67. 怪物が来た?
その後、私は坂田から考古学者マリンの情報を聞き出すことに成功した。
雑談を交わすうちに判明したことだったが、坂田はこの2年、どうやら浮浪者として神殿騎士などから逃げ隠れしていたみたいだ。
警邏の騎士からもかなり追い掛け回されていたというが……そういえば初めて会ったとき暴漢を騎士に引き渡すとか言ってなかったっけ? よく捕まらなかったものだな、と思ったが、普通に考えてそれは龍が担当したから彼自身は捕まらなかった、とかいう落ちに違いない。
さて、そんなわけで彼がこの2年間で築き上げてきた浮浪者ネットワークというものがあるみたいで、それによって得られたらしい情報を活用して最後の容疑者マリンのこともききだしてきたわけだが──。
「あれか」
ナザレの港湾地区のなかでも東の端っこ。
おそらく地元の漁師などが集まる場所なのだろう。
漁師が獲って帰る魚を狙って待機している白い海鳥が、何羽も上空に待機している。
──そんな小さなボートなどが集まる桟橋群の一角に、彼女はいた。
腰まである青っぽいスチールグレーの髪をおさげにした、獣人の女性。
種族は──たぶんユキヒョウあたりだろうか?
ネコ科特有の三角形の耳と、豹のような模様の太い尻尾が腰からゆらゆら揺れている。
そんな女性が水着姿で何やら桟橋の一角で木箱相手にガサゴソしているのが遠目に見えた。
「この人も魔族じゃなかったか……」
サングラス越しに鑑定画面を一瞥して、私は肩をすくめる。
ということは、魔族の可能性が残っているのはエラだけか──などと思っていた時だった。
1羽の海鳥が彼女めがけて急降下してきたのである。
「あっ!?」
マリンが叫ぶ。
手に持っていた石板のようなものが一瞬でかっさらわれるのを、彼女は慌てて追いかけようと立ち上がって──
「あぶないっ!?」
──なんて叫ぶのも束の間。
彼女は体勢を崩して、思いっきり頭から海の中に落ちていった。
「何やってんだか……」
呆れて、はるか遠く、近くの民家の屋根の上で石板をつつく海鳥を見やりながら、私は桟橋に這いあがってくる考古学者の方に歩いていった。
「くそう……せっかくの手掛かりがぁ……」
びしょびしょになりながら桟橋でぐったりとする彼女に、私は笑いかけながら口を開いた。
「災難でしたね」
「ええ、まったくですよ本当に!」
怒り心頭、といった様子で海鳥を睨むマリン。
「はぁ、やっと見つけた古代魔法帝国の資料が……」
「古代魔法帝国?」
ゲーム脳だった私の意識に、重要そうな単語が聞こえて来て思わずオウム返しする。
「興味ありますか!?」
「ええ、まぁ一応」
目を輝かせ、ぐいっとこちらへ迫るユキヒョウのお姉さんに、私は少々気圧される。
その眼光は、まさに同胞の才能を見つけたオタクの眼差しと言って過言ではなかった。
「じゃあ、古代魔法帝国については、どこまでご存じで!?」
「あー、それよりあの石板、取り返しに行かなくていいんですか?
貴重な資料だったんでしょう?」
「む! そうでした。
古代魔法帝国について語り合える同胞に出会えたことで、思わず興奮して忘れておりました!
なはは!」
「なははって……」
コツン、とあざとらしく自分の額を叩いて笑う彼女に、思わずため息が出そうになる。
「でもどーしましょ。
あんな高いところまで持っていかれては、さしもの獣人という私でも取りには行けませんしなぁ。
人の家の上でもあるし……困った困った……」
難しそうに唸るマリン。
勇者部隊の諜報員による調べでは、どうやら彼女の提唱する説というものは異端中の異端だと聞いている。
しかも彼女の論説は批判どころか非難されているらしい。
ただ批判されているだけならまあ気にも留めないものだったが、それが非難とまでいくとなんというか、都市伝説的な裏の事情を邪推してしまう。
(こういうキャラって、確かテンプレ的には結構重要な裏情報にたどり着いたりするんだよなぁ……)
ジー、となぜか期待の眼差しでこちらを見つめてくるマリン。
「なんでそんなにこっちを見つめてくるんです?」
「いやぁ、私昔っから勘が良くてですね。
貴女ならもしかすると、取ってこれるんじゃないかなぁ、って」
勘がいい、か。
「わかりました。私が取ってくるので、ちゃんと例の話聞かせてくださいね?」
「それはもちろん!
あ、私マリン! よろしくね!」
「ユーリです。よろしく」
「ユーリちゃん! 楽しみに待ってます!」
私はぎゅっと手を握ってくる彼女にそう約束すると、海鳥の方目掛けて駆けていった。
***
海鳥は、今日も何かしらニンゲンが魚を釣り上げてこないかと狙っていた。
腹は少し減っている。
港のニンゲンは時々魚を落とす。
落とした魚を拾うのは速い者勝ちだ。
だからオレ様は高い場所から海と港を眺めていた。
そして運よく、獲物を見つけた。
キラリと光る薄い物。
あれは──ニンゲンが良く食べている、パンというものではないだろうか?
ちょうどいい、最近魚ばかりで飽きていたのだ。
たまには嗜好を変えてニンゲンのエサでもつついてみるのも面白そうだ。
海鳥は狙いを澄ませると、青い毛のニンゲンに向けて急降下した。
「あっ!?」
ニンゲンは叫んだ。
追いかけようとして海へ落ちた。
海鳥は満足そうに鳴きながら、少し離れたニンゲンの巣の上へと降り立つ。
運ぶには少し重かったが、あの必死さ。
きっとこれは食べ物に違いない。
パンを嘴でつつく──が、硬くて食べられない。
どうやらこれは、ニンゲンが食べるパンなるものではなかったみたいだ。
つまらない。
どうやらただの石みたいだ。
食べ物でないなら、なぜあのニンゲンは必至にこれを追いかけたのだろうか?
そう思った時だった。
不意に感じた変な気配に、海鳥は顔を上げた。
風の匂い。
潮の匂い。
魚の匂い。
原因はそのどれでもない。
視界の端。
さっきまで誰もいなかったはずの路地の入口に、新しいニンゲンが立っていた。
鮮やかな、目がチカチカする様な模様の布を巻きつけている、長い黒い毛が特徴的な小さいニンゲン。
それが、青い毛の人間と何やら鳴き声を交わしている──かと思えば、その黒い方がじっとこちらを観察し始めた。
なんだ?
どういうつもりでこっちを見ている?
まさか、オレ様を狩るつもりか?
海鳥は首を傾げた。
ここまでは少し距離がある。
ニンゲンは遅い。
そしてここは高い。
ニンゲンは飛べない。
だから少しでも近づこうものなら、飛んで逃げるのは余裕だった。
ここまで来られるはずがないのだ。
それに、ニンゲンは気配を消すのが下手だ。
ちょっとでも殺気を出してみろ?
すぐに感づいてオレ様は空のかなたへフライアウェイだ。
海鳥は軽く鼻を鳴らし、盗んだ石に視線を落とした。
だけどせっかくだ。
ここは海鳥として、ニンゲンの挑戦を受けてやるのもやぶさかではない。
舐めプしまくって、空から嘲り倒してやろう。
──違和感。
そう思った瞬間、海鳥の脳裏になんだかとらえきれない、ただそうとしか言いようのない感覚がちらついた。
頭を持ち上げて、黒い毛のニンゲンを確認する。
動いていない。
ただ視線がこちらに向いているだけ。
変化はない。
気のせいか?
そう思って再び石で遊び始めるが、やはり違和感がぬぐえない。
気になって再び確認する。
ニンゲンはまだこちらを見ている。
なんだ?
なぜジッとして襲ってこない?
なぜただこちらを見ているだけなのだ?
これではまるで、獲物を見定める海鳥みたいじゃないか。
海鳥は落ち着かなくなった。
翼を少し広げる。
危険性は感じない。
ただ、何か妙な感じばかりがして落ち着かない。
なんだこの違和感は?
わからない。
わからないわからないわからない。
……わからないなら、まあ、考えても無駄か。
そう思って、何度か瞬きした直後だった。
ニンゲンが消えた。
「!?」
海鳥は固まった。
視界から消えた。
見失った。
どこへ行った?
慌てて左右を確認したが、どこにもその姿は見当たらない。
ここまでは1本道。
ニンゲンが走ってきたなら絶対わかるはずなのにどこにもいない。
ニンゲンの巣の真下にもいない。
おかしい、どこに消えた?
そう思ってきょろきょろと見渡していた時だった。
不意に、オレ様の首が何者かによって後ろから掴まれたのである。
「捕まえた」
「ニャー!?(食べられるーッ!?)」
石なんてもうどうでもいい!
今すぐここから逃げなければ!
そんな風に慌てていると、海鳥の華麗な翼使いに見とれたのか、首を掴んでいた手が緩んだ。
海鳥は直感した。
逃げるなら今しかない!
「ニャー!(舐めプなんかしようとしてすみませんでしたー!)」
翼をはためかせ、青空へと逃げていく。
あのよくわからない、ニンゲンの形をした何かから逃げるために、ただ一目散に、輝きを増すあの太陽へ向かって。
怖い。
ニンゲンに対してそんな風に感じたのは、海鳥にとってこれが初めての体験だった。
……語り継ごう。
ニンゲンの中には、ニンゲンに混じってとんでもない怪物がいるということを。
それから、ナザレの海鳥たちは人間から魚を奪うことはしなくなり、むしろ漁師たちに魚の居場所を伝える漁の守り神となっていった──なんて話は、きっと、今後ユーリが知ることはないだろう。
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