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第11話 狼①

腹の奥が、焼けた鉄みたいにじくじくと熱い。


呼吸をするたびに、その熱が肺の奥まで広がって、

喉の奥から、獣みたいな低い唸りが漏れる。


——遅れを取った。


よりにもよって、あんな“土をこねただけの人形”に。


爪を強く握り込む。

骨が軋む音が、自分でもはっきりと聞こえるほど。


あのふざけた精神世界。


あんな場所でなければ——

ああ!腸が、煮えくり返りそうだ。


魔王からの許可は、すでに下りている。


あの土人形野郎は確実に殺す。

惨たらしく。

産まれてきたことを後悔させる。

命乞いをさせ、俺に縋りつかせた上で殺す。

ああ、楽しみだ。

楽しみだ。


***


リンリンから聞いた情報を、頭の中でなぞる。


ヴォルフは”西の森”が活動の中心の強力な魔物として、人間・魔物問わず知られている。


ダンジョンの最奥で構えるボスというわけでは無く、『ランダムエンカウントの強敵』という立ち位置が彼を表現するには近い。


縄張りはあるが、ダンジョンは持たない。

拠点を持たない代わりに、縛られない。

部下もいない。


だからこそ——


どこにでも現れる。

まさに、“遭遇した時点で負け”の強敵。


ヴォルフは、狩る。


決めた獲物を、すぐには殺さない。

観察する。

動き。癖。連携。

どこで呼吸が乱れるか。

誰が弱いか。

じっくりと、舐め回すように見極める。


そして——


一人になった瞬間を、狙う。

背後から。死角から。

逃げ場のない一撃で、仕留める。


正面からの戦闘にこだわらず、確実に勝てる形だけを選ぶ、狡猾な狩人。


だが——


明らかな格下には、彼は別の性質を見せる。


わざわざ正面に立つ。


逃げ場を塞ぎ、

抵抗の余地を残したまま——


ゆっくりと、壊す。

心が折れるまで。

声が出なくなるまで。

遊ぶように、嬲る。


残忍な獣。


***


卑怯な奴だ。


魔物同士の不戦の掟——俺たちが生まれた瞬間刻まれるこの”呪い”を知らねえはずがねえ。

誕生と同時に見せつけられる魔王の圧倒的な力の前に俺たちに刻まれる”呪い”。


……いや。まてよ。知らねえのか。

辺境のダンジョンで放置された魔法陣から産まれた、ただの土くれ風情。


「チッ……」


奥歯を噛み潰しそうになる。


魔王直属の魔物としての矜持もねえ。あんな雑魚に、この俺が——


この島で最強の俺が、遅れを取った?

それも。

他の魔物どもに見られていた場所で。

胸の奥が、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられる。


不愉快だ。


不愉快だ。


不愉快だ——!!


五日。

森を駆け、冒険者をやりすごし、痕跡を潰しながら。

ようやく——

目の前だ。

土くれ野郎の、根城。


「おい、アンタ、そこで何して——」


チッ。

落ち葉を踏む音が、わずかに響いた。

——即座に、消す。


気配。呼吸。


存在そのものを、切り落とす。

地を蹴る。

枝に触れない軌道で、空へ。音もなく、樹上へと滑り込む。


「……あれ?」


下の人間が、足を止める。


「人がいた気が……」


もういねえよ。


冒険者が三人……。

レベルは……、戦士(ザコ)神官(ゴミ)盗賊(カス)…。

今ここで狩ってもいいが——


三人同時は面倒だ。

万が一、一人逃がせば、騒ぎになる。

面倒は、いらねえ。


「いったか…」


気配が遠ざかる。

その瞬間、音もなく地に降りる。


森を抜ける。


朽ちた教会。崩れた壁。沈んだ屋根。


「クク……」


口の端が、勝手に歪む。


「ようやく、か」


階段の一段目を踏み込むと、遠くから鈴の音が聞こえる。

雑魚ダンジョンによくある外敵検知の鈴だろう。

通常、魔物が入っても鳴らないはずだ。

俺が入って鈴が鳴るってことは、あっちも腹をくくったか。


「オイ、土くれ野郎!」


わざと声を張る。


「今から殺しに行く!震えて待っとけや!!」


この辺りの魔物は——


せいぜいレベル1桁。ボスでも、20がいいとこだ。


正面から踏み潰せる。


「ん?」


足を止める。

空気が、違う。

わずかに混じる、鉄と油。


――罠。


空き瓶を放る。


次の瞬間——


ガシャンッ!!


トラバサミが噛みつき、瓶が砕け散る。

破片が、乾いた音を立てて転がる。


「ハン。バカバカしい。」


鼻で笑う。


観察(スキャン)


研ぎ澄まされる嗅覚と視覚。

純粋な臭気だけでなく、生物の足跡や痕跡、ダンジョンの罠などまで辿る、

一般的な観察(スキャン)を遥かに凌駕する高精度な狼男(ワーウルフ)の固有魔法。


「アヒャヒャヒャ!味方に逃げられてんじゃねえか!」


外に向かっていくゴブリンの足跡の多さよ。

アイツは独りぼっちで俺と戦うしかねえってことかよ。好都合好都合。


「雑魚は大変だねぇ…キキ。ご苦労なこった。」


罠を踏まない。


跨ぐ。

跳ぶ。

どうでもいいゴミを放り込んで潰す。


落とし穴。

性質の違う土。

市販のトラップ。


全部、見えてんだよ。バカが。


階段を降りきると、だだっ広い空間。

ゴブリン共が、もう居ないことはわかってる。

ズカズカ上がり込んでやるぜ。


小賢しい罠をかわしながら進むと、人影。


あいつ…馬鹿か?

のんきに後ろ向いてやがる。

殺しに行く宣言が聞こえてなかったのか?


正面からぶっ殺そうとおもったが、計画変更だ。


暗闇に溶け込み、足音を殺す。


はい、お陀仏確定。


喉を爪で切り裂く。


「アヒャ」


首がぼとりと地面に落ちる。


「ヒャハハハハハ!!」


はぁ——


スカッとしたぜ。歯ごたえはなかったが、ザコだししょうがねえ。

俺に逆らうからだ。

土くれ風情が。


……いや。


まだか。


ゴーレムは、コアを潰さねえと終わらねえんだったな。

面倒な奴。


「ッル゛ァ!!」


胴体が十字に引き裂く。


…………無い。コアが。

ハァ。めんどくせぇ。


「デコイか」


多少は頭が回るようだ。

奥から人影がゆらゆらと歩いてくる。


「マァいいけどよ。じゃないと面白くねえわな!」

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