68. 隠れ家?
「いやぁ、助かったであります!」
石板を取り返して戻ってくると、マリンはガラクタを大切そうに箱に仕舞って頭をなでてきた。
「それにしても、海鳥から気取られずに石板を回収できるなんて君は何者です?」
「感謝するなら、せめて頭を撫でないでくれませんか?
私こう見えて成人してるんですけど」
むっとした顔で彼女の手を払いのけると、マリンは驚いたように目を見開いた。
「嘘だ!?」
「ぶっ飛ばしますよ?」
マーリンといいカエデといい服部といい……。
マーリンはともかく、日本じゃ私みたいなのは特に珍しくはなかっただろ……。
「ごめんごめん……。
あ、もしかしてハーフドワーフの方です?」
「……ちなみに、ドワーフと何の混血に見えてます?」
「うーん……ハーフリング?」
「残念ながら私はただの人間ですよ……そんなに小人系に見えますか……」
肩をすくめてため息を吐く。
が、そんな私の様子にマリンはきょとんと首を傾げた。
「ただの人間? どういう意味でありますか、それ?」
「……え?」
予想外の返しに、私は思わず聞き返した。
「人間というのは、獣人やエルフ、ドワーフなどをひっくるめた総称です。
ただの人間というのは意味が分かりません」
彼女の言葉にハッとする。
異種族の人類が出てくるタイプの作品では、人や人間という言葉が持つ意味がそれぞれで微妙に変わってくる。
私はてっきり、この世界は私みたいな何の変哲もない──と言うと今はかなり違和感があるけど──人間がまずあって、そこから派生的に獣人やエルフなどが存在する、という価値観で見ていた。
しかし今の彼女の発言を咀嚼するに、おそらくこの世界では獣人やエルフ、ドワーフといった種類は、元の世界で考えるところの黒人や白人くらいの違いでしかないのかもしれない。
「……そっち系だったかぁ」
「そっち系?」
おそらく、こっちの世界は私みたいな人種のことを普人族とか隷人族とか、なんかそういうニュアンスで呼ばれているのだろう。
私はその種類をこっちではどう呼ぶのか知らないけど。
「いえ、こっちの話です。
ただ、人種に関してあんまり気にしたことがなかったものですから……」
「斬新な言い訳ですねぇ……」
マリンの呆れたようなツッコミに、私は思わず閉口する。
「そういうことなんでその、多分今更感がすごいと思うんですけど、人種についてザックリと、この世界にどういう人たちがいるのか教えていただければと……」
自分でも苦しい言い訳だと思いつつ尋ねると、マリンはしばらく何かを考えるように尻尾を弄ぶと、何かを思いついたのか、うんと頷いて口を開いた。
「じゃあ、お礼の古代魔法帝国の話もかねて、ちょっと授業して差し上げましょう。
ここじゃなんですし、今からウチに来ませんか?」
***
マリンに連れられてやってきたのは、例の桟橋からほど近いアパートだった。
といっても、歩いて渡れる場所にはなく、そこから近い海岸沿いの岸壁だったが。
「さ、上がってぇ」
玄関へは、彼女の操る小型の帆船からしかたどり着けない構造になっていた。
岸壁には階段が掘り出され、ヨットを吊り上げる滑車が壁面に設置されている。
マリンはその滑車の籠にヨットを乗せると、ぶら下がったもう一本のロープを引いて居住階までゆっくりと吊り上げていく。
「あの、もしかしてこれ手作りですか?」
ところどころに見える創意工夫の痕跡を横目に、階段を上っていく考古学者の後をついて登りながら尋ねる。
危なげに揺れるヨット。
巨大な木造滑車の不揃いな車輪。
岸壁に釘づけにしてある金属部品は潮風で腐食が進み、しばらくすれば滑車ごと眼下に落下するのではないかとひやひやさせる。
おまけにこの階段だ。
ところどころ大きなひびが入っていたり、段そのものがなくなっていたりする部分がちらほら散見される。
一応、手すり的な役割なのだろうロープが壁伝いに打ちこまれているのが見えるが、あまり引っ張ると岸壁からすり抜けそうでかなり危険である。
(まあ、私はいざとなれば飛べるからいいけど……)
空中に〈障壁〉を展開して、その上に立つことを“飛ぶ”と表現するのかという話はさておき、あまりにも危険すぎる玄関に、私は眉を顰めた。
「本当は知り合いのドワーフにやってもらう予定だったんであります。
でもなんか知らんけど、考古学ギルドの方から石工ギルドあてに圧力掛かっちゃったみたいでありまして……」
「圧力?」
そういえば、彼女の論文が批判ではなく非難されていた、という話を思い出す。
批判と非難の違いは単純だ。
批判には建設的な改善を勧めるような意図があるが、非難はただ欠点を指摘して嫌がらせをするという意味だ。
この点において私はてっきり、彼女に対して異常なアンチがいるのだろう、それが目立つほどにたくさんいる、くらいに考えていたのである。
しかしどうも彼女のその口ぶりから察するに、もっと深刻な問題でもあるように感じられた。
「考古学会ではですね、神話が事実であるように説明するのはタブーになってるんですよ。
でも私はそんなの気に食わないですし、そもそも学問として多角的な視点で研究することは必要な要素だとも思うんです。
だからその要素に乗っかる形で私のやりたい研究をしてただけなんでありますけどね……。
どっかの誰かさんには、大層な目の毒だったみたいで」
肩をすくめ、居住階の入り口にたどり着く。
岸壁に空いた天然の洞窟。
そこに灰色の煉瓦で建てられた家の入口が、少し奥まったところに顔を出している。
「どっかの誰かさんというのは?」
「かなり有名な考古学者であります。
名前はアダム・ハウプトマン。彼が執拗にアンチコメして本まで書きやがるもんですからとにかく非難がヤバいことになっておりましてね」
洞窟の中にヨットを引き上げながら話を続ける。
「ヤバいこと?」
「地上の家は私が住んでいるとわかれば落書きされたり放火されたりといろいろあったんで、今は人目につかないところで暮らしているのであります」
苦笑いを浮かべるマリン。
どうやらだいぶ凄絶な生涯を送ってきたらしい。
それでもあきらめずに論文を出したり研究を続けるということは、やはり好きがなせる業なのだろう。
私ならたぶん投げ出してしまいそうだ。
っていうかやりすぎだろアンチ……。
落書きはまだしも放火って……。
「そんなに危険なら、私に家の場所とか教えて大丈夫だったんですか?」
「貴女はそんなことしないでしょ?」
即答しながら家の扉を開けるマリンに、私は思わず呆然とした。
「……会ってから1時間もしてないですよね?」
「言ったでありましょう?
私の勘は結構鋭いんです」
***
マリンの家の中は、外観からは想像できない程に整っていた。
内壁や天井を覆う白い壁。
窓こそない物の、天井から吊り下げられたランプが柔らかく室内を照らしている。
──いや、厳密には密室ではないか。
濃い緑色のカーテンはかかっているがちゃんと玄関口の横に窓はあるし、
天井を見上げれば換気ダクトもある。
間取りはよくわからないが、少なくともここから見える限り2DKという感じだろうか。
玄関から直通のダイニングキッチン。
入って左を向けば中二階への階段があって、上には2部屋分の扉。
階段の横にはカーテンがかかってあって、その奥に感じる金属の気配から察するにおそらくお風呂とトイレが完備されている。
……これが手作りだって?
「よく1人でこんな家建てられましたね……」
「私達の氏族──ユキヒョウ族にはこれくらい造作もないですけどね。
子供のころから親に鍛えられますから」
水着から着替えて戻ってきた彼女に、私は改めて感想を伝えた。
「子供のころから?」
「であります。
いいタイミングですし、さっそく種族についての講義を始めましょうか。
飲み物は星葡萄のジュースしかないんでどうかご容赦を」
彼女はそう言うと、キッチンの脇に置かれた樽から桃くらいのサイズの濃い紫色の果物と藁を1本引っ張り出すと、私の方へと寄こした。
「どうぞ」
マリンが藁を星葡萄に突き刺して吸うのに倣って、私もストローのように使って中身を飲んでみる。
(あ、葡萄ジュースだこれ)
味は、葡萄と蜜柑のジュースを足したみたいな感じだった。
葡萄多めの蜜柑ジュース割り。
おいしい。
「私達獣人族は、すべての人類の中で最も広く分布している人種です。
私たちは様々な氏族に分かれ、トーテムによって生き方が変わります」
「トーテム?」
マリンの説明に小首をかしげる──と、彼女は頭のケモミミと尻尾を突き出した。
「これであります」
「耳と、尻尾?」
獣人の特徴であるそれらは、疑いようもなく体の一部だった。
少なくとも私にはそのように見えた。
しかし続く彼女の説明によれば、そういうものではないらしい。
「多くの人は、獣人は生まれた時から耳と尻尾が生えていると勘違いしていますが、それは間違いです。
生まれた時の姿そのものに関しては、トールマンやハーフリングと変わらないのであります。
獣人が獣人として他とは区別される所以は、その魔力形質にありますが……細かいことを省いて説明しますと、私たち獣人族は、古代魔法帝国時代に人為的に作られたホムンクルスなのでありますよ」
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