第4話 分析
あの襲撃から一週間が経った。
依然、元の世界に戻る兆候はなく、「異世界転生したもの」として腹を括った。
ゴブリンたちも平穏な日々を取り戻しつつあったが、差し引き10匹ほど減っており全体で20匹程度。
冒険者の襲撃もいつあるとも知れない状況は僕の心を休めてはくれなかった。
魔物たちの話を聞き、状況も見えてきた。
ここは、例えるなら「最初のダンジョン」といえるだろう。
そのダンジョンのボス「ゴーレム」として僕がいる。
『なぜ その一』最初のダンジョンとどうして言えるのか。
大前提、ここは『アルカ島』という島だそうだ。
島は『エントリア王国』が統治しており、城下街には冒険者ギルドの総本山がある。
冒険者を目指す者は、その総本山で試験などを経て冒険者になる。
つまりこの島は駆け出し冒険者だらけなのだ。
その駆け出し達は近場の魔物の発生するダンジョンでレベリングするわけだ。
魔物視点では、なんとも傍迷惑な話である。
『なぜ その二』ここの魔物が弱い理由…。
僕はダンジョンの最奥のボスの間の中央の亀裂を見つめる。
「しゃちょー。おふぁよぉ。ふあぁ」
「おはよう、セシリー」
ボスの間の更に奥。誰も気づかぬような横穴からのそのそと寝巻姿のセシリーがあらわれた。
セシリーは亀裂に近づき、なにやらもにょもにょしている。
「シャチョー!おはようございます!」
「おはよう!」
ゴブリンたちも現れ、その亀裂に近づく。
これが彼らのモーニングルーティン。
何をしているか?見ての通り。魔力を補充しているのだ。
我々魔物の生命力の根幹を担うのはこの「魔力」。
ダンジョンに住まう魔族はこうやって遠くにいる魔王から供給される「魔力」にて生命活動を維持しているというわけだ。
「おいっ、セシリー、お前取りすぎだゾ」
「うるふぁいなぁ~」
「セシリーは育ちざかりなンだから、しょうがねえナァ!ガハハハ!」
ヒゲ爺がセシリーを背中に乗せ遊んでいる。たのしそうだ。
ゴブリンの数が減った現状でも、このダンジョンの魔族の量に対して供給されている量は見合いっていない。
一杯のかけそばを家族でわけあっている状況に近い。
「ほれ、シャチョー。なにボケっとしとる」
「はむはむはむはむはむ」
「セシリー。シャチョーの分は残しとけヨ」
「ははは、セシリーがいっぱい持ってきなよ」
亀裂に手をかざすと、 まるで、呼吸するみたいにじんわりと体に何かが満たされていくのがわかる。
地震でも起こって亀裂が壊れて、魔力供給がたたれたらと思うとゾっとするな…。
今は考えないでおこう。
……ここを強くするには、
この“魔力の供給”をどうにかする必要はありそうだ。
腹が減っては、なんとやら。
さて、改めて『ここの魔物が弱い理由』に触れよう。
魔族と人間の熾烈な戦いは日々繰り広げられている…。
らしいのだが…、それはこの島から離れた大陸で行われている。
このアルカ島にはほんの僅かな、魔力の残りカスが供給されているにすぎないため、必然魔物も弱めなのだそうだ。
****
「ねえヒゲ爺」
「おン?」
「先週の冒険者の襲撃ってどんな感じだったの?」
「おー…アレか。アレな」
ヒゲ爺がセシリーを背から降ろすとセシリーは僕の背中にへばりついた。
「入り口からヨ、4人の冒険者がブワァー!っときて、ワシンらがワァーっと襲い掛かったンだ」
「ほうほう」
「でヨ、バリバリバリ!ってやつとかザンザンザン!ってやつでボコボコにされてヨ。とにかく皆で突撃したンだが…ダメだったナアァ…」
「…」
じょ…情報量が少ない…!
「セシリーもガンバった!」
「オォ、セシリーもこっそりバリバリしてたナ!」
「バリバリ…?で、要するに、突撃して冒険者に各個撃破された…みたいな?」
「カッコ…?マァ突撃したわな!そんで全員玉砕ぢゃ!」
一旦詳細は気にせず、「バリバリ」は攻撃していたとかに変換しておこう。
ゴブリンたちは気のいいやつが多く、竹を割ったような性格の者しかいない。それゆえ戦闘も特攻がメインなのだろうか。
「作戦たてたりしないの?」
「サクセン?…ガハハハ!そンなこと思いついたらゴブリンやってネェーって!」
今の話を聞く限り、ダンジョンに入ってきた冒険者にとにかく『当たって砕けろ』で突撃しているだけだ。
「ねえヒゲ爺。仮に僕が作戦を思いついたらそれに沿って動いてくれる?」
「ン?おお、そりゃアンタがボスなんだ。モチロンよ」
「サクセン…!」
セシリーが目をキラキラさせながらこちらをのぞき込んでくる。かわいい。
「まず第一に、死にそうになったら『逃げる』これを徹底できないかな?」
「逃げる…?」
ヒゲ爺の目つきが変わる。
「オイオイ、シャチョーそりゃ無いゼ。そりゃ戦いじゃネェだロ。
従うとはいったケド、戦いの前提を覆さすのは違くねえか?」
「えぇー…。セシリーは賛成だな。みんながこれ以上傷つくの、見たくない」
ヒゲ爺が肩をすくめ、セシリーは悲しそうにうつむく。
「ワシたちゃ一族の誇りを背負って戦ってるンだゼ?背中をみせるようなこたぁ…」
ヒゲ爺の歯切れは悪い。
頭の中では今を生きるもの達を守りたいという想いはあるのだろう。
「今までの英霊たちに恥ずかしいという気持ちはわかる。でも恥知らずでもみんなの命を守る新しい戦い方も必要なんじゃないか?」
「うンむ…」
ヒゲ爺が頭をひねる。
首がねじ切れんばかりに首を傾げ、頭からはケムリが出ている。
「僕は今を生きる皆には死んでほしくないし、こんなに仲良くなったヒゲ爺やセシリーがひどい目にあったらって想像すると、ちょっと耐えられないよ」
「そりゃ、そうだろうけンどヨ…」
セシリーも背中で僕の服をぎゅっと掴み、震えているのが伝わってくる。
「僕たちだけが逃げちゃダメってのはフェアじゃないだろう。むしろ逃げることで僕たちは強くなるんじゃないかな」
「逃げると強くなる…?」
「そうさ、たたかった経験値が、やられてしまったらパァじゃないか。でも逃げたらちょっとずつでも強くなるだろ?」
「うンンンむ…そうかもしれんが…」
きっと今までの生き方を否定することになっているのだろう。
この一週間でゴブリンたちと仲良くなっているのだ。
僕だって、またあの惨状は見たくはない。
「一回ぢゃ」
「え?」
「次の襲撃があったら、一回だけ試してみる。全然納得はしちょらンよ。でもダンジョンの魔物はボスに従うもンだ。一回やってみて、納得できンかったら、逃げるサクセンは無しぢゃぞ」
「ああ、それで十分。じゃあ…二つ目。冒険者は生きて帰らせてほしい」
「ふンむ…そもそも倒せたこともないけンど…」
「嫌」
想定外の人物から想定外の言葉に僕は驚く。
背に張り付くセシリーが冷ややかな目でこちらを見つめる。
「嫌。絶対に嫌。ニンゲンはゴブダックも、ゴビーも、ゴブビルも、ゴブサクも、みんなみんな、いっぱい殺した。あっちだけ殺されないのは絶対におかしい」
今までの優しい印象だった彼女からは考えられないほどの憎悪の感情が伝わってくる。
同胞を殺され続けているのだ。
反対意見はもちろん出てくると思っていたが…、セシリーからとは。
「まって、セシリー。僕だって冒険者の事が死ぬほど憎い。この「殺さない」ってのも作戦の一つさ」
「サクセン…?」
「ニンゲンが可哀そうだから言ってるってワケじゃない。そうだな…」
僕はセシリーと目を見て話せるよう膝に乗せる。
「このダンジョンは…冒険者からみれば”カモ”なダンジョンなんだろう。彼らはいい経験値稼ぎくらいにしか思ってない。そう思ってたダンジョンで急にバタバタと人が死ぬようになったらどうなるとおもう?」
「…わかんない」
納得できないセシリーはむくれながら答える。
「きっと、もっと強い冒険者がやってくる。いまの僕たちじゃ為すすべなく全滅しちゃう。だったら、いまは被害を最小限に留めつつ、戦力を蓄えるのが…」
「嫌!」
セシリーが僕の胸を叩く。
「でも…」
「嫌!嫌!!絶対、嫌ぁ!!」
セシリーが瞳に涙をため叫ぶ。
「あいつら…いっぱい殺して…!何回だって…!セシリー、いつも危なくなったら隠されて…まだ一回も仇とったことない…!!なんでそんなこと言うの!シャチョーだって魔物なんでしょ!」
セシリーは拳を僕の胸を叩き、わんわん泣き始める。
「ンン…ワシもセシリーの気持ちは痛いほどわかる。ワシも冒険者にトドメがさせるなら迷わず刺すと思う。生かして帰す余裕なんて今のワシらにゃないよ。」
ヒゲ爺がセシリーの頭をなでる。
「けンども、殺しちまったらその次がもっと大変かもってシャチョーの言っている理屈もわかる。困ったのう」
セシリーに謝りながら頭をなでていると泣き疲れ、僕の膝の上で縮こまってしまった。
「…一回、一回だけ。僕の作戦に乗ってくれないか。」
「うンむ…」
「セシリーも、気持ちはわかるけど、いずれ仇をとるためだとおもって、頼む」
「うう…」
納得はしてなさそうだ…。仕方ないか。
「作戦名は、「いきなりボス戦」だ」
***
あれから数日が過ぎ、
チリリリリ…
侵入者検知の鈴が鳴る。
さぁ、初陣だ。




