちょっとトキメいちゃう」

「はは、ははは」

「いいわ、そこまで言うなら、このザバホックちゃんにキメてあげる。」

「え?」

「ありがとうございまぁす!クエストの発注と同時に契約まで済ましてしまうなんて、流石マダム・モーモーですね!」

「あんらぁ?アテクシ、ヤリ手だったかしらぁん?オホホホホ!」

「では、こちらで後は処理しておきますので~」

「オーッホッホッホッホ!」


白黒のドレスを着たオバさんが去っていった。


「あ、ザバホックさんもいいですよ。後処理はこちらでしておきますから。いやぁ、助かりました。私ここに配属されたばかりで、変な人がイキナリ担当で…」

「いえいえ…」

「ん…?ザバホックさん…性別が女で登録されて…んん?」

「アテクシは誰が何と言おうと女よ!ね?ね?」

「あ、あららら…すみません。お名前から男性なのかと…失礼しました」


見た目で性別を判断してはいかんよ、チミ…。

ふぅー、ヒヤヒヤするな。

ただ、これはチャンスだ。

このおっちょこちょいの受付嬢から聞き出せることは聞き出してしまおう。


「こちらからも質問していいですか?南の洞窟のクエストって今出てますか?」

「いやぁ~、一般受付ではわかんないんですよ…。冒険者受付じゃないと」

「ちょっと、上に会いたくない人がいてですね…、なんとか調べられないですか」

「あー…、色々ありますよね。そりゃ。ちょっとまってください。助けられた恩もありますし、大陸直伝の裏技使っちゃいます。ナイショですよ」


受付嬢は眼鏡の向こうでパチリとウィンクをする。

何やらマジナイのようなものを唱えている。


「えーっと南の祠…祠、祠…これか。直近のクエストが失敗に終わってますね。備考にはゴーレム発生の可能性あり…ですか。失敗されてるようですし、1週間以内には再発注されるんじゃないですかね。村からの継続案件ですし」

「!?…なるほど。ちなみに、成功してたらどうなってたんですか?」

「大体が1か月に1回ペースでしょうね。この島の他の魔物の発生地は大体それくらいのスパンで発注されてるみたいですねー。大陸と比べるとノンビリすぎてビックリしちゃいますよ」


勝ちすぎることも問題という事か…。どうしたものか。


「ん…?あれ、失敗のパーティーにザバホックさんの名前のってるじゃないですか…ってあれ?」


僕はセシリーを連れてその場をダッシュで立ち去った。


***


ギルドから逃げ、正門に向かって歩いていると正面から見知った顔が。

彼女とこれを持ったまま会うのはマズい。僕とセシリーのタグを砂に戻す。


「ザバホックさん」

「やぁ、妹さん、歩けるようになったんだね。…にしても、ダメじゃないか、城下町に入っちゃ。嫌な思いしなかったかい」


この人は本当に優しいのだな。

忠告を破ったのに怒るでもなく、軽く諫める程度だ。


「妹にどうしてもこの城下町を見せてやりたくてね」

「そんなところだと思ったよ、痛っ…」


今朝の彼女の姿とは違い、町娘のような服装に、ひらりと揺れる右腕があるべき布。

肩口まで巻かれた包帯が痛々しさを物語る。


「出歩いて大丈夫なのか?」

「はは、ヤワな鍛え方してないからね。お父様にはこっ酷く怒られちゃったよ。冒険者も続けられるか怪しいかもね」


彼女は夕焼けを見つめる。


「でも、続けるよ。片腕だって出来ることはあるさ。もう一回挑戦して、結果を出して認めさせるさ」

「どうして、そこまで冒険者に…」

「夢があるんだ」


ザバホックがこちらに胸から何か取り出し投げる。


「シラフじゃ話しづらいからさ」


受け取ったそれは酒瓶だった。


「妹ちゃんにはこれあげる」


どこに隠し持っていたのか、彼女はクッキーを取り出した。

セシリーは食べ物と認識できているのか、受け取りはしたが不思議そうに見つめている、


「タ村に帰るんだろ?御者の集まる広場まで飲みながら歩こう」


僕は了承すると、セシリーはクッキーをかじっていた。

目の奥がキラリと光る。おっ、おいしかったか!?


「っ痛ぅ~~~~…。でも沁みる~…」

「オジさんみたいだね…」

「うっさいわよ」


カチン、と頭を軽く殴られる。


「あたし、この町一番の道場の一人娘でね…。まぁ結構お嬢様なのよ、これでも」

「見たまんまだと思うけど」


引き締まった肉体だ、とは思うが彼女は格闘家だと聞かなければ可憐な少女にしか見えない。

ぐえ、なんで背中をたたく、セシリー。


「なっ。なっ、にゃっ、にゃによ。口説いてんの?早いわよアンタ。まだ今日あったばかりじゃにゃい」

「ええ…、全然」

「口説きなさいよ!」

「続きをどうぞ」

「…オホン。それでね。冒険者になったのはタンジュンよ。幼いころから叩き込まれたこの武術を世界中で披露して、世界最強の武術として広めたいの!」

「…いい夢だね」

「でしょ!?はー、初めて言われたわ。あのヒネクレ男は「いいね!」とは言うけどその後は下半身丸出しの「それより俺と今晩過ごさない?」だし、リィンはでへでへしてるだけだし…」


御者の集まる広場が見えてきた。


「冒険者として名を馳せて、そのうち勇者パーティーにでも誘われて、武名も轟いてお父様にも自慢できる!って計画だったんだけどなぁー…ちょっと遠回りになりそうね」

「…」


知るべきじゃなかったな、こんなこと。

人間であった頃の僕の感情がつい彼女に肩入れしそうになるが、僕は魔物なのだ。

同情してはいけない。

僕らが奪ったのだ。

でも、人間だろうが魔物だろうが、関係なくその志には胸を打たれたのだ。

この気持ちは素直に伝えておこう。


「僕は貴方を尊敬する」

「え?…なになに?もう。恥ずかしいナァ」

「真っ直ぐそれを言える貴方のその生き方を…、志はとても尊いと思ったんだ。すまない、上手く言葉に出来ないけど、すごく立派だと思う」

「ふぅん」


ザバホックが拳を突き出す。


「ザバホック・ダイスルよ。友達になりましょう。アタシたち」

「でも…僕は魔物(タグ無し)だよ。」

「カンケーないわ。心が通じ合えば、友達よ」


次会う時、僕は貴方を殺すかもしれない。

迷う心が拳を前に出すか悩ませると、彼女が僕の手を引っ張り、拳を合わせてきた。

にこっと彼女が笑う。


「…ザバホック。よろしく。僕は社長、と呼ばれてる」

「よろしくね、社長!って、そりゃ役職でしょうよ。名前はないの?」


初めてまともなツッコミを受けた…。


「ヒトツ、って名前だよ」

「じゃあよろしく、ヒトツ社長!それと…」


ザバホックはセシリーに拳を突き出すが、セシリーは僕の足にぴったりとコアラのようにはりつく。


「妹ちゃんには、まだ難しいか」

「すまないね」

「くっきー」

「え?」

「またくれる?」


で、でたぁーーーーーーーーー!セシリーの上目遣いだ!これで落ちない人間は…


「はうぅ!」


ザバホックものけぞる。


「もちろんよ!」

「ならいい」


セシリーが拳をみせる。


「アタシたち、これから友達ね!」


***

御者にゆられ、セシリーがこちらに寄りかかる。


「ふふ、ふふふ。友達、トモダチ?来たら殺しちゃうけど、死んでもトモダチでいてくれるのかなぁ」


ダメっぽい。


セシリーのニンゲン嫌い克服にはまだまだ時間がかかりそうだ…。

あっ、マダム・モーモーの依頼、どうしよう…。

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