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転生勇者(副業)の異世界旅行記《トラヴェローグ》  作者: 青咲凛
第3章 ナザレの夢魔 後編

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70. 洗脳?


 考古学者マリンから解放されたのは、お昼を少し回ったくらいの時間帯だった。

 せっかくならこのままお昼ご飯も一緒にどうか、とマリンには誘われたので何とか断って逃げてきたとも言うか。


 なぜならこのままだと、永遠と古代魔法帝国について話を聞かされることになるだろうと思うと、彼女には少し悪いが辟易としてしまったのである。


 というわけで私は、今回の件──すなわち、とりあえずエラ以外の容疑者はシロだったことを報告するべく、一度勇者部隊の隠れ家『眠り猫』へと帰還することにした。


「一応、エラ以外が魔族ではないとはわかったんですけど、実はエラも魔族じゃなかった、なんて可能性もあると思いますか?」


 エラを魔族だとは思いたくはない。

 むしろ魔族だったほうが彼女からマーリンを引きはがす口実に使えるとは思ったが、彼のことを思うとそんな無残なことはしたくない。

 そんな私の主張に、服部はチャーハンの皿を差し出しながら『なるほど』と呟いた。


「あるとするなら、今回の魔族は洗脳か憑依か、そこら辺の人間を操る魔術を得意としているのかもしれないな。

 それを考えるのは、エラが魔族かどうかを見極めた後になるが」

「洗脳、ですか……いただきます」


 差し出されたエビチャーハンのエビのサイズに驚きながら、一口掬う。

 普通、チャーハンのエビってもっと小さいものだと思っていたが、これ、もしかしてクルマエビ1匹分くらいのサイズがないか?


「うま」

「そりゃよかった。

 ……過去にもそういう魔族がいた。

 こういうのはちと厄介でな、うちの諜報員がその洗脳を受けている場合、偽の情報をつかまされていたりするんだ。最悪、情報の漏洩もありうる」

「何か対抗策とかはないんですか?

 その、隠れてる魔族を探す手立てとか──」


 前にもいたというのなら、おそらく諜報員に対する洗脳対策はすでになされているだろう。

 なら、考えるべきは魔族を炙り出す方法の方だろう。


「それなら、こっちから探し出すよりもおびき寄せる方がいいだろうな。

 前の時もそうしていた」

「おびき寄せる?」

「相手にとって無視できない情報を拡散して、対処せざるを得ない状況にするのさ」

「相手にとって無視できない情報……」


 言うのは簡単だが、実際にそれを考えるのはかなり難しいだろう。

 しばらく考えてみるが、ちっとも見当がつかない。


 勇者の話は民間に広めちゃまずいから、勇者がどこどこにいると言って暗殺者を仕向けさせるなんて作戦も難しい。

 もしできたとしてもやってくるのは魔族から洗脳を受けた使い捨ての手下だろうし……。


 自分を狙わせるのがだめというなら、発想の転換、逆に考えてみるのはどうだろう。

 狙わせるのではなくて、こちらが相手の弱点になるものを持っていると噂をばらまく──


「あ、じゃあこういうのはどうですか?」


 私は、思いついた作戦を服部に説明した。

 すると彼は顎髭を撫でながらしばらく考え込んで、こくりと首肯した。


「なるほど、確かにそれなら相手も警戒せざるを得なくなるか」

「ええ、結果として活動量も増えるはずです。

 敵の導線もある程度調べられますし、そうすれば芋蔓式に手繰れるんじゃないかと」

「わかった。

 さっそく準備しておこう。

 決行はエラが魔族かどうか判明してからになるがな」


 釘をさす彼に、私はこくりと首肯した。


 ***


 神殿付属図書館3階、司書エラの研究室──。

 様々な鉱石の標本が棚に納められ、壁には地図や新聞の切り抜きなどが雑多に掲示された部屋の一角で、マーリンは懐かしい先生の講義を受けていた。


「──再現性のある魔道具というなら、そのとっかかりに夜光石は外せないだろうね」


 エラが戸棚から薄いピンク色の粘度のようなものを引っ張り出してくるのを見ながら、マーリンは小首をかしげた。


「それが夜光石?

 俺が前に見たのは、もっと濃い紫色の結晶だったんだが……」

「これは、塩化コバルトで不活化してあるんだ」

「塩化……なんです?」

「簡単に言うと、超強い酸性の液体にコバルトっていう金属を溶かしたものだよ。

 それを粉末にした夜光石と混ぜて、光らないようにしているのさ。

 熱すれば元の紫色の結晶に戻るよ。

 試してみるかい?」


 言って、三脚とオイルランプを机の上に準備し始めるエラ。

 どうやらマーリンがどう答えようが実演して見せるつもりらしい。


「ちなみに、なぜ再現性のある魔道具を作るのに、夜光石が外せないんです?」

「現存する再現性のある魔道具の中で最も有名なのが、夜光石のランプだからさ」


 言われて、思わず目を見開く。


「あの反応も魔法だったんですか!?」

「術式を介さない、と但し書きが付くがね。

 夜鉱石が光るのは、ある種の魔力のやり取りによる結果だ。

 一般的には光素(こうそ)闇素(あんそ)のやり取りと説明されるがね」


 魔法とは、魔力に術式、すなわち魔法が作用する仕組みをイメージによって書き込むことによって作用するというのが従来の認識だった。

 しかし術式を介さない──すなわち魔力操作だけでも魔法が扱えるという点についてはマーリンも最近気が付いた事実である。


 マーリンはこの現象を、世界で初めて自分が見つけ、自分だけが知っている現象だと思っていた。


 だが、どうやら魔力そのものの性質については、どうやら意外と、既に明らかになっていることが世の中にはあるらしい。


「魔力の種類?」

「属性とでもいうかな。

 魔力はそもそも生物のイメージに大きく影響されやすく、それによってさまざまに姿かたちを変える性質を持つことは前にも話したね?」


 オイルランプに指先を近づけ、魔力で点火しながら話をつづけるエラ。


「ああ、よく覚えてる」

「だが、それだけだとこの世界はどうも固定的すぎやしないか? という疑問は、浮かばなかったかね?」

「……たしかに、言われてみればちょっと考えただけでそれが魔力に反映されるなら、世の中はもっと渾沌としていいはずですね……」

「それが起こらない理由が、魔力の持つ属性という要素さ。

 まあこの辺の深ぁいロジックはまだあんまりわかっていないんだがね、仮定的に現代では木、火、土、金、水の5つの表属性と月と日の裏属性を掛け合わせた合計10の属性配分──十干(じっかん)が拮抗しあっているせいだ、と考えられている。

 細かいことを言うと、これらに熱、冷、湿、乾からなる四支(しし)とか四支と十干を組み合わせた魔素理論とかいろいろあるが……それはさておき」


 三脚に網を乗せ、薄ピンク色の粘土を乗せる。


「今からこの不活化させた夜光石をこのオイルランプで熱すると、魔力的にはどのような反応が起こるかわかるかい?」


 マーリンは先ほどの話を頭で咀嚼しながら、ゆっくりと口を開いた。


「属性についての理論はまだ把握していないから、さっき聞いた熱すれば元に戻るという答えからの推察になるが……」

「ああ、構わないよ」


 目を細めるエラに、マーリンは続きを口にした。


「直接火を当てるということはおそらく、乾燥するというのが内部の構造の変化に大きく影響するのだと思う。

 それによって元の構造が破壊されて──たぶん、水分に関係する魔力が特定の構造から除外されて夜光石の主成分だけが残る……のでは?」

「合格。実に見事な推論だ」


 エラが嬉しそうに目を細めた。

 三脚の上の粘土が、ランプの炎に炙られてチリチリと微かな音を立て始める。


「イメージが簡単に魔力に反映されるはずなのに、水が水のままでいられるのは、我々の意識が水を認識した時に水を構築している魔力のバランスが水を作り、固定する。

 そういった反応の連鎖によって世界が混沌としない。

 ならば裏を返せばそのイメージが反映される割合を逆手に取って操作してやれば、魔力というのは比較的再現度の高い形で変化するわけだ。

 人の扱う魔法が、人によって結果として出力されるものがそれぞれ異なるのは、体内の魔力を使用しているからにすぎないのだよ」

「……つまり、再現性のある魔道具を作りたいなら、物質がもともと持っている魔力を組み合わせるのが有効、ということですか」

「その通り」


 ランプの炎にじわじわと炙られた薄ピンク色の粘土は、すでに水分を失ってカラカラの乾いた質感へと変貌していた。

 熱された中心から波紋が広がるように、その色は暗い紫色へと変化していく。


「人のイメージを介さずとも、熱という現象が物質の形質を変え、その形質が勝手に魔力を変換する。

 これこそが、魔力における現在わかっているところの再現性さ。

 この魔法体系を、我々は自然魔法と呼んでいる」

「自然魔法……」


 それを聞いて、マーリンは少し渋い顔をした。

 なぜならそれは、マーリンが本来期待していたものではなかったからだ。


 魔力の属性そのものの変質。

 それによって再現される魔法。


 それは、今回の星影を裏の位相に封じるために利用する、街全体を囲う結界を作るための構想とは全くと言っていいほどに噛み合わない。


 その落胆したような表情に、エラは肩をすくめて言葉をつづけた。


「これは、君の提唱したレコード仮説とは向き合っている側面が違うと思うだろうね。

 これはあくまで魔力の側を対象にした再現であって、術式を対象にした再現ではないから」

「ええ、まぁ……」


 レコード仮説は、術式が魔力に与える波を再現することができれば、誰でも全く同じ魔法を発動できるかもしれないという仮説だ。


 例えば火を起こす魔道具1つ取っても、『火が出る』という結果自体は同じでも使い手によってその結果の細部が異なる。

 それは例えば火力が違うとか、色や温度が違うとか、あるいはその火の形状が異なるとか。


 それは、魔道具自体に内蔵されている触媒が『火を起こす』という単純な命令式しか持たないゆえに、その『火』そのものの解釈が個人によって異なる結果起こる弊害だった。


 マーリンがしたいのは、その解釈をどうにかして機械的に画一化する手法だったのである。


 属性の操作によって再現性を求める物とは、根本的に異なるアプローチなのだ。


 曖昧に濁したマーリンの返答に、エラはランプの灯を吹き消した。

 途端に部屋を支配したのは、熱を失い、またたく間に不活化のピンク色へと戻っていく粘土と──そして、言葉を失ったような沈黙だった。


「仮に、もし君のその研究が完成したらどうするつもりなんだい?」


 エラは近くのソファに腰を下ろしながら、不意にそんなことを尋ねた。


「どうするって?」

「君の論文は、最初こそ多くの批判を得るだろう。

 魔法使いどもの既得権益に関する態度はひどいもんだからね。

 だってそうだろう?

 例えば研究中の魔法を盗まれて、自分より先に誰かが完成させてみなよ。

 僕なら腹が立って腹が立って、内臓が煮えくり返って暗殺者でもけしかけてしまいそうだ」


 怪訝な表情をするマーリンに、エラが肩をすくめた。


 人の研究を盗める──。

 言われてみれば、使い方によってはまさにその通りだった。


 マーリンがやろうとしているこれは、相手の魔法を解析できればどんな魔法でも必ず再現できると言っているに等しい。

 とするならばそれは逆算すれば、魔法を公開すること、使用することがそのまま研究が盗まれるリスクになると言っていることと変わらないのである。


 無論、発表された魔法が世界に知れ渡って、世界中の人が扱えるようになるというのは素晴らしい。

 しかし、それには発表されたものなら、という但し書きが付く。

 発表前のものが盗まれて、勝手に改造されたものを前にして、「それは自分が考えたものだ」と主張しても、結局成果しか見えないこの世界では、それはただの負け犬の遠吠えにしかならないのである。


「──だが、世界は違う。

 世界は便利な方に、より怠惰な方に進化する。

 誰も修行を必要とせず、ボタン1つで好きな魔法を思い通りに──なんてことになったら、魔法を使えない庶民から莫大な支持を受けるだろう」


 そう言って、彼女は足を組み替えた。


「そうなれば君は大きな利益を受ける。

 それも、自分を買いなおせるくらいに。

 いや、そもそも──」


 エラの視線が、マーリンの首もと──その鈍色に輝く首輪に落ちる。


「──ロシウス。

 君が君を買いなおす額なんてたかが知れているだろう?

 なのになぜ君のご主人様は、いまだに君を解放してくれないんだい?」


読んでいただきありがとうございました!


次回もよろしくお願いいたします!


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