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第11話 毒竜 ヴェネノ

ピキリ、と硬質な音が響く。

白磁のようだった卵の表面に無数の亀裂が走った。


「なっ……」


反射的に魔法を唱えられるよう身構え、ミルフィーも槍を構える。

産み落とされるのは、邪竜か、それとも――。


乾いた音を立てて、卵が砕ける。


俺たちの心配は、杞憂に終わった。


砕けた殻は、まるで薄いガラス細工のようだった。

その中心で丸まる少女の肌は、生まれたてとは思えないほど瑞々しい。


「ヴェネノ……様」


ミルフィーが目頭を押さえる。


「感傷に浸るのは後ですね、”弔い”の偽装工作をします。

ルゥとかいうニンゲン。ヴェネノ様を隠してくれませんか」

「え」


影から顔を覗かせるルゥがこちらを見る。


「頼まれてくれないか。隠れ家があるらしいから、

そこまでは一時休戦してくれると助かる」

「んー……。いいよ」


一糸纏わぬ紫髪の女の子。

頭には角、背に翼。

それ以外はまるきり人間だ。

竜人の巫女たちとは異なり、鱗らしき部位も見て取れない。


ゴシック調のドレスが卵のそばに置いてある。

おそらくは、彼女の誕生を夢見た巫女が……。


ミルフィーは、眠ったままの彼女に、慣れた手つきで服を着せていく。

人間でいえば高校生ほどの背姿だ。


「幼体はこの人間に近い姿なのです。

成体となってから竜と人の姿を使い分けられるようになります」

「解説どうも」


彼女の頭に手を置く。

リンリン曰く、”刻印”とはその魔物に主従関係を刻みつける契約。

――「俺はお前の飼い主だ」と己の精神を定義する行為だ。


パチリとヴェネノの瞳が開く。


「……う様」

「ん?」


がばぁ!と俺に抱き着く。


「お父様!」

「なっ!?」


ミルフィーがくすくすと笑う。


刷り込み(インプリンティング)ですね。時が経てば落ち着くでしょう」


ヴェネノは尻尾をぶんぶんとふり、顔をべたべた触る。


「お父様はヴェネノとは全然違うんデスね!固~い!」

「やめなさい……」


ごりごりと頭をこすりつける。


「ええい、”刻印”を受け入れろ!」

「はぁ~い!ヴェネノちゃん。喜んでうけいれマ~ス」

「……あ、そう」


肩透かし。


「あ、でもぉ。なんでヴェネノちゃんと一緒にいたいのか教えてほしいな~」

「南の洞窟を最強のダンジョンにする。そのために必要だ、お前が」

「きゃーーーー!でもそれってぇ、ヴェネノちゃんが”竜”だから?」

「そうだ」

「じゃあヴェネノちゃんが竜じゃなかったら、キョーミなしなんデス?」


彼女がこちらを見上げる。


「いや?お前が何者であっても、俺はお前が欲しい」

「うっひょ~~~~!じゃあ刻印しま~~す!はやくはやくぅ~!」


こうも前のめりだと調子狂うな……。


彼女の額に紋章が浮かび上がり、淡く光を放ちながら、

ゆっくりと肌に溶けていく。


「ヴェネノ、お前の望みは、なんだったんだ?」

「えーっとぉ……結構しょーもなくて恥ずかしいんデスけど……」

「教えてくれ」

「『光がみたかった』んデスよね~。ず~っと真っ暗だったから……」


天井を壊したことで、偶然彼女の望みをかなえてしまったと言う事か。

ミルフィーがこちらに近づいてくる。


「済みました」


ミルフィーが俺の手をとる。


「初めてなんです……”間引きの卵”の竜が無事でいると言うのは。

本当にありがとう……ヒトツ」


彼女は静かに涙を流す。


「まだ半分だろう、島から出ないと」

「ええ、そうですね。でも今は……すこしだけ時間をください」


逆光の中の彼女から流れる涙は宝石のように煌めていた。


***


べったりと、くっついたヴェネノを引きはがすのに苦労しつつ、

ルゥと一緒になんとか影に沈んでもらった。


ミルフィーは、天井に開けた穴へと俺を抱えたまま飛び上がる。

地上に降り立つと、そこは森の中。

歩を進め、ミルフィーの隠れ家に辿り着いた。


飾り気のない無機質な部屋。

石壁の四方には、びっしりと札が貼り巡らされている。

一枚一枚が、微かに魔力を帯びていた。


「ここなら、祖竜様の”視界”に入ることはありません」


俺の影からヴェネノが飛び出す。


「お父様ぁ~!」

「ぶぼ」


頭に抱き着かれ、どこか懐かしい感覚が胸をよぎる。

ルゥも姿を現し、疲れた表情で床に横たわった。

ヴェネノを引きはがし、床に座らせる。


「ねえねえねえ~、これからどうすんデス!?」

「俺のダンジョンで仲間として生きてほしい」

「モチロン~!」


物分かりが良すぎる……。


「だから、出立までは、ここにいてくれないか」

「ええ~つまんない~」

「ヴェネノ様、ミルフィーからもお願いいたします。

アナタ方は本来この島にはいないはずの存在なのです」

「それはわかってるケド……。ん~、なるべく早めに帰ってきてネ」

「ああ、約束する」


こうして晴れて俺は、”新生 南の洞窟”の仲間一号を手に入れたのだった。


「そうだ」


俺はポケットから”あるもの”を取り出す。


「なにこれ?」

「”伝心石”一日に少しだけ、これを持っている者同士で話せるんだ」

「へえぇー!じゃあ寂しくないデスね~」

「ああ、落ち着いたら連絡する」


***


「さて、他のニンゲンたちと合流する前に、稽古をつけましょう」


ミルフィーが隠れ家から出ると、俺の前に立つ。


「土く……コホン。……ン゛ン゛ン!……ヒ、”ヒトツ”。

貴方は固有技能(ユニークスキル)をどれほど理解していますか」

「個々に備わる人によって異なる能力。そんな認識だな」

「大枠はあっています。アナタはまだ目覚めていないように見える」


ミルフィーが槍を構える。


「個人差はありますが、レベル20前後で目覚めます。

稽古で貴方のレベルを引っ張り上げます」

「ああ」

「貴方の戦闘スタイルは土魔法による自己強化と罠などですね。

こちらも戦い方を拡張してもらいます」

「願ったりかなったりだ」


高レベルの者に教えを請えるのは有難い。


「本来、貴方はダンジョンボス。罠を張り、冒険者を迎え撃つ存在。

受動的な戦い方が多く、自分から攻める事が苦手と見えます」


視界が上下に揺れ、背中に鈍い衝撃が走る。

ミルフィーに足を払われたと気づいた時には、転がされていた。

喉元に突きつけられた銀色の矛先。

構えたまま、彼女は笑みを浮かべる。


「まずはそこからですね。いつでも司令塔でいられると思わないでください」


その微笑が、どんな魔物よりも恐ろしかった。


***


一晩あけ、俺達は出立の準備をする。


「どえぇえ!?お父様、何その顔!?」

「ふぁふぃふぁほぉふふぁふぃふぇふぉふぁふぅふぁ」

「あはははは!ぱんぱんだ~!」


俺の顔を揉むヴェネノ。

昨日はミルフィーにボコられ続け……。

体の再構成を始める。


この醜態の原因はミルフィーから出された課題の一つ。

『よりニンゲンに近づく』

のせいだ。

今までであれば肉が腫れることなどなかった、


彼女の意図は「人間に擬態できるのであれば、徹底的に」とのことだった。

人間の中に紛れるにしても、より人間らしい肉体でないとバレてしまうことを危惧しての事だ。

たしかに、この世界に来たばかりのころ……、思い当たる節はある。


俺の体はどんどん人間らしく構成を変えていき、

人間らしい肉の弾力や温度を手に入れつつあった。


「ヒトツ、どうやらあの地割れでニンゲンは数名死んだようですが、

騎士団の者たちは生きているようですよ」

「それは朗報だ」

「残るは火竜と氷竜。

火竜アグネア様はそう簡単には弔われない。

我々は氷竜クリスフィアス様の元に向かいましょう。」

「氷竜の巫女は”誕生派”なのか?」

「ええ、ですから他勢力の辿り着く前にさっさと終わらせてしまいましょう」


僕らはヴェネノを隠れ家に置き森を駆けた。


***


火山の麓、氷穴に近づくにつれ、気温が下がり霜が降りている。


「同じ島とは思えないな」


ぽっかりと空いた空洞の周りは凍り付いている。

周囲の岩肌は青白い氷の層に飲み込まれ、

天井から無数に垂れ下がる氷柱が侵入者を拒絶するように釣り下がっている。


氷穴の入口付近の氷柱、目を凝らすと―—―


「奴隷……、それに、海賊か?」

「”氷竜 クリスフィアス様”の試練に耐えられなかったのでしょう」


ミルフィーが松明を取り出し、氷穴に足を踏み入れる。

この体は寒さで震えたり動けなくなったりしない。


洞窟に入ると下方向に深く穴が伸びており、

その周囲に螺旋階段が作られており底まで降りられるようになっている。


「扉がないんだな。ここは」

「この冷気じゃ誰も入れないでしょう。

試練の際は、巫女が同行し少しはこの寒波をやわらげる習わしですが……」

「ミルフィー様」


階段を登ってくる氷竜の巫女。

本を片手に抱えている。


「それは一体?」

「ああ、この本ですか。

クリスフィアス様の日課で、彼女は1日に10冊は本を読みますから」

「卵が本を……?」

「卵の状態の竜に本を読んでいただくには、

巫女が読んで祈祷の際に内容をお送りするのです」


大変な仕事だ……。

螺旋階段を下り、そこに辿り着くと大量の本棚に囲まれた卵が鎮座していた。


「クリスフィアス様、ミルフィー様と運び屋(ポーター)が来てくれました。もう大丈夫です。貴方は島の外に出ることができるのです!」

「断る」


卵から確かに声が聞こえる。


―—―いや


卵の殻の裏に人影。


「外には悪魔(シルキー)がいる、私がリスクをおかしてまで、ここを出る必要性を感じないな」

「な……に……」


――”氷竜 クリスフィアス”は、すでに孵っていた。

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