第17話 夏の虫
三日で、野良の海賊と落伍した騎士たちをあらかた“仲間”にし終えた。
「そろそろ、いこかぁ」
およそ50名の死体と奴隷の行進。
「どや、ガーム。騎士時代思い出すか?」
「ああ、ワクワクが止まらねえな」
辿り着いたのは、竜人の里にある、王国の用意した宿屋。
奴隷には勿論使うことの許されない場所。
「いけ好かんわぁ」
行儀正しく、ノック。
「ケレッゾく~ん、お姫さ~ん。ぶっ殺しにきましたよ~」
沈黙。
扉を蹴破ると、宿屋はもぬけの殻だった。
「ちゃんと俺らの動きはわかっとったか、やるやんけ」
「また、鬼ごっこか?」
「ハハハ!かくれんぼの間違いやろ」
狙いは戦力の分散か。
いい手や。こっちとしても森の探索でバラバラになったところを……
なんてなったら目も当てられん。
だが、相手は姫の護衛が最優先事項。
少人数で動いている以上、奴らがバラけるとは考えにくい。
お互いの最終目的地の船着き場でドッシリと待ち構えてやってもええが、
何らかの方法で船を呼び寄せ別の海岸から逃げられでもしたら厄介。
船の監視に数人裂くとして……。
「撒き餌やな」
騎士の死体を森に放つ。
あと四日。補給なしでは持たん。里には必ず戻ってくる。
昨日までの俺らと同じように、食料調達のために人を出すはずや。
離脱した騎士を見かけて、話しかけでもしてくれれば……。
「立場逆転やなぁ。皆、今日は雨風しのげる場所で寝れんでぇ」
宿屋のふかふかのベッドに、泥にまみれた奴隷たちが泥靴のまま倒れ込む。
奴隷達およそ20名が宿屋を占領した。
***
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湿った土の匂いと、終わりなき虫の羽音が耳にこびりつく。
「ケレッゾ、では任せましたよ」
「はい」
背を向ける彼の騎士服は、逃亡ですっかり薄汚れていた。
森の洞穴に潜む騎士団を後にし、里に向かう。
里の者に食事の面倒は滞在期間中見てもらえる約束は交わしている。
彼らは人間に興味がなく、食料を求められれば渡す。
奴隷であろうと、誰であろうと。
姿を潜め、物音を立てぬよう森を進む。
「な……に……?ザディウス……?なぜここに」
死んだと報告を受けたはずの騎士が立っている。
***
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オレは宿屋のベッドで寝ころんでいると、
死体からの伝達の魔術を感じる。
「かかったぁ!」
ベッドから起き上がる。
「行くで!お前ら!」
宿屋から奴隷が飛び出す。
先頭を駆けるのはガーム。
「ケレッゾじゃねえか!」
放たれた大砲の弾のような猪突猛進。
巨大な斧が空気を引き裂き、ケレッゾを襲う。
「チッ!」
ガームの斧は槍でいなされたものの、
直後に襲いかかったのは『死体の兵』。
ふら付く身のこなしから想像もつかない速度と力で剣を振り下ろす。
「死体だからなぁ、頭おかしくなってんだよ!」
連携のとれたガームの追撃。
奴隷たちが飢えた獣のような目で石やナイフをを投じる。
騎士団長といえど、多勢に無勢。
一人倒すごとに、背後から音もなく別の「死」が這い寄ってくる。
―――まずな、アイツら。やりすぎるかもしれん。
「殺すなよ!」
声を張る。
ガームの振りかぶった斧が止まる。
「何しとる、ガームぅ……。
お姫様の居場所を、騎士様に教えてもらわな、やろ?」
「ああ、すまねえ……」
満身創痍のケレッゾが、血を滴らせながら膝をつく。
「ほな、いこかぁ」
***
***
ケレッゾが戻らないまま、夜が明けた。
「……失敗、しちゃったっすかねえ」
「やめてちょうだい。ケレッゾに限って、そんな……」
リリは気まずい空気を誤魔化すように髪をいじる。
「姫様。今、割と詰んでるかもっすよ」
「わかってるわ」
たとえケレッゾが捕まっていたとして、彼が口を割ることは無いだろう。
耐え続ける彼の状況を想像すると胸が張り裂けるように辛い。
仮に、この逃亡生活が上手くいったとして、
船で待ち伏せされていたら、どちらにせよ私たちは詰みだ。
「例えば~、姫様の首を差し出したら、アタシだけでも助けて貰えるっすかねえ」
「……いいわよ」
「は?」
「それで、貴方が助かるなら」
リリがラビリリスの頬を打つ。
「何弱気になってるんすか。いつものアンタなら笑い飛ばすところでしょ」
「……ごめんなさい」
「やりたくでも出来ないでしょ、そんなこと。出来もしないのに謝らないで」
「そうね、ごめんなさい。……竜人に協力を仰げないか、かけあってみましょう」
ラビリリスが洞穴を出る。
里に不用意に近づくのは危険。
「まずは森の中に竜人がいないか、とにかく探しましょう」
「あいあい。そうこなくっちゃ」
***
あれから丸1日が経過した。
竜人の姿は無く、食料と水の底もつきかけている。
我々の疲労と空腹は限界だ。
『あーあー、テステス。聞こえるかぁ』
魔法で増幅された声が、森一帯に響く。
『ケレッゾ君なぁ、全然教えてくれへんねん、キミらの居場所。忠臣やで~ほんま』
嫌な予感。
『メンドクサイから、明日の正午までに来なかったら、ケレッゾ君ぶっ殺しま~す。
ビビらんでもええよ。来てくれたらおもてなしするだけやって』
ふざけた言葉が響く。
『一緒にエントリア戻ろうや~、俺ら祖竜様に願い叶えてもらうまで暇やから
話し相手になってほしいだけやねん……ほな、まってんで~』
***
また一夜が明けた。
緊張と空腹で眠れない体を何とか起き上がらせ、私は歩き出す。
「ラビ様!罠ですって!」
「でもっ!」
里に向かおうとする私をリリが必死に制止する。
「ケレッゾ様も覚悟の上です」
「だとしても!見捨てるなんて……!私には出来ない!」
「わからずや!」
「ええ、そうよ!だって私は王女なのよ!?」
「だからこそ死んじゃダメでしょーが!」
言い合いも虚しく腹の虫がその気力を奪っていく。
「……結局里には行くしか選択肢が無いわ。
竜人と話せさえすれば、突破口があるかもしれない」
「協力してくれるっすかねぇ……」
私たちは限界だった。ふらつく足で里に向かった。
***
里の様子を伺うと、人間の出入りは無かった。
配給担当の竜人の家に滑り込む。
「すみません、食料をいただけますか」
「ニンゲンですか。何人分でしょうか?」
「三人分で……。
あの、無礼を承知で頼みます。私たちを助けてくれませんか」
「断ります」
ぴしゃりと言い放つ。
「我々竜族と、その眷属はニンゲン同士の争いには介入しません」
「な、何故!?エントリア王家と竜族は万年の絆があるのでしょう?」
「おとぎ話は知っていますか?魔王との戦いに協力はしましたが、
人間同士の争いに協力したことはないでしょう」
「それはっ……そうですが」
「ニンゲンのことはニンゲンで片付けなさい」
その瞳は、争い合う人間たちを「足元の蟻が餌を奪い合っている」程度にしか見ていなかった。
「でも、私達はアナタ達の儀式を手伝ったじゃない!」
「あれは、争いじゃないでしょう。
勝手に貴方たちは争っていたかもしれませんが。
一言でも私達が争いあってくださいといいましたか?」
「煽りはしてたわ」
「それでも、争う判断をしたのはアナタ達です」
取り付く島もない。
「我々の害にならない限り、手出しはしない。それだけのことです」
渡された食料の入った袋が、あまりに重く、そして冷たい。
「そのお方の言う通りやで」
ゼノがドアの前に立つ。
「飛んで火にいるナントヤラってヤツやな。
はよ着きすぎや。まだ支度できとらんわ。せっかちな女やで」
「貴様っ……!」
「オイオイ、ご迷惑になるやろ。話きいてたか?ここで暴れんなや。
宿屋の裏で処刑ショーすんねん。
そこで相手したるから、時間になったら来ぃや」
ゼノはヒラリと手を回し、去っていった。
その背後には、死んだはずの騎士・ザディウスが、光のない瞳でラビリリスを見つめて立っていた。




