第12話 氷竜 クリスフィアス
銀色の髪に、透き通るような肌。
薄手の羽衣のような着物を無造作にまとった少女。
「ミルフィー様……申し訳ございません」
「どういうことだ、氷竜の巫女」
「一年前から、既にお産まれになっていました。クリス様の結界で偽装し続け……」
「あまり氷竜の巫女を責めないでやってくれ。私が無理を言ったんだ」
クリスフィアスはパタンと本をとじる。
「1年間、隠れ続けられたんだ。このままでいい」
「ダメです!今は”弔いの儀”が行われてしまっている。いずれここにも……」
「なんとかする」
「ですが……!生まれたことが知れれば、それこそシルキーがやってきます!」
「わかっている……。わかっているさ」
銀髪を振り乱し、少女が小さく身を縮める。
「怖いんだ……死ぬのが。
この一年で積み上げたものが、全部なかったことになるのが怖い。
外に出た瞬間、あの悪魔が来るかもしれないんだ……。
ならば最後の瞬間までここで……」
「クリス様……」
シルキーの圧倒的な力の前に皆押し黙るしかない。
「――逃げだな」
俺の言葉にクリスフィアスがこちらを睨みつける。
「そうだ。だが、それの何が悪い。誰だって死ぬことが怖いだろう」
「ああ。その通りだ。
だが、抗える可能性があるのに、なぜ何もせず受け入れる。
それを“弱さ”と言うんだ」
「……不愉快だ。なんだコイツは!
氷竜の巫女!この無礼者を追い出せ!」
「ですが……一理あります。この方の元へ行けば、
クリス様が悪魔の魔の手から逃れられるかもしれません」
「逃れられたとしても、こんな無礼者の所に行くか!
……待て、貴様……」
クリスフィアスが、じっとこちらを見つめる。
「まさか、冗談だろう。ヴェネノに”刻印”しているのか?」
「はい。この者の名は”ヒトツ”。
アルカ島の南の祠の主、思ったよりも骨はありますよ」
ミルフィーの答えに、クリスフィアスが考える。
「僅かだが、お前に興味はわいた。『氷竜の試練』で、お前を試す。
気に入らなかったら、氷像の一体になってもらう」
「試練をクリアしたら、刻印を受け入れるのか?」
「はは。そんな事態になったら、考えてやってもいい」
煽った事でなんとか彼女の興味は引けたようだ。
「お前の魂の在り方を”視”させてもらう」
更に温度が下がる。水蒸気が凍り空気が煌めく。
こちらを見つめる。
「まずは、どんな凡庸な生だったか、少し中身を覗かせてもらおうか。」
金色の瞳が輝く。
***
記憶がフラッシュバックする。
ダンジョンのこと。
ゴブリン達のこと。
ヒゲ爺のこと。
セシリーのこと。
ああ――
何を犠牲にしてでも、俺は――
***
「お前……」
クリスフィアスが息を切らしている。
「……既に死んでいる……!?どういうことだ!?」
青い顔でこちらを睨みつける。
「それに、私たちの孵化すら利用して……幼子を……!」
「そうだ」
「あんな幼子のためにっ……!」
彼女の首元を隆起した土の針が捕らえる。
「……失言だった」
冷静さを欠いてしまった。この試練は直接的な戦闘ではないのだ。
「だが……であれば。貴様は我々の”敵”じゃないか」
「敵?……何故だ?」
「何を抜け抜けと。
お前の心の中の目的は『幼子の蘇生』で埋め尽くされている!
我々を利用しようとしているだけなんじゃないか?」
「それに何の問題がある?俺は、俺のためにお前たちが欲しい。
お前たちは外で生きながらえることができる。」
「な……に……」
クリスフィアスは愕然としている。
「幼いな、君は」
「なっ」
その言葉で彼女の顔は耳まで真っ赤になった。
「巫女に尽くされ、ここに閉じこもり、自分の世界だけしか知らない。
世の中とは、個々の目的を擦り合わせ、互いの利益を得ていくものだ」
「チッ……、説教はいい。貴様に言われなくともわかっている」
「ハハッ、クリス様は賢いもんな」
「貴様……煽っているのか?」
クリスフィアスが青筋を立てる。煽り耐性も低いらしい。
「試練は終わりか?」
「……まて、質問させろ」
彼女は顎に手をあて考える。
「何故お前は竜の力を求める」
「『最強のダンジョンを作る』そのためだ。
竜族は強い。魔物の中で最も。
だからこそ、俺のダンジョンに欲しい」
「……ヴェネノに刻印できて浮かれているのかもしれないが、
竜族は魔物の中でも特別だ。普通の魔物ごときと一緒くたに考えるな。
お前が主に値しないとなったら、いつでも嚙み殺せるんだぞ」
「その時は、俺が器ではなかったというだけだ」
「最後の問いだ」とクリスフィアスが言う。
「最強のダンジョンとやらを作って何がしたい」
「世界征服」
「……は?」
「全てを支配する。
金も、力も、命も――全部だ」
突拍子もない発言にクリスフィアスが目を丸くする。
「魔王も、あらゆる国家も、全て支配する」
「は、ははは。ホンモノのバカだ。そのレベルで?
口だけなら何とでも言える」
「レベルだけが全てじゃないさ」
「……じゃあ”視”せてもらおうか。お前の心の奥底にある”お前”を。
本当の薄汚い心の原点を」
クリスフィアスの瞳が光る。
「さあ、真実を映し出せ」
***
まず初めに聞こえたのは耳をつんざく絶叫。
音というより、それは精神を削る激痛だった。
鼓膜を直接針で抉るような、幼子の絶叫が響き続ける。
視界が赤く染まり、繰り返される幼子の末路。
肉が裂ける音、骨が砕ける音、
そして――救いを求める細い指先が、空を掻いて落ちていく光景。
「なんだこれは……」
『ねえ』
「なっ」
振り向くと、そこにボロボロのローブを纏った幼子が立っていた。
欠落した瞳から、黒い涙が溢れている。
『なんで タスけテ くれナカッタの』
「なんだ……お前……」
その首が落ちる。
『なんで』
響き続ける絶叫。
『なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで』
問い続けられる声。
「お前さえ居なければ」
「お前が魔王にたてつかなければ」
「お前が余計な事をした」
「お前があの女を助けなければ」
「お前が居なければ」
責められ続ける罵詈雑言。
―――響き続ける絶叫。
***
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」
私は嘔吐き、立っていられず卵に寄りかかる。
なんだこの男は。
対峙している今も、脳内ではあの絶叫が四六時中鳴り響いているというのか?
あの罵倒を受け続けているのか?
「……”マトモ”じゃない」
「マトモになれば、セシリーは生き返るのか?」
目の前に立つ男の容量が知れない。
「お前の行動原理は理解した。最低限の矜持はあるようだ。だが」
息を整え立ち上がる、背に氷の翼を広げる。
「私が外に出る理由にはならない」
時間が制止したかのような感覚になるほどの冷気。
空気が凍る。
***
「口だけは立派だったよ」
トン、と。
俺は彼女の華奢な肩を、たたく。
「なっ……!」
「ほらな、レベルだけが全てじゃないだろ」
途中から彼女は土人形と会話していたのだ。
会話に意識が向いた隙に、土中を潜り――背後を取った。
ダンジョン外でも固有魔法が使えるようミルフィーと特訓した成果だ。
「ひっ……!」
クリスフィアスが尻もちをつく。
「やめて……!」
さっきまでの威圧は、影もない。
恐怖に震える姿は、幼い少女のようだ。
アグネアのように本能のまま戦われては、手の打ちようは無かったかもしれない。
だが、彼女は理屈で戦うタイプだろう。
産まれて間もないのだ。実践値の差、死への恐怖であっけない幕引きとなった。
「死ぬのが怖いなら、俺の影に隠れていろ。守り抜いてやる、必ず。
……ただし、対価は払ってもらう。
その知識、能力、すべて俺のダンジョンのために使え」
「……あ……あ…………」
ここから本格的な戦闘となったら勝てる自信は無かったが……、ハッタリが通じてよかった。
クリスフィアスの額に紋章が刻まれると、彼女は気を失った。
***
「……ルゥ」
「ん、運ぶね」
影からルゥが現れる。
「すまない、一時休戦を伸ばし続けて……」
「んー……、考えてた。アナタについていくの、面白そうだなって」
「何……?」
「奴隷を助ける人って、見たことないから」
気が付いていたのか……。
それだけ言うと気絶しているクリスフィアスを抱え、俺の影に潜っていった。
ミルフィーがこちらに近づく。
「感心しませんね。いつもあんな調子で女性を口説いているんですか」
「口説いてる訳では無いと何度も……」
「まぁいいでしょう。ワタシも貴方の目的が聞けてよかったです」
「いいのか……?俺の目的を聞いてなお」
「誰しも目的を持ち、生きています。それが一致している者などいません。
我々の目的の邪魔にならないのであれば、些細な問題です」
氷竜の巫女が深々とお辞儀をし、俺達を見送る。
階段を登ると、見覚えのある顔が遠くに見える。
「ヒトツ……!?ヒトツなの!」
嬉しそうな声。
「女たらし」
背後から俺を刺す声。




