第8話 巫女長 ミルフィー
俺たちは山を下り、竜人の里に辿り着く。
騎士団の雰囲気は最悪だ――誰も口を開かない。
鎧の擦れる音と、靴音だけがやけに耳につく。
海賊にも、奴隷にも一歩ずつ出し抜かれている。
ラビリリスは士気を保とうと気丈にふるまっているが、
仲間の死が彼らの胸に棘のように突き刺さっているのだろう。
皆、心ここにあらず。
暗い雰囲気のまま、宿で各々が個室に入る。
このまま指をくわえて終わるなど、許されない。
最強のダンジョンを築くロードマップ。魔力の供給源。駒としての仲間。
そして――セシリーを蘇生するための、細い糸。
それを手放さないためなら、俺はこの「敗残兵」たちを使い潰してでも、
絶望の淵から吊り上げねばならない。
状況の整理を始めると、
……何かが引っかかる。
――違和感。
飛竜の巫女も、おそらくは砂竜の巫女も俺たちに協力的だった。
スムーズに弔いが完了している。
だが、あの火竜の巫女は、どうだった?
まるでこちらに弔ってほしく無いような無理難題。
それに、なぜ火竜だけ、名前があった?
夜も更けているなか、俺は密かに宿を出る。
***
真っ暗な山道。
人間であれば遭難必至であろう。
土とトモダチのゴーレムでよかった。
ヘンゼルとグレーテルのように自分の砂をすこしずつ巻いておけば、
こんな芸当もお手の物だ。
暗闇の中でも道がわかる。
洞窟を閉ざす重苦しい鉄製の扉。
その扉に手をかける。
「そこまでです」
思考よりも早く、首筋に鋭利な冷たさが走った。
一歩踏み込めば喉を裂く、完璧な間合い。
俺は手を挙げる。
「貴様は……」
振り返れば、月光を背負ったミルフィーが立っていた。
昼間の無表情な顔ではない。外敵を排除する「番人」の瞳だ。
「ニンゲンに紛れていた魔物ですか。何が目的ですか」
彼女には全てバレているのだろう。
「火竜に”刻印”をしにきた」
「刻……印……?ぷっ……ふふ……あははは!」
笑い声が、静まり返った山に響く。
「レベル15の貴様が?竜を!?何の冗談ですか。ふふふふ、あはははは」
「本気だ」
「……数年ぶりに笑えた礼です。
同族のよしみで事情くらいは聞いてあげましょう」
彼女は槍を降ろす。
彼女の納得するストーリーを構築するか。
「嘘をついたら殺しますが」
「……」
嘘はつけなさそうだ。
***
俺は南の祠の事情を彼女に全て話した。
自分の失態が引き金となり、その殆どを失った事。
彼らと交わした約束だけは守り抜きたいこと。
セシリーを蘇生させるためなら、”なんだってする”と決めていること。
「その瞳、嘘はないようですね。……変なゴーレムですね」
ミルフィーが立ち上がる。
「利害が一致しそうなので、貴方を利用することに決めました」
月光に照らされるミルフィーが妖艶な笑み。
「竜人の巫女には2つの派閥があります。
”天還派”と”誕生派”。
貴方も察しがついたからここに来たのでしょう」
「……確証はない」
「卵を弔うことに躊躇しない者、孵化させてしまいたい者がいます。
そのどちらの思想も、間違っているというわけではない」
―—―やはり
火竜の巫女の振る舞いが腑に落ちる。
「”誕生派”なんて言いましたが、祖竜様の意向があるのです。
表立って卵を孵したりできません。
ただ、竜も巫女も、何度も何度も子を天に還すのは、耐えられる方が少数です」
「巫女は卵と意思疎通するわけだから、情も芽生えるか……」
「ええ。我が子のように。
心を通わせるのです。当然ですね。」
彼女は重く閉まる鉄の扉を押した。
中は相変わらず、卵が中央に鎮座している。
「貴方は……」
「”誕生派”です。
……”土くれの王”よ。ワタシたちを外に連れ出してはくれませんか」
その顔には、覚悟と、恐れと、わずかな期待が入り混じっていた。
「ああ、そのために来たんだ」
***
俺はもう一度卵の前に向き直る。
ミルフィー曰く、弔ったと偽装する方法も、一時的に匿う場所もすでに用意があるそうだ。
ただ、彼女たちは外に出るきっかけがなかった。
俺の存在は渡りに船だったのだろう。
ミルフィーが火の巫女を連れてくる。
「ミルフィー様、良いのですか……」
「責任はワタシが取ります」
火の巫女が卵の前に立つと、祈祷を始める。
俺の視界がぐにゃりとゆがみ始めた。
***
白い空間の中、女の子がぽつんと座っている。
退屈そうに、膝を抱えて。
「また笑いに来たの」
「違う」
俺は彼女に歩み寄る。
「俺は君を外に連れ出しに来た」
「はぁ!?……はぁあああ~~~っ!?」
彼女はわかりやすく尻尾をバタバタと振る。
「だ、騙されないわよ。そうやって甘い顔して、アタシを『空っぽ』にするんでしょ!マホーとか、なんかスゴイので!」
「信じてくれ。俺の刻印を受け入れれば……」
「ダァーーーッ!近い、顔が近いのよ変態っ!!」
ボゴン!!!!
***
「……………」
現実世界に強制的に戻される。
「……………」
巫女達の冷たい目線。
「あの口説き文句は……無いですね」
「はい……。ドン引きです……」
「……口説いてるわけでは無い……」
更に凍える視線。
巫女とミルフィーがヒソヒソ話す。
「大見栄きっといてあれって、……ねえ」
「きっと童貞なんですよ、ミルフィー様」
「聞こえてるんだが」
失礼極まりない連中だ。
童貞ではない。
本当だ!
「あと、本当に弱いですね、”土くれ”」
「ああ……」
認めざるを得ない事実。
「毎晩ここに来なさい。最低限交渉ができる程度までは鍛えます」
「助かります……」
***
ミルフィーと別れ、俺は里に戻る。
彼女には魔物であることを黙っていてほしいと伝えたところ、
その意は組んでくれるようだった。
彼女たち竜人も、魔物であることに違いはないようだ。
当然ではあるが人間よりは、魔物とのほうが考えが近いらしい。
里に戻ると、一つの灯りもなかった。
宿に戻ろうと歩いていると人影。
ポケットに忍ばせた”セシリーの髪飾り”が揺れた気がした。
里の中央で、倒れている影。
――ルゥだ。
「なっ、おい!」
胸から血が溢れ、地面を濡らしている。
止まる気配がない。
心臓が跳ねる。あの日の、血の匂いが鼻腔を突いた。
見捨てろ。合理的な判断をしろ。
このエルフが死ねば敵対勢力の戦力が削れる。
息が荒くなる。
『しゃちょう……』
見捨てろ。
脳内の「最適解」が、非情な命令を下す。
『ナンデ タスケテ クレナカッタノ』
見捨てろ。見捨てろ。見捨てろ。見捨てろ!見捨てろ!
「セシリー! ……だが、俺は……!」
『ナンデ タスケテ クレナカッタノ』
『ナンデ タスケテ クレナカッタノ』
『ナンデ タスケテ クレナカッタノ』
『ナンデ タスケテ クレナカッタノ』
***
「ん……」
――なぜ、生きている?
包帯も何も持っていない奴隷の集団。
治療など誰も出来るわけはなかった。
竜人も試練以外は基本的には干渉しない。
傷に巻かれた包帯と、薬草。
回復薬の空き瓶。
「これは……」
服の上にざらついた土の感触。




