第3話 目標
ダンジョンに入るとひどい有様であった。
生き残ったゴブリンも満身創痍だ。
痛みに耐えながら亡骸を外に運び出している。
「手伝うよ」
真っ黒な血が床を這い、足元にまとわりつく、
惨たらしく転がるゴブリンの死体を抱きかかると、若いゴブリンが奇妙なものを見るような目でこちらを見られる。
「ボス…あんた、喋れたのか?」
「ボスって…ああ、僕のことか。そりゃ、喋れるよ」
「そうなんか。ゴーレムって喋らないモンと思ってたゼ。そういやアンタ、ゴーレムにしてはシュっとしてるもんな」
「そ、そう?」
確かにぱっと見は人間そのものだ。
ダンジョンを出て、崩れた施設の脇に死体の安置所となっているらしい。
死体を背負い、僕は階段を登った。
「おンい」
「ヒゲ爺」
「おお、気のせいじゃなかったンか。本当にボスが喋っとる」
そこにおいてくれ、と言ったヒゲ爺はゴブリンの死体を見つめ、石に何かを刻み始める。
「それは?」
「名前じゃ」
墓石だったのか。
大きくはない石にギチギチに詰め込まれた名前達。
「すまンな。せっかくボスとして召喚されたンに。初日に自分のダンジョンの部下たちがボロボロでよ。」
石にヒゲ爺は彼らの名を刻んでいく。
「部下が雑魚でがっかりしたかンね」
「いや、僕がもっと早く気づいていれば加勢できてたかもしれないのに。すまない」
「ハハハ!ボスってのは、部下に任せてどっしり構えるもンじゃ!気にすンな」
ヒゲ爺に尻を叩かれる。
集められたゴブリンの死体はヒゲ爺が祈りをささげると灰となって消えていった。
「忘れちゃいけねンだ」と言い、ヒゲ爺は石を見つめる。
「ワシンらは弱い。世界で一番弱い。どこのダンジョンにも、いらないって言われて流れ流されたどりついたはぐれ者さ。」
強く握りしめる石が震える。
「悔しいナァ…悔しいナァ…。代わりに死んでやれるならワシが死んでやりテェさ…」
歯の隙間から絞り出すような声だった。
握りしめた石が濡れる。
ああ、その感情に覚えがある。
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「係長~、取引先の無茶ぶりっていつまで付き合えばいいんです…」
「…すまない、烏山。僕のバックアップ不足だ。どこまで終わってる?あとは僕が終わらせておくから」
「土日出る気なんでしょ。アンタに押し付けて週末遊べるほど俺、終わってませんって。それに、この案件は俺がリーダーですからっ!」
むふー、と自慢げだ。
鳥山をリーダーへと成長させるための修行案件。
良好な関係の取引先、安定している案件だと思い引き継いだ矢先、取引先の担当変更。
僕たちの思惑は外れ、見事にドツボにハマってしまった。
相手は新人、現場は崩壊寸前。それでも仕事は断れなかった。
徹夜と休日出勤続きの僕らは限界だった。
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「そちらの想定が甘かったんじゃないかね!」
怒号の響く会議室。
「議事録に記載があるはずです」
「だから、想定する前提が異なれば議事の意味なんて…」
「だ・か・ら!」
平行線をたどる会議
熱くなって机をたたく先方のお偉いさん。
青筋の立つ烏山は今にも殴りかからんばかりだ。
責任の所在を求める非生産的な会議は泥沼化し、ゆうに半日を費やしている。
「鷹宮君に担当を戻せないもんかね…まったく。鷹の子は鳶以下か…」
「は?」
眼鏡をかけた、理知的な印象の元担当者が言い放つ。
堅物であるがゆえに、業務や事情をつぶさに捉え、彼の発注は明瞭でわかりやすく、僕らとしては仕事がやりやすかった…しかし。
「新垣くん、君はこんな仕様で発注してないよね?」
部下を育てるという能力が、彼には決定的に欠けていた。
「…っ、い…え。この…業務…私、部長から何も…聞かされて…」
「新垣くん、言い間違いかな?」
「ヒッ…してませぇん!」
「ハア、使えない部下をよこされると尻ぬぐいが大変ですね…。ねぇ、鷹宮君。」
その一言キッカケとなった。
「ちょっ。鷹宮さん?」
僕は、彼の前に立つ。
やめとけって。
これまで、上手くやってきたじゃないか。
会社を守れ。
客を守れ。
立場を守れ。
じゃあ、目の前の部下は?
「ぶびゃ!?」
僕が先方の顔面にストレートを入れてしまった。
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会社は当然クビ。
若気の至り…で済ませていい話ではない。社会人として本当に恥ずべき行為だ。
懲戒解雇も妥当。むしろ懲戒解雇のみで済ませてくれたのは奇跡だ。
あの時の選択が、正しかったのかと問われれば、当然正しくなどない。
法治国家に生きる以上、守れねばならないことはある。
ただ、あの場で何もしない僕を、後の人生の僕は納得できたのだろうか。
後悔なく、その後生きて行けただろうか。
暴力を正当化してはいけない。
もっと然るべきやり方は、きっとあった。
でも、それでも。
あの時、あの瞬間の僕は自分の感情に嘘がつけなかった。
そんな堂々巡りの思考なか、転職活動は芳しくなかった。
懲戒解雇持ちのレッテルは重く、勿論全敗した。
いよいよ首のしまった僕は、安直ながらも自分で会社を興すことにした。
どこからか、僕の情報を聞いた烏山は居ても立っても居られなくなり、会社を辞め、僕の会社に合流しに来た。
僕の責任に付き合う必要はないと何度も追い返したが、最終的に僕が根負け。
転職活動がうまくいかなかった人間に、仕事など舞い込んでくるわけもなく。
僕達の会社は初年度からイキナリ大ピンチだった。
どこにいってもなしのつぶて。雑魚扱い。
最初の2年は、安アパートで二人カップ麺を啜り、雑用のような本業と関係のない仕事も何でも請けた。
そこからは必死にあがいて、あがいて、ようやく仕事が取れるようになった3年目。
軌道に乗り始め、スタッフも片手じゃ数え切れなくなった5年目。
会社は大丈夫だろうか。
…僕一人不在になったところで崩壊するようなヤワな組織じゃないか…。
もし、あそこに帰れた時、この不思議な体験をいっぱい皆に語りたいな。
その話は、やっぱりハッピーエンドじゃないと。
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「ヒゲ爺」
「おン?」
ヒゲ爺はこちらを見る。
「僕の事は社長って呼んでくれないか?」
「シャ…?なンだそれ?まぁイイけンどよ」
僕なりの覚悟の決め方だ。
このダンジョンを…いや、この会社を僕は…。
「僕は――ここを最強のダンジョンにする」
「や、最強は無理じゃろ。」
…最強のダンジョンにしてみせる!!




