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第10話 商会

チリリリリ…


乾いた鈴の音が、静まり返った洞穴にやけに大きく響いた。


侵入者検知。


たったそれだけの事実が、僕の心臓を乱暴に叩き始める。


ここにいたゴブリン達から「生活が落ち着いた」という報せが届くまで――

それまでは、この場所を死守する。


それが、僕のやらかしたことへの最低限のケジメだ。


「こぉ~んにぃ~ちはっ☆」


――は?


緊張が、間抜けな音を立てて崩れた。


大洞穴へと続く階段を、軽やかな足取りで降りてくる影。

松明の火がそれを照らし出す。


どこかチャイナドレスを思わせる奇抜な服装。

片眼鏡。

やたらと軽いノリ。


「こんにちは…」


条件反射だった。

僕の中の社会人が投げかけられた挨拶をしっかりと返してしまった。


「どもども~☆ヴェサリウス商会のリンリンです☆お初にお目にかかりまっす☆」


……うん。


ギャルだ。


しかも、かなりオタクに優しそうなというか…

ステレオタイプでコテコテの想像上の生き物の方の『ギャル』だ。


「急に来てなんだって感じっすよね!わかる~w」

「勝手にわからないで貰っていいですか。まだ何も話して…」

「何戦闘態勢なってんすか☆草wリンリン全然弱いから、その感じやめて~☆」


肩に入っていた力を、わずかに抜く。

……少なくとも、今すぐ殴りかかってくるタイプではない。


ただし。


…………………………………苦手なタイプだな~…。



***


まずは挨拶。


「お世話になります。南の祠でボス兼社長やらせてもらってます…ゴーレムの」

「『シャチョー』ネ☆オッケー!」


イラり。

人の話は最後までききなさい。


「リンリンはさっき言ったけど、ヴェサリウス商会のリンリンねっ☆ヨロシクゥ~」


名前を聞いてよ…。


「よ、よろしくお願いします…。おかけください」


デスクの前へ案内する。

手製の椅子を差し出し、自分も腰を下ろす。


ギシ、と嫌な音。


「すみません、こんな椅子しかなくて」

「いいよ☆あ、肘かけ折れちゃった、ごめ~ん☆」

「お気になさらず…。」


いや折れたんだけど。弁償してもらおっかな。


まあいい。


「勉強不足で申し訳ありません、ヴェサリウス商会とは?」

「よっくぞ聞いてくれました!」


立ち上がる。

くるりと回る。


ビシィ!!!


そして、無駄にキマったポーズ。


「我々はこの世界をまたにかける大商会!ヴェサリウス商会なんです!!」


声でか。


「東西南北、人間も魔物もだれでもお客様!ニコニコスマイルがモットー!なんでも売ります!」


……うん。


「ヴェサリウス商会~で、ございます☆☆☆」


決め顔。


「ちゅ…抽象的過ぎる…!!情報量が少ないっ…!!」

「じゃ、本題で」

「うそうそうそ!?今ので紹介終わりですか!?」


さっきまでのテンションが、すっと消える。

リンリンの瞳が、スゥと細くなる。


「魔王軍からハブられちゃったって、マジなんですかぁ~?」


――核心。


一瞬、言葉に詰まる。

だが、ここで取り繕っても意味はない。


「ええ。その通りです」

「本当なんだ☆へえ~。すごぉ♡」


軽っ。

あまりにも軽い…今までの僕の葛藤がバカみたいに思えてくるじゃないか…。


「ま、だから来たんですケドっ☆」

「……知った上で、なぜここに?」

「いやぁ~商売っすよ!商売!」


彼女は手で銭マークを作り、にっこり笑顔で八重歯を見せる。


「入用でしょう?いろいろと…♡」


ああ。

覚えがある。

下調べは済ませておいて、懐に飛び込みつつ必要なカードを切っていく。

デキる営業マンのやり口だこれ。


「やー魔王軍もエントリア王国もヴァリシア連合も聖教会も、どこもかしこも担当がガッチリ決まっててネ~☆」


軽いノリの裏に、確かな情報。


「新興勢力サマには、ぜひぜひ大きくなってもらって――」


にぃ、と笑う。


「このリンリンを御贔屓にシ・テ♡貰いたいんですヨ~☆☆☆」


……なるほど。

彼女にとっては“先行投資”なのだろう。


「もちろん戦力増強になるものは買いたいですが」


重大な問題は一つ。


「お金を全く持ってなくてですね…」

「いいっすよ。ツケでも☆」

「借金はしない主義なので」


キッパリお断り。

ただ、今後のために彼女の取り扱っている商材を教えてもらいたいのは確かだ。

リンリンは一瞬だけ目を丸くして、すぐに笑った。


「おけおけ☆堅実~♡」


意外と引きがいい。


「そいなら~、タグとかないです?買い取るっすよ~☆」

「残念ながら……」

「おっふ…、よくそれで魔王にタテついたっすね!?」

「反省してます…」

「やぁ~ん、ダ・イ・タ・ン~♡」


……やめてくれ。

フラッシュバックが刺さる。

本当に後悔してるんだ…。


「じゃ~ダンジョン内、探しましょっか☆」


軽いノリで立ち上がるリンリン。


「どうせ今、誰もいないんでしょう?」


ドクン、と胸が鳴る。


「魔力供給も止まってるしネ~☆」


――こいつ。


「どこまで知って……」

「えへ、今のはカマかけっすw」


イラァ…。


それにしても、彼女はどこまで僕らの情報をおさえているんだ?

容量が図り切れない。

今は教えてもらう立場に徹しておこう。


***


「こんなもんっすかねー☆」


ダンジョンは使っていない空間も多い。

下に続く階段はあれど、拡張しきれずスコップなどが放置された、

いかにも工事中という風情の空間が広がっている空洞がいくつもある。


そんななか、リンリンが隠し宝箱や、冒険者の落とし物を目ざとく見つけ、

気づけば、山。

かき集めた戦利品の山ができていた。


ナイフ。道具。冒険者の落とし物。

…古ぼけたコイン。


……あいつら。

僕のために、残していったのかな。

胸の奥が、少しだけ温かくなる。


「リンリンのバイト代はちょろっとヌいてぇ、総額エントリア金貨10枚ってとこっすね☆」

「そんなに!?」


ちりも積もれば山となるもんだな…。

念のため、使えそうなナイフなどは売却の山から省く。


「では、この山を売ります」

「まいどありぃ~♡」


リンリンはパンパンにつまった巾着袋から金貨を取り出し、

僕の手をぎゅっと握り金貨を渡す。


「ぎゅっ♡はサービスなんでぇ、惚れちゃダメっすよ♡」

「はあ」

「ああ、冷たい目線!イイ…♡」


……やっぱ苦手だわこの人。


***


「で、ヴェサリウス商会は、どういった商品を扱ってるのですか?」


デスクに戻り、リンリンを対面に座らせる。


「ナ・ン・デ・モ♡」

「はぁ」


このテンション、どうも慣れない。僕がオジさんだからか?

いや、まてまて。30過ぎたばかりじゃないか、まだお兄さんだよな。だよね?!


「ああ…その視線♡クセになってきたんですケド…。リンリンがホンキになっちゃうカモ♡」

「では話は以上ということで」

「ああん!いけずぅ…。」


肩をすくめ、わざとらしくため息をつく。


「ナンデモって。本当にナンデモっすよ~。

武器も防具も道具も人間も魔物も家も国も情報も☆」

「ほぅ…」

「何をお求めでっ☆初回はサービスしちゃいますよ☆今だけ!おすすめはリ・ン・リ」

「まずは情報をください」

「ちえ~…。何が知りたいんすか~☆」


――整理する。


今、必要なものは二つ。


一つ。

このダンジョンに向かっている“敵”について。


二つ。

この場所を維持するための“魔力”。


「二つ聞きたいことがありますが……」


指を立てる。


「まずは、この祠を攻めようとしている勢力、わかりますか?」

「その情報は金貨1枚いただくぜい?」


リンリンがニヤリ、と笑う。


「構いません」


迷いはない。

命の値段に比べれば、安すぎる。


「毎度ありぃ♡これは初回サービスネ♡」


そして、距離を詰めてくる。

近い。

やたら近い。

くねくねと身を捩らせながら、耳元へ。


「ここに敵意を向けているのは西の森のヴォルフ。ぷんぷんでここに向かってるネ。」


――やはり。

予想通り。

だが、“確定”したことの重みは違う。


リンリンは地図を広げる。

地図には青白く光る球が浮かび上がり、「これがヴォルフの魔力っす」と示される。


「移動速度をみるに、3日後にはつきそうカナ。

あと「攻めてきそう」で言えば冒険者の次の襲撃は来週には来そうダヨ。

まあイツモノってヤツね☆」


耳元でわざとらしく吐息交じりに話す。


冒険者の襲撃が”いつもの”…ということは僕の討伐という訳ではないのか。


……ザバホック。


脳裏に顔が浮かぶ。


「ムラムラした♡?」

「やはり、ヴォルフですか…他にはいないんですか?」


あえて無視する。

「あぁん、いけずぅ」と身体を預けてこようとするのを、ひらりとかわす。


「魔王軍から切り離されたとはいっても、エントリア王国の南の祠なんて誰も欲しがらないっすよ♡売ったケンカを買われてるだけっすよ♡」

「…」


若干癇に障るが、現実として、魔力供給は完全に断たれている。

この、だだっ広いだけの洞穴など、どんな勢力にとっても魅力的には映らないものなのだろう。


「ヴォルフの情報を、できるだけ詳しく」

「金貨2枚カナ~♡」

「いいでしょう」


即断。


「まいどありぃ♡」


リンリンの目が細くなる。


「ヴォルフはね~……とにかく速い!」


指を立てる。


「スピード特化の魔物。レベルで言えば50台」


――うん?


「この島じゃ、最強格ダネ」

「レベル…?」


聞き覚えのある響き。『レベル』


「そっか☆社長、生まれたてだもんネ~」


軽く笑う。


「冒険者のレベルはタグに書いてあるからわかりやすいケド、

魔物にも“強さの指標”があるの。それがレベル」

「そんなゲームみたいな…、ちなみに僕は何レベルなんです?」

「ま~これは常識みたいなもんだから、お金は取らないでおくヨ。」


リンリンが片眼鏡に触れる。

なぞるように。


観察(センス)


リンリンが片眼鏡をなぞる様に触る。


「ククク…レベル15か。雑魚め」

「……低そう…ですね。その眼鏡がないとできないんですか?」

「いらないよん☆」


即答。


「魔術だから。勉強すれば誰でも使えるんだよネ☆」


……あの動作。

ただの恰好つけだったのか。

つい買うところだった。


「正確に見るには結構修練が必要だけどね~」


肩をすくめる。


「でも、普通にザックリ見るだけでも便利だし☆社長も覚えたら~☆」

「そうですね。役に立ちそうですし検と…」

「はい、毎度あり~」


机から僕の金貨が2枚奪われ、本を1冊どさっと置かれた。


「商売上手さんめ…」

「で、本題に戻るネ☆」


リンリンが指を鳴らす。


「ヴォルフの固有技能(ユニークスキル)――」


わずかに、声色が変わる。


一歩先へ(アヘッド)

固有技能(ユニークスキル)……?」


今度は聞き慣れない単語。


「うん。ちょっと強くなれば、誰でもニョキっと生えてくるよん☆」


ニョキって。


「冒険者でも魔物でもね。似てても“完全に同じ”はない」


固有の能力…か。魔法とは別物ってことか。


「それも観察(センス)で見れるんですか?」

「んーん、それこそ、観察(センス)の達人くらいじゃないとムリムリ。

これは商会だから持ってる情報だよん♡

お金貰ってるんだから、そういう話を今売ってるってワケ。」


戦術の中心になるとしたら、味方ならまだしも敵に知られれば致命傷になりうる…か。


「で、一歩先へ(アヘッド)って?」


少しだけ声を落とす。


「相手より“必ず上回るように補正される”能力、って言われてるネ」


能力、僕の筋力や俊敏性などだろうか、いよいよゲームらしくなってきた。


「うん…?じゃあ僕にはあまり意味ないのでは?レベル差がありすぎますし、逆に弱くなるんじゃ」

「そだね☆でも、上には行かれるワケだから、普通に惨殺コースだと思うよん♡」


レベル差30あるわけだしな…。RPGなら勝てるわけ無いな。

むしろ、その能力は僕の助けになってるじゃないか。


「じゃあ、策で上回らないといけませんね」

「おっ☆やる気だね~」

「やるしか無いの間違いですよ」


精一杯抗おうじゃないか。この絶望的な状況を。


***


気づけば。


金貨は――残り1枚。


「社長~大事なモ・ノ、買い忘れてるヨン♡」

「大事なモノ?」

「ん♡」


リンリンが瞳を閉じ唇を突き出す。


「結構です」

「冗談じゃん☆マ・リョ・ク!供給が止まってもう丸一日たってるんデショ」

「ああ、そうでした!」


いけない、ヴォルフのことで頭がパンパンで失念していた。


「それが二つ目に聞きたいことです。魔力を蓄えられるものがあったら買いたいです。もしくはその方法の情報でもいい。売ってくれませんか」

「もちもち☆」

「でも……」


違和感。


「今のところ、特に変化は無いですね…」


むしろ普通に動けている。


「案外平気なんじゃないですか?これ」

「はぁ~やれやれだぜ~」


リンリンが袋から何かの結晶を取り出す。


「ほいっ☆」


頭にそれを当てられると、体が軽くなっていくのを感じる。


「おお……!」


視界がクリアになる。

思考が冴える。


「これが魔石ネ☆」


にやり。


「疲れてるのに気づいてなかっただけ」


……図星だ。


「結構やせ我慢タイプでしょ?」

「うぐっ…」


思い当たる節しかない…。


「いい?社長」


珍しく、少しだけ真面目な声。


「魔力が無くなっても魔物は動けるよ。

でもね、少しはヘーキかもしれないけど、普通に死んじゃうんだよ」

「そう…なんですか?」

「そーよ!魔物は死んだら灰になるの、それくらい知ってるデショ」


ぽい、と魔石を投げてよこす。


「これ、高いんだからネ☆」


三つ。


「サービスしとく♡社長1人なら、1~2ヶ月は持つカナ」

「助かります……」


リンリンが鞄を背負う。


「社長には活躍してもらって~」


くるりと振り返る。


「リンリンを金持ちにしてもらわないといけないんだから。ヴォルフ程度に負けないでネ♡」

「“程度”って……。でも世話になりました」


僕は手を差し出す。


「なに…?」

「なにって、握手です」

「へえ…」


リンリンの口角が上がる。


「これからよろしくお願いしますね」

「こちらこそっ!」


――ぎゅっ。


抱きついてきた。


柔らかい。甘い香り。


近い!近い!


「やめんか!」

「あぁん♡いけずぅ♡」


リンリンが踵を返すも、「忘れてた」といいこちらを向く。


「これ、必須アイテムだった☆」

「これは…?」

「転移石【出】と、伝心石だよ☆」

「説明求ム」


リンリンがもう一つ石を出す。


「転移石【出】は、いちいちリンリンがダンジョン攻略して逢いに行くのタイヘンでしょ?

だ・か・ら、それがあれば転移石のパワーで社長の元にワープできるってワケ♡」

「へえ…便利ですね」

「セットで欲しいって思ったデショ~☆

フフフ、対で買うには金貨1000枚は下らないから、商会専用と思ってネ☆

あと、変なとこ置いたらコロス♡」


イタズラでトイレにでも置かれたことがあるのだろうか。


「こっちは?」

「リンリンとおしゃべりできる石だよん♡

1日に10分くらいしか使えないけど、欲しいものあったらいつでもかけてネ♡

意味なく話かけてきても社長ならいーよ♡♡♡」

「必要な時に使いますね」

「んも~☆照れちゃって~♡」


ツンツンわき腹をつつかれる。


「じゃっ!」と彼女は言い放ち、今度こそ去っていった。

騒がしい人だったが、渡りに船とはこのこと。

ヴォルフ襲撃を運否天賦でなく、多少の勝算をもって臨めるのは大きい。


自分で蒔いたに、しっかりと蹴りをつけて、

ヒゲ爺達やセシリーとまた会えるように頑張ろう。


10枚あった金貨は、もう1枚もなくなっていた。商売上手め!


もうスカンピンだ。

魔力の貯蔵は1か月。それまでに何かの手段で金を作らないと…。

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