第9話 邪竜
「オォイ!海竜ってのはここにいんのカァ!」
俺様は浜辺の奥まった洞窟へと下っ端どもを引き連れて赴く。
「”ガルフ”様ですね。お待ちしておりました。弔いの儀をはじめましょうか」
「オウオウ」
「海竜の願いは……」
「必要ねえ」
「はい?」
「『略奪』」
腹に赤黒い渦が巻く。
卵から、光の粒が噴き出す。
形を持たない“何か”――夢そのものが溢れ出してくる。
俺様が全部喰ってやるよ!!
…………お?
なんだこの感覚。
おお??
……おい、待て。
さっき喰ったはずの“夢”が――
気持ち悪ィ。
飲みすぎた夜、便所に顔を突っ込んでるときと同じ気分だ。
ああ、気持ち悪ィ!
吐き出してえ!
何か“別のモン”が、俺の、俺の奥から這い上がってきやがる。
おおおお――――!?
***
宿屋を出て、騎士団に合流する。
今日の目標の確認をしていると。
そこにミルフィーが降り立つ。
「緊急事態が発生しました、アナタ方には海竜の卵の弔いに向かって頂きます」
「緊急事態とは?」
「道中話します、竜車へ」
ミルフィーが騎士団を、馬車に似た車へ案内する。当然馬ではなくその名の通り小型の亜竜がつながれている。
御者が綱を引き、車が出立する。
「海賊”ガルフ”が早朝から海竜の卵の弔いの儀に向かったようですが……
……最悪の事態を招きました」
ミルフィーが眉間を押さえる。
押し殺しきれない苛立ちが滲んでいた。
「……チッ。儀式が中途半端な状態で卵が破壊されると、どうなると思いますか」
心の奥底から溢れる憎悪の表情を隠そうともしない。
ラビリリスがうーん、と考えを巡らせ答える。
「魂が天に還れず……彷徨ってしまう、とか」
「そんな生易しいものではありません。
……邪竜となり、周囲一帯を、跡形もなく喰い潰します。」
「邪竜……!?おとぎ話の生き物じゃない!?」
「……通常、幼竜が生まれればお前たちの尺度でいえばレベルが50程度、
最悪の場合の対処の術はある。
だが邪竜となって産まれれば、お前たちのモノサシでは、
もはや測ることすらできません。」
「まさか、レベル100を超えてしまうの……?」
「ええ……」
「そんな……!?そんな存在、片手で数えられる程しかいないハズじゃ……!」
ミルフィーは強かった。彼女のレベルは100。
これはこの世界の上限だという。
その上限を突き破れる存在が、魔王や祖竜。
規格外の存在にのみ許されるレベル。
騎士団はケレッゾのレベル40。これが最大だ。
このレベルは低いわけではない。
アルカ島では彼の実力は上から数えたほうが早いだろう。
今回は相手が悪すぎる。
「祖竜に応援を頼めないのか?彼のレベルはとんでもないじゃないか」
「祖竜様は子殺しなどなさらない。どんな形であろうと……。
あの……バカニンゲン共が……!だからワタシは反対だったのだ……!
人間の中でも特に下賤な輩を入れるのは……!」
ミルフィーは感情的に髪をかきむしり、頭を抱える。
爪が食い込むほどに。
騎士団の雰囲気は暗い。
「……我々で歯が立つとは思えないのですが」
「断頭台に向かう死刑囚みたいッスね~。はぁ」
リリも肩をすくめる。
だがケレッゾの見方は違った。
「相手は理性を失った獣なのだろう。
ミルフィー殿に前衛を任せられるなら、対処のしようはあるかもしれんぞ」
ケレッゾが言う。
「レベルは強さの指標ではあるが、
”レベルの上下が勝敗の結果を必ずしも左右しない”。
口酸っぱくいつも言っているだろう。
相手に知性がないというのは大きなアドバンテージだ。」
「わかってますよぉ。でも倍以上あるんすよぉ」
竜車が停まる。
「邪竜の処理は絶対です。
放置しておくと、”もっと厄介なモノ”を呼び寄せかねない」
ミルフィーは槍を取る。
視界に映る広大な海。砂浜とごつごつとした岩。
岩の中に確かに洞窟のような空間がある。
――あれか。
その出入り口には真っ黒なヘドロの塊。
「ワタシが引きつけます。とにかく火力を押し付けてください。
消耗させれば……あるいは」
竜車が激しく揺れ、ミルフィーが跳ぶ。
それは“竜”というには余りにも―――
形は崩れ、全身が泥で構成された歪な存在。
だが、確かにそこに在るのは、竜の威圧だった。
泥を挟んで向かい側にもう二台の竜車が見える。
反対側から来たらしい、奴隷とドワーフたちも他の巫女と共に、邪竜の討伐にあたり始める。
ミルフィーの槍が邪竜を刺し穿さんと、天から流星のごとく降り注ぐ。
だが、邪竜はものともせず、泥の尾が薙ぐ。
空気ごと叩き潰すような一撃。
彼女は対応し、ヒラリとかわし攻撃を続ける。
道中『邪竜を倒せば、海賊の弔った砂竜と、海竜の二体分の功績を与えられる』と聞かされ、騎士団は不参加の選択肢がなくなった。
俺は土魔法で、地面から鋭利な岩石を隆起させるも、
泥団子を崩すかの如く崩され、まるで通じていない。
攻撃しているという実感すらない。
ケレッゾ達、騎士団も各々の武器を振るうが、あっけなく弾かれる。
爪の横なぎで地面が深々と抉れ、圧倒的な”力”の差に皆戦意を喪失していく。
奴隷やドワーフ達は積極的に戦闘せず、後方からの攻撃手段を持つ者だけが加勢している。
……マズいな。
ポケットにしまっている魔石が悲鳴を上げている。
2本目も底をつきそうだ。
これが無くなれば残り1本。
底が尽きれば俺はゲームオーバーだ。
***
なんや、あのバケモン。
騎士団がクソの役にもたってへん。
巫女連中すら相手になっとらんやんけ。
ケレッゾが吹き飛ばされとる、ざまあみさらせ。
……とはいえ、あの怪獣が闇雲にこの島の生き物全部を殺しつくす、
なんてなったらオレらもピンチや。
固有技能を切るか?
いや、これは騎士団を殺す時まで取っときたい。
ギリギリまで待て……。
***
どれほど時間がたっただろう。
純粋な”暴力”の前に俺たちは消耗しきり、満身創痍。
ヴォルフとは違う、ただの”圧倒的な力”
しかし、あの時と大きく異なる利点がある。
それは、撤退できる事。
奴は理性も知性も無い。
一度引いて作戦を立て直す猶予はある。
引かれていることすら理解できないだろう。
「皆、一度退こう―—―」
その言葉と同時に、岩の間から見える天空に煌めく一筋の光に目を奪われる。
それは放物線を描き、空を裂く光。
流星――いや、落下してくる“何か”。
ドゴォオオオ!!!
衝撃と地響き。
邪竜は動かなくなった。
邪竜の頭部に突き立つ一本の傘。
それだけで、動きが止まっている。
「来てしまったのね……。”シルキー”……!」
「あらぁ。ご挨拶ね。お姉様」
天から響く、声。
声の元に傘は導かれ、まるでクラゲが海に揺蕩うのように、
ゆっくりと降りてくる、漆黒のドレスを着た女。
「50年ぶりの”お父様”からの呼び出しだもの。魔王とのお遊びも中断ね。」
ヘドロの上に立つ女が周りに会釈をする。
「”結晶島”の巫女、シルキー。ただいま帰還したわ」
キョロキョロと彼女は周りを見渡す。
「で、邪竜はどこ」
「足元よ……」
泥が飛び散り、岩上の足元がバックリと割れている。
ゴゴゴゴ……と、地が鳴る。
足元の岩に、細い亀裂。
一本。
二本。
蜘蛛の巣のように、広がっていく。
「ッ……!逃げなさい!」
その声と共に地が割ける。
「ヒトツ!!」
ラビリリスの声が遠くから聞こえる。
自由落下。
「またかよ!!」




