69. 神話?
──古代魔法帝国。
マリンの説明によれば、それは今から3000年ほど昔に実在したとされる幻の国家である。
その所在に関しては多くの謎に包まれているが、国民のほとんどがエルフだったことや、当時周辺諸国どころか世界各国との交易の記録が残っていることから、実在した大国だった可能性が指摘されている。
そしてその帝国の起こりは神話の時代にまでさかのぼることもある──が、一般的にはこの部分は、王族の権威付けのために行われたものである、という解釈が一般的なようだった。
「王権神授説ですか」
社会の授業で聞き覚えがあった。
たしか、宗教勢力の下に王族があって、貴族や平民がその下に連なっているという構図をとる国家だ。
王権は神によって与えられたものとして、王族の上に教皇が立つことで宗教が国を支配していた……と、ざっくり理解しているが、まあ、多分間違ってはいないだろう。
小首をかしげるマリンにそんな辺りの説明をしてみると、彼女はなるほどと頷いた。
「王権神授説ですか、妙にしっくりくる言葉ですね」
「今までは何と?」
「ただ、神話で権威付けしていたとしか言われてませんでしたね。
考古学会ではかなり馬鹿にされていた発想でありましたから」
肩をすくめるマリン。
おそらくこの馬鹿にされている理由は、勇者部隊の工作に違いない。
神話が実話であると知られてしまうと、そこに紐づけられて魔王の実在に気づいてしまう人が出てくる。
そういう人たちが増えてくると、せっかく魔王なんてお伽噺の存在だ、という認知を使って魔王を封印していたのに、その結界が緩んで魔王が復活、最悪人類が滅びてしまうのだから。
……と、考えると彼女の存在は勇者部隊的には結構危ない人ではあるわけか。
まあ、たぶん彼女の言うことは多くの人が信用しないだろうから──ということで放置されているのだろうが。
アメリカが宇宙人の存在を隠してる系の都市伝説で言われる陰謀論も、確かそんな感じの設定があった気がする。
「でも、私はこれを本気にしているのでありますよ」
「それはまたどうしてです?」
「エルフが実在しているからであります」
「?」
彼女の結論に、私は首を傾げた。
「神話によれば、土神チールーンが創世の光で大地を耕し、金神、水神、木神、火神が7日をかけて地上に様々な生命を生み出しました。
ワイン色の海には魚たちの王レヴィアタンを、菫色の雲の合間には鳥たちの王ジズを、真っ白な地上には動物たちの王ベヒモスを。
この3体の王が交わって、ここからさらにさまざまな生き物を生み落としていくのですが、それらの何よりも最初に生み出したのが、彼ら3体の王の名代として、管理者として作られたのが古代エルフのドゥ・エリなのであります」
やや興奮しているのか、早口でそうまくしたてるマリン。
それにしても、レヴィアタンにジズ、それからベヒモスと来たか。
今まで神話の神の名前に、前世の地球にいたものが使われることがなかったから聖書由来の名前が出てきたことに少し驚いたが……今にして思えば、この神話もどこか、元の世界のキリスト教の創世記を彷彿とさせるところがある気がする。
唯一神じゃない、という点だけはどうやら違うみたいだが。
「古代エルフ?
それは現代のエルフとは違うんですか?」
「いい質問ですねぇ!
結論から言うと、寿命が全然違うのであります。
というかそもそも今のエルフはほとんど純血は残っていなくてですね、ほとんどが古代のうちに自らが作ったホムンクルスとの混血で寿命が縮んでいるのでありますよ。
これについては古代魔法帝国関連の数少ない出土品のうちの1つ、『参祭裔譜録』に記載がありましてですね。
最初の古代魔法帝国の王になったドゥ・エリは2万8800年も統治したと書かれているのでありますよ!」
「に、2万……」
それが事実だとしたら、神話の時代に起こったという魔王と勇者の戦いはいったいいつ頃の話になるのだろうか?
少し気が変になりそうだ。
まあ、神話の時代というくらいだし、それくらい古いのが普通……なのかもしれないけれど。
「ちなみに今のエルフの寿命はせいぜい400年程度でありますな。
獣人の寿命が100年、トールマンでも長くて70年程度と考えるとだいたい4倍くらいしか違わないであります」
「だ、だいぶ短くなったね……」
数万年から400年って、かなり差が開いてるような。
まあ、現実的に考えるとそもそも古代エルフの寿命が長すぎるんだよな……。
というか、エルフ400年までしか生きれないのか。
なんかいろんなラノベだと普通に数千年生きてたりするのになんというか、ちょっとがっかりする。
いや、400年でも結構な長生きだけど。
「とはいえでありますよ」
マリンが星葡萄の果汁を啜って、喉を潤す。
「これだけ寿命が長い人種が実在しているなら、混血が進んで寿命が短くなってしまったのだとしてもおかしくはなさそうではないじゃないですか?
まあ、そこら辺について現代の考古学では、古代魔法帝国の『遷艇譚』で、洪水以降急に古代エルフたちの寿命が縮んでいっていることから懐疑的な眼差しが送られているわけですけれど」
不満げに鼻を鳴らすマリン。
「『遷艇譚』?」
「ざっくり言うと、巨大蟹ワヴグレフが産卵のために陸に上がってきたところを、帝国の魔法使いが退治しちゃって、それに怒った番が海の神に願って津波を呼んで沈めたので、大きな船を作って国の所在を移したという話であります」
ノアの大洪水みたいな話か。
あれはたしか、神の教えを無視する人が増えたので、洪水で一掃して神に従順なノアに大きな船を作らせて動物たちと一緒に洪水を乗り越えた、みたいな話だったが……こういう系等の話は、やはりどこの国にもある物なんだな……。
「話の中身自体は違いますけど、同じような流れの昔話は聞いたことがありますね。
知ってるだけでも3つくらいあります」
「そう、そこなんですよ問題は!!」
「わ、何ですか?」
バン、と机を叩いてこちらに詰め寄るマリンに、思わず身を仰け反らせた。
「似たような話が世界各国に偏在しているおかげで、古代エルフに関する話も、獣人が実は人為的に作られたという話も全て信憑性を疑われているのであります!
私はそこを──そここそを何とかしたいのであります!!」
「近い近い、近いですって」
グイ、と顔を寄せてくる彼女を両手で押し返す。
しかし彼女は聞く耳を持たない。
「こういう話が世界各国にあるせいで、『遷艇譚』後の古代魔法帝国の所在はいくつか候補があるんですけど、それ以前はかなりあやふやになってしまっていて!
しかもそれ以前の歴史資料が少なすぎるもので、あったとしても捏造であることが多くて……!
そこで私見つけたのでありますよ!!
この地中海こそが、その洪水によってできたものである証拠を!!!!」
鼻息荒く、オタク特有な早口でまくし立てるマリン。
やれ地中海に生息する魔物の種類がどうのとか、かつてあったダンジョンの分布記録がどうのとか、地中海と外洋が接する海峡がどうのとか、なんだとか。
私はそれから約5時間にわたって、細かい細かい、それはもう専門的すぎる、彼女が考える、この地中海に古代魔法帝国の遺跡があるはずという説について聞かされ続けるのであった。
──結果、人類の種類について話を聞きそびれた私は、あとでマーリンを迎えに行ったついでに自主的に調べることにするしかなかったのだった。
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